臭いの臭いの、飛んでいかないで
勢いよく、ところてんを、すすり、悠太は咳き込んだ。
「大丈夫?」
愛子はレンゲでワンタンをすくうと、口に入れた。
「熱、熱。フーフーしないのが女子らしくなくて良いでしょ?私のもあげるよ」
彼女は、ところてんを彼に差し出した。
「愛子さん、ところてん苦手なの?」
「嫌いじゃないけど。じゃあひとくち食べるよ」
彼女は、そう言って音を立ててすすり込むと、激しくむせる。
目が合った2人は声を立てて笑った。
「ところてんの食べ方って、あるかもしれないね。見た目オシャンティーだからさ」
「オシャンティー?」
そう言うと彼女は箸に巻きつけ、静かに口に運んだ。
また彼女はむせこみながら、バッグからルーズリーフの用紙を1枚取り出す。
「これにさ、何でも良いから全力で書いてみな」
「何でもって言われても。書いてどうするの?」
「あの色紙の横に飾るんだよ」
彼女は地元のテレビ局アナウンサーがかいたサイン色紙をゆびさした。
唐突に彼女は口をすぼめて
「まだ子どもが食べてるでしょうが。分かる?」
「知ってるよ。北の国だよね」
「あのドラマが面白いのは、五郎さんが全力で生きてるからだよ。悠太みてると純くんみたいだよ。まず食べちゃおうよ」
麺は手打ちでシコシコしていて、ワンタンはとろける様だ。
M市のラーメンは全国でも、ご当地ラーメンとして、知られている。
そのスープをベースとした、あっさりの醤油ラーメンである。
「ほんと、おいしいよね」
愛子は、股を手でおさえながら、あぐらをかいた。
彼はドキドキしていた。
時折、網戸から風が彼女の良い香りを運んでくれる。
例え臭くても良い。
臭いのが良い。