貧すれば鈍する
「何で泣いてるの?」
愛子は畳の上で両足を横に「く」の字で崩し、泣きながらも悠太の目線は、その太ももあたりにいった。
「愛子さんが俺のこと嫌になって帰ったと思ったから」
「貧すれば鈍する」
「ん?」
彼は目をこすって、鼻をすすりながら、彼女を見る。
「悠太は中学で、部活とか何かやってた?これだけは人に負けない、みたいなのあった?」
「中学は全校生徒が40人いなかったから、強制的に男子はバドミントンやらされたよ。」
「大きな中学で揉まれてないからなー。若いのに動きにキレがないというかさー。まー、悠太が1年の時、クラスのみんなに可愛がられて、悠太悠太って言われてたのはさ、僻地の中学特有の、のんびりした校風が、なんていうか、やさしさが悠太からにじみ出てるんだよね。」
「はー」
彼女の吐息が彼の顔にかかった。臭くない。臭くてもいい。もっと吹きかけて欲しい。
「今年2年生になってクラス替えしたじゃん。何も意識しないで1年の時のキャラのままで良かったのに。誰も悠太のこと嫌いになんないって。見てて自信無いのは分かる。今の悠太見てると、自分でいじめて下さいって言ってる様なもんだよ」
彼女はボリボリと太ももあたりをかいた。
彼の目は、その瞬間をとらえる。
壁には、地元のテレビ局のアナウンサーのサイン色紙にまじって、子どもがクレヨンで書いた、人やら太陽やら動物の絵が飾られている。
窓際のスペースには地元名産のダルマと小さな白い花を咲かせた苔玉が置かれている。
「これにさ、全力で絵描いてみな。描き終えたらこの部屋の壁に展示させてもらおう」
彼女はカバンからペンケースとノートを取り出した。
「お待たせしました。ワンタンメン2つね。これはサービス。ゆっくりしていってね」
一瞬、彼の顔を見たが、何かを察したようにテーブルにラーメンと、ところてんを、それぞれ2つ置くと、しわしわの笑顔で、出て行った。