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1日にひとつひとつ対物・対人に感謝できるほど僕たちは暇じゃない

「ああ、水が美味しい。ありがとう。ありがとう。バットよ、ボールよ、体罰ばかりしている俺なんかについてきてくれた子どもたちよ、ありがとう。ありがとう」


グラウンドを取り囲む土手で野球部顧問の広田は愛子が監視のもと深緑のシダや苔類を黄色いスコップですくいあげている。


何事かと広田を凝視していった土手の上を走るソフトテニス部の男達。


今日の彼は「シダ植物とバット」この2つに感謝し、我がチームが甲子園に出場した時の自分の「感情」をイメージする引き寄せワークをしている。


「今日あんたは水とバットの2つだけに感謝してればいいんだってさっき言っただろう。ボールまで付け加えたらお前の頭キャパオーバーだろう。初甲子園でてめーが指揮とる姿ちゃんと想像できてるのかよ」


「はい。愛子さん。私の頭で同時に2個以上考えるのは無理です。県内で名監督として自分の名前が知られることで名誉欲が満たされた時の感情をイメージしました」


「もうちょっと具体的な事は言えないのかよ。阪神園芸によって手入れされた天然芝と黒土でイメージ膨らませてみろよ」


「すみません。やってみます」


しゃがんで苔類を採取してる彼の足めがけて愛子は低空ドロップキックをくらわせた。


彼は土手をものすごい勢いで転がり落ちた。


音を立ててグラウンドへ落ちた彼に気づくと部員たちは「おう!!」と一斉に声を出し広田を囲むと、「監督!!」と彼を担ぎ上げ再び彼女の所におろした。


彼女はおろされた彼の片膝立ちめがけてシャイニング・ウィザードを放つ。


すぐさま彼は土手を転がりグラウンドに放り投げだされた。


「おう!!」と部員が彼を取り囲み担いで彼女の元へおろした。


彼女は彼の片足をすくい上げ、ドラゴンスクリュウの技をかける。


彼は悲鳴を上げて土手を何回転かしてグラウンドに放り出されると、また部員達に担がれた。


中学時代いじめっ子の男子を征伐した過去があるプロレス好きの彼女である。



辰巳は仕事が一段落し煙草の煙をくゆらせて完成したダルマを満足げに眺めていた。


失敗したダルマがいくつか半透明のゴミ袋に入れられている。


彼は立ち上がるとそれらを持って母校のグラウンドへ下駄を鳴らして向かった。


「ほう。美しい愛すべき金色に輝く雑草花だ」


辰巳は立ち止まると袋からピンクのスコップを取り出し黄色いそれを根こそぎ抜いて袋の中に放り込んだ」


「悠太と愛子ちゃんに出会えなかったらこんな風にまわりの世界に目を向けないまま天に召されるとこだった」


立ち上がると彼はさっきよりも軽快に下駄を鳴らして歩きだす。


グラウンドで愛子は腕を組み仁王立ちで野球部員数名のティーバッティングににらみを聞かせている。


「体が開き過ぎ」


「グリップの位置高すぎないか?」


一人一人に声をかけている。


各自が目を輝かせてその助言を素直に聞き入れる。


ピッチャーの前田はそれを感心してみていた。


「次はあんたに投げてもらうからね。そんな所に突っ立ってないで自分の練習したらどうなの?」


「はい。はい。すみませんでした」


愛子は前田の顔面めがけて手に持っていた霧吹で吹きかけた。


前田の顔は深緑にそまり、それを両手で覆うと倒れ込み、しばらく地面を転がっていた。


シダ植物を絞った汁にニンニクエキスを混ぜた。


「バカ野郎。指導者にその口の聞き方はなんだ」


辰巳が袋を左肩で担ぎグラウンドに入ってきた。


「すみませんでした」


顔を深緑にした前田は帽子をとり辰巳に頭を深く倒した。


愛子の隣でメモ係をしている広田を見て


「なんだお前。体中真っ黒にしてアザやらなんやらもあるじゃないか」


そう言って辰巳は広田のことを心配したのは形だけで自ら持ち込んだ袋に入っているダルマを野球部室内に並べる様指示した。


しばらくして広田は扉を開けその隙間から顔を出して言いにくそうに言った。


「辰巳さん。ダルマに土がたくさんついてます。これ以上ダルマを我々の所に持ち込まないと約束してくれますか?」


「バカ野郎。失敗した不格好なダルマをみてると、こいつら子ども達に見えてきてな。廃棄できなくなった。甲子園に行ったら目を書き込んでから捨ててくれ」


「ダルマ置くスペースなくなってしまいますよ。砂付いてますし」


「バカ野郎。だから早く甲子園に行けって言ってるんだよ」


「すみません」


広田はドアを閉め作業に戻った。



悠太は女子が喜んで利用してくれる仮設トイレにするため改装していた。


孤独な作業だが愛子をはじめ、女子マネージャーが使うトイレだと思うとワクワクする。


シダ植物を重ねてネットにして彼女たちの「黄金」をキャッチできる様便所の奥に仕込んでみようかどうしようか。


ふと愛子が野球部員と親密になっているのが気にかかる。  


特に前田は曲者だ。


彼は何考えてるのか分からない。


一度グラウンドを離れ愛子と市内をフィールドワークして、得たものを野球部に還元したい。


愛子の関心を自分中心に向けてほしい。


彼女が男に心を開くのはめったに無いから大丈夫だとは思うが。


そこに辰巳の軽快な下駄の音が聞こえてきた。


「便所つかわしてもらうよ」


「まだリニューアル中です。というか女子トイレ専用となりました」


「仕方ないね。校舎まで、はばかりに参りますか」


女子は男とトイレ共用を好まないから、勝手に悠太が女子トイレ専用にしても違和感は無いだろう。


女子トイレを自分が管理できるなんてドキドキワクワク興奮の日々である。


女の汚物を回収できる様になんとか便器を改造できないだろうか。


校舎のトイレから辰巳が帰ってきた。


「悠太くんは今日何に感謝して1日過ごしてる?」


「ギターと食べ物と水です」


「みんなの傾向だけど、感謝する対象が多いよな。悠太くんだったらギター1つに絞るとか。よし1日1つ決めて感謝すると皆に統一してもらおう。広田は水だのボールだのバットだの複数に感謝してるけどあいつの悪い頭じゃ負担が大きくなるし、そもそも毎日続かないだろう」


「あと毎日ワクワクして過ごすと運を引き寄せ、願望実現に向かうそうです」


悠太は女子トイレ担当となり、仲間も増えたのでワクワクがとまらない。


愛子や女子マネージャーはどんなうんこをするのだろうか。


「ワクワクか。昔っから俺はワクワク生きてるけど、あいつらワクワク野球してんだろうか?今日の反省会ミーティングのテーマにしよう」


日が落ちグラウンドは薄くなりつつある。

 

頭上では狂った様にコウモリが飛んでいた。

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