歌をうたえば
「忘れてた。ダルマ見に行く前に、買って行くものがある」
これから愛子と飛び込みでダルマ職人の所へライブに行く所である。
先方には何も伝えていない。
先日用も無いのに、そこへ入って店主をからかった様なものである。
愛子はそう言うと、文房具店の扉をおした。
すぐ正面奥のレジの所に眼鏡をかけた婆さんが腰かけている。
天井にほこりをかぶった造りものの桜や観葉植物が飾られていた。
レジの前には彼女の孫だろうか、小学低学年の少年が「かけ算の九九」を披露している。
鼻の高い、顔立ち良い子だ。
うんうんと、お婆さんは目をつぶり、きいている。
「ちょっと聴いてください」
突然愛子がそう言うと、悠太に今日買ったばかりのギターを弾くよう、あごで合図した。
「ちょっと」
躊躇した悠太に愛子はにらみをきかす。
悠太はケースからFenderのエレキを取り出し、学校の授業でうたったことある『春を愛する人は』の適当なコードをおさえて、うたいだした。
左手の中指と薬指でおさえる、このコードは何だっただろう。
男の子は立ち上がり、こっちを向いて、口を開けている。
「理屈じゃないね 花にはね 水をあげてみんさい 造花でも 生きているってことだから だけどよ 葉はよ 天井から 下げちゃいけないから 推奨せん 否定はせんけど 風水的には よろしくないんだわ おーーい 霧吹き取れや 水に 唾液を垂らして 混ぜたら 空にふきつけろ あんちゃんにも かかるだろ 俺は喜んで 顔を上げて 目をつぶり 受け付ける」
同じコードをひきっぱなしでも、それっぽく「曲」になる。
悠太は恥ずかしくて顔を真っ赤にしながらも、演奏し終えると、爽快な気分だ。
今回はオブラートに包まず、悠太の「性癖」をうたにしてしまった。
ギターが彼の股間にあたり、少しだけ変な気持ちになったのは、愛子が目に入ったからである。
素敵なムチムチした足は、神が創造した美しいものの「ひとつ」に違いない。
「あら、上手だね」
老店主は手をたたいて、初めて笑顔を出した。
ぼっちゃんも拍手してくれる。
自分より才能ある人間は、いくらでもいる。
・・・いつかギターをはじめよう
でも、その「いつか」はこない。
もったいない。
無駄なことかもしれないが、「ムダ」は人生に必要だと思う。
好きなことが見つからなかったら、何の役に立たなそうなことに本気で取り組もう。
愛子は偶然にもレジの所にあった霧吹きを手にすると、上に向けて造花の桜に水を与え始めた。
坊主もキャッキャキャッキャと喜んでいる。
「ちょっと、あんた」
ばあちゃんは、たまげている。
「やばいよ」
悠太はさすがに彼女をとめようと思った。
だが気付くと、老婆は三味線を出して弾き始めた。
「おばあちゃんね、三味線の先生もやってるの」
孫は私たちに心を開いてくれた。