コード「D」
「ぶすカワが
ちょうどいい
飛び出せ
そう
いきみんさい
スニーカーなら
興奮する
しかめ面
吐息と
靴よ
3つ揃えば グッと
固い
こまい
理想さ」
「いいじゃん」
愛子が言う。
「えー。そう?」
絶対良くないだろう。
こっぱずかしさだけが残る。
悠太は適当に右手で弦をストロークしてうたった。
左手は「D」のコードをおさえたままである。
実は悠太、中学の頃、大好きな奥田民生さんの『息子』を母親のフォークギターを拝借して練習したことがあった。
神経症のせいで、完璧に「D」の音を出そうと、躍起になってしまった。
だから彼は「D」しかひけないのだ。
「ちゃんとした音になってたじゃん」
「このコードしか弾けないからね」
この即興で弾いたのが、まさか「女性の脱糞希望」のうただとは思わないだろう。
さっき演奏してる時、他校の女生徒が自転車で通り過ぎて行った。
どんな反応を示すのか。
見えなくなるまで、チャリにまたがった彼女の表情を追った。
サドルの上で、しっかり折り込まれたスカートを見て、つまらない気持ちになった。
結構なスピードで走っていた。
誰かに接触して、最悪殺してしまうことはあり得る話だ。
悠太は心配性だから、すぐに停車できる速さで進むだろう。
おそらく戦前から自転車はある。
タイヤはしっかりついている。
それが外れて転がっていく所は見たことが無い。
よく人間はあんなものをつくれたものだと感心する。
じゃあ車はどうなる。
演奏するとかどうより、最初にギターを発明したのは誰だ?
最初につくった人は天才だ。
自分よりすごい人を探すのは簡単だ。
「どうした?」
愛子の言葉で「今」に戻された。
「ぼーっとしない。集中集中」
自分でもなかなか良い歌詞だったと思う。
愛だの、恋だの、夢、希望。
応援ソングにはうんざりしている。
瞬間で自分はいろいろな事を考える。
不毛な事ばかり思考する。
現在を生きなければならない。
次はさっきより自信を持って「D」をおさえてうたえそうである。