始まりは突然に
「いらっしゃい」
40代ぐらいだろうか。
茶髪の店員がアンプから大きな音を出してエレキギターのチューニングをしている。
店内の一か所でギターが壁から床にかけてディスプレイされている。
愛子は、迷わずその一角に向かった。
悠太は後れを取って彼女の後を追う。
「バンド組んでるの?」
「これからギター始めようかと」
愛子は店員にそう返す。
「うちで音楽教室やってるからどう?気軽に見学に来てよ」
彼女は、それには返さない。
「これシンプルで格好良いよね。ザ・エレキギターって感じ」
悠太はフェンダーのギターを見て言った。
「うん」
愛子はそれの弦をはじいた。
「好きなミュージシャンとかいるの?」
「奥田民生さんです」
悠太は答えてあげた。
「民生はレスポールだっけ?」
「これください」
店員が言うのを制止て彼女は唐突だった。
「そのモデルは定番だから安定して人気あるよ。何事も始めるときは勢い大事だからね」
彼は不意打ちを食らって、メンテナンスしていたギターを置くと、立ち上がった。
悠太も目を丸くして見守った。
彼女は長財布から1万札を4枚出した。
「おまけにギターケース、ピックとゲンもつけとくから」
思いがけない展開である。
悠太は普段から値札ばかり気にして生きている。
彼は、いつか貯めたお金で買おう、と「いつか」は来ない人生を送る人間である。
それに完璧な「動機」と「事前準備」が揃わなければ、購入する日は来ないだろう。
真っ先に上達するための基礎練習をしなければ、といった具合に、困難ばかり頭に浮かび、億劫となり挫折してしまう。
楽器店は悠太の手が届かない「完璧な人種」が来る所だと思っていた。
せいぜい彼には「しみ」でいっぱいになった、敷布団の上で毛布にくるまり、シコシコするのが似合っている。
急に親に部屋のドアを開けられても、下半身を露出するという最悪の事態は避けられる。
時にはクラスの優等生の女子に糞尿や唾を吐きかけられたりする、えげつない場面を思い浮かべながら。
それは彼の趣味であるから。
「これを早速外で弾いて来よう」
「明日親からお金もらってくるよ」
慌てて彼は彼女にこたえた。
全額を、または割り勘にすべきだろう。
「要らないよ。うち自営業やってるから、お金には困ってないから」
「いやいやいやいや」
どうしよう、悠太は訳が分からなくなる。
「基礎は大事だよ。うちでギター教室やってるから。どうかな?まあ、ちょくちょく顔見せて欲しいなあ。いろいろ聞きに来てよ。若い子たちと話したいってのもあるからさ」
「路上ライブ」
愛子は聞き流し、ギターケースを抱えて店を出て行く。
悠太は「エエ顔しい」なので、店員に「すいません」の表情をみせて彼女の後を追った。
きっと年頃の女子たちも、まさぐられたり、「なんだかんだ」されたりして気持ち良い事をしたいに決まってる。
同じクラスの人間や先輩、後輩たちの中で、早くも、うらやましいことをしてる者を何人も知っている。
でも今目の前にある音楽。
愛子や、他にカワイイ娘たちを集めて音作りをする楽しさを考えるとワクワクする。
一時の体の快楽。
しかし家族を巻き込み不幸になってる大人がいる。
高校生でも浮気された、何だとか面倒臭いことを言っている。
それは本物の楽しさじゃない。
やはり一人で「抜く」数だけ強くなれる。
一人、できれば仲間と一緒に、作品を作成する面白さがある。
店の有線からブルーハーツの『トレイントレイン』が流れているのが、かすかに分かった。