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4章(2)・大祭壇2

 チャプン……、チャプン……、チャプン……。


 水の中――――。


 そうして僕らは今、水没した道の上を歩いている。


 チャプン。


 体の動きに合わせて水面が波立ち、体の周りで音を鳴らす。


「けっこう遠いんだね」


 先を歩くカノンに向かって話しかける。


「うん。道があってよかったよー」


 そういって、再び黙々と進んでいく――。


 僕たちは、泳ぎ始めてから直ぐにこの道を探した。


 祭壇に向かって伸びる道――。カノンの記憶通り、湖の途中ですぐにそれが見つかった。


 道は水の中に沈んではいたが、そこだけは水深が浅く上を歩いて渡ることができる。その上を今2人して渡って行くところだ。


 チャプン……、チャプン……。


 小気味のいい水の音。


 水面が、僕のお腹の辺りまでひんやり包み込む。


 カノンに至っては、胸の辺りまで。


 揺れる湖面が、水中にあるカノンのシルエットをユラユラと歪ませている。


 カノンのちょこちょことした歩き方に、僕は思わずクスリと笑った。


 普段はマントを羽織っているので、僕は少しも気付かなかった。


 蓑虫マントの無い、カノンの小さな薄い体。スラリと伸びたか細い腕と、シュッと締まったウエストは、彼女がまだまだ幼い少女なんだと主張している。


「うっ……うわっ……!?」


 ゴポポポ。


 ハァ、ハァ……。


「フフ……、フフフ……。幅が狭いから気をつけないと」


 溺れかけた僕を見て、カノンがちょっと馬鹿にする。


「べっ……別に体を潤しただけだし……」


 僕は河童みたいな事を言って、それに応戦した。


 チャプン、チャプン。


 道の回りは、相変わらず白い石の床――。その上に折れた石柱たちが転がっている。そこには、何か輝くものでも落ちているのだろうか……。お昼前のサンサンとした太陽の光が、水の中の何かに反射し、キラキラと輝いていた。


挿絵(By みてみん)


 チャプン。


「…………」


 カノンが次第に無口になっていく――。


 ただ頑張って歩いているだけかもしれなかったが、少しずつ変な緊張感が生まれていく。


「…………」


「ねえ、確かここで、その……何とかって儀式をするんだよね?」


 僕はその緊張感に耐えかねて、無理に聞いた話を掘り起こしていた。


「星屑集めのこと?」


「そうそう。そんな感じの」


 チャプン。


「儀式って、あんな所で何するの?」


 僕はちょっとだけ興味を持って、儀式について質問している。


「うーん、そうだなぁ……。私は今ね、いろんな場所にある遺跡を回って、まじない師の力の源になるエネルギー、自然の力を集めてるの。まじない師たちがおまじないを行う時に使う力を」


「星屑の力?」


「まぁ、そうだね。星々の力――……、輝き――。星の導く力なんて、まじない師たちは言うけどさ」


「へぇ、星の力なんて、昼間にでも集められるんだ」


「フフ……、それはただの名前だよ」


 カノンがようやく少し笑う。


「ねぇ、見て。あの1番大きな太陽の近く――。あのたくさんの小さな太陽たち」


 カノンはすっと右手を上げる。


 僕はカノンが指差す辺りをゆっくりと見上げた。


「うわっ!?」


 まぶしい――――。


 太陽の光が、すかさず僕の視線に飛び込んでくる。


 チャプン。


 目を細めながらそれでも無理やり眺めると、そこでは、1番大きなサイズの太陽が意気揚々と光の束をばら撒いていた。


 そして――、その回りには、薄い光を放ついくつかの小さな太陽たち。黄色がかった地味な光を放出しながら、気ままに仲良く並んでいる。


 もしかしたら、昨日の夜の太陽たちも、この中に混じっているのかもしれない。


「私たちまじない師の間では、ああいう星たちのことも全部《星》って呼んでるの。この星たちが生み出す力を利用して、おまじないに使うんだ」


 そう言いながら後ろをちょっとだけ振り返り、チラリと僕の顔を見た。


 よかった――。気が付けば、いつものカノンに戻ったみたいだ。


「へぇ、そうなんだ」


 チャプン、チャプン。


「でも、いったい何でそんなに力を集めて回るの?」


 僕は、何となく話の流れで続けた。


 チャプン。


「うーん……、試練っていうのかな。特別に選ばれたまじない師たちは、皆この儀式をして回ったんだよ」


 チャプン。


「別に絶対って訳でもないんだけどさ」


「そっか。すごいんだね、選ばれるなんて」


 チャプン、チャプン。


「どうかなぁ……。これから、もうちょっと他の遺跡も回らないといけないからね。しばらくは大変だよぉー」


 カノンはいつもと同じように、どこか他人事みたいに自分のことを話している。僕は、飄々としたそんなカノンの話し方が好きだった。


 チャプン、チャプン。


 そして――、僕らは祭壇の前へとたどり着いた。




 チャプン。


 都合のいいことに、四角い祭壇の正面側には階段がある。


 僕らの道はそのまま階段へと繋がっていた。


 ザアァァァ。


 僕たちはゆくっり階段の上へとあがっていった。


 水が勢いよく服の中から流れ出る。


「うへぇ、疲れたー」


 ポタポタポタポタ。


 すごい勢いで残りの水滴も流れ落ちていく。


 たっぷり水を吸った衣服の重みが、そのまま僕へとのしかかる。


 体が重く、水泳の後みたいな気だるさを感じていた――。


「クワァ……」


 後ろの方からヤップルの声がかすかに聞こえる。


 振り返ると、あのまま置き去りにされたヤップルが、静かに僕たちのことを見守っていた。アイツからも僕らのことが見えるらしい。


「心配してんのかな?」


「うん。ヤップルは心配性だからね」


 ちょっと笑いながら、いつものことみたいにカノンさんはそっけない。


 ヤップルもきっと1人で寂しいのだろう。鳥のクセに……。


 僕は格の違いをアピールするため、ヤップルに向かってムカつく笑顔を作った。それで、右手を上げて合図してみる。


「クワァ……」


 ハの字になったまぶたの形――、不安げな顔でもう一度僕らに向けて声を出す。


 大丈夫、僕らのことなら心配いらない。


 ちゃんと待ってればすぐに帰るよ。


 そして、僕が祭壇の方へ向き直ったとき、カノンはすでに階段を抜けて祭壇の上へと進んでいた。


 それに気が付き、僕もすぐに追いかける。


 ハァ、ハァ……。


 急な階段――――。


 その先には、中が見えてしまいそうな角度のスリットの――……、カノンがいる。


 僕はなんだかゆっくり上りたい気分だったが、仕方がないので急いで上った。


 ハァ……、ハァ……。


 祭壇の高さは、おそらく5メートルくらいなんだろう。


 僕が祭壇に着く頃には、カノンの表情はすでに違うモノへと変わっていた。


 一目で察して分かるほどの真剣な顔つき。どうやら儀式には、たくさんの集中力が必要みたいだ……。

「少しの間、動かないでね」


 カノンは前を向いたまま、僕に対して警告を発する。


「わかった」


 カノンの様子を見て、僕も真面目に返事を返した。


 ゴクッ……。


 もしかしたら、多少の危険が伴うのかもしれない……。僕は邪魔にならないよう、静かにカノンの動きを見守る。


 カノンはしばらく目を閉じたあと、ゆっくりと中央に向けて歩き出す。


 祭壇のサイズは縦横15メートルくらいはある。水上にあるので、ヘリポートみたいな雰囲気だった。

「そろそろかな……、急がないと」


 カノンは中央付近で何かを探す。


「あった」


 腰の小さな袋から例の白いチョークを取り出し、祭壇の上に何だか変わった印を付けた。


 カツ、カツ、カツ。


 それは――、どうやら魔方陣の一部みたいだ。


 祭壇の上をよく見てみると、周囲に薄く彫刻のような溝が刻まれている。


 そして、その溝が魔方陣のような不思議な模様をかたどっていた。


 カノンはその模様の上に、何か目印みたいな物を付け足している。


 カツ、カツ。


 彼女はしばらく祭壇の上を移動しながら、何かの作業を続けていく。僕の目の前を細かく行き来しながら、魔方陣の形や状態なんかをずっと確認している様子だった。


「よしっ」


 結局、カノンさんが作業を終えたのは20分後――。その間、僕は直立不動で見守っていた。


「よかった……」


 僕は小さく安堵の言葉を吐き出す。


「やっと終わった……」


 意味の分からない緊張感に晒されたまま長時間放置され、僕の精神は何だかとても疲れてしまった。馬鹿正直に、『動くな』という言いつけを守って。


 さっき、『急がないと』って言ってたよね?心の中でカノンさんを攻め立てる。


 そういえば、そもそも僕は何でここまで付いて来てしまったのだろう……。今思うと、あのまま鳥と一緒に居ればよかった。僕は、わざわざ危険の中に飛び込んでしまった自分の頭の悪さを後悔しながら、置いてけぼりのヤップルのことを羨ましく思った。


 そして――、ひと通りの作業を終えたカノンさんが振り返って言った。


「座ってたら?」


「あっ……、うん。……いいの?」


「疲れるでしょ」


 …………。


「ありがとう……」


 そっか。別に立ってる必要は無かったのかと考えながら、複雑な思いを胸の中へと仕舞い込む。


 そうだ、僕はお世話になっている身なのだ。早く言えだなんて偉そうに文句は言えない。


「それなら座るか……」


 気を取り直して、そう口にした瞬間――。遂に目的の儀式が始まった。



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