表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

2章(1)・加護のまじない

 その祭壇の上には、大きな魔方陣の跡が残っていた。


 郷のまじない師たちが使ったらしい、まじないのための魔方陣の跡だ。


 カノンは今、林へ少し入ったところ――小さな石の祭壇の上に居る。


 この小さな石の祭壇は、郷のまじない師たちによってよく利用されていた。彼女たちがどこかへ向かう時、皆決まってそこでまじないを使い、旅の安全を願うのだった。


 カノンもその習慣に従って、この祭壇へと立ち寄った。


「この模様……、道しるべのおまじないかな?」


 石畳の上に描かれた図形を見渡しながら、少女は呟く。


 魔方陣が少しかすれて見え辛くなっている。


「うーん……、それじゃあこれを使って、やろうかなぁ」


 彼女はこの魔方陣の一部を利用して、まじないの儀式を行うことに決めた。


 スッ。


 腰にぶら下げていた小さな袋――色々なまじない道具が突っ込んである、布製の巾着袋に手を掛ける。


 そして腰から、チョークのような白い小さな塊を取り出した。


 カッ、カッ、カッ、カッ。


 気持ちのいい音と共に、カノンが新たな魔方陣を描き出していく。


 それと一緒に、腰の巾着袋も小さく揺れる――。


「これでよし!」


 立ち上がって、もう一度その全体像を確認する。


「大丈夫……、かなっ」


 これで、儀式の準備が整った――。


 クワァ。


 祭壇の横では、ヤップルがのんきに草の匂いを嗅いだりしている。


「分かった分かった。ちょっと待ってね」


 カノンは一旦瞳を閉じて、ひと呼吸置いてから再び開いた。


 これまでとは少しだけ違った顔つき――。


 集中した様子で腰から小さなわら人形を取り出し、ブツブツと呪文のような言葉を唱え始めた。


 わら人形は手のひらサイズで、小さな目と口が描かれている。さらに、貴族のようなツルリとしたヒゲ――……、黒くて不気味な感じのわら人形だ。


 その顔は、邪悪な笑顔を浮かべているようにも見える。


 サァァァァ。


 木々がざわめくような音がして、次第に辺りで肌寒い気配が漂い始めた。


 …………。


 ヤップルは突然静かになり、草木の揺れる動きがだんだんとスローになっていく。


「嫌な感じだなぁ……」


 そう呟きながらカノンはまじないを続ける。


 ふぅ、と小さく息を吐き、『大丈夫!』と自分自身に言い聞かせた。


「旅での災禍から、我が身の無事をお守りください。樹木と大地の星に眠る、大いなる影――土の精霊たちの護りの加護を――……」


 さらさらと囁くように、祈りの言葉を捧げる。


 そして、わら人形を魔方陣へと投げ込んだ――。


 と、その時一瞬回りの時間が停止する。


 魔法陣は透明な緑の光を放ち、代わりに世界から色が消失してしまったようだ。


 サァァァァ。


 再び、肌寒い気配がして、何かがすばやく横切っていく音がする。


 鳥肌が立つような、嫌な感覚――。


 ボトッ。


 そうして次の瞬間、わら人形が魔方陣の上にゆっくりと着地した。


 ヌルリッ。


 そして、それと入れ替わるように、同時に真っ黒な何かが床から現れた。


 滑るように、その液状の何かは自身の形へと変形していく。


 暗いこげ茶色の、泥のような生き物――。


 その体の大きさは、少女の体の数倍ほどにも見える。


 その大きなサイズのせいで、カノンの周りが少し薄暗くなってしまう程だった。


「いい”だろぅ……おまぇを守る……盾と…なりゅ。対価は……すでぇに………受けとっだ……」


 口をモグモグさせながら、低く鈍くさい声で話す。


 埴輪のような目と口で、さっきのわら人形にそっくりな見た目。


挿絵(By みてみん)


 おそらく口の中には、投げ込まれたわら人形でもあるのだろう。短いモグモグを終えると、ごくりと飲み込み、満足げに石畳の中へと戻っていった。


「よろしくね、ボビさん」


 カノンはほっとした様子で、去っていく泥の塊を見送る。


 どうやら無事に、護衛のまじないの儀式も終わったようだ。


 彼女はずっと嫌な予感を感じていたが、その予感もおそらく取り越し苦労だったらしい。


「よかった……」


 きっと旅への不安がそんな予感を生んでいたのだろう……、カノンがそう考え直した直後だった。


「あぁぁぁ……・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その嫌な予感は的中した。


 突然、どこからともなく誰かの叫び声が聞こえてくる。


「えっ!?……何?」


 カノンはとっさに辺りを見渡す。が、何が起こっているのかは把握できない。


「無理、無理、無理、無理!」


 その声は、どこから聞こえているのか分からなかったが、カノンにははっきりと聞き取ることが出来る。


「どこ?」


 そう言ってもう一度後ろを振り返ってみるが、それでも声の主は見つからない。


「うえぇぇぇぇ!!」


 ――――頭上だった。


 聞いたことの無いような悲鳴がこだましながら、すぐ手前のところにまで迫っている。人がどこかから落ちてきたのだ。


 カノンがそう理解したとき、傍目からはもう手遅れのようにも見えて、すでに衝突が避けられないところまで来てしまっていた。









 ――――僕が意識を取り戻したのは、気を失ってから数分後のことだった。


 いや、正確な時間は分からない。でも、体感的にはそれくらいに感じた。


 何故だか悲しい気持ちで目を覚ましたが、すぐにそんなことはどうでもよくなってしまった。さっきから体がふわふわとして、まるで宙に浮いているみたいな感覚だったのだ。


 …………。


 ここはどこだろうか……、風が強くてとても寒い。


 ゴォォォォォ。


 耳たぶに冷たい空気が吹き付けている。


 つまり……、結論を言うと、僕は空から落ちていた。


 しかも空から人が降ってくるとか、そんな生易しい物ではない。全速力で落下していた。


「えぇっ!?」


 それからの僕は、はっきりいってどうしていたのか覚えていない。


 とにかく僕は必死だった。


 きっと半泣きで、恥ずかしげもなく叫んでいたと思う。


 でも、だからといって僕にどうこうできるわけでもない……。抵抗むなしく僕の体は成すがまま、死に向かって高速で突き進んでいた。


 向かう先は……、森の中――。


 もしも、落下先が深い湖の中だったら……、なんて淡い期待もしてはみたが、それもスグに打ち砕かれる。


『ダメダメ、高速で叩きつけられたら、水はコンクリートよりも硬いんだよ!』


 昔、クラスメイトの中谷君が満面の笑みで教えてくれた。そんな古い記憶がいまさら蘇って来る……。


 特に仲が良かったわけでも無いのに。


 その無邪気な笑顔が、今はとても憎らしい。


 そしてさらに悪いことに、僕の真下には誰か人が居るようだった。


「どうしたらいいんだ……」


 どんな人かはよく分からない。


 でも、とにかく人を巻き込むのだけは避けるべきだと瞬間的に考える。


 何かの間違いで自分が死ぬのはしょうがない……。でも誰かを道連れにするのだけは、とても後味が悪く感じた。


 それが僕に残された最後の使命だ――。


 僕は大きな力に引っ張られながら、そんなことを考えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ