プロローグ
イラストを一緒に投稿したかったので、しばらくコチラで活動させていただきます。
これは、遠い遠いどこかの話――。
誰も知らない異世界の星に飛ばされた僕と、特別な運命を背負った少女の、出会いと別れの物語。
でもこの話を始める前に、少しだけ遠回りをしないといけない。物には順序ってものがあるし、物事には原因と結果が存在する。だから僕は、初めにあの奇妙な本との出会いについて、話をしないといけない。
まずはここから。ここから、僕たちの煌くような、あの懐かしい冒険の旅が始まったんだ――。
キーン、コーン、カーン、コーン。
聞き慣れたチャイムの音が学校中に響き渡る。
本日の授業の終わりを告げるチャイムだった。
教室のいろんな場所から、一斉に雑談の声が聞こえ始める。その声が重なって、ガヤガヤとした雰囲気になっていく。
「ふぉぉぉぉーーーーーー」
突然、遠くのクラスから小さな奇声が上がった。高校生にもなって何がそんなに楽しいんだろう……。ぼんやりと考えながら、僕はバッグの中身を確認していた。
必要な教科書があるのをチェックして、すぐにファスナーを元に戻す。学校指定の紺色のカバン――。
「はぁ……」
回りには聞こえないように、小さな声で溜め息を付いた。クラスメイトの元気な声とは対照的に、僕は相変わらず沈んだ気持ちのままだった。
僕はカバンを学ランの肩にかけ、無表情のまま教室を出る。
そして、いつも通りに図書室へと向かった。
…………。
別に学校が嫌なわけじゃない。
もちろん、どちらかといったら嫌だけど。家に比べればだいぶましだ。だから、毎日時間ギリギリまで図書室の中で時間を潰す。それが自分の日課になっていた。
外履きに履き替え、別館にある図書室へと移動する。
図書室に入って、大体いつもと同じ席――。
とても大きな図書室の中で、大体いつも窓際辺りの席に座った。
この辺りが1番落ち着くのだ。
だいぶ暖かくなったはずだが、図書室の机や椅子はやっぱり今日もまだ冷たい。裏手のグラウンドからは、キャアキャアという叫び声が聞こえている。
僕は、窓ガラスの中にぼんやり映った自分の姿を確認して、伸びた前髪を右にちょっとずらした。油断すると目にかかる。
「うーん……」
僕は何となく考えていた。いつもはこのまま課題をやったり、適当な雑誌を読み漁ったりするのだが……。
今日は何となくやる気がしない。なんか妙な感じなのだ。
何でかは分からないけれど、ずっと心の中がざわざわしている。
「どうしたんだろう?」
そわそわした気分がして落ち着かない……。なんだか少しだけ変な感じ。
「こういう時もたまにはあるか……」
自分を強引に説得してみる。が、やっぱりいまいちしっくりこない。
もしかしたら、とても大切な何かが、自分でも気付かないうちに欠けてしまったのかもしれない。そんなオカシな感覚だった。
そのまま5分くらい――。ふいに図書室の奥が目に入った。
「そういえば、あっちの方には何の本があるんだろう?」
落ち着かない気持ちをごまかすために、僕はちょっと席を立つことにした。
立ち上がってふらふらと歩き出す。
行く当ての無いゾンビみたいに、目的もなく奥へ向かう。
ゴオォォ……。
空調の音がずっと静かに聞こえている。
そういえば、今日は朝からずっと変な感覚がしていた。
いや……、違う。今思えば、最近はずっとこんな感じだったのかもしれない。
何かがずっとざわついている――――。
「1週間以内に返却お願いします」
貸出し係の小さな声がかすかに聞こえて来る。
僕はただこのどうでもいい瞬間に集中しながら、本棚の奥へと進んでいった。
そして――、突き当たり。
正面にはこちらを向いた本棚たちが並んでいる。
本棚の近くは、古くなった本の匂いがする。
「まさかこの先にカップルなんて居ないよな……」
警戒しながら、突き当りの通路の左右の様子を確認してみた。
「あれ?」
すると、右側にだけ先が続いているのが見えた。
どうやらこの建物はL字型になってたらしい……。
「図書室ってこんな構造だったっけ……?」
不思議に思いながら、そのまま恐る恐る本棚の角を曲がる。
その先は薄暗く、電気が無い。カーテンも閉じられ、日の光からしっかりと保護されている状態だった。
貴重な本でもあるのかな……。そんなことを考えながら、最奥部にまで踏み込んでいく。
…………。
そしてその先へと進むと、そこは不思議な空間だった。
とても狭い空間。でも、そこだけが特別な空気を纏っていた。他から切り離されたみたいに神聖な雰囲気がある。そして、そこには見るからに高そうな本たちがぎっしりと並んでいる。いかにも歴史的価値がありそうな、重々しい書物たちだ。
ザアアア……。
突然、外で強い風が吹いた。
遠くで窓がガタガタと震えている。
僕はそんな事は気に留めず、ゆっくりと回りの本を見た。
「何の本だろ?」
本の背中は刷れてしまったみたいで、文字の原型さえも読み取れない。
「……ん?」
そしてふと、1冊の《本》が視線の先に飛び込んできた。あるいはそれは少し大きなメモ帳だったのかもしれない。
でもとにかく、1冊だけ明らかに他から浮いていた。
その本はどうにか棚に納まってはいたが、左右の本とは厚みやサイズがまるで違う。それどころか、隙間に置かれた忘れ物みたいに、そこにポツンと存在していた。
「何だろう?」
覗き込むようにして、本を手に取る。
タイトルは――、読めない。表紙には《不思議な記号》が並んでいるが、薄暗いせいで細部まではよく見えなかった。
「どこの国の本だよ……」
軽くツッコミを入れながら、表紙に右手で軽く触れる。こげ茶色の、スエードみたいな滑らかな質感。アンティークっぽい感じ。
「高いのかな……」
僕は、それを開こうとして手を掛けた。
と、そのとき、誰かの声が頭の中に鳴り響く。
「逃げ出したい――」
「……は?」
一瞬、よく分からないイメージが頭の中に沸き上がってくる。
「ここから消え去ってしまいたい――」
ザアアア……。
外で再び強い風が吹く。
ハァ、ハァ……。
何故だか少し息苦しい。
「大丈夫か僕……」
何かの病気なんじゃないかと考えた直後、すっかり消えていたあの感覚が蘇ってくる。
さっきの感覚――。そう……、さっきのあの奇妙な違和感が。
ハァ、ハァ……。
そして、それが徐々に大きくなっていくのを感じる。
僕は急いで本から右手を離した。
変な汗が額から頬へと流れ落ちる。
何が起こっているのかは分からない。でも、何かが変だ。これだけは理解している。
気味の悪い本――。
僕は怖くなって、その本をすぐに戻した。
「戻らないと……」
意味の分からない恐怖を感じながら、僕はさっさとそこを立ち去ろうとした。
とりあえず、元居た場所へ……。
「ダメよ」
「は……?」
「アナタは、もう逃れられない」
ゴトッ。
後ろで何かが落ちる音――。
一瞬で汗が噴出してくる。もう嫌な予感しかしない……。
「何?」
僕は、力の抜けた情けない声を発しながら、反射的にゆっくりと振り返った。
そこに落ちていたのは、予想通りさっきの本――。さっき仕舞ったはずの本が、しっかりと床の上に開かれていた。
「ダメよ、アナタはもう逃れられない」
もう一度頭の中に、同じ声が鳴り響く。
サアァァァ。
風も無いのに、本のページがパラパラとめくれて踊りだす。
「これは、私たちに与えられた《罪》。だから、あなたは償わなければならない」
「罪……・?」
「あなたは選ばれたの」
「一体何に?」
「大丈夫、あなたならきっとやれるわ」
罪――――。
たしかに、僕には心当たりがある。
正直、心当たりがありすぎて一体どれのことかも分からない。
家族のこと?友達?それとも……。
嫌な記憶が頭の中に湧き上がって来る。
そうか……、これは僕の犯した罪――……。僕はきっとこの世界の試験に落第したんだ。
たいした努力もせず、何かに打ち込むこともない。
ご飯を食べては資源を消費し、誰かがくれる面白いことを貪っていく――。
今思えば、人や境遇に甘えて、文句を言っていただけの人生だった。
人に何ももたらすことのない、意味のない人生――。
ただただ言い訳するばかりだった僕の……。
そして、視界は一気に白い光で満たされて行く――――。
「ごめんなさい……、僕はここで上手くやれなかった……」
「大丈夫、あなたならきっとやれるわ――。だって……」
僕の意識は、そこで途切れた。