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8話 恋愛ゲーム

 夢のことについて、南くんに話そうと思ったのはどうしてだったのか、その理由はよくわからない。けれど、その日いつものように南くんと手を繋いで家路についていた私は、思わず夢のことについて南くんに話してしまっていた。

 それは不思議な夢だね、と南くんは言った。

「もしかしたら、高橋は潜在的に何かを恐れているのかもしれない」

「何かを恐れているって?」

「そうだなあ、たとえば一所に留まることとか」

「まさか」

 私の声には、おそらく嘲るような響きが交じっていたはずだった。

「いや、案外そうも言えないかもしれない」

 南くんはそんな響きには気が付かず、もしくは気付いていたとしても気には留めずそんなことを言った。

「高橋さ、その夢の中ではいつも一人なんだろ?」

 そんなことは言っていなかったはずだが、しかし、言われて見ればそうだったような気がしないでもなかった。

「たぶん、そうだと思う」

「だろ? まあ、だからと言ってどうと言うわけでもないけど」

 南くんは南くんなりに私のことを考えてくれているようだった。それがちょっとだけ嬉しい。私は上機嫌になって、握った手に力を込めた。

「どうかした?」

 気が付いて南くんが訊いてきたけれど、もちろん秘密だ。教えるなんて野暮なことは。私は絶対にしない。してあげない。

 答えないまま、でもちょっとだけ嬉しそうに歩く私を見て、南くんは不思議そうにしていた。それがまたちょっとだけ嬉しかった。


 洋子ちゃんが恋人を作った。私たちよりもひとつ年下の、一年生の子だそうだ。なんでもバスケット部期待のエースだとか何とかで、洋子ちゃんは鼻高々なのらしい。

「あたし、バスケ部のマネージャーでさ、それで話すようになって、優しくしてあげてたら告白されちゃった」

 嬉しそうに話す洋子ちゃんを見て、私はへえと思い、「よかったね」と祝福してあげた。

「うん、ありがとう、絵梨」

 満面の笑みが帰ってきた。私はなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 つまり、洋子ちゃんは恋がしたかっただけなのだ。または恋人が欲しかっただけだった。その標的のひとりとして南くんはロックオンされていただけであって、他にもキープは何人もいたのだ。洋子ちゃんは、私が自分よりも先に彼氏を作ったのが羨ましかったのだろう。だからこの頃私に冷たく当たっていたのだ。

 なんともまあ単純だなあと思う。そんなことで恨まれていたのかと思うと、少し淋しいような、洋子ちゃんが小さい人間であるように思えてしまった。

 でも、この世にありふれている恋愛のどれくらいかは、そういった動機から始まるものなのかもしれない。

 私のクラスの女子も、またおしゃべりの中から耳にする、どこかのクラスの女の子達も、大体の子は彼氏を持っていて(おそらく持っているという言葉その通りに!)、それは一種のステータスになっているようだったのだ。

 私はそれをちょっともったいないなと思う。そんな風にして付き合って、身に付くものや、抱くだろう感情は確かにあると思う。様々な、それこそ目まぐるしいまでの情感を覚えることもあるだろう。でも、そう言った恋愛ゲームは、本当の意味での何かを残せないような気がするのだ。それに、男の子の側にしたって、そう言ったことを目ざとく嗅ぎつけてしまうものだと思うから、大体の恋は失敗する。ゲームオーバーなのだ。

 まあ、ゲーム感覚なのだから、また新しく始めることができる気軽さは確かにあるだろう。それこそ、強くてニューゲーム状態で始められるのだ。これはとても有利なことだ。

 でも、現実はゲームと違う。必ず付随して付いて来るものがある。

 それは噂だったり先入観だったり、おそらくゲームのプレイヤーにはわからないものばかりだ。私はそれらのことをちょっと怖いなと思っている。

 物事の衝突は、大体がそんなところから始まるのからだ。たとえば女の子がついつい仕出かした失敗を、男の子がやっぱりなと評価してしまう。女の子自身はそれほどのことだと思っていないにも関わらず(大体の場合、それらはほんの些細なことだし、女の子たちの自覚は正しいと言える)、重なるにつれて男の子たちは嫌気が差してしまう。

 そうして生まれる言葉が「やっぱりな」なのだ。

 洋子ちゃんは、思えば恋多き女の子だった。私はそんな洋子ちゃんの失恋を慰めている内に、そういった恋愛ゲームの怖さに気が付いたような気がする。

 恋愛はゲームでは済まないのだ。リセットはできるかもしれない。強くてニューゲームだってできるかもしれない。でも、同じ恋愛は一度として起こりはしないのだ。それは私たちが生きているからであり、時間が不可逆性を有しているからだった。

 恋愛ゲームを否定するわけではないけれど、私はそういうスタイルで向き合っている人を見ると、どこか力強い眩しさと、やり直しを持っているんだと言う見え透いたいやらしさから滲み出ているのであろう影を、どうしても感じないわけにはいかなかった。

「でね、彼ね、今度大会に出場するんだって。すごくない」

 すごいと思う。けれど、そう言うことを喜んで私に向けてくる洋子ちゃんは、ちょっと嫌だ。

 それはきっと洋子ちゃんが、無意識のうちに南くんが美術部であることを馬鹿にしているからだ。少なくとも、私にはそう感じられてしまう。

 あたしの彼はバスケ部の期待のエースで、一年生なのにもう上級生との練習に参加していて、笑うととってもキュートで、でもボールを追っているときは飛び切りハンサムで。

 確かにその通りなのだろう。少なくとも洋子ちゃんにとっては。そう言った洋子ちゃんの、彼氏に対する盲目的な評価を、南くんに対する優越感だと取るのは少し捻くれているのかもしれない。けれど、私はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、と言うかかなりむかついていた。

 ふざけんな! 南くんにだって南くんのよさがあるんだから。

 思いながらも、私は笑顔を貼り付けて、饒舌に喋る洋子ちゃんの彼氏自慢に逐一頷いたり相槌を打ったりしていた。

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