6話 ゴミ拾い
ゴミはたくさんあった。私たちは昼食を買ったときのコンビニのビニール袋しかゴミを入れるものを持っていなかったので、とにかく小さいもの、たとえばガラスの破片とか針金とかボトルのキャップだとかをそれに入れることにして、その他のものは一箇所に集めることにした。
作業は想像以上に大変だった。ゴミを拾った場所と集める場所とをいちいち往復しなくてはならなかったし、拾うためにいちいちしゃがまなければならなかったのが堪えた。私も南くんも、途中から汗をいっぱい額に浮かべて、それでも黙々とゴミを拾い続けた。
たぶん、私も南くんも楽しかったのだと思う。作業中は何も考えずやっていたつもりだけれど、こんな誰のためになるとも知れないことをやり続けたのだ、楽しくなければ出来なかっただろう。大きな流木を二人で運びながら、時折私たちは互いに見合い、笑い合っていた。
どうしてこんなことをしているんだろうか。
その答えは、きっと出ないのだろう。どれほど考えても、たとえばある言葉を見つけて当てはめても、それは正解にはならないはずだ。楽しいだけではない何かに突き動かされて、私たちはあたりのゴミを拾いつくした。太陽の陽射しが、いつの間にかオレンジ色になり始めていた。
集めたゴミ山の近くに座り込んで、私と南くんはぼうっと海を眺めていた。
「疲れたね」
言うと、うんと短く返事が返ってきた。細波が、そっと静かなBGMをたたえている。私たちはとても疲れていたけれど、それと同じくらいとても充実していて、穏やかな気持ちになっていた。
太陽がゆっくりと海面へと近づいている。まん丸の火の玉はまだ眩しいけれど、目を細めるとじっと見続けることができた。
やがて、水平線の向こう側に落ちていく太陽は、その途中で眩くこの世界を朱に染めるのだろう。私も南くんも、一生懸命拾ったゴミも、砂浜も、背後に広がる街並みにも、平等に陽は射し込んで、そして消えていくのだろう。
それはとても尊いことのように思えた。尊くて、とても大切で、忘れてはならないことのように思えた。
私は砂の上に投げ出していた私の手を動かして、そっと南くんの手に重ねた。ピクリと反応した南くんの手は、けれどそれ以上の反応は示さず、覆いかぶさる私の掌を受け入れてくれた。
じっと海を見つめたままの私の横顔に、南くんの視線は感じない。きっと私と同じように前を向き続けたままなのだろう。でも、私と南くんは繋がっている。掌を通して繋がりあえている。胸の中の暖炉が火を灯して、ぽっと暖かくなった。
それから私たちは沈みゆく夕陽を眺め、全身朱に染まって、そのまま星が瞬くまでじっとしていた。
海風が吹き抜けていく。思わず首を竦めた。
「寒い?」
南くんが訊いてきた。
「少しだけ」
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」
立ち上がると、よろめいてしまった。ずっと座り続けていたせいだ。腰も少し痛かった。
けれど、同じくずっと座っていたはずの南くんは随分と楽そうにしていた。私を見て笑ったくらいだ。ちょっと不公平だと思う。それは主に性別だったり、年齢の違いによって生じる差分なのだけれど。
男の子で、私と同じ年齢のはずの南くんは、やっぱり私と身体の構造が根本的に違っていて、もっと頑丈で丈夫なんだと思う。だから美術部に所属してるのに、ちょっと逞しいのだ。そのことが私は少し悔しい。少し悲しい。そして、私は少しだけ嬉しかったりする。この人は私とは違う人なんだと目に見えて実感できるから。
恥ずかしかったので、お尻を叩くと南くんを置いていくことにした。後ろから南くんの声がする。
「拗ねるなよ。悪かったって」
どれだけ謝っても、もう遅い。私は拗ねてしまったし、拗ねた私はもとに戻るまで時間がかかるのだ。
南くんはそのことを知っている。なのに、それでも執拗に私に謝り続けてきていた。
正直言って、少々煩わしい。同じことを何度も言われるのも嫌だったし、機嫌を取られるのも嫌だった。そして何よりも、暗い道を騒がしく歩きたくなかった。
浜辺の途中で振り返り、私は南くんを睨みつけた。
「あんまりうるさいと嫌いになるよ」
その一言の威力は絶大だった。息を呑んだ南くんは、私の剣幕に押されたのか、一歩下がると、俯き、ちらちらと私のことを伺い、それから最後にこれだけ言わせてと言った。
「諸々のことについて、ごめんなさい」
言って、頬を掻く南くんは少し子供っぽくて、私はお母さんになったような気分になった。
「許す。だから、もう帰ろう」
「うん」
「じゃあ、はい」
手を差し出した。いつもは南くんからだけれど、今日だけは特別だ。私からお誘いするのだ。
南くんはきょとんとしていた。私の行為がそれほど突飛なものに映ったらしい。いつもいつも南くんがやっていたことだから、確かに驚くのはわからないでもないけれど、そこまであからさまにしなくてもいいと思う。
やはり、私からやるのはよくなかったのかもしれない。そんなことを考え恥ずかしくなったので、早く握ってくれるようにと、私は手を更に突き出した。
そのとき、南くんの表情がへなちょこに歪んだ。へなちょこに、戸惑いとか嬉しさとか、いろんなものを含んだ表情だった。そしてその顔で、南くんは私の手を握り返してくれた。
情けない顔だなあと私は思った。見ているこっちまでへなちょこになってしまいそうだ。出来れば、南くんにはして欲しくなかった顔だった。南くんは笑顔が一番似合うし、このごろ多くなった落ち着いた表情も、脅えるような表情もどれも素敵だけれど、へなちょこな顔は少し嫌だった。でも、握ってくれた掌は温かくて、この温かさが感じられたのだからべつにいいんじゃないだろうかと思ってしまった。
そうして私たちは手を繋いで星の瞬く秋の夜空の下を駅まで歩き、電車に揺られている間も、駅から二人で私の家に向かう道中も、ずっと手を繋いでいた。がたんごとんと揺れる電車の中で、ぐうぐう眠り続け始めてしまった南くんの肩に寄りかかって、そっと目を閉じ、少しだけ眠ったときが一番幸せな気分になれたような気がした。