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5話 秋の海

「なんか、もっとこう面白いものかと思っていた」

 防波堤に座ってそう口にすると、南くんは困った風に微笑んだ。

「失望した?」

「少し」

 秋の海辺は、晴れているのにも関わらず寒々と空いていて、期待していなかったとは言え、あるべき海の活気とか、想像していた美しさがなくてかなり残念だった。

「まあ、そんなもんだよ」

 隣で南くんがホットドッグに齧り付きながらそう言った。私は食べかけのアメリカンクラブサンドに食らいついて、そんなものなのかなと思った。

 天気はよく晴れていた。コートを着ていると、少し汗ばむくらいだった。脱いでもいいのだろうけれど、なんだか脱ぎたくなかった。きっとほとんど人影がない海が淋しいからなのだろう。南くんはそんなことは感じていないのか、早々に上着を脱いでいた。

「それ食べたら少し歩こう」

 先に食べ終えた南くんが口にした。頷いて、私は熱いコーヒーを啜る。家から持ってきたのだ。豆を挽いてドリップしたコーヒーは、どこそこで買うよりもずっとおいしく飲むことができる。私は自分で入れたコーヒーが大好きだった。

 なのに、南くんは一口も飲まなかった。苦いものが全般的に苦手らしい。私はブラックで持ってきていたので、残念だったけれど仕方ないかなと思った。それにしても、高校生にもなって苦いものが苦手なんて、少し格好悪いと思う。よくよく考えると、南くんは高校生としては格好悪い部類に入るみたいだった。もちろん、私の尺度で考えてだけれど。

 私は随分ゆっくりと食事を終えた。南くんを待たせるのが少し嬉しかった。

 南くんはその間ずっと海を見続けていた。何も言わず、もちろん急かすことなんてするはずもなく、ただじっと海を見続けていた。

「面白い?」

 食べ終えて、私は南くんに訊いた。

「海を見て、何か面白かったりするの?」

「いや、そんなことはない」

 南くんは振り返ることなくそう言った。私も海を見る。

「ずっと、打ち寄せては引き返すのを繰り返しているだけだからね。正直言ってつまらないと思う。でも、なんだか見入っちゃうんだ。子供の頃からそうだった」

「もしかしたら、魔物が住んでいるのかもしれないね」

 言って、私は南くんの方を向いた。南くんもなにを言ったのか理解できないといったような表情で私の方を向いていた。そんな南くんに、私は微笑んだ。南くんはしばらく視線を泳がせて思案に暮れてから、

「そうかもしれない」

 と言って微笑んだ。

「確かに、海には魔物が住んでいるのかもしれない。それで、俺はその魔物に魅入られてしまったんだ。きっとね。どうしようもなく大きな存在」

「なんだか大事になっちゃったね」

「確かに」

 言って、二人でクスクス笑った。海は変わらず淋しいままだったけれど、ちょっとだけ温かな気持ちになれた。

「よっ、と」

 声を出して、南くんが砂浜に飛び降りた。私の方を振り返ると、そっと掴み取ろうとするかのように手を差し出す。嬉しいなと思いながらも、それには応じず、私は自力で飛び降りた。

「そういつもいつもやらなくていいよ」

 言うと、南くんは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 砂はさらさらしていた。白砂、と言うわけではなく、少し濁った黄色をしていたけれど、十分それっぽい砂だった。

 それっぽいと言うのは、海辺らしいと言うことだ。私と南くんは、今日は手を繋がないまま、それでもお互い並んで黙って海辺の砂浜を歩いた。

 砂浜にはいろいろなものが落ちていた。色を失った化石のような流木や、流され揉まれる内にすっかり丸くなってしまったガラスの破片、タイヤやビニールや瓶、海草の類もたくさん打ち上げられていた。

「思ったより、汚いものだね」

 私が言うと、そうだねと南くんが返事をした。

「ここは一応海水浴場にもなっているんだろうけれど、毎年夏に整備してるんじゃないかな」

「整備と言うと?」

「砂を持ち込んできてさ、ざーっと流し込むわけ。それで、利用される区域に広げて、表面上は綺麗にする」

「へえ」

 私は立ち止まってあたりを見た。

「これだけあれば確かにそうなのかも。もしくは、逐一ゴミ拾いをしているのだろうね」

「たぶんね」

 それは、なんだか悲しいことのような気がした。

 この海に遊びに来る人たちは、綺麗な砂浜しか、そしてそこで作り上げられた楽しい思い出しか記憶していかないわけなのだ。もちろん、全部が全部そうだとは言えないけれど、そういった人たちがいるだろうことも、また確かなことだった。

「大体、世の中ってそんな感じじゃないかな」

 振り返り見つめた南くんの表情は、どこか遠くを見ているようだった。私は、南くんが近くに来てくれたような、そうじゃなくてずっと遠くに行ってしまったような、複雑な気持ちになってしまった。

 俯き、ぎゅっと手を握っていると、南くんが明るい声をかけてきてくれた。

「ねえ、今からゴミ拾いをしよう」

 顔を上げると、先ほどまでの表情とは変わって、とても素晴らしいことを思いついた力強いものになっていた。

「ゴミ拾い?」

 鸚鵡返しに尋ねる私に、南くんは、そう、と力強く返事をした。

「今から二人でここを綺麗にするんだ」

「疲れるよ?」

「それでもさ。もしかして嫌かな?」

 私は頭を振って、そんなことはないと南くんに示す。

「いい考えだと思う。やろう」

 言うと、南くんは嬉しそうに頷いた。

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