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2話 大好物はいちご

 夢は、私がまっすぐな路地裏に立ちすくんでいるところから始まる。始まるという表現は、連続性のない夢なのだから適切ではないのかもしれないけれど、とにかく一連の夢はいつもその場面からスタートする。

 私は夢の中で、その路地がある場所がどこであるかを知らない。知らないのだけれど、とにかく前に進まなくてはならないこと、そして振り返ったりその場にしゃがみ込んだり、間違っても反対方向に進むなんてことは絶対にしてはならないということを知っている。

 それがなぜそうなっているのかはわからないのだけれど、とにかくそれはそう言うことになっているのだ。夢の中の私は、一心に足を動かし始める。

 そのまま二分ぐらい歩いたところで、最初の夢は途切れる。また暗闇が襲ってきて、私はがばりと目を覚ます。時計を見ると、午前二時だった。部屋は暗い。音がしない。あたりは静寂に包まれている。

 夢を見ると、どうしてか唐突に目が覚める。それについても、理由はわからない。べつに今の夢が怖いわけでもなければ、夢の中で危険に晒されていると言うわけでもないのだけれど、私の身体は薄っすらと汗を掻いている。

 秋の夜は寒いから、こうやって寝汗を掻いてしまうのがちょっと嫌だったりする。

 私は一度深呼吸をして、もう一度ベッドに横になった。夢はこれから二つ目の夢に移って、それが終わるともう一度目覚めなければならないのだけれど、それでも寝ようと思った。明日も平日だったし、何よりも怖くもない夢を見たくないために一夜を明かすなんて馬鹿みたいだったのだ。

 慣れているのもあった。もう幼少の頃からの付き合いなのだ。確かに翌日に疲れは残るものの、どうにかこうにかやれないこともないと思った。

 私は、二人手を繋いで焼き芋を探し、町の中をさ迷い歩いた南くんとの出来事を思い出しながら目を閉じた。結局焼き芋はどこにも見つからなかったけれど、満足そうに笑った南くんの表情はとても幸せそうだった。

 楽しかったな。もうちょっと時期が合ってから、もう一度探してみるのもいいかもしれない。そして、一緒にほくほくの焼き芋を頬張るのだ。

 とても素晴らしいことのように思えた。思わず頬が緩んでしまう。今度は私から誘ってみるのもいいのかもしれない。南くんはどんな反応を見せてくれるのだろうか。

 私はいろいろな南くんの反応を想像してみた。そして、そ想像しながらにやけていたら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。


 次の日、南くんは風邪を引いた。昨日はしゃいだのが良くなかったらしい。学校にいる時から調子がおかしい気はしていたのものの、楽しくてつい忘れてしまったのだという。

 ことの次第を洋子ちゃんから聞いて、私は馬鹿だなあと思った。体調くらい自分で管理できなくて、何が高校生だと思った。けれど、そんな私と違って、洋子ちゃんはそれはそれは大層に心配してみせた。

「大丈夫かなあ。こじらせて肺炎なんかにならないよね」

「ならないよ」

 私は大袈裟なことを言うと思って、半ば呆れてしまったけれど、とにかく落ち着かせようと思ってそう口にした。けれど、なにがいけなかったのか洋子ちゃんは少し怖い顔をして私のことを振り返った。

「絵梨はいいね。そんなに気楽に考えることが出来てさ。一応彼氏なんでしょ。もっと心配してあげなきゃ、南くんが可哀想だよ」

 言って、そっぽを向いてしまった。意味がわからなかった。

 私は、洋子ちゃんは南くんのことが好きなのではないだろうかと疑っている。ずっとずっと好きで、それでも告白する勇気がなくて、洋子ちゃんは遠くから南くんのことを眺めて続けていたのだ。いつかは必ず告白しよう。付き合おうと心に決めながら、見続けていた。

 証拠に、私は南くんと付き合う前に、そこはかとなく洋子ちゃんの口から南くんの名前を聞いたことがあった。また、視線が南くんの姿を見つめていることがあったのも知っていた。

 たぶん洋子ちゃんは、私なんかよりもずっと南くんのことが好きなのだ。そのことを考えると、私はいつも洋子ちゃんはもとより、南くん対してもどこか申し訳のない気持ちになってしまう。

「お見舞い、行ってあげなよ」

 状況をよくよく理解している友達がそう助け舟を出してくれた。

「そうしようかな」

 なんて、心にもないことを口にしつつ、私はそっと洋子ちゃんを流し見る。鋭い目が見つめてきていた。

「いいんじゃない」

 言って、またそっぽを向いてしまった洋子ちゃんに、私はまたひとつ罪悪感を覚えた。


 洋子ちゃんが南くんのことを好きでいるということにもっと早く気がつけていられたなれば、私は南くんの告白を断っていたように思う。それこそ、おそらく確実に。ごめんなさい、と、私はあなたのことが好きではないから、とはっきりと言うことができたように思う。

 でも、洋子ちゃんの気持ち(疑いだけれど)に気が付いたのは、私が南くんに告白されたあとからだった。視線や話の端に現れる南くんの名前のことを思い出したのも、全部告白されてからだった。

 自分でも鈍感だなあと呆れてしまう。それまでも他の人の感情には疎いところがあったのは自覚していたけれど、長らく付き合いがあった友達の本心すら気付けないとなると、もう落ち込んでしまうくらいだった。

 見舞いの品は、八百屋さんでイチゴを買った。

 がさごそと音を立てる買い物袋を片手に、ひとり南くんの家へと向かう。手が冷たかった。誰かに繋いでもらわない掌は、びっくりするくらいに外気に晒されてもの淋しい感じがした。

 コートのポケットに突っ込んだ手を、目の前に持ってきて、開いたり閉じたりしてみる。どこにも変わりはないのに、むしろ昨日みたいにポケットの外で南くんと繋いでいた時の方が寒かったはずなのに、掌は冷たさを訴えているようだった。

 不思議なものだ。

 私は空を仰いで、紫色に染まる雲を見つめ、それから飛んでいく小鳥たちの姿を見た。前を向いて南くんの家へ歩き出す。吹き付ける風はいつにも増して冷たいような気がした。

 南くんの家の前でインターフォンを鳴らし、出迎えてくれた南くんに連れられて私は家の中に入った。

 南くんの家は、いつ来ても大きいなと思ってしまう。それは、内装はもちろんのこと、家の中に漂っている空気が暖かなものだからなのかもしれなかった。

「ありがとう。わざわざ来てくれて」

 言いながらコーヒーを準備してくれる南くんは、確かに少し顔が赤いような気がした。

「寝てなくていいの」

 リビングのソファーに座りながら、私はキッチンの南くんに尋ねた。マグカップを二つ手にして私の隣に座った南くんは、「もう大丈夫」と気丈に笑って見せた。

「本当は休むまでもなかったんだ。微熱程度だったから。それなのに、母さんがうるさくてさ。家の親、ちょっと過保護なんだ」

 言う南くんの表情は、少し照れくさそうだった。

「お、これ、イチゴ?」

「うん、好きだったなあと思って」

「うわあ、すげえ二パックも。嬉しいなあ」

 子供のように無邪気に喜んで、南くんはガラスのテーブルに置いた買い物袋の中を漁っていた。やがてそれにも満足すると、顔をこちらに向けて気持ちのいい笑顔になった。

「ありがとう」

 晴れやかな笑顔は、人を幸せにする。確か父さんが言っていたことだ。その通りだなと私は思った。

「これ今食べてもいいかな」

「ご自由に」

 食べよう、と宣言して、南くんはキッチンへと向かっていった。なんだかいいなあと私はしみじみ思った。

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