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8、 桜井 愛子です

「おっ、ヨロズヤの若旦那。早速買いに来たのかい」


「こんにちは親方。今日のカニは特別大きいな」


「おうよ、苦労したぜ」


カニは鮮度が命だ。

なので シリアたちは家に帰して自分は速攻買い付けにきた。

何やらメンドクサイ子供をシリアに丸投げしたとも言える。


死んだカニは直ぐに解体が始まり、同時に肉が売り出される。

町の人々も分かっていてそれぞれに肉を入れる大きな器を持って集まって来る。

缶詰などの保存方法が無いのでカニを味わえるのは海辺に住む者達だけが楽しめる特権と言えるだろう。

ちなみに巨大な魚を切り身にして干物に加工した物は旅の保存食として人気が有り、けっこうな高値なのに生産が間に合わない事すら有る漁師町のドル箱商品だ。


また、カニの甲羅や外郭、中骨などの硬質な素材はパーツごとに分けられ競にかけられて加工業者に引き取られていく。


しかし、カニミソなど売れない部位はもたもたしていると邪魔にされ捨てられてしまうので買うタイミングが大事になる。


「またカニミソを全部もらえるかな。タルの料金は勿論払うよ」


「そりゃあ良いがよ、すごい量が有るぜ」


「カニ丸ごとは無理だけどそれくらいなら何とか入るよ」


「かーっ、おまえさんの収納魔法は本当にスゲーな」


「こんな若造が店を持てるのはコレのおかげだからね」


「なるほどな・・。

カニの肉も買うんだろ。どれくらい欲しい?」


「全部欲しいくらいだけど買い占めたら悪いから、とりあえず足1本かな。もし売れ残ったら全部買うよ」


「おう、承知した。先にミソを用意するから待ってな」


たぶん漁師の親方はオレがカニミソで何か商売をしていると思っているだろうけど詮索はしてこない。

カニミソを入れた大きめのタルは15にもなった。


「よぅ、にいちゃん、今夜も宴会が有るけど来るよな。また期待してるぜ」


「あぁ、また顔を出すよ。手間をかけたな」


「良いってことよ。ははっ、今夜も良い酒が飲めるぜ」


若い大きな体格の漁師も喜んで協力してくれる。

やはり心付けは大事だ。


満足するだけ買い込んだ後は少し遠回りして酒を買いに行く。そのまま食べるには向かないリリンという果実で作られた そこそこ度数も高い強い酒だ。


さて、帰るか・・

うーん、帰るだけなのに気が重い。

浮気した朝に家に向かう夫の気分みたいだ。

家の中に他人が入ると面倒なものだな。



******************




「あなたが営業の田中さんって・・本当?」


オレの顔を見た子供のセリフがこれ・・

出てきた子供はどうやら知り合いだったらしい。

彼女の見た目は日本人とは全く違う姿で いわゆる美少女だ。

その口から以前の名前を出されると違和感がすごい。


「ああ、それで合ってる。こちらでは名前のタイジだけ名乗ってるから、今後はソレでよろしくな」


「・・良かった、生きていたんですね」


子供らしく顔を歪めて涙がボロボロとこぼれた。

まさかのマジ泣きである。


「タイジ、母さまを苛めてはダメです」


シリアの残念なセイフが今はありがたい。

何が何やら良く分からん。

とりあえず彼女が落ち着くのを待った。



「ぐすっ・・私 桜井 愛子です。日本ではうちのゲーム会社で何度もお話してますよ」


「桜井さんって、ひょっとしてシリアルナンバーをくれた・・あの子?」


「良かった。憶えててくれたんですね」


見た目が全く違うから驚いた、けど忘れる訳が無い。

あの時、彼女がシリアをくれなかったら今の自分は生きていなかった。

彼女がここに転移してきたのは本当に偶然だろうか。


「シリアから話は聞いただろ。君はオレの命の恩人なんだ。感謝している」


何故かまた泣かれてしまった。



******************



「状況はある程度分かったわ。

それでタイジ君はどんなプレイスタイルなの?。

冒険者からの成り上がり?

それとも店を持つくらいだから武器とかポーションとかアイテムチートで大儲けする予定なのかな」


ようやく落ち着いた彼女の口から出た言葉がこれだ。

まぁ、オレにオタク文化を教えてくれたのは彼女だし、ある意味 彼女らしいセリフではある。

こちらとしては彼女が何故ここに転移してきたのか経緯を聞きたいが、まぁ後でも良いか。


「全部ハズレ。オレはここで静かにひっそりと生きて行くつもりだ」


「えっ、どうして?。せっかくの異世界だよ」


すでにゲーム感覚で楽しそうにしている彼女に伝えるのは難しい。


「そうだな・・まず、冒険者はこの世界にも居る。どんな仕事か分かるか」


「ふふん、任せてよ。

要するに色々な依頼に答える人材派遣みたいなものよね。雑用から始まり、採取や魔物の駆除、それに護衛よね。レアな魔物を倒して一攫千金。私もアイテムボックス貰ったから輸送もバッチリよ」


ギルドの受付なみにスラスラと出てくるな。

聞くだけ野暮というものだが これも手順というものだ。


「よし、裏庭に行こう。見せたい物がある」


「なるほど・・、そこに何か秘密が有るのね」


もの凄く楽しそうな子供にしか見えないな。

何を期待しているか大体わかるけど・・。

ちなみに彼女は今はシリアの服を工夫して着ている。



裏庭に出た。

正確に言うなら隣の家との間に有る空き地であり裏庭では無い。

表通りから見えなくなっているので裏庭だ。


「なんか・・凄い場所に住んでるのね。でも良い景色」


「ここは職人の工房が多く集まる地区だよ」


「それで街から離れてる場所ってこと?」


「あぁ、そんな感じだ。色々と都合が良いんだ。勿論 我が家にとってもね」


家の後ろには頑強な岩で出来ている崖がそそり立っている。

崖のとなりに家が有ると言った方が早いか。

なので上から何か落ちてきたら家など木っ端微塵だ。


このデンジャラスな立地条件に作られているのが危険を屁とも思わない職人たちの区画である。

オレのような他所から来た新参者が家を建てられた理由でもある。

ただし家を建てる前に崖の安全性は徹底的に確認してある。

嬉しい事にとてつもなく硬い岩盤で出来た崖なのだ。

我が家の後ろで崖が途切れそこからは森まで急な下りが続く。

景色が良いのはこの為だ。


「詳しい説明はおいおいな。

シリア、となりのフリアドスさんを呼んで来てくれ」


「あっ、昨日のアレね。わかった」


「さて、愛子ちゃん。丁度良いタイミングで昨日冒険者から買い取った野獣の死体が有る」


「あー・・その名前で呼ばれると以前の地味な生き方を思い出すから なんかイヤかも」


「名前、変えるか?。

それこそ 生まれ変わったんだし良いと思うぞ」


「じゃあ・・アイにして。

ゲームで使ってた名前で違和感ないし」


彼女は愛子からアイになった。

文字通り今日はアイの誕生日である。



話がそれたせいで説明する前に隣に住む皮加工職人フリアドスがやってきた。


「おぅ、タイジ。仕事だって。

あん?・・・その子供は何だ」


「凄むなよ、恐がるから。

この子はシリアの従姉妹だよ。

彼女を頼ってここに来た所だ。

これからうちに住むから宜しく頼むよ」


「アイです。・・よろしく」


見た目が日本人とはかけ離れた上に巨漢でマッチョ、おまけにハゲ頭のフリアドスは恐ろしく迫力がある。

アイがオレの後ろに隠れるのも無理も無い。

オレも最初はかなりビビッたものだ。


「昨日やって来た冒険者から黒イノシシを買い取った。また解体と毛皮の買取を頼むよ。値段はそっちで付けてくれ」


「ん・・そりゃあ良いが、こっちの都合で付けた値段じゃ儲からねぇだろ。商人なのにそれで良いのか?」


「毛皮とかに関しては素人だからね、下手な小細工は返って悪手になるだろ。それにこれは価格の勉強なんだ。他の商人に騙されないだけの経験になるから損は無いよ。最終的にオレとシリア、これからはアイもか。三人が食べられるだけ利益が有れば文句は無いさ」


「むぅ・・一見すると欲が無いように見えるが油断ならねぇな。若いのにどこぞのタヌキ親父に見えるぞ」


「それ・・・褒め言葉なのか?」


「おぅともさ。最高の褒め言葉だぜ。なんなら今の三人に うちの娘を1人足して四人にしても良いんだぜ」


「オレがシリアに解体されるからな。それは無しで」


脳筋に見えるフリアドスだが、これでなかなか油断できない。

何かに付けて娘をオレの嫁にしようとしてくる。

彼の娘マナリィは15歳でなかなかの可愛い子だ。

オレが肉体年齢相応に若い心を持っていたらクラッとしたかもしれない。くわばらくわばら。


そんな感じで分かるようにこの世界では経済力が有れば複数の嫁もオッケーなのだ。勇者共がハーレムハーレム言うのも不思議では無い。


「ったく・・おめぇは若いのに欲が足りねぇぞ。

それで、イノシシを出してもらおうか。ちょうど時間が有るから解体しちまおうぜ」


「ああ、そうだな。ここに出すから後ろに下がって・・それくらいで良いかな。よっと!」


ズトン!とイノシシの巨体がストレージから出される。

イノシシなのに牛よりも大きい。

これでも小型の方なのだ。


狩りの様子を物語るように足と頭はグロテスクにザックリと切られ、首も血抜きのためか切り裂かれている。腹も裂かれて内臓はすでに捨てられている。


そして何より・・・・


「くっさーい・・・何よこれ。うわっ、ハエが大きい、集まって来た」



生まれたこの日、アイは冒険者の現実を知るのであった。










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