7、出てきた
オレがタイジと名乗ってから早くも一年が過ぎた。
ゴミ(RMT)掃除をしたり、
安住できそうな国を探したり、
気に入った港町に家を新築したりと忙しい日々だった。
その反動では無いが今は2人でのん気な暮らしをしている。
店は一応は開店しているが客は全く来ない。
だが 何の問題も無い。
あくせく商売に励む意味が無いからだ。
遊んで暮らせる大金が有るのだからわざわざ勤労意欲を燃やす必要なんてない。ラノベの主人公には大金を手にしてもあくせく働く勤勉な好青年(笑)が多いが自分は違う。
「働いてないと落ち着けない」なんて悪癖を抱えたままでスローライフとか言うのはちゃんちゃら可笑しいだろ。
とは言え そう思うのも無理は無い。日本人は「アリとキリギリス」で洗脳されてるから働いていないと悪い事をしている気分に成るよな。権利として与えられている有給休暇をとることに罪悪感すら持つほどだ。
かく言う自分も日本に暮らしていた時は自分で自分を追い込んでいた。まるで刃物を背中に突きつけられて強制労働させられる奴隷のように追い立てられていた。
働かなくても収入を得られる人たちを妬んで「不労所得者」と悪者のように見下していたものだ。
自分もそんな立場(金持ち)に成りたいくせにね。
なんとゲスな心だろうか。
そんな経済奴隷の立場から自分は抜け出せたのだ。
もう他人の指図で自分の時間を使うなんてしない。
異世界に来て初めて人としての自由を得た気がする。
本当は店すら開かなくても良かったんだ。しかし、何もせずに暮らす自分たちを見た人々がどう思うか。
「あの家はどうやってお金を得て生活しているのだ?」と探りたくなるのが人情というものだ。
他人の家庭の内情を知りたがる迷惑な人間は多い。
他人の家を覗き見して楽しむドラマなんていう最低の番組が日本で受け入れられていたのが良い証拠だ。
わざわざ店を開いたのは そんな疑惑を持たせないように何か仕事をしているフリをする、いわゆるダミーである。「よろずや」なんていう何の商売か分かり難くしてるのもその一つ。
世間的にはシリアと自分は若夫婦という設定にしている。
そうでもしないと絵に描いたような美少女のシリアに言い寄る男共がうるさくて平穏な生活など出来ない。
そんな感じで とにかく平穏に暮らせる環境を作るのに苦心して、ようやく最近少しのんびりできている。
今日はシリアと居間で「なんちゃってコーヒー」を飲みながらまったりしていた。
日本に居た時からコーヒーを水のごとく飲んでいた。なので異世界に来た当初は禁断症状を起こしたかのように欲求不満となり、かなり真剣にコーヒー豆を探したのだが見つからなかった。
この世界の海は危険すぎて大航海時代は有り得ない。
つまり この世界の何処かにコーヒーの木が存在する可能性は高いが出会える可能性は無いに等しい。
しょうがないから手に入る何種類かの豆全てをシリアの魔法で焙煎し、一番似ている味のモノを代替として我慢している。
時間に追われる事も無くのんびりコーヒーを飲む、そんな平和な一時だった。
そして「好事魔多し」のフラグが立てられる。
対面に座っているシリアが急にソワソワと落ち着きが無くなった。
ん?、なんか場の空気が変わったような雰囲気が・・
「!!、マスター、空間に歪みが生じています。何かが転移してくるようです」
「は?、転移・・・」
シリアが緊迫した声で異常を伝えてきた。
止めていたマスター呼びをしている時点で彼女の慌てぶりが伺える。にしても転移・・・また勇者かよ。
「のっ!」
変な声を上げてしまった。
そりゃあ、いきなり目の前の空間から素足がニュッと出てきたら驚くだろう。
足の大きさからして子供かな?。
ただし種族によっては体の大きさに年齢が伴わないから思いこみでの判断するのは危険である。
あー・・・しかし、これはまずい。
「シリア、後を頼む。俺は見なかった事にする」
「はい、タイジ。後はお任せください」
シリアがクスクス笑いながら了承する。
うん、出てきたのは女の子だった。
たとえ子供でも見られたら怒るだろうし、後々面倒だ。
それに 出て来ていきなり目の前に男が居るより同姓の方が落ち着くだろう。まだ体の半分しか出ていないから席を外すなら今のうちだ。
平和なコーヒータイムが終わってしまった。
自分自身も落ち着く為に一度外に出る事にする。
ドアを開け外の通りに顔を出すと 何故か近所の人たちが集まっていた。職人街であり近所の住人は皆が職人や店主なので外でこの人数が顔を合わせるのは珍しい。
「おっ、タイジ。丁度良かった。面白いものが見れるぜ」
そう声を掛けて来たのは近所の皮革加工職人のフリアドス。禿頭でゴツい体をした巨漢である。
仕事柄か近寄ると少し臭い。
彼が指差す方を見ると何時もの景色が広がっているのだが、青い港の中に巨大な水しぶきが見えている。
「どうやら居残りが居たらしいな。チラッと見ただけだがカニみたいだったぜ」
「良いな。今夜はカニで一杯できる」
「だろ。ははは」
少し高台に有るここ職人街からは港の風景が一望できる。
遠くからでも分かるくらい街が活気付いている。
二階建ての家屋より大きい巨大なカニである。その甲羅や骨?などは貴重な加工素材で各種の器や工芸品、日用品に利用される。
関係する職人や商人たちにとっては稼ぎ時なのだ。
今頃は屈強な漁師たちがワラワラと集まってカニを退治する算段をしていることだろう。
常日頃から海の生き物と戦って糧にしている漁師達はとんでもなく強い。
他の街に行けば直ぐにAクラス冒険者になるだろう剛の者がゴロゴロしている。
そのせいでこの街には冒険者ギルドの支店が存在しない。
冒険者よりも一般人の方が強いからだ。
街を破壊しそうな巨大なカニも彼らにとっては良き獲物でしか無かった。
後でカニの身とミソを買いに行こう。
巨大なカニなので一匹から取れるカニの肉は膨大な量になる。
痛みやすいので早く消費しなくてはならず、安い値段で大量に買えるのだ。おまけにこの地方には「カニミソ」を食べる習慣が無く、始末するのも大変なため「欲しい」と言えば喜んでもらえる・・そう、無料なのだ。
タダというのも後々問題が有りそうなので漁師の宴会に酒を一樽提供したら彼らと仲良くなれた。
調味料が日本のように豊富ではない世界なのでカニミソは大変に重宝する。
生ものを保存できるストレージを持つ自分とシリアにとってカニ退治はウハウハなイベントと言える。
そもそも この港町に住み着いた理由の一つがこのような海鮮の豊かさなのだから。
近所のおっさん達と情報交換をしているとシリアが出てきた。
「タイジ、もう大丈夫だよ。母様は落ち着かれたから」
「あぁ、了解」
今日のシリアは変だな・・母様って何だ?。
とりあえず、平和なグータラ生活を守る為にも出てきたのが何者か調べなくてはならない。
居間の木製のソファー?にその子はグッタリともたれ掛かっている。まるで体中の力が入らないようだ。
「あぅ・・なぅ」
声は出るようだが赤ん坊の発声に近い。
見た目が10歳くらいの大きさなので違和感が大きい。
まさか転移していきなり身体障害では悲惨すぎるだろ。
見つめて来る目にはしっかりとした意思と力強さが有るから問題は体だけなのか・・。
「どういう状況か分かるか?シリア」
「鑑定で見ましたが肉体は正常です。
今の脱力状況はレベルがゼロの状態であるためと思われます」
「レベルがゼロ?」
「生まれたての赤ちゃんと同じ体力、筋力という事です」
「なるほど・・」
確かに生まれたての赤ん坊は手足を少し動かすのがやっとだ。普通は生まれてから少しずつ手足を成長させながら動かして筋力を付けていく。
いきなり10歳程度まで成長して転生?したのに筋力は赤ん坊並みしか無いらしい。
それなら動けなくて当然だろう。
前世の日本なら病院で長い間リハビリを受ける事になるかな。たぶん・・
しかし、ここは別チャンネルの地球であり異世界と言っていい。郷に入って郷に従えば良いだけだ。
「ふふふ・・動けないのか。なら、やりたいほうだいじゃないか。オレが気持ち良い事してやろう」
「ひっ・・ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ」
オレが幼女を見つめながら悪党のセリフを言うと危険を察したのか大声で泣き出した。
泣き声もまんま赤ん坊だな。
決まりだ。
この子はある程度の年齢の知識と意識を持っている。
今の一言でこの子の目にはオレがロリコンの変態男に見えただろう。貞操の危機を感じて泣きだしたのだ。誤解は後で訂正しよう。
「シリア、この子を抱きかかえて一緒に来てくれ」
「そんな悪い冗談言って、後で嫌われてもしりませんよ」
シリアはクスクスと笑いながらシーツに包まれてミノムシ状態の子供を抱き上げる。
****************
坂道を下り 街の中心地を抜けて港が近づいて来るとしだいに騒がしさが増してくる。
漁師たちとカニとの戦いはこれからが本番だろう。
まだカニは上陸していないが銛を打ち込む時の風を切るような音が聞こえて来る。
この世界のカニは成長するとパッと見で二階建ての家屋くらいの大きさがあるバケモノだ。
上陸されると街に大きな被害が出る。
かと言って海の中で仕留めると引き上げが難しい。
海岸線で勝負を付けなくてはならないので難しい狩りなのだ。
海岸近くではゴツイ男たちが走り回り殺気だっている。
「まずいぞ、くそっ。間接の裏までガードされてやがる。刃物を打ち込む場所が無えぞ」
「鉄の棒を足の間接の隙間に差し込んで少しでも動きを止めてから大ナタを叩き込め」
ドカッ☆
逞しい男たちが大木のようなカニの足に弾き飛ばされる。
空中で体制を建て直し足から着地する猛者もいるが、多くが受身だけで地面を転がっていく。
一般人なら死んでもおかしくないダメージのはずだが 彼らはすぐ立ち上がりまたバケモノに向かっていく。それはそれは壮絶な戦いであった。
そんな様子を見下ろす建物の屋根の上にオレと子供を抱き上げたシリアが居た。
距離にして100メートルほど離れている。
「えっと・・これが良いかな」
ストレージから取り出したのは一本の槍。
一応は雷属性の付与が付いた魔剣ならぬ魔槍である。
どこかのお城の宝物庫に入っていた奴だな。
銘も無く、手持ちの武器の中では性能がショボい。
なので使い捨てにしても惜しくない。
売ればそこそこの値段になるだろうけどね。
「じゃあ、さっさと終わらせますか。それっ」
ッキュウゥゥゥゥゥーーーーーーン
軽く投擲しただけなのに まるで銃弾が打ち出されたような音を残して槍が飛んでいく。
訓練した訳でも無いのに器用さにも補正がかかるのかちゃんと命中する。レベル補正恐るべし。
遠目にもカニの口が破壊されたのが見える。
この角度から体内に打ち込めばカニミソには被害が無いだろう。
それから少しして無事に経験値が割り振られた感覚があった。
カニは死んだようだ。
「どうだ?。レベルが上がって話くらいは出来るだろ」
「えっ、レベル?。あっ本当・・・ちゃんと口が動く」
まだ発声が馴染まないのか掠れた声ではあるがなんとか会話できるようになったようだ。
シリアの持つ便利機能にパーティの範囲登録が有る。
一定の範囲内のメンバー全員を一時的にパーティとしてリンクさせるものだ。これがあれば意思のはっきりしていない本当の赤ん坊でもパーティに入れて経験値を割り振る事ができる。
これも個性的なキャラ作りとして彼女に付けられた能力なのだろう。
「お母様、また会えて嬉しいです。私です、シリアです」
「シリア・・?」
「何の事だ?それって」
「ですから、私のプロクラムを組み上げて作り出して下さったお母様です」
思考がフリーズしたオレの耳に漁師たちの勝鬨の声が響いていた。ああ、彼らは今晩も宴会なんだろーなー。(現実逃避してみる)