5、聖女の末路
1人を除いて全てが死に絶えた魔王城。
オレとシリアが見つけたのは勇者パーティのヒーラーらしき少女。回復職のくせに苦しそうにしている。
単純に考えるなら魔力切れなんだろうけど、さて・・。
「安心しろ、オレ達は人間だ」
「ハァハァ、人間?。
な・・何故私たち 以外に 人間がいるのです」
「ゴミとして廃棄されたからだな。ははは」
オレの気楽な答えに顔を歪める少女ヒーラーさん。
グダグダ説明する暇は無いから放置で良いかな。
しかし、どうしたものか・・この子本人がRMTと契約していなくても関わりが強いのは間違いない。
助ければオレが居た事が相手側に知られるだろう。
「何方かは知りませんが・・はやく、 逃げて。
も、もう直ぐ王国の 専門部隊が攻めてきます。
事実を目撃・・した者は誰であろうと処分され、ます」
何やらヤバイ情報いただきました。
そう言えば少し前から窓の外から喧騒が聞こえて来る。
「マスター、人族の軍勢が城下の街を徘徊しています。
戦いでは無く、街の全てで略奪が行われているようです。
これは・・何故か街の魔族も全て死に絶えています」
近くの窓から見下ろしていたシリアが実況報告してくれる。
勇者が魔王を倒すであろうタイミングでこれか・・。
とりあえず逃げる以外に選択肢は無いかな。
「脱出するぞ。その子も連れて行く。準備してくれ」
「はい。・・あのぅ、準備とは?」
「その子の武器防具、アクセサリーも危ないか・・
とにかく、身に付けている物を全て外してくれ」
「っ!、・・いゃ・・」
「マスターが鬼畜な命令を・・・弱っている女性にそんな事を望まれるなんて、さすが私のマスターです」
15歳の美少女シリアが頬に両手を当てて凄く嬉しそうにとんでもない方向で妄想をしている。
普通ここは軽蔑の眼差しを向けるものではないのだろうか。いや、別にそんなものを望んではいないけど。
「はっ、はうっ、・・!!、何をなさるのです。止め、止めて ください」
「よいではないか、良いではないか。ふふふ」
シリアを仕込んだプログラマーは遊び心が旺盛らしい。
彼女が喜々としてヒーラーを全裸にひん剥いているのが目に浮かぶようだ。
だが、オレはその場を見ない。
別にオレが純粋で恥ずかしいからでは無い。
見れば後々この事をネタに取引材料にされるのが目に見えていたから回避したのだ。何より、今のオレは女性の体に夢も憧れも希望も持っていないからな。
とりあえず少女ヒーラーはマントで簀巻きにしておく。
剥ぎ取った装備一式をまとめてシリアに火葬?させる。
居場所を測定できるプログラムが有っても困るからな。
この方法でなら確実にアイテムを破壊できるだろう。
「使い捨ての転移結晶を使うけど、シリアは地理的な情報を持ってるか?」
「宝物庫に近隣の国々まで書かれた地図が有りました。
一番近い人族の国は危険ですから外すとして、この地と関わりの無い人族の国までは距離的に三回の転移が必要となります」
「とりあえず方角だけ教えてくれ。詳しい話は後だ」
「こちらの方向になります」
シリアが指差した方向に強く念じながら結晶を砕く。
もしも使えないアイテムならインベトリーから消えているはずだから使えるのは間違いない。
足元には見慣れた魔法陣の輝きが広がっていく。
もう転移には慣れたよ・・。
転移は無事に成功し、降り立ったのは森の中だ。
魔族の国に有る森ではあるがオドロオドロしいイメージとは違って普通の森だ。木々の葉が緑では無く、青い事と幹が紫色なのを除けばだが。
深い森らしく巨木が光を遮るせいか足元には僅かな草しか生えておらず歩きやすい。
「転移開始地点より50キロほど移動しました。周囲には魔物以外の反応は有りませんが更なる移動を推奨いたします」
何も言わなくても適切な情報を提示してくれるシリア。火力だけでなく索敵からマッピング、身のこなしを見れば近接戦闘すら可能に思える。今更だけど、いくらURキャラだとしても能力が有りすぎて異常だ。
「また後で方向を指示してくれ。とりあえず死にそうなこの子を何とかしないと」
「いえ、その・・必要は有りません。何をしても・・私の・・命はもう直ぐ終わります。やっと解放されるの」
苦しそうな顔なのに何処か晴れ晴れとした雰囲気でヒーラーの少女は語りかけてきた。
「魔族・・の王都・・にたどり着いた時点で・・私は 聖女の魔法を行使し・・ 特殊な結界で守られた・・ヒデオたち以外の者は・・体内の魔力の質を反転させられて死に絶えました。私は・・魔力を使い切った・・事で即死は免れましたが・・魔力が回復するほどに・・」
懺悔するかのような彼女の告白はここで途絶えた。
シリアは無言で彼女を火葬し、僅かな遺骨を土に帰していた。
城や城下町の人々が死に絶えていた理由は分かった。
勇者が弱いのに魔王の所までたどり着けた理由も。
しかし、聖女がそんな魔法を使うのか?。
聖女ってヒーラーの最上位職だったと思うけど。
「マスター・・、情報収集 完了しました。
このゲームステージにおける勇者パーティと聖女の概要を報告いたします」
その後、シリアから語られたのは悲惨な聖女という名の奴隷の姿だった。
彼女はたった一度の魔法を使う為だけに勇者パーティに強制的に入れられる。
その魔法は体内に循環している魔力を変質させてしまう恐るべきものらしい。
聖属性なら闇に、火なら水に、無属性はランダムに突然変質する。
受け入れがたい魔力はアレルギーのように体内で反発するため猛毒と同じ意味を持つ。それが一度で都市を丸ごと飲み込むほど広範囲に発動されるのだから堪ったものではない。
個人で持つのは危険極まりない魔法。
都市を全滅させる核兵器なみに凶悪な魔法であるが 首輪に施された魔法陣によって勇者が解除するまで魔法を使う事はできない。ちなみにこの魔法は「魔王だけが弱った状態で生き残る」という汚いプログラムまでされている恥知らずなものだ。
ちなみにヒーラー役の魔法使いは別に居るらしい。
まさに名ばかりの聖女。
何も出来ないのに過酷な旅に同行させられ、勇者の夜の相手までさせられる少女にとって地獄のような旅である。
あげくに一切の名誉も褒章も無く、旅の最後には死ぬと分かっている魔法を使う事を強要される。
RMTに課金した勇者をゲーム内で楽しませるためだけに国家ぐるみで用意されたシステムらしい。
死んだ彼女が最後に救われたように安らかだったのは地獄が終わったからなのだろう。
「シリア・・火葬できる範囲はどれほど広げられる?」
「超高温での荼毘は狭い範囲になりますが、低温で燃やす程度なら都一つくらいにはなりますよ」ふふふ
無表情なのにシリアの顔が凶悪な笑顔に見える。
たぶん自分の顔も同じように歪んでいるだろう。
数十万人は暮らしていただろう魔族の城下町は全ての建物から炎を吹き上げ炎上している。
シリアが低温だと言っていた魔法ではあるが、一気に街全体から火の手が上がり火葬されていく。
略奪に奔走していた盗賊軍隊の兵士も体全体から燃え上がり、全員が生きたまま焼かれて地獄の苦しみを味わっている。自業自得である。
これで少しは死に絶えた魔族の人々の弔いにもなるだろう。
この世界の魔族とは特殊な魔力の停滞する地域に暮らす事が可能なだけの普通の人間のことである。
凶悪な姿でも無く、他の国々を脅かす存在でもない。
勇者パーティと名乗る侵略者は そんな平和に暮らしていた人々の都を略奪目的で全滅させたのだ。
それも一部の人間を楽しませる為にだ。
なるほど・・
なぜ、ゲームバランスさえ破壊するであろうシリアという最強のサポートキャラを前世の記憶を持ったままの異物とも言える自分に与えたのか。
GMたちは望んでいるのだろう。
本当の意味でのRMTを根絶やしにする事を・・。
その後、シリアがアクセスできるデータバンクの情報からRMT業者の社員が根城にしている国家、王族貴族などを洗い出し、城ごと燃やし尽くして行った。
ストレージに沢山所蔵していた転移結晶を惜しみなく使いかなりの広範囲を移動して害虫駆除に奔走したのだ。
そのため多くの国では国家の指揮系統が消滅し大混乱になるが、それですらゲームのイベントなのだろう。
しかし、そんな日々は 唐突に終わりを迎える。
なんと、シリアがある日突然に普通の人間の少女になってしまった。
それまでの彼女は召喚された妖精というカテゴリーでこの世界に存在する理由付けがされていたそうな。
とは言え、まだまだ色々なスキルが使えるハイスペックな彼女ではあるが、魔王を瞬殺する戦略核みたいな破壊力は無くなってしまった。GMからの情報であろうデーターバンクとのアクセスも一切できなくなった。
どうやら無事にGMたちの目的は果たされたらしい。
RMT業者の影響力がほぼ無くなったのだろう。
必要の無くなった能力は危険なため下方修正されたのだ。
ただし、シリアが弱体化しても特に困る事は無い。
なぜなら、魔王を そして数多くの高レベルキャラクターをシリアが葬ってきた事で、召喚した主人の自分には膨大な経験値が流れ込んでいたからだ。自分のレベルを見る事はできないが恐ろしい数値に成っているだろう。今ならオレ1人で魔王を倒せると思う。
野田哲夫のクソガキ?。
相手をする価値すら無くなってしまった。
もしも勇者を名乗って目の前に出てきたらプチッと潰せるだろう。足元を歩くアリみたいなものだな。
城と一緒に焼かれたかも知れないしどうでも良い。
ともあれ、これでやっと本当の異世界生活が始まる事を感じ取ったオレこと田中大二郎はタイジと名乗る事でこの世界と馴染むことにした。
召喚された時に若返った今の自分は15歳のシリアと並んでも全く不自然では無い、らしい。
鏡が無いので確認が難しいが17歳程度の姿に見えるそうだ。
ちなみにシリアはサポートキャラで無くなったのだから自由に生きれば良いのに今もオレに従事している。
まぁ、お互い他に知り合いも居ないし、気が済むまで行動を共にしても問題は無い。
特に目的も無いし、これからシリアと2人で安住の街でも探して今度はゆっくりと旅でもする予定だ。