終末が町にやってくる
「本当は私が十一月星人なの」
十一月の三十日。星がどろりと垂れてきそうな夜だった。なにもかも静寂と紺色に包まれている公園で、トモコちゃんの顔と首と鎖骨、それから白いスカーフだけはぼうっと浮かび上がって見える。彼女はクスリともせずに、能面みたいな顔で僕の目を、じっと見ていた。僕はせっかくのキラキラグルグルしたトモコちゃんの瞳がいつになく暗く陰っていることに気がつき、ただそのことばかりが悲しく感じられた。
トモコちゃんの冷え冷えした瞳に「君が?」と問いかけると、白い息とともに吐き出された自分の声がカラカラに乾ききっているのに気が付く。虫のような掠れたみっともない音だった。しかしその音は決して否定的ではなく、むしろどこか納得したような響きがあった。自分の声に、理解がゆっくりと近づいてくる。
(トモコちゃんがあんな切実な顔で嘘をつく訳がない)
僕は何度となく繰り返した十一月の中で、そのことを知っていた。だから僕にはもう否定できない。分かってしまっている。
トモコちゃんは、十一月星人なのだ。
* * *
スンと鼻を鳴らすと、凍り付いてしまいそうな気温と湿度。追い打ちを掛けるように吹き付けた風がトモコちゃんのセーラー服の白いスカーフをなびかせた。十一月二十九日は、いつもこんな風に冷え切っている。濃紺のセーラー服自体は夜闇にすっかり溶け込んでしまっていて、彼女の肩に手をかけるのも一苦労だった。
「四谷くん」と彼女は少し肩を震わせる。寒さのためか、それとも諦めのためか。体の揺れた拍子にトモコちゃんのポニーテールが振れて僕の指先をなぜた。その感触に僕はもう叫びだしたいような堪らない気持ちになって、ちょっと乱暴に彼女の肩を引き寄せる。トモコちゃん、と何度となくつぶやいたその名前を飽きもせずに呼び彼女をじっと見つめる。すると僕はいつだってその瞳に飲み込まれそうになるのだ。数えきれない光が渦巻くトモコちゃんの目。
息を吐きながら彼女へそっと顔を寄せ彼女の唇をさらおうとしたその瞬間、真っ暗な世界を閃光と爆音が切り裂いた。
耳をつんざく安っぽいアクション映画みたいな下品な音と共に僕の靴とトモコちゃんの靴の間に直径五センチほどの隕石が降ってきた音だった。彼女に近づけていた鼻先が若干熱く、僕も彼女もケガをしていないのは普通ならば奇跡と言うべき事態だった。しかし僕らにとってそれは奇跡でもなんでもなく、必然ないしは失望だった。
残念なことに、今現在地球は普通の状態ではない。だから僕は俯き、トモコちゃんは「また駄目だったね」という言葉でもって、その隕石に対応してしまう。
「やっぱり無理みたい」継いだその言葉も諦観ばかりが感じられる。そんな彼女を見ていると俯いた僕の体にはまた新しい何かがグワンと流れ込んできて、僕はトモコちゃんの感情とかそういったものを取り戻すように、月に向かって「ああああ!!」と吠える。
「どうして!」
僕は拳を握りしめて天高くにぶんぶんと降る。広がる宇宙のどこかにいる十一月星人たちが憎くて仕方がなかった。僕の手や思いが宇宙に届いたならば、十一月星なんてとっくに墜落して滅茶苦茶になっていることだろう。それくらいの思いが僕にはあった。
「仕方ないよ、もう決まったことだし。地球は侵略されちゃってるんだもん。奴らのレジャーランドに過ぎないんだよ、私たち」
それは全て諦めてしまったトモコちゃんの思いまで僕が抱えているからで、いつもなら星を落とすなんて僕一人じゃできやしないだろう。トモコちゃんと二人でやっとのはずなのだ。溜息をつく彼女からは本来の明るさやにじみ出る幸福感を奪われてしまっていて、僕は再び怒りを覚えた。
二〇一二年十一月三十日に、地球は十一月星人によって征服された。そのことが世界中の一般市民に伝えられたのは翌日、二〇一二年十一月一日のことだ。本来なら来るはずである十二月が、僕らには来なかった。
三十日の夜、まさにその日の夜にトモコちゃんと会っていた僕は翌朝、寝ぼけ眼で母の用意したパンを食べながらそのニュースを見て唖然としたものだった。
「……繰り返します。えー、ああー、日本の皆様に急きょお伝えします。昨夜、地球は我々地球人の手を離れ、**星雲の**星にその所有権を移しました。これにより、地球は日本でいう二〇一二年十一月一日から……十一月三十日までの、限られた時間を繰り返すことに決定いたしました。詳しいことは後程分かり次第、その。はい、ええとあの、本当に。いえ、あ、それでは」
脂汗を額いっぱいに浮かべた総理大臣が原稿を震えた手で持ちながらたどたどしく話す様子が、その日一日テレビで流れ続けた。というよりはそれから何日間は流れっぱなしだった気がする。それに対する人々の反応は様々だったが、誰も彼もが一様に混乱していたことは確かだ。それからというもの、説明を求める声は日々高まっていく一方だった。しかし最終的に情報が出そろったのは一か月後のことで、人々は身をもって繰り返される十一月を理解することになる。正月は来なかったのだ。
簡潔にいうと、地球人は十一月以降の進歩が一切不可能になった。記憶は延々と地続きになるが、それに進展が伴わないのだ。どんな方法を試そうともどんな対策をしようとも、絶対に何らかのトラブルに見舞われる。僕らの足の間に振ってきた隕石がそのいい例だ。十一月三十日までに至った到達点が僕たちの全てだった。
攻め込んできた宇宙人はある程度文明の栄えた星を他にもいくつか支配しており、それらをレジャーランド化しているのだという。彼らの今回のテーマ『季節』の中で、地球は十一月の担当に選ばれたらしい。だから本当は十一月星人という俗称は全くの誤りなのだが、一度定着したものはなかなか治らずに特別な専門家以外は大抵その名称を用いる。
彼らは地球人に扮して好きな国で好きな十一月を楽しんでいるようだった。彼らの技術力には僕らではとても太刀打ちできないようで、侵略の過程も侵略後も静かなものだった。何より、僕らには『宇宙人に立ち向かった』という行動の進展に辿り着けない。十一月星人の侵略は完ぺきだった。
それによって、例えば科学者は嘆き悲しんだ。知識を蓄えることはできてもそこから発展ができないのだ。彼らの心血注いだ技術は永久にストップした。しかしその一方で、少数ながら喜ぶものもいた。死期が迫った老人などがそうである。
僕たちは十一月末の状態までしか変化を許されておらず、死もその変化の一環だった。だから十一月までに死んでいないものは決して死ぬことはないのであって、彼らはその恐怖から逃れたことを大いに喜んだ。老人たちでなくても、死の恐怖から逃れることができるというのは大半の人間には喜ばしいことだった。
ところでそんな滅茶苦茶な世界で僕が気に掛けることと言えば、もっぱら十月の末から付き合いだしたトモコちゃんと進展がないことだけであった。
「この星も十一月星人もみんなイカレてる!」と公園で一人怒れる僕を、トモコちゃんは静かに見つめていた。
「でもよかったこともあるでしょう。私たち十二月が来たらもう会えないかもしれないんだよ?」
トモコちゃんは僕の手をぎゅっと握る。それが、僕と彼女にできる行為の限界だった。実感するたび、地団太を踏みたいような焦燥感が僕の奥底でぶすぶすと焦げ付く。そんな僕の目に気づいたのかもしれない。
「もし地球が侵略されてなければ、四谷くんと恋人でいられるのは一か月きりだったし」と、トモコちゃんはグルグルの瞳で僕をまたじっと見た。合った視線が絡まって、というよりは一方的に吸い込まれてしまう。
トモコちゃんは十二月に、遠い遠い異国の地に行ってしまうことになっていた。彼女のパパは作家で、いつも世界を飛び回っているらしく、トモコちゃんは二〇一三年の四月に中学三年生になったらその旅についていくことになっていた。しかし僕と彼女が恋人になった途端にその計画は故意か偶然か、十二月に早められてしまったのだ。
「僕はトモコちゃんと離れ離れになることを望んでるわけじゃない。でも違うんだよ。おかしいんだ。僕たちはもう何回十一月を繰り返して、何回キスを失敗してる? 数えきれない、気が狂うほど長い時間僕らはこうして、気も狂えない。こんなの、こんなの!」
足元の砂利にめり込んだ隕石をスニーカーで踏みつけると、ゴムの焦げる臭いがした。その臭いに僕は再び、体の底で焦げ付いている思いをまざまざと見せつけられているような気がする。そしてトモコちゃんにそういう思いをそのままぶつけてしまう自分の余裕のなさに遅れて気が付き、腹の奥が焼けるような羞恥を感じた。
愚かしい僕の前で、トモコちゃんは僕の靴底の隕石を(もしくは僕の体の底を)見つめるように俯いて静かに呼吸を繰り返している。白い吐息が彼女の姿を照らすように規則正しく吐き出されていった。
吐息が世界に溶け込んで、彼女の存在感があらわになっていた。彼女を取り巻くまろみのある空気が、彼女の呼吸によって可視化されているのだ。
僕はトモコちゃんそのものはもちろんのこと、彼女を取り巻く世界が好きで仕方なかった。地味な紺色のセーラーに包まれた白い身体だとか、ゴム人形を思わせる細い腕に纏わりつく冷気だとか。彼女のパーツだけでなく、世界がトモコちゃんを、トモコちゃんとしてだけ成り立たせている。
「私……」
それなのにトモコちゃんは静寂の息を乱して、ぐらりとその存在を傾けてしまった。彼女を抱きとめることもできない僕は、突然砂利だらけの地面に座り込んだトモコちゃんにせめてもと手を伸ばす。しかしトモコちゃんは静まり返った水面のような目でそれを見つめるばかりで、決して掴もうとはしなかった。
「四谷くん」と、トモコちゃんはぽつりと僕の名を呼んだ。彼女はその時ですら僕のほうに目を向けようとせず、多分意識的に目をそらしていた。深く停止した彼女の瞳は僕が見たことのない色をしていて、いつものグルグルなトモコちゃんと同一人物とは思えないほどだ。そんな彼女を抱き殺すほど強くこの胸に収めてやりたいと思っても、抱きしめることすら僕にはできない。
「トモコちゃん?」
「明日まで、待って」
初めて見る彼女の苦悶に歪む顔に、僕はもう「何を?」などとは聞けなかった。彼女に伸ばした手が行き場を失って居心地が悪い。かじかんだ指先は誰かの熱を求めているのに、目の前の少女に触れることが今は酷く戸惑われた。
そしてその静止は、トモコちゃんが「今日はもう、帰らないと」と言って立ち上がるまで続いた。空元気のお手本の様に無理やりにでたらめにほほ笑んだトモコちゃんは、やっぱり僕の顔を見ようとはせずに踵を返した。そして、「さよなら!」そう叫びながら、公園の時計台を横切って僕の家とは反対方向へと彼女は駆けていってしまう。ポニーテールだけが妙に愉快そうに揺れていた。時計の指し示す時刻でもうすぐ一日が終わろうとしていることを知り、そういえば明日は三十日だということが、なんだかとても重大なことのように思い出された。
* * *
そして翌日の二十二時、公園でずいぶん早くから待っていたらしいトモコちゃんは僕に、震える声で「本当は私が十一月星人なの」といった。
「あなたなら分かってくれるよね。私が、十一月星人なんだって言っても信じてくれるよね。あなたといたいがために、ただそれだけのために十一月を繰り返してるって言っても」
トモコちゃんはそこで一度話を切って、昨日とは打って変わってこちらを穴の開くほどに見つめる。僕も同じで、彼女の穴のような目から視線を外さなかった。
「十一月計画は私が決めたの。レジャーランド計画も、パパの職業も、私自身も、全部隠れ蓑のウソだった。本当はね、私たちが地球を観光地になんかしてないの。むしろ、観察してる。十二月の初めに、この星はなくなっちゃうんだ。だから私は視察のためと仲間にまでウソをついて、十一月を繰り返してる」
トモコちゃんは一息にそう言って一拍置くと、最後に「あなたを死なせたくないの」とこぼした。
僕は呆然としながらも、トモコちゃんがそんなに必死に僕のことを求めていたことが純粋にうれしかった。彼女は地球がなくなるとか僕が死ぬとか言っていたが、なんだか今は些細なことにしか思えない。彼女のはっきりとした愛情の前ではあまりにどうでもいいことだった。
むしろすでに知っていたような気さえするのだ。デジャヴとか予感とかそういった曖昧なものでなく、記憶や知識のような確たるもので僕はそれを理解している。
「何年も何百年も何千年ものすべての出来事の積み重ねが、この地球の破壊を決定しているの。もしかするとすべて、壊れるための出来事だったのかもしれない。どちらが先かはわからない。でも多分それが世界にとって起こるべきことなんだろうね」
「それは絶対に防げないんだよね?」
僕はただ興味本位で彼女にそう問いかける。
「無理だよ! 四谷くんだって十一月を体験したでしょう? あれといっしょだよ。今回は規模が小さかったから個人の行動のみの制約だったけど、もっと大きな目で見ると、地球の滅亡という目的に対する必要な行動は誰かがやらなくても絶対に誰かが補っちゃう。だから結果は変わらないの。あなたを助けるためには、こうして十一月を繰り返すしかなかった。私たちがもう少し早くに気づいていれば、せめて一年くらいで繰り返せたかもしれないのに、失敗した」
トモコちゃんはそうまくしたてた後、「おかしいよ、こんな世界」ともう一言こぼすと悲しげに俯いてしまった。僕はそんなトモコちゃんを見ていると、彼女の全てを理解して共有して、おかしい、という言葉にうなずいてあげたくなってしまうが、どうしてもできなかった。僕はそのことに関しては何の疑問も不満もなかったのだ。
そもそも結果が決まっていようと過程は変わるのだったら、たいした問題ではない。僕は繰り返される十一月で実感していた。みんなそこそこやっていけているし、僕だってそうだ。間違っていて、おかしいのはそんなことではない。
「もう、いいんじゃないかな。十一月を終わらせても。そうじゃなきゃ十二月が始まんないんだろ?」
「そんなの……!」
声を荒げるトモコちゃんの顔が真っ赤だ。僕はそんなトモコちゃんがやっぱりどうしても好きで、だからちょっと笑いながら彼女の手を握った。
「過程があって結果があるんじゃないか。でもその結果っていうのも過程に過ぎないんだよ。もっと大きなことのための、あるいは塵みたいにちっぽけなことのための過程なんだ。地球の滅亡もその過程でしかないんじゃないかな。僕は本当のこと言うと、今までこの侵略も含めてひとつながりの過程と思ってたよ。少し時間の流れはおかしくなってるけど、あんまり変わらないって。いつか十一月星人が諦めて帰るまでの一本道なんだろうと。でも違ったんだね」
トモコちゃんはよくわからないといった様子で眉をひそめて、なんだか泣きそうな顔をしていた。僕は繋いだ彼女の手の上にもう片手も重ねて、彼女の手を包み込んだ。
「トモコちゃんが地球の崩壊を怖がって、未来を食い止めてしまっているというなら、これはきっと間違いだ。地球の十一月は『本当に繰り返され』ちゃってる。この星はひとつながりの時間軸から外れてどこにも行けない。結果が丸ごと奪い去られて、もう過程ですらない。これじゃ僕たちは亡霊といっしょだよ」
分かるかな? 分からないかもしれない。僕だって全部分かっているわけじゃない。その場で思いつくままをこぼしているだけだ。でも分かるだろう。トモコちゃんなら分かるはずだ。僕は彼女のことを大体分かっているように彼女だって僕を理解してくれているはずなのだ。そもそもトモコちゃんが僕にこの事実を教えたのは彼女も何か思うことがあるということであって、でもそれが何だか分からなかったから僕に話したのだろう。彼女は本当は知っていたに違いない。
「ねえトモコちゃん。大丈夫だよ」
「死ぬのが怖くないの? どうして? あなたは」
それはまあ怖いけど、と思う。しかし、遂に大粒の涙をこぼし始めたトモコちゃんにはそんなこと教えてやらない。それほど僕は薄情ではないし、トモコちゃんにはどうせ何も言わなくたってばれてしまうのだ。だから僕はもう一度彼女の白い手を強く握りなおす。
「そんなのどうだっていいよ」
冷たい風が耳を攫うように強く吹いた。凍える全身の中でトモコちゃんと繋いだ手だけは温かく、もう僕の中で生きているのはその手だけなのかもしれなかった。
星がどろりと垂れてきそうな夜だった。なにもかも静寂と紺色に包まれている公園で、トモコちゃんの顔と首と鎖骨、それから白いスカーフだけはぼうっと浮かび上がって見える。彼女はクスリともせずに、能面みたいな顔で僕の目を、じっと見ていた。僕はせっかくのキラキラグルグルしたトモコちゃんの瞳がいつになく暗く陰っていることに気がつき、ただそのことばかりが悲しく感じられた。だから僕はそっと繋いだ手の片方を離して、トモコちゃんの頭に乗せる。
「大丈夫」
トモコちゃんの頭の上に乗せた手がどんどん冷たくなっていく。やっぱり僕は徐々に死んでいっているようだった。
彼女はどうして、と呟くがその瞳は先ほどまでの暗がりではない。すこしだけ混ぜたコーヒーのようにちゃぷちゃぷと揺れていた。やっぱり彼女は本当は分かっていたのだろう。自分のしていることの不毛さとか、そういうことに気付かないほど彼女は馬鹿ではない。それに十一月星だってこんな負担をいつまでも抱えていられるとも思えない。きっとトモコちゃんはいつか決断を迫られるのだろう。どちらにせよ僕らはこのままではいられない。どんなことがあろうとも、いつか季節は巡るだろう。
「もうすぐ十二月だ」
顔を上げて公園の時計台を確認するとその針はいつの間にか随分と進んでいて、長針と短針が今にも十二に重なろうとしていた。ぼんやりと光る白さが、僕につられるように時計台を見上げたトモコちゃんの目にぱっとうつった。ろうそくの火をまた別のろうそくに移したように、トモコちゃんの目はあのいつものグルグルを取り戻す。
「四谷くん」
そして灯ったばかりのトモコちゃんのグルグルの中からは、ぽろぽろと光が零れ落ちた。僕はそれを見ていたいような見たくないような奇妙な気持ちになって、思い切り彼女を抱き寄せる。いままで決して僕の胸の中に納まらなかった彼女が、今はまるで最初から欠けていた僕自身のパーツの一部分のようにそこに納まった。彼女を取り巻く空気が僕になじみ、彼女と僕の空気の差はもはやない。スルスルとしたセーラー服の布がひんやりとしているが、やはり中に彼女自身の身体の温かさが感じられた。それに触れる僕の身体も少しだけ熱を取り戻す。僕の肩口から彼女の泣き声が聞こえた気がして、抱きしめる力を強めた。とろとろとする。彼女の熱が、生が、彼女を抱きしめてこの腕の中に留めておけることが、暖かくて仕方ない。仕方なかった。
遠くで、轟音が聴こえた気がした。
遠くで、火花が散った気がした。
遠くで、近くで、光がはじけているような、そんな気がした。