第1話 桜花賞
この高校には、人気ものの男子生徒がいる。名は有馬貞樹。
成績はよく、凛とした顔立ちでとても女子から人気があった。
しかし、彼に声を掛けるものは誰もいない。彼のオーラが強すぎるのだ。男子でさえ彼には話かけようとしない。
そんな有馬貞樹と岬桜花が出会ったのは2年生になった4月の事だった。
「はあーつかれた」
入学式、始業式がおわり、桜花は友達の亜弥、愛紗と帰路についていた。
「校長先生、話長かったよねー」
「本当、でもなんか1年あっという間だったよねー」
「いっこうに春もこないし」
「亜弥には一生こないんじゃない?」
「っ! そ、そういう 愛紗だって彼氏いないじゃん」
亜弥と愛紗が歩きながら討論している。それを桜花は何気なしに見ていた。
なんか楽しい事ないかなー。
上を見上げると満開の桜が太陽に照らされていた。
「きれいだなー」
細い目で呟く。そんな桜花の声を聞いて、亜弥と愛紗が振り向いた。
「桜花はなんかやること見つけたの?」
「成績はいいのにやりたいことがない桜花さーん」
二人の言葉に桜花は考えるように下を向き答える。
「それは……まだ……」
特に何も、そう言おうとしたとき、
「もうすぐ、桜花賞だ」
どこからか声がして、聞こえた方を見る。
数十メートル先、そこに男子生徒のシルエットが見える。
「あれって!」
亜弥が笑顔でその男子生徒を見ていた。
片手をポケットにいれて、もう片方の手でバッグを持ち、肩にかけて満開の桜を見上げている。
「いつ見ても、かっこいいよね、貞樹くん」
「あなたには無理よ、あきらめな」
二人が話している。勿論、桜花も貞樹を知っている。高校では有名人だから。
だがそれよりも、桜花は先程、貞樹が放った言葉が気になっていた。反応からしておそらく、亜弥と愛紗には聞こえていなかったのだろう。
しかし、桜花にはたしかに聞こえた、自分の名前が入っていた言葉を。
「桜花?」
「えっ!」
気づかぬうちに考え込んでいたようだ。
「どうしたの? ぼーっとして」
そこでもう一度前をみる。がもうそこに貞樹はいなかった。
「さ、貞樹くんは?!」
慌てて二人に聞く。
「え、さっきあそこ曲がっていったけど?」
そういって正面の曲がり角を指差す。
それを聞いて桜花は走り出した。
「え? ちょっと桜花!!」
「どうしたのよ!」
背後で二人の声が聞こえたが、無視して桜花は貞樹のいた方に走る。
たしかに言ってた、桜花って。
曲がり角を曲がってしばらく先に貞樹を見つける。
「さ、貞樹くん!」
桜花は思いきって声を掛けた。
貞樹が振り向く、その姿に心臓が波打つが、桜花はじっと貞樹を見ていた。
「何か?」
「あの、さ、さっき」
貞樹は完全に疑問の顔を浮かべていた。だが桜花は続けていった。ついさっき貞樹が放った言葉の意味を聞くために。
「桜花っていいました、よね?」
桜花自信はただの興味本位だったが、貞樹と話せることもあったのだと、自覚はあった。
その桜花の言葉を聞いて、貞樹はしばらく黙り混む。
「あの、ち、ちがいましたか?」
黙り混んだ貞樹を見て、おもわず聞くが、貞樹は無表情のまま桜花の方に近づいてくる。
えっ? な、なに?
桜花は完全に混乱した。
そして目の前に来た貞樹は、次の瞬間、桜花の肩に手をおき、
「競馬はお好きですか?」
……………え?
「け、競馬、ですか? あのギャンブルの?」
「そうです」
「えっと、いえ、あんまり、知りません」
「そうですか……ちなみにお名前は?」
桜花は心臓バクバクの中自分の名前を言う。
「み、岬、桜花です」
「…………………」
なんで何もいわないの? 私、なんかいった?
「桜花さん」
「は、はい!」
「私がなんで先程、桜花と言ったのか? でしたね」
「はい、あの桜並木のところで聞いて」
そう言うと、貞樹はしばらく黙り何かを考えると、
「桜花さん、確かに私は桜花と言いました」
「そ、そうですか」
とりあえず安心する。
「それでですね、その理由ですが」
「なんなんですか?」
聞くと貞樹はニヤリと笑い、
「今週は、桜花賞なんですよ!」
「………え? お、おうかしょう?」
桜花の頭に?が浮かぶ。
その様子を見て貞樹は、
「なるほど、では、競馬の初心者の桜花さんに分かりやすくお教えしましょう」
「貞樹くん、競馬が好きなんだ、高校生なのに」
「ご安心を、馬券などは購入していません。見るだけで迫力と興奮が味わえますから」
あ、なんだろう。面倒臭い性格の目をしてる。い、いや貞樹くんに限ってそれは、
「競馬とはギャンブルで知られています。しかし関係者からしたらスポーツ同然」
面倒臭い性格なんだ、わかったよ競馬オタクだ、顔はいいのに。
「では桜花さん」
貞樹の顔が桜花の目の前にくる。
「ななな、なに?!」
「本題です。先程の桜花賞について簡単に説明しましょう」
そして今日も貞樹の競馬トークが始まった。
「桜花賞とは、4月に行われるG1レースの事です」
「G1? て、なに?」
「競馬には、レースに格付けがあるのです。賞金が多ければクラスが上がります。格付けは、500万下から、1000万下、1600万下、そして、一番上がオープンになります。さらにオープンには、グレードという格付けのレースがありそれがGのことを指します」
「へー競馬にもいろいろあるんだ。じゃあG1って?」
「グレード1、つまり競馬の最高峰という格付けとなります。ちなみにグレードには他にG3、G2の格付けがありこのグレードレースを関係者は"重賞'と言います。しかしそこを勝たなければG1にでれないというわけではありません。重賞を1勝もせずともG1に出てる馬はいっぱいいますから」
「うん、いろいろ入ってきてこんがらがるけどだいたいはわかったかな?」
「(サウンズオブアースとか)」
「え? なんかいった?」
「いえ、なんでも。…それで、競馬の格付けについては理解していただけましたか?」
「うん! つまり桜花賞は競馬の最高峰のレースってことでいいんだよね」
「ええ、そのとおりです。G1は1年間に中央だと24レース(平地のみで)行われます」
「競馬って1年間にどれくらいあるの? 土日ってことはわかるけど……」
「だいたい競馬は、一週間に2つか3つの競馬場で1日12レース行われます。それが土日で毎週、1年で数えると3000レースを越えます」
「さ! さんぜん?! 競馬って知らない間にそんなやってたんだ」
「ちなみにG1にはそのレースごとに距離や場所、特徴がちがうんですよ」
「じゃあ、桜花賞は?」
「牝馬限定です」
即答だった。
「ひ、牝馬?」
「牝馬とは、女の馬の呼び方です。ちなみに男馬は、牡馬といいます」
「じゃあ、女の子だけのレースってことか。ふーんそれでそれで?」
桜花は貞樹の話にどんどん興味を沸かせる。
「牝馬限定というだけではありません。牝馬でしかも3歳限定なのです」
「わ、若いね」
「基本、馬はだいたいは2歳でデビューし、ほとんどの牝馬はここを目指します。そして3歳でしか出走出来ないレースは他に5レースあり、それをまとめてクラシックと呼ぶのです」
「人生に1回しかでれないってこと?」
「そう、しかも選ばれた十数頭のみ、本当に一握りなのですよ」
「険しいんだねー」
「桜花賞、桜の季節に阪神で行われる、芝1600メートルのマイル戦、桜花、いい名前です」
「あ、ありがとう」
急に心臓がはね上がった。
貞樹がこんなにしゃべるところを桜花は初めて見たのだった、それと同時に、本当の貞樹を知ってしまったのだ。
「それでも……」
「どうしました?」
「あ、いや! なんでもない」
「そうですか………あの、桜花さん」
「な、なんですか?」
貞樹はしばらく黙り混むと、桜花の目をみて、
「友達になって下さい」
「……………え?」
「ぜひ、桜花さんにも競馬のことを詳しく知っていただきたいのです。そして競馬の素晴らしさ、迫力を知って貰いたいのです!!」
「えーーー!! と、友達?!」
「嫌でしょうか?」
貞樹が桜花を見つける。それだけで桜花の心臓は驚くほどにはね上がった。
「い、いやじゃ、ない、よ?」
もはやその場の勢いで答えてしまった。
「そうですか! それではまた、競馬について詳しく教えてさしあげましょう!」
「う、うん……」
「では、桜花さん。また」
軽く手をあげ、微笑みながら貞樹が歩きだす。
それを桜花は呆然としながら見送ったのだった。
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2話もなるべく早く投稿します。
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