無罪放免〜秋人sid〜
『重罪人』という自分の作品の、続編です。前作品は読まなくても大丈夫、のはずです。
あだ名。それは、ある種の親愛の証。名前を弄ったあだ名だったり、その人の特徴だったり。最初は違和感を覚えるあだ名も、いつかはその呼び名が当たり前となり、それ以外で呼ばれることに違和感を覚える。
君はどんなあだ名を持っているだろうか。きっとそのあだ名も、最初は違和感があったり、抵抗があったりしたと思う。でも、それもいつか嬉しい呼び名に変わる。
もちろん世の中には、不名誉なあだ名も存在するだろう。親愛の証ではなく、侮辱の意味を込めてのあだ名もあるだろう。
ちなみに、俺のあだ名は侮辱の意味を込めた親愛の証という意味の分からない物だったりする。
「おい、重罪人」
毎朝、学校に行くための待ち合わせをしている一人の女友達。そいつが朝出会った直後に、唐突に言う俺のあだ名。
言いなれるとかそんなレベルではなく、ただ毎日言われる度に開いた口が閉じなくなる。
「な、なぁ……その呼び名、辞めないか?」
「何故だ?」
「何故……だと?」
あれ?これは、俺がおかしいのだろうか?
白昼堂々、大勢の人がいる中で『重罪人』と呼ばれるのは普通なのだろうか……いやいや!危ない危ない!おかしいに決まってる!
「いったい!誰が!重罪人だ!」
「秋人だが?」
「……」
あぁ、もう駄目だ。
こいつ何を言ってるんだ、っていう目をしてる。
「なんで重罪人ってあだ名なんだ?とか色々聞きたいことはあるが……とりあえず、そのあだ名を人前で言うのやめてくれないか?」
「ふむ……善処しよう」
「それ、しないやつ……」
俺を『重罪人』と呼ぶ友人──千夏は、俺の小さな抵抗の呟きを無視して、一人でさっさと歩いて行く。
「お、おい。千夏。待てって」
「なら早くこい」
「ったく……こっちは、20分待ってたんだぞ……あ」
つい口に出てしまった、俺のちょっとした秘密。
「20分……だと?」
「あ、いや。気にすんな、うん」
俺は恥ずかしさのあまり、千夏の先を歩く。別に何かやましい事があるわけではないが、何故か千夏の顔を正面から見れなかった。
「お、おい、秋人……はぁ、そーゆ所が『重罪人』って呼ばれる理由なんだろうが……」
「ん?今、何か言ったか?」
「なんでもない」
「なんでもないって……」
何かを隠しているのは分かるが、教える気がないのがハッキリと伝わって来る。こうなって千夏はテコでも口を開く事がないからな……。
俺はそれ以上特に深追いせず、千夏と学校へと向かった。
そもそも、千夏が俺のことを『重罪人』と呼ぶようになったのが、1週間ほど前のこと。放課後に2人で勉強していた時のことだった。
俺が勉強の息抜きにと千夏に対して、俺が思う殺人より重い罪を語った後から。内容としては、殺人より無意識に期待をさせる方が相手を傷付ける、というもの。俺個人の考えであって、他の人に同意が欲しかったわけではなかったが、あくまで暇つぶしの一環としてそれを千夏に話した。
それに対しての千夏の感想は
──私、秋人に自虐癖があるなんて知らなかった。
という、ちょっと理解が出来ない感想だった。その後に新たに作られた『重罪人』のあだ名。
いったい、このあだ名にはどんな意味が含まれているのだろうか……。
「ちなつー、帰ろーぜー」
意味の分からないあだ名で呼ばれるようになってから、1ヵ月程が経った。
やはりというか、千夏に理由を聞いたところで答えが返って来ることはなく、半分理由を知るのを諦めていたそんなある日。俺は日課である、他クラスである千夏を放課後になる度に迎えに行く、という事をしていた。
「高木さんなら、図書室に行くって言ってたよ」
教室内を見渡して千夏を探していると、千夏と同じクラスの女子生徒に伝えられたそんな言葉。
なんで俺に何の一言もなく……そんなことを思いながらも、その足を図書室へと向ける。
うちの高校の図書室は、こういっちゃ悪いが使う生徒なんてほとんどいない。放課後になんてなると、そこはもう校内にあるのに孤島のような存在になる。もちろん司書の先生がいたりするわけで、全くの無人というわけではないのだが。
「ちなつー」
そんな誰も来ない図書室。そんな図書室に千夏が何の用なのか。
結局、その答えを見つけることが出来ずに図書室の扉を開ける。ただ……色々とタイミングがまずかった。いや……後から知る、という事を考えると事前に知っといてよかったのかもしれない。
「千夏、いるのか──」
「高木さん!ずっと好きでした!付き合ってください!」
──……え?なんなんだ、これは?
扉を開けると同時に耳に入ってきた、男子生徒の声。
図書室に入ろうとする気持ちに反して、俺の足は動かない。
動かない足の代わりに、いつの間にか俺の神経は耳へと集中していた。それは、少しでもこの場で起きている会話を拾い損ねないように。
「えっと……その……」
この声は確かに千夏の声だ。
その行為は完全に盗み聞き。それが分かっていても、俺はその行為をやめられずにいた。
「なんというか……そうか、ありがとう」
この図書室のどこにいるのだろう。相手は誰なのだろう。
考えたところで、俺の動かない足では図書室の入り口からは移動できない。
「まさか、好きだと言われるとは思ってなかったから……すまない、なんて言っていいか」
「そ、そうだよね。ごめん……」
「い、いや。そっちが謝ることではない」
──なんで……なんで千夏はさっさと断らないんだ?
そう思ってから気づく。千夏がこの告白を断って欲しいと願っている自分がいることに。
「好きだと言ってくれたのは、純粋に嬉しい」
「な、ならっ!」
「すまない……私には好きな人がいるんだ」
「そ、そうなんだ……」
千夏の口から出た『好きな人がいる』という言葉。告白をしている男子生徒が、その言葉でショックを受けている中、俺も自分が思っていた以上のショックを受けていた。
──俺は……千夏が好きなのか?
ショックを受けた理由を考えて、それしか答えが出なかった。
でも、千夏には好きな人がいる。この気持ちに気が付いたところで……今、告白を断られた男子生徒のように断られるのが見えている。
「ねぇ……高木さんが好きな人って、どんな人なの?」
男子生徒が千夏に聞いたそんな言葉。俺は……それを聞くのが怖かった。
だから……俺は、静かにその場を後にする。自分が情けないと思いながら。
「私の好きな人か……もしかしたら、って期待だけさせてその素振りを全く見せない、最悪な奴だよ」
「でも……本当に好きなんだね。最悪って言ってるのに、高木さん楽しそう」
「あぁ……期待だけさせといて、何もしてくれない奴だが……良い奴で、私が本当に好きな奴だよ」
そう答えた千夏の視線は、図書室の入り口の方を見ていた──