ネコの異世界転移、その序章のようなもの
昔々あるところに――なんて文言は、小さい頃に聞き飽きただろうけど、それでも昔々あるところに、と始めるのが一番楽だ。
昔々あるところに、こんなお話があったらよかったのにと。
そんな願いの詰まった、とあるお話。
ウサギは言った。
「僕が描かれるときは大抵白色だけど、実際僕の仲間はみんな茶色だぜ」
「そうは言ってもウサギさん、言ってる本兎が白なのはなんなのか」
素早く突っ込みをいれたのはネコ、世界でもそう例がないと言われる、雄の三毛猫である。彼はウサギのように猫が描かれる姿に疑問を持ってはいなかった。
……当たり前だ。そもそも自分と同族の偶像がなんだろうと、それはどうでもいいことだ。因幡の白兎を書くときに黒色ならば問題だろうが、兎という種を描く際に白色だろうと茶色だろうと問題はない筈だ。なんなら虹色でも構わない。
「本兎って、なんか馴染みのない言い草だなあ、僕は兎なのに」
「まあ普通、こうやって話してる時点で、もうヒトみたいなものだからね、『本人』という方が案外適切かもしれない」
ウサギとネコの会話は続く。
「ネコくんは難しいことを言うな、僕知ってるぜ、そういう難しい話ができる奴を中二病って言うんだぜ」
「……馬鹿にされているのか、持ち上げられているのか、君との付き合いはそこそこのはずなのに、ちっとも分からないよ」
「もちろん褒めているに決まってるだろ? ほら中二病、中二病のネコくん!」
「やっぱり馬鹿にしてるよね?」
はは、バレた? と人なつっこい笑みを浮かべるウサギ。ネコもそう嫌に思っているようには感じられない。
この二人はいつもこんな風にくだらないお喋りに興じていた。
その、どうでもいいような、でも掛け替えのない日常が崩れることになるなんて、誰も思いはしなかった。
「ネコさん、お手紙ですよ」
「ああ、ありがとう」
礼を言って、手紙を受け取る。
清々しい朝に鳥が運んできた、一通の手紙は白かった。
「なんだろ、これ……」
不思議な手紙だ。
まず差出人が書かれていない。『ネコ宛て』というのは書かれているものの、むしろそれだけでよく届いたものだと感心する。この村に、猫は山ほどいるというのに。カタカナがポイントなのだろうか? 猫ではなく、ネコと書かれていたからこそちゃんと届いたとか。
「ま、それはどうでもいい話なんだけど」
独りごちる。
ネコはその性格から誤解されがちだが、割りとよくしゃべる。
それは誰かといるときだけじゃなく、一人のときでも。
要は独り言が多いタイプの、それなりに社交的なタイプ。……全然まとめられていないのはご愛敬ということでひとつ。
まずは中身を見てみよう、とネコは思った。
思ったからには即実行するのがネコという人間(?)で、彼は爪で封を切ってその手紙を外気にさらした。
「ん?」
不思議な手紙だ。
次に便せんが入っていない。
受け取ったときにもやけに薄いなと思っていたら、まさか中身が存在しないとは。差出人が書かれていないことも併せて考えると、イタズラの類だろうか。
「でも、誰かに恨まれるようなことをした記憶もないし」
ネコは人当たりが悪くない。
目上の存在は別にして、基本的に誰だろうとさして変わらぬ態度で優しく接する。気兼ねなく話せるのは、昨日のウサギを含め数人しかいない。そういう意味では、ある種社交性が低いとも言えるが、重要なのはそこではない。
彼は誰かに恨まれるような性格ではないし――
「――ここまでするような、熱烈なファンも持ってない」
そもそもストーカーなんて、自分にいるはずもないけど、とネコは溜め息を吐いた。それは嬉しいのか悲しいのか。狂気じみた感情をぶつけられることもない代わりに、誰かに愛してもらえているわけじゃないというのはどうも微妙だ。
「まあどうにせよ、この手紙は処分するべきかな」
単に便せんを入れ忘れただけなのかもしれないが、どうも気味が悪い。ヤギに食べてもらうわけにもいかないし、焼却炉で燃やしてしまうことにしよう。
「とりあえず新聞でも読んでゆっくりするかな」
手紙のことは忘れて、のんびり過ごそうと考えていたところ――――
急に、空の封筒が輝き出した。
「え……?」
突然のことに、思考が追いつかない。
『それでは、貴方を勇者として迎え入れましょう』
本当は手紙が入っているはずだったのか。
脈絡のない文字が、目の前に現れ消えていって、ネコは意識を失った。
それからネコは異世界へと召喚され、同じく召喚されたウサギと世界を救う旅に出るのだけれど、それはまた別のお話。
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