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隷属の白姫と黒髪の騎士  作者: 日馬粒志
プロローグ
3/3

3話 苛烈な午前

 ズール王国騎士学校。過去に叩き上げの騎士を養成する上で必要となり、今では殆どの貴族が「とりあえず『騎士爵』貰えるから行っとけ」っという軽いノリでご子息ご令嬢を入学させる学校である。平民も入学できるが、貴族の推薦がないと入学できないため、全校生徒の2から3割程度しかいない。場所は王都から馬を西に3時間走らせた林の近くである。


 元々は150年も昔、東の海からやってきた魔族軍との大戦で多くの国軍兵や傭兵を失い、急遽平民や嫡子以外の貴族を兵士に仕立て上げる為に建てられる事になった事が始まり。かなり苦しい所まで追い詰められたようで、女性に兵役を課す事もあったようだ。


 そして魔族軍との戦いが100年前に終わり、この学校は本来お役御免となるはずだったが、とある問題が発生する。魔族軍が残した『魔性の残滓』と呼ばれるものが土地を犯し、作物が育たない等の弊害を起こした事だった。これを治す為に教会が総力を挙げて原因究明に力を上げた結果、時間に委ねるしか方法は無かった。


 これによって、少なくとも数十年間、東側の土地は作物を育てる事は出来なくなった。同時にズール王国全土で男児が生まれなくなると言う現象も起こったことで、深刻な労働者不足にも悩まされることになる。


 だがその時、誰かが騎士学校を見てこう思ったそうだ。


 『兵士を売るのはどうだろうか?』と。


 こうして国を挙げての傭兵産業を立ち上がった。質の良い兵士をたくさん排出するため、かの大戦で叩き上げられた傭兵や下級騎士を教官として迎え入れ、貴族の嫡子以外の子は勿論、東側の農村の人々を主に片っ端から生徒として供給し、実戦に耐えうる兵士を他国に輩出した。そこには男女などという隔たりは存在せず、女性が爵位を継げるこの国だけのルールはここから始まることになる。


 幸いなことに、100年以上続く戦争の果てに、ズール国以外の国々は今まで通り他国と小競り合いや紛争を始めた。虎の大地の東側、彼らドラゴノイド族が支配する大平原はどこへ行っても肥沃な土地にあふれており、魔族という共通の敵がなくなった今、それらを求める小国は後を絶たない。ズール国の傭兵産業は、そうした他国の慢性的な兵士不足を補うことにつながり、産業は時代に合わせて少しずつ形を変えながら、ズール王国を『騎士の国』と言わしめるほどの歴史を持った学校になった。



###



 その学校に義姉であるベルタが通っている以上、俺もこの世界における春一番の日、丁度1年の始まりからこの学校の生徒として参加する事になった。女子生徒として学園生活を送る日々に、俺は内心では心躍っていたが、その夢は早々に打ち砕かれる事になった。


 何せズール王国を『騎士の国』と呼ばれる要因となった学校だ。そこから3ヶ月は実に苛烈を極める事になった。主人公チート? あるわけ無い。


 まず夜明けから正午までの授業は『訓練』である。そして騎士学校における訓練は主に『戦争』や『決闘』を想定した訓練で、刃が身体に入らないよう鎖帷子や厚いハードレザーを着込んで、体力作り、筋トレ、そして武術の稽古。これを午前中に合間合間に10分程度の休みを入れて6時間かけて行う。


 運動とは無縁の生活を送り、武道全般未経験の俺がこの授業内容についてこれる訳がなく、初日から一週間はズタズタだった。特に最後に行われる『ヘヴィファイト』を模した1on1の模擬試合は一番辛かった。俺以外の生徒は全員格上で、俺では相手にならなかったのだ。

 特に、平民出の生徒を相手にした時は酷かった。彼ら、上から目線でまるで物の敵のように俺をいたぶるのだ。それでも数える程度の人数だったが、平民に対する最初の印象は最悪だった。


 一度、彼らの度が過ぎる行いにベルタが抗議した事がある。その時俺は強い勢いで押し倒されて、そのまま袋叩きにされる所をベルタが割って入り助けて、その流れで抗議した。


 彼らの行いは我々が目指す騎士道に反しており、例え格下でも敬意を払って相手すべし。とはベルタの言い分。


 対して、この学び舎において弱者は罪であり、この白い娘は相応しくない、と言うのが彼の言い分。そして、この口論に割って入ってそもそも1年分の学業を修める事無く2年に編入する事自体おかしいことではないか、という意見をぶつけてきた平民が何人か出てきた。


 そして、誰かが貴族を侮辱する発言が起こり始めた。「対して実力も無いのに上で踏ん反り返って、美味い飯を家畜のように食い漁っていく」と。


 この発言が切っ掛けで、貴族出の生徒もそれを小耳に挟んで野次馬として割って入ってくるなり、平民対貴族という構図が出来上がってしまう。これでは真面な話し合いなどできようはずもなく、むしろエスカレートして暴力沙汰になりかねない事態にまで発展しようとしていた。


 結局、この事態に気づいた指導員が事態の収拾の為に介入して、双方ともうやむやにされたまま稽古に戻り、事態は収束するに至った。



###



 この出来事もあり、俺は早急に誰かに師事し、強くなる必要があった。


 元々『強い騎士を』と傾倒した結果、個人の実力と実績を至上とする場所となったこの学校では、ヘタに議論の場を設けるとすぐに「じゃ、決闘で決めてね」という流れになる。その方が処理が早いし、何より楽で、そして俺のように、もしもの時のために強くならねばと自主的になるから、である。雰囲気は悪くなるが、それでも対立関係や競争関係を維持するためとして、この学校ではまかり通っているという。だから俺もそれに習って行くしかなかった。


 問題は誰に師事を受けるかだが、そこはベルタの友人の一人が引き受けてくれた。その人の名はダニエラ・アルドヴァルン。『四大公』と呼ばれる公爵家に連なる一族『アルドヴァルン公爵家』の長女であり、前年度から校内随一の両手剣使いと呼ばれている女性だった。容姿は甘栗色の髪をショートヘアーにした、鎖帷子越しでも出ているところが出ているのが分かるスタイルの良い美少女だ。


 さっそく稽古に取りかかると、まず両手剣の握り方と振り方を教えて貰った。まず握り方は、両手とも前を向くようにして、右手は鍔にしっかりと触れて軽く持ち、左手は右手とは逆に柄頭付近をしっかり握る。これが基本的な持ち方になる。


 続いて振り方は、まず唐竹割りから、振り上げる時は腕が菱形になるように腕を上げて、そこからぞうきんを絞るように腕を伸ばして振り下ろし、切っ先がギリギリ地面に付かないところで止める。この時足は仁王立ちだが、基本的には青眼以外は左足を前に置く。そこまでして、その日は素振り50回を行った。


 最後に、稽古で試合を行う時、効率的且つ早く強くなれる方法を教わった。


「基本的に八相(剣を肩のところまで上げる上段構え)の姿勢で相手に突っ込んで、そこから振り下ろす。最初はそれだけ良い、何より相手が攻勢に出る前にこちらから仕掛ける事。絶対に相手の攻撃を待つな」

「もしこちらが打って出る前に出られたら、剣を前に突き出せ。出来るなら剣の切っ先は喉元か目線に当てる事。仕切り直せたと思ったら、すぐ八相に戻して攻めて、相手に二度も攻めさせるな」

「後は相手の動きを見て、学べ」


 この3つだ。次の日からこれを試してみたところ、さすがに2年生、返されてしまったりする事が多かったが、それでも遙かに有効打を取れる回数が多くなり、少なくとも有効打を取られたり押し倒されて袋叩きに遭う事は少なくなった。三つの事を教わり、それを守って実戦する。これだけで、俺は昨日と比べて目に見えて強くなった。


 後は、持久力。


「きっつ……」


 『必ず相手より先に攻勢に出る』。言葉はなんて単純なんだろう。しかし実際はどうだ。剣を振るう度に腕が重くなり、前に出る度にふくらはぎが悲鳴を上げる。この身体は、両手剣を扱うだけのフィジカルが圧倒的に足りていない。


 そして、もう無理だ、休もう。今日はこのぐらいで良いじゃないか。明日取り戻せば済む話だ。と誰かが俺に囁く。


 革袋の水筒を勢い頭からかぶりながら思う。甘い罠。死神の声。全部そう聞こえた。昔はこれを自分が何気なく口にしていたのが嫌になる。


 多分あの世界で、そう思っている人間は沢山いる。もしかしたらこの世界にもいるんだろう。何気なく『怠惰の呪文』を唱えて、俺はここまでだって言ってる奴が。その後、俺の上を行く奴を見て、後悔するんだ。


 今度こそ、そうは成りたくない。

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