2話 後始末
その後の出来事は激流の如く早かった。
彼ら邪教徒達はその全員が否応もなく殺された。まるでそれはその殺戮という行為が見せしめであるかのように冷酷且つ徹底的にだった。自分の周りに居た人々が、何の躊躇いもなく刺殺、撲殺、斬殺されて、鮮血が飛んで当たりを赤く染める。その様を見て、これはもしかしたら俺も死ぬかもしれない。そう思って頭を低くして虫のように蹲った。
勇ましい騎士達のかけ声と、邪教徒達の悲鳴。それがしばらく続いて、それが収まったの感じて当たりを見回した。それは死屍累々の数々と、血に染まった騎士達の姿があった。俺は殺されなかった。その事に安心を覚えて、しかしすぐに身体の異変を感じ、自分でも恐ろしいほどの大量の血を吐いた事までで、その時の記憶は途切れた。
次に目が覚めると、そこは中世の貴族が住まうようなきれいな装飾が飾られた寝室だった。部屋には茶髪のメイドの様な衣装を纏った女性が一人だけいて、俺が目を覚ました事に気がつくと、俺に「少々お待ちください」とだけ言って部屋を出て行き、しばらく経ってあの時の黒髪の乙女が部屋に入ってきた。
あの時は鎧を着ておりで勇ましく見えたが、この時の彼女の衣服は学校の制服だったらしく、決して高くない身長も相まって幼さと可愛らしさがとても際立っていた。しかし佇まいや振る舞いは、成人し貴族社会を渡り歩く大人たちに負けないほどの落ち着きや余裕さを持っており、とても同年齢には見えなかった。
お身体は大丈夫ですか? 黒髪の乙女の第一声はそれだった。問題ない事を伝えると、彼女はなら良かったとだけ言って微笑む。
「申し遅れました。私はベルタ・グランヴェル・オブ・エドモンド。ズールを束ねる現国王ヴァイル・クリャンス・オブ・ズールから『辺境伯』の爵位を叙された騎士グランヴェル・アイオダイル・オブ・エドモンドの一人娘です」
と、凜とした声で彼女はその時名乗った。長い、と思う以上に、これはどうも俺が知っている世界観が違う、そんな印象を受けたのを覚えている。
時間を飛ばされたか、あるいは世界を飛ばされたか。それを判断するのは彼女の話を聞いてから判断できた。
彼女曰く、ここはズール王国という国にある騎士学校の寮、そして彼女の部屋だと言った。ズール王国という言葉に疑問を投げかけると、世界の西側にあるという虎の形を成した大陸の、極東にある大きな密林の次に東にある国だと彼女は教えてくれた。あの後、大量の血を吐き出しその場に倒れた俺を治療し、近場の教会に身柄を移して体調が安定するまで保護し、その後この学校の寮に移送して目覚めるまで面倒を見ていたらしい。
そこまでの経緯を説明してふと疑問に思う事がある。あの場で彼ら騎士団の御旗となり先陣を切った彼女が、よもや医術師である訳はないだろう。なのに、只の被害者である俺を自分の部屋にまで連れ込んで面倒を見る理由がどこにあるのか。
それを察してか、彼女はその部分を掻い摘まんで説明した。
まず、彼の大主教によって負わされた呪い『隷属の呪い』は今も尚、俺を蝕んでいるという。しかし、『主人』を変えて。
あの時、大主教が死んだ事で『隷属の呪い』の最後の効果が発動した。それは『主人』が死んだ時、『奴隷』も死ぬ、という単純なものだったが、その呪いの力は絶対的で、ファンタジーに出てくる魔法使いや神官の類もその場にいたが、だれも手の付けようがなかったのだ。
しかし、その死の呪いを無効化できるかもしれない案が一つ上がった。誰かが彼の大主教の右手の平に刻まれし『主人』を示す邪悪な刺青を引き継げば、『主人』が死んだ事をなかった事にできるのでは、と。
その案は実に稚拙で、危険な賭けだった。そもそもそれで助かるか分からないし、運が悪ければ逆に自分が呪われてしまうかもしれない。誰もが自分が、と名乗り上がるのを渋るなか、一人だけ率先して名乗り上がった者がいた。
それが目の前にいる黒髪の乙女。ベルタ・グランヴェル・オブ・エドモンドだったのだ。そして結果は俺が今生きている事が証拠である。
しかし、それ故の弊害も起こった。
まず、俺は彼女の『奴隷』として、例外を除いてその側を離れる事ができなくなり、故に常に寝食を共にする事が必要不可欠となった。
こう言った制限が貴族の令嬢、しかも次期伯爵の後継者と契約を交わされてしまったため、メイド等の《側で付き従う者》程度では肩書きとしては役不足になってしまった。だから、どうにかして事実上《平民》扱いである俺を貴族として迎え入れる必要が出てきたのだ。
結果的に、実は俺は彼女の父グランヴェル・アイオダイル・オブ・エドモンド伯爵と妾との間に生まれた娘の一人で、偶然にも邪教徒の一団に掠われて呪いをかけられていたところを、正妻の娘であるベルタ・グランヴェルに助けられ、そのまま引取られた。と言った内容の落とし所を見つけて、それを多方のお偉い方々に文書を送ってひとまず落ち着き、その後真偽を確かめるために、ズール王国の王都にある教会に出頭する事になった。
ちなみにファンタジーでよくある嘘を見抜く魔法とかを使える人も教会とかにいて、その場にも立ち会っていたが既に買収済みであり、その上何事もなく『全て偽りなき事を神に誓います』と、彼らが信仰しているだろう大きな像に、彼女は平然と言い切っていた。
大丈夫なのだろうかと彼女に聞いて見た所、
「嘘一つで人が一人助けられるのなら、私は神様にだってホラを吹きますよ」
と堂々と言っていた。
結果的に、呪いについては教会が積極的に研究を行って解呪する方法を見つけ出す事を誓い、ベルタは俺を『奴隷』ではなく、あくまで『義妹』として家族のように扱う事を誓った。
そんな訳で、俺はエドモンド公爵家に迎え入れられる事になり、その流れでベルタが通う騎士学校に、尚且つベルタの同じクラスに特別生徒として編入する事になった。
……これが主人公チートって奴なんだろうなと、これまでの幸運を強くそう思う事にした。