1話 事の始まり
ほんの3ヶ月前、俺『逢坂勇利』はこの世界とは別の世界から召喚された。
召喚の主は、ここズール王国と呼ばれる国の裏で暗躍してきた邪教徒の一派を牛耳る大主教であり、表面上はこの国が唯一認めていた一神教の神父だったという。見た目は小物のようでいて、実際は諸悪の根源のような、胆力の強そうな細身の男だった。
召喚された俺は、その大主教の趣味かそれとも何かの因果が、女の子にされていた。
白銀の如き輝く髪と、相対する様に漆黒な瞳。当時は分からなかったが、間違いなく美少女と呼ぶに値する容姿だった。
そんな――自分で言うのもなんだが――とびきりの美少女に、この男らが何をするかと言えば、そんなものはサルでもわかる事だった。
「『女神の身体』を器とし、我ら神の使徒の子を孕ませる」
今も考えるだけでもぞっとする。精神がまだ『男性』である俺にとって、自分が同じ男に性の対象として見られている事の恐ろしさを。
恐怖のあまり、俺はそこから逃げる選択を選んだ。だが、それを予期していた大主教は俺に呪いをかけた。
その名は『隷属の呪い』。……ニュアンスで大体分かるだろう。邪教とは言え神様を崇め奉るような男が、いたいけな小娘を奴隷にするような代物だ。
この呪いをかけられた者は、かけた者に対し絶対の服従と隷属を約束し、破られればかけた者が指定した『罰』が発動すると言う極めて危険な代物。この『罰』が『死』であればかけられた者は死に、『百人の男とまぐわえ』だったら本当に100人の男とちょめちょめしなきゃならない。それほどの強制力を持ち、故に滅多な事では解けない恐ろしい呪いだった。
異世界転生などという茶番を経験するだけでも極めて希であるのに、異世界に召喚された人間が奴隷にされるというのもまた極めて希であると言える。
呪いをかけ終えて、大主教は「我らが悲願は達成された」と高らかに笑い、周りの邪教徒たちと喜びを分かち合っていた。そして俺は、これから受ける惨劇を前に、震えが止まらなかった。
しかしそれは瞬く間に冷えた。
直後に、『騎士団が襲撃してきた』という一報が、この儀式場に入ってきた。つかの間の静寂の後、騒然とする儀式場。
助けてくださいと、大主教と何故か俺に泣き叫んで縋ってくる混乱した邪教徒と、それを諌め、指示を出す大主教。
あらかじめ確保していた逃走経路に沿って、俺と邪教徒たちは逃げだした。俺はどうにかしてその騎士団に助けて貰おうとしたが、命令に逆らおうとする度に、強烈な頭痛と禁断症状に似た窮屈な感覚によってそれは阻害された。呪いによる『罰』の影響だった。
そしてついに見えた出口で、彼らは絶望を呼ぶ悲鳴を聞いた。
彼らの目の前には、鎧の重厚な厚みを纏う屈強の戦士達がいた。彼らの言う噂の騎士団だったのだ。だが、彼らを従えるかのように、堂々と真ん中に居座る人物は今の俺よりも小柄で、可憐で、懐かしい黒髪だった。
ベルタ・グランヴェル・オブ・エドモンド。
あの状況から俺を救い出し、邪教徒を粛正した、今回の事件の立役者だった。