きみはいってしまうけれども
夜の砂漠は満天の星で明るい。
踝まで水が張った石造りの街にきみはいつも一人立っている。生きた女性が石化したように精巧だ。星明かりの中、石の長髪や肌が映える。
キスを。
と寄ると、姿を消す。どこかにある排水口に水が引き始め、きみも街も水と一緒に引きずられ小さくなりながら吸いこまれるのだ。
夜はいつも明るい。
砂漠を彷徨っていると、やがてまたオアシスの街にたどり着く。昼間にたどり着けないのは蜃気楼のせい。孤独な住人たるきみは、いつもの場所にいつもの格好。
きみは、美しい。空とそれを鏡のように映す足元の星明かりの中、神秘的だ。瞳は何かを求め焦れている。見とれているとキスしたくなる。
ゆっくり、ゆっくりと唇を近付けた。まだ水は引かない。
あとは目蓋をそっと閉じれば触れてしまう所まで近付いたところでだっと走った。
水が引き始めたのだ。急げ。排水口の場所は分かる。きみと別れたくない。わが身を栓とせん。
その場所に立ったとき、きみはつんのめった。長髪と服がなびく。私の方を見るとぺこりと一礼し立ち去った。肌が、瑞々しかった。
私は、どうしたわけか動けない。空と水の星明かりの中、私は、それでも。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
他サイトのタイトル企画に出展した旧作品です。瀨川潮♭名義。2008年作品。
気温の問題がありますが、まあ。