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闇の旅人

 イェダーニスが亡くなってから六か月後、とうとう八人目の被害者が出てしまった。

 ただ、村の人達もこれまで何もしていない訳ではなかった。どんなに見張りを増やそうが皆気絶してしまうようで、これらの事件の犯人を捕まえるどころか、姿でさえ見ることが出来ていなかった。

 そうなると当然ナダネス村の誰かが嘘をついての犯行かと疑わしくなるが、気絶していたとする人達以外は大概、いわゆる"アリバイ"がある。気絶していた人に関連性は無さそうである。八人目のネオゥサの時など、全員にアリバイがあった。

 村の年寄りの中には「祟りに違いない」などと言う者もいた。

 色々な憶測が飛び交ったがかいけつには至らず、村の人達が怯えずに暮らせる日など無かった。



****************************



 まだほとぼりも冷めぬ数日後の夕方、ナビリは薬草を買いに行っていた。お母さんの具合が良くないのだ。ナビリは帰り道で何処かで見た黒ずくめの人を見付けた。思い出し、分かった瞬間

「お兄さんだ」

と走り出していた。

 呼ばれた男も声に覚えがあったのか振り向いた。顔に困惑の色が浮かんでいる。


 笑顔で走って来る子供を追い返すのも気が引けたのか、男は

「また会ったな」

と弱々しく答えた。


「また村に来たんだね」

「いいや、我輩はずっと居たぞ。お陰で、この村の臭いがしっかり染み付いてしまった」


 男はマントを軽く振った。ナビリは臭いを感じようと鼻をひくつかせた。


「分かんないや」

「ハハハ、そうだろうな。村の臭いは余所者にしか分からんて」


 男は口を開け、歯を見せて笑った。


「じゃあお兄さんはこれからも村にいるの?」

「いいや、たった今この村を出ようとしていた所だ。

「そうなんだ。あ、お別れする前に名前訊いてもいい?」

「ふむ、良かろう。ただし怖がるでないぞ」

「うん」


 男は少し胸を張った。


「我輩の名は、かの有名なドラキュラ伯爵の五世だ」

「……お兄さん有名なの?」

「何?知らんのか」

「うん……」

「いや、そんなにしょげんでいい。あぁそうだ、この前の約束は守ってくれただろうな?」

「約束?」


 ナビリは首を傾げる。男の視線がすぐに鋭くなる。


「忘れたのか?我輩の事を誰にも言うなと約束したではないか」

「あぁしたね。大丈夫。誰にも言ってないよ」


「まあ、例え既に言ってしまっていたとしても大した問題では無いがな。まさか我輩が負ける筈があるまいし」


 男は早口でボソッと呟いた。ナビリにはよく聞こえなかった。


「どうしたの?」

「あぁ独り言だ、気にしないでいい。先程も言ったが、我輩は今からこの村を出る。だが、この約束は守って欲しい。これは我輩の為だけで無く、お嬢さんの為でもあるのだ」

「ナビリだよ」

「なんだ?また魔法の(たぐ)いか」

「違うよ。私の名前。さっき聞いたから私も特別に教えたげる。"お嬢さん"じゃなくてナビリ」

「ハハハ」


 ナビリの態度が可笑しかったのか男は口を開けて笑っていたが、咳払いをして続けた。


「すまない。ではもう一度言う。我輩の事を他人に話さないのはナビリの為にもなる」

「何で?私が子供だから?」

「うむ、良くも悪くもそれもあろうが、とりあえず言ったら村中からこっぴどく叱られると思うぞ」

「えぇ~、それは嫌」

「だろうな。では守ってくれるか?」

「じゃあさ、私が大人になったら話しても良いの?」


 ナビリはなかなか食い下がらない。


「尚更、止しておいた方が良いとは思うぞ。……まあ自己責任だな」

「そしたらずっと話せないじゃない」

「当たり前だろう。誰にも言うなという約束なのだから」

「もう仕方ない。良いよ守ってあげる」

「そう言って貰えると助かる。だが、少々気が変わった。こんな純粋な子供に、憎しみの火種に成り得る物を渡したままにしとくのは気が引ける。やはり火種は消しておく方が良かろう」


 先程までの幾分か優しめな口調とは打って変わって、冷淡な口調で男は言った。突然変わった雰囲気に、ナビリは少し震えている。


「お兄さん何言ってるかよく分かんないし、怖いよ」

「心配せんでいい。命の恩人に危害は加えんよ。ちょっと耳を貸してくれんか」


 ナビリは男の側に立ち、耳を寄せた。男はしゃがんで口元に手を寄せると、何か囁いた。ナビリは目を瞑った。



 男は暫く囁いていたが、終わりにナビリの肩を軽く叩くと、ナビリは目を開けた。不思議そうに辺りを見渡している。


「お兄さんだあれ?」

「我輩は只のしがない旅人だ。時にお嬢さん、この山の向こうはどうなっているのかね」

「あっち?」


 ナビリは麓の方を指差した。


「そうだ」

「行ったことは無いけど、あっちは熱いみたいだよ」

「暑いのか。あまり好かんな。マントでも脱ぐかな」


 男は顔をしかめた。


「なんかね、昔、山がボッカーンってなったんだって」

「噴火かね」

「そうそれ。だから今も熱いみたい」

「留意しておく。お嬢さんありがとう。では我輩は先を急ぐので失礼する」

「気を付けてね。バイバイ」


 男はマントを風になびかせ、去っていった。その後ろ姿に暫く手を振っていたナビリは、男の姿が見えなくなると薬草を握りしめて家に帰っていった。

重要なことではないですが一応。『あつい』は誤変換ではないです。

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