(ちょっとながい)プロローグ2
冒頭からこんな話をしてごめんね。でも、この事件はもう少し続くんだ。
この物語は、夏休みになってから始まる。これは少し長いけど、これは言うなら、登場人物紹介、もしくは僕の自己紹介みたいなもの。だから、悪いけどもう少し付き合ってほしい。
さて、僕が視線に耐えられなくなって俯いてしまったあと、教室はどうなったか。
少しの間かどうかは解らない。一瞬だったのかも何十秒もだったのかも。なんてたって皆に見つめられた僕はテンパってまともな時間感覚じゃなかったからね。でも、僕の感覚でなら、しばらく時間が止まったような静寂が続いたんだ。
そして、その教室の時間を動かしたのは、教師だった。
でも、固まった時間を動かしてくれたのは助かったけれど、残念なことに、僕が望んでいたようなことにはならなかった。
僕としては、何事もなかったように、ただ僕の次にテストを返す人の名前を読んで、僕は席に戻り、時間が正常に進んでくれることを望んでいたんだ。
でも、担任はおそらく、教室にいる誰もが予想していないような行動にでた。
なんと、僕をそのまま誉め始めたんだ。そして、それだけでなく、僕の成績をダシにして、『お前たちもこいつを見習って~~』みたいな簡単な説教までし始めた。
思わず「はぁ?」と、言ってしまいそうになったね。まあ、現実には俯いたまま固まっていたんだけど。
その教師は、所謂熱血教師だった。急に訪れた静けさも、集中する視線も勝手に、都合の良いように解釈したんだろうね。どういう風に解釈したのか、なんて知りたくもないけど。
その説教の最中、僕は逃げたしたくて仕方なかった。この教室にはもう居られない、居たくないって。どうやって早退するか具体的に考え始めた程だ。
やっと説教が終わり、その頃には僕の体も動くようになっていた。
僕は、速く歩き過ぎないように気をつけながら席に戻った。
一刻も早く自分の席に戻って、机に突っ伏して、顔を背けたかったけれど、恥ずかしがっているとか、死んでも思われたくなかったから。
僕が席に着く頃には、もう教室もいつも通りだった。テストが返却され、しゃべり声がする、いつもの風景だった。
「百点とかすごいじゃん」
ほっとしつつも、なにか虚脱感を抱いていた僕に、声がかけられた。
隣を見ると、ひなたが笑いかけていた。
ようやく、僕以外のちゃんとした登場人物が出てきた。
ひなたはいわゆる幼なじみと言う奴で、家が近く、物心をつくころには当たり前のようにそばにいた人物だ。名前の通りに、明るく朗らかで、太陽の下がよく似合う女の子だ。
僕が、孤立しているってことは、さっき書いたけど、それでも僕から離れていかなかった、数少ない友人のうちの一人だ。
でも、その時の僕は変だなって思ったんだ。
僕の見開いた目で察してくれたのか、笑いながら、
「ん? あぁ。友達とテスト見せ合ってるみたいだから勝手に座ってる」
と、説明してくれた。
でも、そうじゃなかった。僕が疑問に思って、驚いていたのはそんなことじゃなかった。
「……ここ、教室だけど」
そう、確かにひなたは僕の友人を辞めなかった。でも、さすがに人が多いところ、つまりは教室とかでは、話しかけて来るようなことは避けていた。僕が頼んだから。
頼んだ時は了承してくれたようで、暫く教室や学校では、話かけてこなくなった。その分、家に帰ってからや休日のからみは濃くなったけど。
だから、せっかく気を遣ってくれた友人に言うべきことではないことは解っていたのだが、つい口をついてでてしまった。言った瞬間に猛烈な自己嫌悪に陥ったけどね。
でも、ひなたは気にしていないように、笑顔のまま言った。
「だって、さすがにあれは答えたでしょ」
その笑顔と声は、まるで日向のように暖かかったことを覚えている。
だから、僕も、素直に言えた。
「ごめん…。ありがとう」
「前半の言葉は聞かなかったことにしてやるよ」
ひなたは男前にそう言って、僕の頭をくしゃっとした。
照れくさかったし、周囲の目も気になったけど、僕はその手を払ったりはしなかった。
ひなたの手の暖かさがとても心地よかったから。