勝ちと負けと表と裏
相変わらずジャンルをどれにすればいいのか迷いますね……
ーーあと一センチ身長が高ければ。
ーーあと一センチ腕が長ければ。
ーーあと一センチ高く飛べれば。
ーーあと一キロ重いスパイクが決まれば。
ーーあと一秒集中を切らさなければ。
ボールはきっとこちら側のコートにはなかった。
俺達は負けなかった。
セミの声が響き渡る夏、熱気に包まれた市民体育館で、俺達はバレーボール部を引退した。
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ーー最後にバレーが楽しいと思ったのはいつだっただろうか。
真面目に練習はしていたつもりだった。言われたことはキチンとこなしてきたし、弱音も吐かずにキツイ練習を乗り切っていたと思う。
自分がどんどん上手くなるのを感じていた。
同世代の人と比べても平均的に技術を上回り、特にスパイクはチームでエースと呼ばれるにふさわしいくらいには強力だったと自分でも思っている。
上手くなればなるほど周囲の期待は高まっていく。チームの誰もが俺を頼り、ボールが集まってくる。監督からは毎回期待しているぞ、と声をかけられた。
ーーこの頃からだ。この頃から俺はバレーを楽しむものではなく、やらなければならないものとしてプレイするようになった。
期待に応えなければ、失望させないようにしなければ。練習すればするほど余裕がなくなっていく。まるでそれは泥沼のようだった。
期待という足枷が俺を引きずりこんでゆく。もがいてももがいても息をすることは出来なかった。それどころか足枷はどんどん重くなっていく。
結局負のループから抜け出すことが出来ないまま、夏の総合体育大会が始まった。
大会を勝ち進む度増えてゆく観客、大きくなる声援、それに比例してのしかかる重圧。
目眩がして倒れそうになる。逃げ出せるものなら逃げ出したい。
だが、背を向けるわけにはいかなかった。みんなを失望させないために。
予選を順当に勝ち上がり、迎えた県大会準決勝。
相手チームには百八十八センチの、中学生としては異様と思わざるをえない程体格のいい奴がいた。
スパイクを打っても打ってもブロックされた。速攻やフェイントを交えてなんとか点数がとれる状態だった。
それでもなんとか食らいつきセットカウントは1-1、フルセットまで持ち込んだ。
両チーム疲れ果てていたが、地力の差が出てしまったのか得点は23-24で相手のサーブ、ここで点を取られたら負け、という盤面を迎えてしまった。
絶体絶命の中相手のサーブが放たれた。後ろで控えていたリベロがレシーブするが、両腕で反射されたボールはセッターまで届いていない。
速攻が使えない状況でミスをしたら終わり、セッターは最後のボールは誰に託せばいいか。
ーー答えはひとつしかないだろう?
「決めてくれ! エース!!」
右斜め後方から高く上がったトス。
俺はこれを確実に決めなければならない。だって俺は皆から期待されている『エース』なのだから。
助走を十分に取り、跳ぶ。タイミングは完璧だ。そして、相手コートを見つめ、思い切り腕を振り抜いた。
ズガァン!!
激しい音が響いた。
俺が打ったスパイクはーーブロックの真正面に当たり、カウンターでこちらのコートに突き刺さっていた。
俺の、せいで、負けた。
その時の俺の気持ちがどうだったのかあまり覚えていない。やってしまった、と思っていた気がするし、もうバレーをやらなくていいのだと思って安堵すらしていた気もする。
ひとつだけ確実なのは、俺はその時、『悔しい』だなんて気持ちは一切抱いていなかった。
そうして、俺はバレー部を引退したのだ。
数日後、学校へ返却するためにユニフォームをアイロンがけ、畳んでいた。
ユニフォームを見つめていると不意にバレーがしたくなる衝動に駆られる。
「はは、なんだ、俺もバレーが好きなんじゃいか」
自嘲するように呟く。
結局のところ、今まで俺がバレーボールを続けられていたのは好きだからなのだ。
好きだからこそ、プレッシャーがあっても何度も跳ぶことができた。
期待の声を、勝利への歓声を、俺はバレーと向き合わない言い訳にしていたのだ。
そのことにバレーが出来なくなってから気づくとはなんとも阿呆らしいことじゃないか。
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引退をした次の日あたりからずっと考えていたことがある。
ーーあと一センチ身長が高ければ。
ーーあと一センチ腕が長ければ。
ーーあと一センチ高く飛べれば。
ーーあと一キロ重いスパイクが決まれば。
ーーあと一秒集中を切らさなければ。
ーーあと一センチ俺の心が前を向いていたら。
ボールはきっとこちら側のコートにはなかった。
俺達は負けなかった。
ーーーー俺はまだバレーができた。
「悔しいなぁ……」
ーー握り締めたユニフォームに一粒の水滴が落ちた。
スポーツってやってる時は辛いんですけど引退するとああ、あの頃は充実してたな、って思うんですよね。