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桜の咲く頃

作者: 東 葵

咲「わー良いよ、ここに決めよう、ねっ!お父さん」


父「ん~まぁ、お前が気に入ったのなら・・・」


父は、部屋を歩き回り、ふと、ベランダを開け外を観る・・・

辺りが見渡せるほど良い景色ではないが、目の前に大きな老木が立っていた。


父「これは・・桜かな?」


咲「お父さん、ここに決めよう!」


咲は、更に押してみた、父は、腕を組み少し考えた後・・・


父「良し!だが、約束してくれよ、もし、今年駄目なら・・」


咲「分かってる!もしも今年駄目なら、大学は諦めて家に帰り、仕事を探します」


父の問い掛けよりも先に、咲は笑顔で答えて見せた


その笑顔に負けたかのように、ニコっと頷き、契約書にサインを交わした



張り切っている咲は翌日、最低限の荷物を運びいれた。

とは、いっても、大学に合格出来なければ、三か月の一人暮らしと言いう約束付きだが・・

それでも咲は、初めての一人暮らしに、心をときめかせていた。


咲「良し!始めるか」


ある程度部屋を片付け、パンッ!と両手を叩き気合を入れ机に向かう

それでも、勉強に集中していたのは、二時間程度・・・

外に出て探索したい気持ちが強くなる。


・・・良い理由を見つけた!

財布だけを持ち、近くにあるというスーパーマーケットへ・・・

大抵、並んでいるものはどこでも同じような商品なのだが、目に映る全ての物が新鮮に見えた。

あれもこれもと手を伸ばしているうちに、買い物カゴがいっぱいになりレジに並ぶ

が、とても一人で食べきれる量じゃない・・・帰りには、重たい袋を抱えながら、少し反省していた。


 それでも、家に向かって歩く、やがて、目印になる桜の樹が見えた。

咲は、桜に近づき荷物を置くと、右手を桜の樹に添え目を閉じた・・・


咲「どうか、合格出来ます様に・・そして、四年間毎年、この桜が見られますように・・・」


すると、どこからともなく、老犬が近づいてきた。

首輪もしていないので野良犬のようだが、ヨボヨボとした足取りが心もとない・・


咲「お前、どこからきたの?」


咲は、しゃがみ込み手を差し出すが、側までは、近づいてこない


咲「あ!お腹すいてない?買いすぎちゃって・・・」


咲は、買い物袋をゴソゴソとあさり、大根を丸々一本野良犬に差し出した。


咲「ほら、食べな!」


が、野良犬は一定の距離を保ったままだ・・


咲「遠慮しなくていいのに・・・お前、名前は?・・・うん・・うん・・そう!コロって言うんだ!こっちにおいでコロ!」


コロ「・・・・」


咲「・・・んじゃ、ここにおいて置くからね、ちゃんと食べるんだよ」


そう言って、咲は部屋に戻っていった。


コロ「・・・なんか・・痛い子が住み着いたみたいだな」


桜「あぁ、俺に、合格祈願していきやがった・・・普通、神社とかだろ・・・」


コロ「そんなこと、まだましだろ・・・俺なんか、勝手に名前までつけられて、そのうえ、大根だぞ」


桜「・・・・困った世の中になったもんだな・・・」


コロ「まぁ、人間なんて奴は、自分勝手で、周りのことも考えずにいる、ろくでもない連中さ」


桜「あぁ、同感だ、花を咲かせていないときは、まったく関心も持たず素通りするくせに、花を咲かせると、俺の周りで馬鹿騒ぎ・・・まぁ、そんな人間が嫌で、ここ十年は、咲かせてないけどな」


コロ「ハハハハ!そんな人間嫌いの桜に向かって、あの子は、願掛けして行ったってのか!笑い話にはもってこいだな!」


桜の樹と老犬が笑いながらそんな話をしていると、部屋の中から、咲の大声が聞こえてきた


咲「え~!そうなの!」


その声の大きさに、桜の樹と、老犬の話は、中断された。


桜「うるさい娘だな、今度はなんだ!」


コロ「さぁな、近頃の若い人間は、すぐに発狂するらしいし・・」


すると間もなくドタドタとあわただしく咲が駆けてくる。が、咲は、何もないところでつまずき、桜の樹に顔面を強打した。


咲「いたたた・・・」


コロ「・・・・」


桜「・・俺も痛い・・」


咲は、顔を数回なでると、あたりをキョロキョロし、コロを見つけた。


咲「良かった、まだ居てくれた。ごめん、知らなかったんだ」


そう言って、コロに大きなハムを差し出した。


咲「ここに置くから、食べてね、それと・・・」


咲は、ハムを桜の樹の下に置くと、今度は、桜の樹にバスタオルを巻き始めた。


咲「私、聞いたんだ。この桜は、もう、何年も花を咲かせてないって・・でも、こうして温めると、人の想いが樹に届いて、また、花を咲かせることが出来るんだってさ」


咲は、慣れない手つきで懸命に紐を縛り、結び終えると、パンパンっと二回手を払った。


咲「これで良し!じゃ、おやすみなさい」


咲は、コロと桜に手を振り、部屋に戻っていった。


桜「・・・」


コロ「どうした?心なしか赤くなってるぞ」


桜「・・・そ、そりゃ桜だからな、赤くもなるさ」


コロ「じゃ、そう言うことにしておくか」


そう、つぶやくと、ハムをモシャモシャと食べ始めた、その様子を、咲は部屋からニコニコと、見つめていた。



 そんなやり取りが何日か続いているうちに、いつの間にか、試験の日が近づいていた。

その頃になると、コロは、咲にすっかり馴染み、手からでも餌を食べるようになっていた。


咲「はぁ・・ねぇコロ、私、駄目かもしれない・・・受かる自信まったくもてないよ・・・」


そんな事に、耳も貸さず、モシャモシャと食べることに夢中なコロ。


桜「おい、コロ、少しは聞いてやれよ」


コロ「お前まで、コロって呼ぶな!・・・大体、そんな名前は・・・」


モシャモシャ・・・モシャモシャ・・コロは、食べ続ける。


仕方がないので、桜が相手をしてあげる事にした・・・


桜「フッ~大体、咲は、何をしに大学へ行くんだ?」


咲は、夢中で食べ続けるコロを見ている。


咲「そういえば私、どうして大学へ行こうと思ったんだっけ・・・大学を出といたほうが良いから?友達がみんな、行くって言うから?・・・まだ、遊んでいたいから?・・・後は、忘れちゃったな」


桜「咲は、まだ、大人になりたくないんだな・・・」


咲「幼い頃、早く大人になりたかった・・・早く働いて欲しい物買って、免許を取って・・・結婚して・・・優しい夫、子供たちに囲まれて・・・いつからだろう・・・いつから、こんな風になっちゃったんだろう・・・」


コロ「・・・・モシャ」


桜「まったく、人間ってのは、やっかいな生き物だな、子供らしく、大人らしく、男らしく、女らしくと、ある種、何かの形に収まってないと、厄介者と呼ばれるしな」


咲の目からは、何故か涙が溢れていた。


咲「私らしいって、どういうことなのかな・・・」


桜「そんな難しく考えるな・・・命は、そこにあるだけで十分だ」


コロ「クゥ~ン」


コロは咲に擦り寄った


咲「コロ・・・慰めてくれてるの?ありがとう」


桜「・・・随分、似合わないことするじゃないか」


コロ「そう言うなよ。人間って奴は、天寿を全うするだけじゃ物足りないんだよ・・・」


桜「何をわかった様なことを・・・」


しばらく、涙を流した後、咲は立ち上がった。


咲「良し!もう少し頑張ってみるよ!ありがとう、コロ!ありがとう、桜」


そう言って手を振り、咲は部屋に戻っていった。


コロ「・・・あいつ、いつまでここに居られるのかな」


コロは、呟くように、桜に問いかける。


桜「そうだな・・・試験が駄目なら、後、一週間ってとこかな」


コロ「もう、そんなになるのか・・早いものだな」


桜は、ため息混じりで、コロに呟く


桜「お前も、この数ヶ月で、随分変わったな」


コロは、恥ずかしさを隠すように言い返した。


コロ「フンッ!お前もな!」


いつの間にか、人間嫌いの桜とコロは、咲の合格を祈るようになっていた・・・


 そして、合格発表当日!

咲は、受験番号を握り締め、朝早くから家を出た。


咲「おはよ」


いつものように、桜とコロに挨拶をする

だが、今日の咲は、緊張で顔が強張り元気がない。


咲「・・・今日はね、合格発表があるんだ・・・もう、何度も経験しているのに、やっぱり緊張するな」


咲は、桜を見上げるが、花が咲く気配は、まったくない

それでも咲は、重い足を引きずり、大学へと向かう・・・


コロ「お前、どう思う?合格してると思うか?」


桜は、少し冷たい口調で、コロに一言だけ「さぁ」と答えた。


コロ「冷たいやつだな、お前は・・・」


桜「・・・・」


桜とコロは、それ以上しゃべらなかった・・・


 その頃、大学に着いた咲の周りでは、声を上げ喜ぶもの、涙を流し立ち去るもの達がうごめいていた。

その、人ごみの中で、咲は、目を閉じ、自分の受験番号を、何度も、何度も、呟いていた・・・

何度となく経験してきたことだが、とても嫌な時間だ。

咲は、解放を求めるかの様に、思い切って目を開け、自分の受験番号を探す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして咲は、桜とコロの待つ家へと足を向けた・・・


咲は、桜の樹の下に着くと、大きく深呼吸をして、電話をかける・・・

咲の父は、すぐに電話を取ったらしく、咲は、話し始めた。


咲「あ、お父さん・・・ごめん、駄目だった・・・うん・・・うん・・・わかってるよ・・うん・・じゃあ・・・」


そこで待っていた桜とコロは、言葉を失っていた・・・

咲は、桜の樹に手を当て、枝を見上げた・・・

今にも、零れ落ちそうな涙を我慢しているのがわかる・・・


咲「聞いての通り、やっぱり駄目だった・・・」


咲は、桜の樹に笑って見せた。


桜「・・・」


咲「何でかな・・・やっぱ、頭悪いからかな!ハハハ…」


桜「・・・咲」


咲「でも、大丈夫!初めてじゃないし!新しい目標見つけて、がんばるぞ!」


咲は、右手を突き上げ、精一杯、強がって見せた。


桜「そんなに、気を張るな・・・辛いときは、泣けばいい・・・」


咲「・・・・・でも、やっぱり悔しいな・・・こんなに頑張ったのは、今回が初めてだったのに・・・」


コロ「・・・」


咲は、桜の樹にしがみつき、大声で泣き出した・・・

桜とコロは、何も言わず、咲が泣きやむまで、だた、側で見守っていた・・・



 次の日の朝、腫れあがった目で、荷造りをしている咲を、父が迎えにきた・・・咲に話しかけづらいのか、父は、黙々と荷物を運んでいる。


咲は、最後の荷物を担ぐ・・・

この、わずかな時を過ごした部屋、そして、桜、コロとの別れが迫っている・・・


何もなくなった部屋を、ボーッと見つめる咲に、父は声を掛けた。


父「行くぞ、咲」


少し重たい言葉が、咲に気を使っているのがわかる・・・


咲「・・・うん」


悲しげな顔をしている咲に、父は、なるべく元気な声で続けて話をした。


父「残念だったな・・・なに、大学だけが人生ではないさ、なっ咲」


それを聞いて咲は、軽く首を横に振って、今日始めての笑顔を見せた。


咲「はは、ありがとう、お父さん、でも、そうじゃないの・・・なんかね、ここでの生活は、もしかしたら、大学へ行くことよりも意味があったかもしれない・・・変かもしれないけど、そう、思うの・・・」


少しだけ、大人に見えた咲の背中に、父は、安心と寂しさを同時に感じた。


父「そ、そうか・・・あっ!そういえば、表の桜は見事だったな」


咲「桜?・・え!ウソ!」


咲の表情は一変し、荷物をほっぽり出して、走り出した。


父「お、おい、咲!」


父は、あわてて荷物を拾い咲を追う。

表に出ると、目の前の老木は、見事な桜を目一杯咲かせていた。

その桜を、茫然と見上げる咲の周りには、人だかりが出来ていた。


おばちゃん「きれいねぇ~」


おじいさん「いや~この桜が花を咲かせるとは・・・いったい、何年ぶりかの~」


咲の目からは、とめどなく涙が溢れていた・・・


父「・・・いくぞ、咲」


咲「うん!」


咲は、晴れ晴れとした返事をした。

そして、桜の樹に軽く手を触れ、お別れを告げると、父と共に歩き出した。


桜「おい、コロ」


コロ「あぁ・・」


桜の呼びかけに、コロが応えると、コロは、桜の枝に飛びつき、枝を折った。


おじいさん「あっ!この馬鹿犬!」


おばちゃん「キャーなんてことするの!」


たくさんの罵倒を掻い潜り、コロは、咲へと向かって走る。

やっとの思いで追いつくと、咲に、枝を渡した。


咲「あっ、コロ!・・どうしたの?・・これ、くれるの?・・ありがとう、コロ・・・」


咲に枝を届けると、コロは、どこかへ走り去って行った。

その後ろ姿を見ながら、桜の枝をしっかりと握りしめ、咲は、新たな目標を立てる・・・


咲「お父さん、私、仕事が決まったら、お金をためて、また、あの部屋を借りる!」


父「ん、そうか、・・・頑張れよ!」


咲「うん!私、もう一度ここへ戻ってくる!また来年!あの桜が咲く頃に!」


ほんの少し、親元を離れて暮らしている間に、また少し、大人に近づいた咲だった。


  ~桜が咲く頃に~完






















 この物語は、何かに向かって努力することは、結果的に手に入らなかったとしても、実は、様々なものを手に入れているんだって事を、作品にしました。


努力した事、それは、きっと何かに結び付く・・・

そんな思いです。


ちなみに、題名と登場人物が語呂合わせになってます^^


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