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バレンタイン

作者: 藤竹つきか

 俺は悩んでいた。

 明日は2月14日、世間が騒ぐバレンタインデーだ。元がお菓子やのチョコレートの販売を促進させるための出来レースだとか、正直に言ってどうでもいい。2月14日は愛を伝える日なのだ。

 明日、俺が意中の女性である月島めぐみさんにチョコレートを貰える確率は極めて低い。ないと言い切っても過言ではない。なにせ、今まで俺は彼女のことを遠巻きに見ていただけであり、一度だってちゃんと面と向かって話したことはないのだ。そんな俺がチョコレートを貰える訳がない。

 かといってそれで諦めてしまうような俺ではない。俺の想いはこのイベントに何かを感じ取っている。まるで運命の予感といったやつだ。俺はこのバレンタインデーを逆に利用して彼女に愛を伝えようと決めた。

 そう決めてしまえばやることは決まっている。市販の板チョコを何枚も購入し、ハート型の型、生クリームといくつかの種類のチョコペンも買ってきた。

 買ってきたチョコレートを細かく刻んで、型にオーブンシートを敷く。生クリームとはちみつを鍋に入れてヘラで混ぜる。沸騰した頃合いに火を止め、そこに細かく刻んだチョコレートを静かに混ぜ、なめらかになるまで溶かす。型にチョコを流し入れ、表面をなめらかにしたら冷蔵庫に入れて固まるのを待つ。

 それから固まるまでの間、俺はわくわくしながら待っていた。

 チョコレートから型を外し、オーブンシートを剥がして表面にココアをまぶしつければそれはもう立派なチョコレートだ。ピンク色のチョコペンでI LOVE YOUと速記体でおしゃれにデコレーションすれば完成。どこからどう見ても愛情の感じられるチョコレートだ。俺は嬉しくなって小さく飛び跳ねた。

 あとはこれを渡して告白するだけだ。

 俺はベッドに潜り込んで、明日のシミュレーションをはじめた。まず俺が最初に声をかけて、チョコレートを渡す。それと同時に告白をする。この作戦が成功するか失敗するかは胸の中に希望として抱いておき、もう眠ることにした。その日は興奮してしまっていつもよりずっと遅く寝た。


 今日はついに決戦の日だ。チョコレートを装飾された箱に詰め込んで、カバンに丁寧にいれた。俺は今日が一番よく顔を洗ったんじゃないかと思うほどに丹念に洗顔をして、丁寧に歯を磨いた。髪の毛をワックスで固めて、右斜め45度で鏡に映る自分の顎を撫でていた。自分でも我ながら見惚れるほどだった。

 これなら間違いない。そう思えるほど肥大した自分は浮かれた調子で振り返り、ミッキーとミニーのぬいぐるみにいってきますと挨拶をして学園に登校した。

 学校の中はそれほど色めき立ってはいなかった。少なくとも、俺が思っているよりはずっとしんとしていた。革靴を昇降口の下駄箱に入れようとする時、なにかが入っているのを見つけた。真四角で赤い包装紙でラッピングされたそれは紛れもなくバレンタインチョコレートだった。俺は意中の女性がいるというのにもかかわらず、思いがけないプレゼントに小躍りしたい気分になった。メッセージカードがついていて、そこには可愛らしい丸っこい文字で食べて下さい、と書いてあった。名前も書いてあったが、残念なことに月島めぐみさんではなかった。

 申し訳ない。俺の想いは君じゃないんだ、と内心呟いてそれをそっとカバンに入れた。

 それから昼休みまでの間、狙いを定めるスナイパーのように身をひそめるような気持ちで午前中の授業をやり過ごした。その間に気づいたのだが、机の中に二つ、また新たにチョコレートが入っているのを発見した。メッセージカードの名前はどちらも期待とは違うものではあったが、俺の気持ちをより肥大にするには十分だった。俺はモテている。それは間違いのないことだろう。この調子でいけば失敗することなど有り得ないとまで思うまでに巨大になっていた。

 せわしなく左手首に内側に巻いた腕時計を確認する。時間はいつもより遅く感じた。

 昼休みになると、俺はお手製のチョコレートを持って弾かれたようにして教室を飛び出た。狙いの月島めぐみさんはいつも一人で持ってきたお弁当を食堂で食べるのを俺は知っている。なにせ毎回近くで彼女を見ていたからだ。これはいたって不純な動機ではないからストーカーといわれるととても傷つく。俺は愛に生きる狩人なのだ。

 彼女はいつもの場所にいた。いつもの場所にいつものお弁当の包みを広げて、優雅な昼食を始めようとしていた。彼女は雪の妖精のような白い肌をしていて、美の女神のような端正な顔立ちをしている。そして彼女には見ている自分自身の不細工さを露呈させられるような圧倒的なオーラがある。俺はそれに酔いしれるように体を震わせて、吐息を吐いた。

 俺はチョコレートを握りしめ、一歩また一歩と噛み締めるように踏み出しながら彼女に近づいていく。前に立ったのは彼女がちょうど卵焼きを箸で摘んでいる時だった。俺はチョコレートの入った箱を差し出し、言った。

「これ、もらってください」

 彼女はしばし黙っていた。その間、持ち上げていた卵焼きを入っていたお弁当箱に戻し、俺の目をじっと見る。その目には疑問符が浮かんでいるように見えた。

「友チョコ?」

 彼女は不思議そうに小首を傾げた。その様子はまるで小動物のそれに見えて、また俺の心にガソリンを注ぎ込む。こう高回転を維持し続けてては壊れてしまうのではないかと思えた。

「違います、俺の愛情込めたチョコレートです。好きです、付き合って下さい」

「そう、ありがとう」

 彼女は中を見ようともせず、箱を俺に押し戻した。その仕草はノーだ。それ以外に有り得ない。俺は呆然としたままその箱を受け取ると、ショックで二歩後退した。

「なんでですか?」

 俺は追いすがるように説明を求めた。欠けているところがあるのなら今すぐにだって治して彼女に気に入られるようになる自信があった。彼女のために生まれ変わってもいいとさえ思っているのだ。

「だって、私ノーマルだから」

 俺はその言葉を聞いてどうしようもないショックを受けた。彼女のたまに生まれ変わる決意はあるが、それは今どうこうできるものではない。まさに存在の否定に近かった。


 こうして俺の恋は終わった。限界まで膨らんだ風船が穴を開けられてどこか彼方へ飛んでいってしまうように俺の自我は空の成層圏の辺りまで一気に飛び去っていった。


 最後に、これはとある女学院での少しばかり男らしい一女子のお話である。




 なんて拙い文章でしょうか。自分でも書きながら嫌になります。

 今回は最近の課題になっている表現力の特訓も兼ねて書いてみましたが、いかがだったでしょうか。もうちょっと女の子らしいところを入れられたらいいのですが、恋愛経験がゼロの自分には不可能そうです。

 自分では初めて叙述トリックを使ってみたのですが、どこまで書けばいいのか正直さじ加減がよくわかりませんでした。また機会を見て練習してみたいと思います。

 チョコのレシピは明治ホームページを参考にしました。


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