彼女と、やっとこさ僕
たったっと走っている。
僕はその後ろ姿のみを見ている。
見知らぬ彼女の背中を、僕は自転車に乗って追いかけるとなくなびいていく。
その少女はいかにもな出で立ちで、髪の毛を一本に縛り、スニーカーを履き、華奢な体を黒地のTシャツ一枚に包んで、走っている。
彼女の進む方向は、たまたま僕の進む方向と同じようだ。
さっきから道を違えない。
彼女の足が規則的に地面をたたく。一定の間隔で地面を蹴る。
朝の空気に足音が通る。たったったっと。
僕は自転者だ。
それなのに彼女の足の方が速いようだ。
僕の目には彼女の背中が映っている。
何も必死に漕いでいるわけではないけど、漕がずとも生の足に負ける道理はないと思う。
彼女の足は速い。
坂道下り道曲道の多いこの町で、彼女は足のペースを乱さない。
ただ、そんな彼女も時折進行を止める。
赤信号だ。
彼女が横断歩道を前にして止まる。
車の通る気配が一切ない信号でも彼女は止まるようだ。
僕も止まる。僕も信号はしっかり守る。
こんなところまで一緒なのか、と思うと少し申し訳なってくる。
あまりに行動が重なると気持ち悪がられるんじゃないかと心配になってくる。
しかし彼女はただ前を見て、止まっている間も足を動かすのをやめない。もも上げをしている。その行動が僕にそれは杞憂だと伝える。
僕のことを気にしてはいないようだ。
信号が青になると、途端に彼女の足が前に出る。
彼女の無造作に縛った一房の髪の毛が大きく揺れ、海人と達筆で印字されたTシャツが風にたなびく。
僕は彼女に一呼吸遅れて、またなびいていく。
華奢な体を振り、細い肘が前後に振れる。
ハーフパンツから延びる足は一見細いのだが、それだけではなく鍛えられた筋肉も見て取れる。
彼女の規則正しい足音をBGMにして、一速のペダルをとろとろと漕ぐ。
しかしよく聞いていると規則正しい足音にもたまにノイズが混じっている。
足が地面をこすっているようで、擦過音が聞こえる。
十分には足が上がっていない証拠だ。
それでも彼女のペースは一切乱れない。その気配も一向に現れない。
ただ、感心してしまう。
彼女は彼女の道を彼女のペースで走っている。
他のことなんて意に介さず前を見ている。
その見ている先には何があるのだろうか。
おそらく彼女には何かの確信があるのだろう。
それは大なり小なりあるだろうけど、彼女の目には輝いているのだろう。
ただしそれは、僕には見ることが出来ないものなのだ。彼女のことが僕に判るはずもない。
ただ、その後ろ姿はひたすらにかっこよかった。
ふと、彼女が道を折れる。
ついに彼女の道が僕を排斥するのだろうか。
惜しさに、彼女の後姿へ首ごと持っていく。
彼女の背中が視界の隅に追いやられていく。
惹かれたその後ろ姿に後ろ髪を引かれながら、しかたなく前を見る。
そこには僕の道が広がっていた。
読んでいただきありがとうございました。