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『COREーゼロ』 魂の戦士達  作者: 松ノ上 ショウや
第一部 目覚めた、その「魂」たち
6/12

第六話 糸細工の儚い強さ、譲れぬ蜘蛛の意地

 今回は本当にギリギリで投稿です。……のわりには後半が少しグダグダ気味ですので修正するかもしれません

「神山御八ただいま戻りました……見てくれましたか司令官! この俺の見事な戦い方を!!」


 AMBT本部へ帰還すると、報告の為にディレクションルームへと戻ってくるなり御八は快勝した喜びを隠せないような満面の笑顔で月草にそう言った


「うむ、こちらからも御八、君の戦い方はしっかりと見させて貰った。ボルガードとの初の実戦でこの成果は素晴らしいと言えるな」


 月草はそんな御八の態度に特に動じた様子も無く、書類に向けていた目を御八へと向け、御八が期待していた答えを予測していたかのようにスラスラとそう言い、御八はそれに胸を張りながら非常に満足げに頷いた


「さて……帰ってきて早々だが御八、今日中に地下の第二実験場君のデータをこちらでも採らせて貰えないか? 無論、君がしっかりと休憩をしてからの話であり……君が万全で無いなら日を改めるつもりだが……」 


「いえいえ司令官ご心配は無用です。この俺は今回の戦闘では無傷! 故に精神も全く疲労しておりません! 今すぐにデータ採取に御協力いたします!」


 そんな御八に月草は少し気を使ったように穏やかな口調でそう言うが、御八はその言葉に自身の万全さをアピールするようにその場で華麗にターンをしながらそう言うとそのままスキップしているかのような足取りでディレクションルームから出ていってしまった


「あ、ちょ……待ちなさい御八君! 一人で勝手に行かないで!」


 と、その御八に遅れまいと実験の為の書類を自身のデスクで纏めていた白波は急いで机の上に広がった書類を束ねて鞄に詰め込むと、早足で御八の追いかけて出ていった


「司令官……お言葉ですが、私には……」


「……『御八の身勝手な行動はこれから先、コアーズ達の連携行動に支障をきたしてしまう』……か? なるほど、だが待て美歌。その前に確認すべき事がある」


 と、そこで先程から黙って見ていた美歌が月草に向き直ると何かを決意した表情で口を開き、ほんの少し言葉を濁してそう告げる。すると、月草は『ふむ』と、一言だけ呟くと美歌が言おうとしていた言葉をあらかじめ知っていたかのように返すと、今度は武へと視線を向ける


「武、私が言った通りに御八、そしてウィンダムの様子をしっかりと見ていたな?」


「は、はい、それは勿論」


「そうか、良くやった。では武、お前が見ててどう感じたか私と美歌に教えてくれ」


 武の言葉を聞いて満足毛に頷くと、再び月草は武に問いかける


「えっと、俺の主観も入ってるんですけど……」


 額に手を当ててより鮮明に思い出しながら武は少し迷いを見せた口調でゆっくりと口を開き、自身が感じていた事を口にした。


「そんな……まさか……!?」


「……………………」


 武の言葉に美歌は先程まで冷静だった表情が一転、動揺をあらわに目を見開き、月草は何かを考え込んで沈黙していた。


「しかし……その考えが楽しいのなら……それじゃあ彼は……」


「うん……だから俺も自分でも信じられなかったんだよ……美歌」


 美歌の言葉に武も自身で口にした事でありながら、驚愕に同意を示し、そう頷きながら答えた。


「……武、御八の事についてだが、悪いがもう少し頼まれてはくれないか? 我々の為にも……そして彼の為にも……」


 武の話を聞き終えた月草は考え込むように腕を組み、落ち着いた口調で武にそう指示を出す


「はいっ!」


 月草の指示を聞いた瞬間、武は僅かな迷いを見せず、ハッキリとした口調でそう月草に答えていた



「……で、何で俺に付いてきてる訳だ?」


 新品で黒光り坂上第二中学の制服に身を包んだ御八はうんざりとした様子で、別のクラスだと言うのにため息を付いて振り返りながら再びため息を付いた


「うん、神山君は今日、この学校に転校してきたばっかりでしょう? だから俺が色々と教えようと思って……迷惑だった?」


「何……? あぁ……そうか」


 そんな御八に武はそう優しく笑いかけながら返事を返す。すると御八はふと考え込むように顎に手をあてると、にやりと笑みを浮かべる


「つまりは俺の役に立ちたいと言うことか……。良いだろう。本来なら、俺の案内は美しい女性に頼む所だがお前のその気持ちを汲んでその申し出を受けてやる事にする。感謝するといい」


「あ、あはは……ありがとう」


 ぶれる事が無い尊大な御八の言葉に少し苦笑しながらも武はとりあえず同行を認めてくれた事に感謝し、礼を言った


「ならば早速、購買にでも案内してもらおうか。自分から言い出したのならば、しっかり俺をエスコートしろよ?」


「うん、分かったよ神山君。購買はね……」


 やや、ぎこちなくはありながらも一定の交流を結び、武が前に出て先導する形で二人が歩き出そうとした時だった


「ちょっと悪いな、通してくれ……おぉ武、ここにいたか。ちっと探しちまったぜ」


 転校生の御八と話はしてみたいが必死に同世代の中でもかなり小柄な体で御八に語りかけている武の邪魔をするのも躊躇われ、結果、一定の距離をとって二人を見物していた生徒達。そんな皆を特に威張らないような堂々とした態度で抜け、周囲から見ても頭一つ飛び出た非常に大柄な男子生徒が姿を現すと、武に向かって笑顔で手を振った


「鉄雄! どうしてここに?」


 現れてた少年、鉄雄の名前を書くと鉄雄は片手て軽く頭を掻きながら口を開く


「いや、それがな武、急に先生からお前を呼んでくるように昼飯のおかわり食ってる途中で言われてちまってな……。ん? 隣にいるのは……見ねぇ顔だな」


 と、そこで初めて武の隣に立つ御八の存在に気が付いた鉄雄がじろりと観察するように御八へと視線を向ける。


「おい円崎。この無駄にでかい筋肉ダルマのゴリラみたいな奴は一体なんだ?」


 そう御八は自身より頭一つ背が高く、服の上から見える筋肉さえも誰が見ても分かる程に上回っている鉄雄に対しても全く臆する事無く平然とそう言い放った


「あぁん……おい、もしかしてそれは俺に向けて言ったのか? そこのガリヒョロもやし君よ」


 その瞬間鉄雄の額から、ぶちり、と何かが千切れる音がすると同時に鉄雄が先程の観察するような目から急激に殺気を込め鋭く御八を睨み付け


「ガリヒョ……ふん、どうやら見た目通りに知能も不足しているようだな、この脳筋ゴリラは」


 鉄雄の言葉を受けて御八の額にも青筋が浮かぶが、何とか御八は怒りを勢いのまま鉄雄にぶつけるのを堪えると余裕である事をアピールして髪をかきあげると挑発ようにそう鉄雄に言ってみせた


「おいおい……まさかお前、俺に喧嘩を売ってんのかこの貧弱ガリヒョロは?」


 その瞬間、再び鉄雄からぶちりと何かが切れる音がすると、今度は怒りを全く隠さずに御八を強く睨み付けた。その凄まじい迫力に遠巻きに眺めていた生徒達からひっ、と悲鳴があがる


「やるなら、やってやろう……皆の前でお前が無様に負ける姿を見せたいのならばな」


 御八はその迫力に対抗するかの如く自身もまた、殺気を込めて鉄雄を睨み返すと、二人の間に不可視の火花が飛び散り、何人かは今にも火蓋を切られて行われそうな二人の喧嘩に巻き込まれまいとそそくさと避難を始めた


「や、やめてよ二人とも!」


 と、一触即発な雰囲気の中、武は勇敢にも二人の間に割って入ると手を広げて二人をで制した


「どけ円崎、お前には関係の無い事だ」


「どいてくれ武! あのガリヒョロをぶちのめすのにお前を巻き込みたくねぇんだ……!」


「ううん、それでも……どかないよ俺は」


 御八は冷酷に、鉄雄は熱く訴えるように武にそう言って離れるように促す。が、武はそれを拒否すると、御八と鉄雄にそれぞれ視線を向けながら言った


「ふん、興が冷めた……」


 真っ直ぐな武の視線を受けた御八はそう言って不意に鉄雄に隙なく向けていた殺気を引っ込め、構えを解くと踵を返してその場から立ち去って行く。と、途中で御八はふと足を止め


「元々、男に案内されるなど気が乗らなかったんだ。円崎、お前が先生に呼ばれてるならさっさと行ってくるんだな」


 決して武の方には振り向く事はなく御八はそう言いきると、さっさっと歩いて人混みの中へと消えていった


「……おい武よ、あいつは一体何なんだ? お前は、何でわざわざ同じクラスでも無いあいつと積極的に話そうとしてるんだ?」


「えっと神山君は今日転校してきたばかりで……不安だろうから……俺は心配で……」


 御八の姿が見えなくなった所で鉄雄は半ば詰問するかのような勢いで武に問いただし、武は何とかそれにAMBTやコアーズの事を鉄雄に隠しながら答えようとするあまり、言葉を詰まらせてしまい少ししどろもどろな答えになってしまっていた


「お前の言おうとしている事はさっぱり分からんが……本当の答えは俺には言いにくいんだな? それだけは俺にだって分かるぜ」


 そんな様子を黙って見ていた鉄雄はただ静かに、武を見つめるとそう問いかけた


「うん……ごめん……鉄雄」


 そんな鉄雄の視線に誤魔化す事が出来なくなった武は心底申し訳無さそうに鉄雄に向かって頭を下げた

 

「………………」


 そして鉄雄はそんな武を無言のまま腕組みして一瞬、何かを考え込むと


「……じゃあ俺はお前が話してくれるようになるまでじっくり待つとするか!」 


 次の瞬間、鉄雄は豪快な笑みを浮かべて武にそう言うと下げていた武の頭を引き上げると武を真っ直ぐに立たせた


「そ、それでいいの? 鉄雄」


 そんな鉄雄の行動に流石に驚かされたのか武が驚いたような口調で尋ねる


「なぁに……お前が人に隠し事をする時は誰かを思いやってやってる時だって相場は決まってるんだ。それを知ってる俺はお前の事を信じる! 信じて待ってやるさ!」


「ありがとう……鉄雄」


 屈託の無い笑みで堂々とそう語る鉄雄に、いつしか緊張気味だった武の表情は緩み、平常時のような柔らかな笑みを浮かべていた


「気にすんな! 何故なら俺とお前は……!」


 武からの素直な言葉を少しくすぐったそうに頭を掻きながら鉄雄はそう言うと、武に向かってすっと握った右拳を差し出した


「「親友」」


 武はそれに答えるように自身の左拳を鉄雄の拳にぶつけると、二人はバッチリあったタイミングで同時にそう言い、楽しげに笑いだした。


 一年生でありながら学校内で一番の身長と体重を持つ鉄雄と、同級生と比べても小柄な武。一見アンバランスな二人だが、その胸には確かに互いに対する深い友情が存在していた



「(何なんだ、円崎と言う奴は一体……)」


 武達から離れ、目についた中で一番自身の好みだった女子生徒に学校の案内を頼み、一見すれば歩きつつも女子生徒と楽しげに会話を交わしているように見える御八ではあったが、実の所その思考の大半は今までの人生で遭遇した人間の中で最大のイレギュラー、円崎武と言う人間に対する疑問で満ちていた。


 昔から御八にうさんくさい笑顔と共にむやみに距離を縮めて接近してくる人間は大量にいた。そしてそんな人間は例外無く表面上は笑顔のながらも隙を見せた瞬間に引きずり下ろして自身がその立場に立とうと画策している人間か、自身のプライドを捨ておこぼれにありつこうとしている人間で、御八はそんな人間に対して基本は適当にあしらいつつ、自身の邪魔になった瞬間に誇り高く叩き潰すのが当たり前であったし、それが当然と御八は考えていた


 しかし、この円崎武と言う人間はどうだろう?



 やたらめったらに笑顔を浮かべ、多少冷酷に接しても変わらず自分に歩みよってくるのは非常にうっとおしいがその顔に悪意や裏を全く感じる事が出来ない。かと言ってプライドを捨てていると言う訳では無いらしく先程のように間違ってると自身が判断した行動には断固として譲る気が無いらしい。そして、おまけにコアーズとして覚醒し既に数体のボルガートを撃破しているのにも関わらず全くそれを鼻にかける様子も無く、むしろ謙虚に振る舞う。そんな武の行動がもはや御八には理解を越えていた


「で、ここが工具室だけど……神山君、私の話聞いてる?」


 と、そこで思考に集中し過ぎて会話を止めてしまっていたのか案内をしてくれていた女子生徒が少しむくれた様子でそう御八に問いただす。


「いや何、俺を誠心誠意案内してくれている君の姿がまるで一枚の絵画が動いてるかと思う程に美しくてつい見とれてしまったんだよ。……生憎、美しい物には嘘を付けない口でね」


 そんな女子生徒に御八はまるで動じた様子も無く、歌うように滑らかなリズムでそう言うと壁に寄りかかっ軽くポーズを取ると、少し困ったような顔を女子生徒に向けて作って見せた


「う、美しい!? わ、私がっ!? や、やだ神山君、口が上手いんだから……」


「謙遜する必要はない、君は美しいさ。俺が補償する。だから自信を持って行動すればいいさ」


 褒め言葉に慣れていないのか顔を真っ赤にして否定する女子生徒に御八は軽く笑みを浮かべながらそっと肩に手を乗せてそう言う。すると、女子生徒は恥ずかしさで更に頬を赤く染めるとそれきり何も言えなくなってしまった


「(そうだ、相手が誰だろうと気にする必要はない)」


 そして御八は、自身が大好きと明言出来る女性と触れ合う事で危うくオーバーヒートに突入しかけていた思考から冷静さを取り戻す事が出来ていた


「(俺はいつも通り平然と優雅に『素晴らしい人間』であり続けるのみ。それだけを守ればいいんだ)」


 思考を纏めると御八は、未だに顔を赤く染めている女子生徒を倒れないようにエスコートしつつ優雅に歩き出す。


 御八の両手の右と左の人差し指にはめられた両親からのプレゼントである翡翠の指輪はそんな御八の決意を祝福するように小さく優しい輝きを放っていた



「うっ……うわああぁぁぁっっ!!」


 真昼のビル街、その路地裏を中年で小肥りな体格をした一人のサラリーマン風の男は息を切らし体を必死に動かして走っていた。運動不足の体を急激に動かした故に幾度となく転び見栄をはって買った自慢のスーツの下半身はあちこちが破れて血が滲み、スーツと同じくローンまで組んで買った革靴も片方が脱げていたが男はそんな事を気にしている暇は全く無く、一瞬でも早く逃げんと配管や壁で狭い路地裏を突き進んでいた。と、男が道を遮る配管を乗り越えた瞬間、男の背後から管のような細長いものが凄まじい速度で飛んでくると軽々と金属の配管を突き破ると管の先についた鋏のような器官が男の太股をスーツ越しに切り裂いた


「ぎゃぁぁああっ!!」


 鋭い痛みに男はたまらず悲鳴を上げるとバランスを崩して転倒して額をしたたかに打ち付けた


「ヴヴヴゥ……」


 と、そんな男の耳に先程から自分を追い続けてる怪物の声が聞こえた


「ひっ……! こ、来ないでくれぇぇ……」


 言葉を通じる事が無い、いや通じた所で相手は止めてくれはしないだろうと思いながらも男は、黒褐色の怪物にそう懇願した。地面に屹立してはいるのものの怪物よ姿は男が幼少時代に昆虫採集のついでに捉えていた『ヤゴ』に酷似し、下顎を伸ばす仕草も良く似てはいたがそんな事は男にはどうでも良かった


「な、何故、私がこんな事に……」


 説得を早々と諦めた男が負傷した足を庇いつつ四つん這いの状態で思い返すように呟いた。


 嫌味で図々しい上司に媚び、同僚を騙して蹴落とし、部下の手柄を奪って手に入れた輸入業を中心とする会社内でおいそれと舐められないような地位。男はその地位を利用して部下達をこきつかってはいた。

 のではあるが一週間ほど前から男の部下達が奇妙な事を言い出したのだ。曰く『会社裏から奇っ怪な声が聞こえる』、『会社の周囲をうろついていたネコが奇妙な死体となってみつかった』、『倉庫に置いてあった商品の何割かが不自然に食い荒らされていた』等だ。

 下手に警察を呼んで話を大事にはしたくなかった男はこの出来事を隠蔽する事に決め、適当な原因をでっちあげて、一連の不審な出来事を化物の仕業と噂をする部下達を『愚か者』と説教してやろうと思い、でっちあげの証拠を作るべく倉庫を訪れた所、男はまだ上陸したばかりであろう水が滴り落ちるこの怪物と出くわし、必死の思いで逃げ続けていたのであった。しかも助けを呼ぼうにも逃走の途中で携帯を落としてしまったらしくいつも携帯を入れていたはずの胸ポケットには全くその感触は感じられない


「そうだ……私がこんな所で死んでたまるか……」


 過去を思い返した事で再び生への執着が沸いたのか男は死力を振り絞って立ち上がると再び走り出した。背後から追ってくる怪物の声は消えず、歩く度に男の傷口は燃え盛る火を押し付けられたかのように激しく痛み、一番の深手の脚を中心に出血は止まろうとしないがそれでも男は走りを止めない。と、そんな男の視界に、ようやく男にとって無限の道のりにも感じられた路地裏を抜けたのか、男にとってよく見慣れた町並み、そして線路が見えてきた


「おぉぉいつ! 誰かぁ!」


 そんな地獄のような非日常から一転、いつもの日常の見慣れた光景に安堵した男はたまらず声を絞り出し叫ぶ。と、男が叫んだまさにその時、男の耳に


 ブウンッ

 

「……? 誰か助けー!」


 そんな低い音が響き聞こえてきた。それは電車の汽笛やブレーキ音とも明らかに事なる耳障りな音であった為に男は怪訝に感じたが、それでも止まる事無く足を進める。


「て……痛っ!? くそっ……」


 と、その瞬間、男は転倒して地面に強烈に体を叩きつれた。目的地が見えて焦っているのを感じながら、このチャンスを逃さまいと男は何とか脚に込めて立ち上がろうと試みる。が


「えっ……?」


 何とか腕にもを入れて腕立て伏せのような形で立ち上がろうと地面に手をついた男の視界に入ってきたのはおびただしい程の出血、それは恐らくは自分の物。そして、背後から聞こえるバリバリと何か肉と骨を一緒に噛み砕くような音。最高に嫌な予感がした男が首を回して振り替えると


 男の体は腰から先が滑らかな傷口と凄まじい出血を残して切断され、その自身の下半身らしき肉塊を一心不乱に貪るのはさっきまで自分を追いかけ回していた化物


「うっ……!」


ブウゥゥンッ


 その見てしまった事を心底後悔するような余りにもおぞましい光景に男が悲鳴を上げようとした瞬間、再びあの低い音が響く


「…………!!」


 その瞬間、残った男の上半身は『空から表れた』もう一体の化物にさらわれてしまい。男は断末魔の叫びさえ発する事は叶わなかった



「いい加減にして神山君……!」


 つい先程のボルガード出現の知らせに対して作戦準備中だったディレクションルームの中で怒りを押さえられない様子で美歌は机を叩くと、御八を睨み付けた


「お、落ち着いて美歌……」


 武はそんな美歌を宥めようと慌てて美歌から御八の姿を遮るように机の上に身を乗り出してそう言った


「俺は言ってる事を曲げるつもりはないぜ。今度出たのは同じナイアドボルガード。なら以前ナイアドボルガードと交戦した俺が出るのは当然だろ? そして前回の俺の戦績は司令官自ら『素晴らしい』との評価をしてくれてる。更に言えば人員の消耗は最小限に抑える必要がある」


 美歌が反論してくる事は予め予想していたようで、御八はそう身ぶり手振りを加えつつ、何処か芝居がかかった口調でそう滑らかに言葉を紡いでゆき、一区切りを語り終えた所で、ぴっと人差し指を立てて宣言するように更に言葉を続ける


「以上の事から一切の私情を捨てて冷静に判断すれば今回の作戦は俺、つまりはウィンダム一人で十分! バーニアスとアクアの出番は必要無い! そうは思いませんか月草司令官!?」


 自信たっぷりに御八はそう言って見せると確認するように、美歌と御八の話し合いが険悪になった時あたりから何も語らず、椅子に腰掛けて全ての話を聞いていた月草に言ってのけた


「……………」


 御八の言葉に思わず武を含めたディレクションルーム内の全て人間の視線が集まる中、月草は沈黙したままじっと視線を返した


「なるほど……確かに御八、君の言うことは概ね間違ってはいない。良いだろう、今回の作戦の大方は君の考えた通りに進めるとしよう」


「……! 承認、ありがとうございます月草司令官」


 その一瞬後、そう落ち着いた口調で月草は御八にそう言い、御八は言葉こそ平静を保ってはいたが喜びを隠しきれてはおらず、月草の言葉を聞いた瞬間、武や美歌からは見えにくい位置にある左手で小さくガッツポーズを決めていた


「そんなっ……司令官……!?」


「おっと、待つんだな水原」


「うわっ……ととと……」


 月草の言葉を信じる事が出来ず、思わず反論しようと美歌がした時、喧嘩はさせまいと二人の間に小柄な体を精一杯伸ばして壁のように立ちふさがっていた武を軽く押し退けると、嘲笑うような笑みを顔に浮かべながら美歌に言う


「まさか忘れちゃあいないとは思うがお前がたった今聞いた通り今回の作戦は俺が決めた作戦にすると素晴らしい事に司令官自ら決めてくださったんだ……それとも、お前は自分達が出られないからって司令官の命じたことに逆らうつもりか?」


「そうでは無くて私は、私達は……っ!」


「美歌」


 御八の言葉に何かを堪えれなくなったかのように叫ぼうとする美歌を一言、全く語気も強くなく音程も普通ではありながらも騒乱の中ではっきりと聞こえ、部屋全体に響くような力強さを感じさせる月草の声がそれを止めさせた


「まだ『今は早い』。悪いが下がっていてはくれないか? 頼む……」


 月草の言葉に驚き驚愕して固まる美歌に、月草は何処か困っているかのような笑みを浮かべると静かに美歌に向かって頭を下げた


「っ! 分かりました司令官……」


 心中では全く納得出来てはいないがそんな月草の言葉に逆らうのも躊躇われ、美歌は静かにそう返事を返し、深呼吸をすると巻き戻しするかのように大人しく席に腰掛けた


「え~ごほんっ! それでは神山御八、出動してきます!!」


 流石にそんな空気の中には居づらくなったのか御八はわざとらしく咳払いをすると、素早く月草に頭を下げてディレクションルームから出ようとする。と、そんな御八に月草が慌てて声をかけた


「あぁ御八、不確定でレーダーの誤りの可能性との見方が大きいが今回の現場では同種の物と見られるもう一体のボルガードの反応が確認されている。十分に警戒してくれ」


「ご心配無く司令官、あのような鈍い相手ならば2体に増えようが俺とウィンダムならば全く問題はありません!」


 忠告するかのようだった月草の言葉にも御八は全く怯まずに、そう力強く返事するとディレクションルームの自動ドアを開いて意気揚々といった調子で外へと出ていく


「もしかしたら、本当に俺の言った通りにこれから先もバーニアスやアクアの出番は無いかもな」


 ドアが閉まる直前に御八が呟いた言葉は静まりかけたディレクションルームによく響いていた




「ヴァァァァッ!!」


 着弾した腹から火花を吹き出し、ナイアドボルガードはたまらず悲鳴を上げてモザイク柄のタイル張りの床へと倒れこんだ


「白波さん、住民の避難は済ませてあるか?」


 そんなナイアドボルガードに向けてファングスの形態にした銃を油断なく構えつつ、既にウィンダムへと変身を終えた御八は額に取り付けられたゴーグルを太陽の光で反射させて光らせながら、獲物を仕留めにかかるハンターように慎重に足を進めながら通信機越しに白波に向かって話しかける


『ええ……そこから周囲二キロの住民の避難は既に済ませてあるわ』


 この作戦が始まってから御八が最初に話しかけてきた言葉がそんな変わらず命令口調だった為、白波はため息を付きながらも御八の問いに答えた


「よし……ならば……!」


『オーガーズ!! スタート!』


 白波の言葉を聞くや否や、ウィンダムは腰のコアシステムに触れると一瞬にして銃をキャノン砲を思わせるような超巨大な姿、オーガーズに変形させた


「こいつで一気に決めてやる!」


「ヴッ……アアアァァァッッ!!」


 ウィンダムが両手でオーガーズを構え、ナイアドボルガードに向けて狙いを付けた瞬間、ナイアドボルガードは下顎を発射してウィンダムの手からオーガーズを弾き飛ばそうとするが


「アホのように同じ手が俺に通用するか……!」


「ヴァァァッッッ!?」


 その瞬間を待っていたかのようにウィンダムが余裕を持ってオーガーズを発射させると直後、その強大な破壊力を持ってナイアドボルガードの下顎を軽々と破壊し、更にありあまる力でナイアドボルガード本体にも命中して爆炎と共にナイアドボルガードの腹を半分ほど吹き飛ばした


「ふっ……終わりだな……」


 腹を吹き飛ばされ、そのあまりのダメージ故か全身にひび割れを作ったナイアドボルガードが地面にのたうち回ってもがく姿を見て完全に勝利を確信したウィンダムは静かにナイアドボルガードに向かって再び構えトドメとなるオーガーズでの第二撃を放とうと構える。その瞬間


 ブゥゥン……


 突如、ウィンダムの発達した聴覚にとても自然が発したとは思えないような耳障りな低い振動音が届いて来た


「……っぅ!?」


 その音を耳にした瞬間、ウィンダムは凄まじいほどの殺気を感じ、全力で大地を蹴りオーガーズを引きずりながらその場から離れようと試みる。と、その瞬間


「ぐうっ………!!」


『御八君っ……!! 大丈夫なの!?』


 突如、先程までウィンダムの頭があった場所のタイルが不可視の刃が降り下ろされたように鋭く割け、オーガーズの強大な破壊力のデメリットとなる重量で上手く動く事が出来ないウィンダムの右肩と左脚を切り裂き、ウィンダムは苦痛の声と共に肩と脚から赤い血液を飛び散らせた


「馬鹿な……真上……だと……!?」


 心配する白波の声にも返す余裕が無いウィンダムは、攻撃を受けた肩を押さえつつ転がるように先程いた場所よりさらに距離を取り、同時に素早く片手で額に取り付けられたゴーグルを目に装着すると自身が攻撃を受けた空を見渡す。ウィンダムの目へと装着された瞬間ゴーグルは通常でも非常に優れた視力を視力を持つウィンダムをサポートする補助端末としての役割を果たし、視界の端に倒れたナイアドボルガードを映しつつ、たちまちウィンダムが見渡した方角の空の画像を拡大していく


「……見つけた。こいつか……!」


 そしてウィンダムは自身の真上、上空1500Mの地点でついにそれを見つけた


 上空で巨大な羽を羽ばたかせてホバリングしている姿や、その特徴的な黒と黄の体の模様や緑色で透き通った巨大な目こそはオニヤンマに酷似しているが、その胸部は明らかに不自然と言える程に肥大しており、本来獲物を捉える為に使うはずの刺だらけの六本足をどこか矮小に見せてしまい、それを補うかのように口は開けば子供程度なら丸々飲み込んでしまいそうな程に巨大化していた


「こいつが司令官が警戒していた二匹目……くそっ、ヤゴが既に脱皮してやがったのか。俺とした事が油断するとは……」


 空を浮かぶボルガードを見てウィンダムはそう悔しげに舌打ちをした。油断をした結果、敵の攻撃をうけてしまうと言う自称する『素晴らしい人間』にはふさわしく無い自身の行動にウィンダムはイラつきを隠せないでいたのだ


『御八君、あの空を飛ぶボルガードはドラゴンフライボルガードと発表されたわ。待っててね、すぐに救援……』


「必要ない!!」


 胸の中で騒ぐイラつきを押さえる事が出来ず、気付いた時にはウィンダムは思わず感情の迸るまま語気を強めて白波に怒鳴りつけていた


『御八君……!?』


「っ! ……えっと、ほらナイアドボルガードはもう瀕死だし……」


 白波を怒鳴り付けてしまった瞬間、ウィンダムは一瞬、はっと硬直すると言葉を荒くした事を誤魔化すように途端に言葉を弛め、誤魔化すように語り始めた


「確かに予想外の事は起きて、1対2の現状だけど打つ手はあるから問題は無いし救援はいらない、大丈夫。そう、言おうとしたんですよ今のは……だから気にしないでくれ白波さん……っと!」


『あっ……ちょっと御八君!?』


 またも『素晴らしい人間』とは言えないような行動をしてしまった事で動揺ようした御八はそれだけを一気に言い切ると通信を一方的に打ち切り、再び胸のコアシステムに触れた


「そう……問題なく一体ずつ倒していく!」


『キラーズ!!スタート!』


 その瞬間、緑の光に包まれたオーガーズは瞬時にしてその姿をライフルのような姿、キラーズへと変え。すかさずウィンダムは片足の痛みを堪えて立ち上がり、瀕死の状態のナイアドボルガードを今は放置する事に決め、両手でキラーズを構えると上空を飛行するドラゴンフライボルガードに狙いをつけた


「初弾命中で決着を付けてやる……!」


 ライフルに似た姿のキラーズにはスコープは取り付けられていない。が、ウィンダムに装着されたゴーグルの補助がスコープの持つそれを持ってありあまる程の性能を持つ為にウィンダムにとっては全く問題は無い。自身の名誉を守るためにもウィンダムがギラギラと鋭い瞳でドラゴンフライボルガードに向けてトリガーを引こうとした瞬間


 突如、今までゴーグルの端に写し出されていた地面に倒れているナイアドボルガードの体が背中が真っ二つに裂けた


「なっ…………!?」


 再び御八が驚きの声をあげたその瞬間、裂けたナイアドボルガードの背中から勢いよく、幼体であるナイアドボルガードが成熟した姿、つまりはもう一体のドラゴンフライボルガードが上空へと飛び出し確認するかのように飛行を始めた。しかも理不尽な事にナイアドボルガードの状態の頃に受けていた筈の傷は、たった今飛び出した黄色の腹のドラゴンフライボルガードには殆ど残っていないように見える


「ちっ……面倒だな」


 ただでさえ満身により自身は肩と脚に負傷している状況の上に、完全に無傷と『ほぼ無傷になった』飛行するボルガードが2体と言う明らかな劣勢の状況でも負けるつもりこそ全く無かったが、不利になっていく現状にウィンダムは舌打ちをした


「うおっと……!」


 と、その瞬間、真上にいたドラゴンフライボルガードが再び上空から攻撃を仕掛けて来たが、ゴーグルを付けていたことでドラゴンフライボルガードの姿、さらにはドラゴンフライボルガードが一気に息を吸い込んで肥大した胸部を風船の如く一気に膨らませ口から圧縮された空気が三日月の刃のような形で発射されたのも『見えていた』ウィンダムは、容易く攻撃をステップで回避する


「キシュシュゥ……!」


「こっちもか……っ!」


 そのタイミングを待っていたかのように脱皮したばかりのドラゴンフライボルガードはウィンダムがステップで開始した途端に背中の羽を勢いよく羽ばたかせると一直線に突進してきた。これも軌道をしっかりと見ていたウィンダムは飛び上がって突っ込んで来たドラゴンフライボルガードをやり過ごした


「そして! どんな奴だって全力で突進した後には体勢を立て直すまでに隙が出来る……しかも、この距離なら空の奴が俺を攻撃しようが間に合わない……もらったぁ!」


 そしてウィンダムは地面に着地する前に空中で一回転して振り返るとウィンダムの予想通りに体勢を整えようとウィンダムに背中を向けているドラゴンフライボルガードに銃を向けるのと同時にコアシステムに触れ、コアシステムの緑の輝きと共にまさに必殺技が放たれようとした瞬間


「シュゥゥ…………」


 ぎろりと、威嚇するように昼間でもなお赤く血のような輝きを放つ巨大な瞳で体勢を立て直そうとしている、アキアカネに酷似したドラゴンフライボルガードはウィンダムを睨み付ける。


 瞬間


「うっ…………あぁぁっ……!!」


 突如、ウィンダムは先程までの不利な状況でも全く自身の勝利を信じて疑わなかったような余裕が嘘のかのように恐怖に震えは始めた。御八がいつも尊大な態度や言葉で誤魔化し必死に自身の心の奥底へと隠そうとしていた心的外傷が、『自身の出血』、『紅の光』という二つのキーワードをきっかけ滲み始めようとしていたのだ


『エラー……』


 その瞬間、つい先程決定的なチャンスを手にしたはずのウィンダムの手からキラーズが零れ落ち、恐怖によって思考が大幅に乱れた事でコアシステムはウィンダムの意志を上手く受けとる事が出来ずにウィンダムのコアシステムの緑の光はフッと消えてしまい必殺技のエネルギー消滅してしい、それと同時にウィンダムは全身の力が抜けてしまったかのように膝をついて崩れた


「シャアァァァッ!!」


「うわぁぁ……!! ぁぁぁああっ!!」


 そんな隙だらけのウィンダムめがけ赤いドラゴンフライボルガードは狙いを定めて、発達した鋭い足で引っ掻くように移動しながら攻撃を仕掛ける。戦意を失ってしまったウィンダムはその攻撃から逃れる事が出来ずに、ただ子供のように体を震わせながら丸まり、必死にドラゴンフライボルガードからの攻撃を耐えよていた


『御八君! 一体どうしたの御八君!? そのままじゃあ変身を維持することさえ出来なくなってしまうわよ!?』


 通信機から白波の悲鳴のような警告が聞こえ、ウィンダムが反撃してこない見るや否やドラゴンフライボルガードの攻撃は激しさを増してきたが、ウィンダム、御八には全くそれを気に書けることが出来なかった


「(父様……母様……)」


 彼の脳裏には5年前の地獄のような紅く、残酷な悪夢の記憶が蘇っていたのだ



 神山御八は広々とした庭を持ち、執事やメイドを雇っているような裕福な家庭の次男として誕生した。御八が欲しいと思ったおもちゃや本は手に入らなかった事は無く、連休ともなれば頼みさえすれば父が旅行へと連れて行ってくれるような環境で御八は殆ど不自由無く、唯一、全てにおいて自分の先を行き、海外旅行で体験して以来趣味としていた射撃でさえも自分を上回る兄の存在に口には出そうとしなかったものの劣等感を感じてはいたが概ね幸せにくらしていた。


 しかし


「とぉさまぁぁぁっ!! かぁさまああぁぁぁぁぁ!!」


 その幸せな日々は無惨にも幼い御八の目の前で叩き潰された


 家族水入らずでの旅行の帰り道、車内では旅行の思い出話に花が咲いていた時、トンネルを通過している最中に御八の父が運転する車の背後から一台の車が激突。突然の事態に御八が眼を閉じた瞬間、車は必死のブレーキとハンドル操作も空しく正面からトンネル内で工事中の分岐対と激突した。


 そして、車の前面部が衝撃を全て受けた事で、後部座席に座っていた御八は旅行先で購入したおみやげが盾のようになり、割れたガラスが肩や脚に突き刺さり、動けない状態で『運悪く』意識が残ってしまい体の痛みに耐えかねて両親に助けを求めた時に見てしまったのだ。


 自身の目と鼻の先で顔をあるいは上半身を潰され、血塗れで息絶えている二人の人間を。その遺体が自身の両親と証明してしまう指にはめられた両親の結婚指輪だった翡翠の指輪を。飛び散った血液がべっとりと付着し、紅く不気味な光で自分を照らす工事現場の作業用ライトを


「あああああああああああああああああああああぁぁぁっっ!!」


 その全てを見た瞬間、御八は必死に声を張り上げて僅かな希望を求めて父と母を呼び、直後返事が帰らない事で両親が死んでしまっている事を理解してしまった御八は、血で染まった赤いライトに照らされながらそう喉から血が出るほどに狂ったように叫び、救急隊駆けつけてもなお涙を流して叫び続けていた


 こうして御八の心には深く、紅く、残酷なトラウマが刻みこまれる事となったのだった



「うっ……あああ……」


 紅く輝く瞳を持つドラゴンフライボルガードにマウントを取られ、サンドバックのように殴られ続けている御八の脳裏にはあの時の記憶が、紅い光の中で両親が死んでいる光景が繰り返し、流れ続け、その悪夢を振るい払う事が出来ずに御八はマトモに身動きする事でさえ出来ずに苦しむ事しか出来なかった


「(こ、ここまでなのか……こんな小さな事で俺もウィンダムも……は、はは……偉そうな事を言っててそれじゃあ、カッコ悪いな……)」


 ドラゴンフライボルガードからの攻撃に痛みと、融合率低下によるコアシステムAIからの警告音を感じとりながら、何処か他人事のような感覚で御八はそう思考していた。


 思えば出会った当初から、下に見られて舐められないとばかりに円崎と水原の二人には必要以上に肩の力を入れて強気な態度を一貫して取っていた。当然のように水原からは明らかな嫌悪の視線を向けられ、それも仕方ないとは思っていたが冷静になった今、考えてみるとあれは自分がそうであろうとしている『素晴らしい人間』らしくは無かったかもしれない。と、言うことは自分は水原に謝罪すべきなのだろう


「(そういえば……)」


 そこまで思い返した事で御八はふと、ある一つの事実に気が付きふと、動きを止めた


「(そう言えば、俺に何を言われてもあいつは……円崎は俺を嫌悪したり否定するような仕草は全く見せなかったな……余程甘っちょろいのか、俺の言うことなど気にしない程に心が広すぎるのか……それとも両方なのか……)」


 御八はそこで短い間ながらも武と関わった時の事を思い出して、仮面の下で小さく笑った。どうやら円崎と関わったお陰で痛みと恐怖に包まれながら死ぬ事は無さそうだ。そう、どこか落ち着き、礼でさえ言える程に落ち着いた諦めの気持ちで自分にとどめを指そうとするドラゴンフライボルガードを見上げ、御八がゆっくりと眼を閉じようとした時だった





「フレイム……スマッーシュッ!!」


『フレイムスマッシュ!』


 灼熱の業火を思わせるような『赤い』コアエナジーを右脚に纏ったバーニアスが気合いの声と共に目の前の『紅い』目のドラゴンフライボルガードを蹴飛ばした


「(あ……か……)」


 それは御八にとっては自身のトラウマを刺激する為に出来るだけ関わりを持たないようにし、奥底で嫌悪していた筈の色。しかし、目の前でドラゴンフライボルガードを打ち払った輝く『赤』は微塵の恐怖も嫌悪も感じない。いや、それどころがどこか落ち着きと不思議な懐かしささえ感じていた。


「(こ、これは……この感覚は……まるで……)」


 体を包み込む奇妙、しかし恐怖と諦めで凍り付こうとしていた心に再び火を灯すような太陽のような暖かい感覚に御八は思わず呆けてしまった


「神山君、大丈夫!?」


 と、その時、フレイムスマッシュの直撃を受け、爆発するドラゴンフライボルガードを背にしながらバーニアスが手を差し出した


「円崎……一体なぜここに……?」


 無意識にバーニアスの手を取り、素直に助け起こされたウィンダムは半ば夢うつつのような状態でそう尋ねる。すると、バーニアスは一瞬、考え込むように小首をかしげ、ゆっくりと口を開いた


「えっと……父さ……あ、司令官は作戦を始める時に『大方』神山君の決めた通りにするって言ったいたでしょう? 簡単に言えば、俺は神山君の策に司令官の付け足した補正。万が一の為の神山君のヘルパーって感じなのかな?」


「な、なぜ……司令官はそんな事を……」


 バーニアスの口から放たれた言葉に思わずウィンダムは言葉を震わせる。何故月草司令官が何故そんな指示を?自分を信じてはいなかったのか?御八の頭の中にそんな疑問が次々と浮かび、疑心暗鬼になりかけた時であった


「ごめんね、それ……たぶん半分は俺のせいなんだ」


「!?」


 突如、バーニアスが心底申し訳無さそうに、そう言ってウィンダムに頭を下げ、ウィンダムは普段の言動からはっきり言えば脳内お花畑の馬鹿だと判断していたはずのバーニアスの言葉に思わず息を飲んだ


「前に神山君とボルガードの戦闘を見ていた時に見ちゃったんだ……神山君がボルガードと退治している時にほんの僅かに震えてる所。それがまるで無理して戦ってるように見える……て、俺、司令官と美歌に話したんだ……本当にごめんね神山君」


「…………」


 バーニアスの言葉にウィンダムは答えない。図星を付かれた。初の実戦で全身に感じた恐怖を隠し、日頃の鍛練を信じて虚勢を張ってた戦っていた事を自身が脅威と判断しなかったこの少年にはすぐに見抜かれていたのだ。


「それで……どうするつもりだ?」


 トラウマのショックからは解放されたものの、別の問題で再び鳴り出した心臓の鼓動を必死で押さえ、もはや意味の無い事なのかもしれないが出来るだけ強気の態度を見せながらそうウィンダムはバーニアスに問いかける。


「どうするつもりだ……って、何を言ってるの神山君?」


「…………何?」


 さて、どんな無理難題を要求されるかと覚悟していた御八は不思議そうにそう不思議そう尋ねてきた返したバーニアスに、思わず聞き返していた。


「だって神山君は初めてボルガードと戦ったんだろ? なら怖いと思うなんて当たり前……それで神山君を馬鹿にしたり何かしないよ」


「…………俺が、お前達にあんな態度をとったのにか?」


「うん……それは神山君が悪いと思っているなら『ごめん』って美歌や鉄雄に言ってあげて? 俺は気にしてないから大丈夫」


 ウィンダムの問いかけに、当たり前のように迷わず答えていくバーニアス。


「ははっ……」


 そんな余りにも真っ直ぐなバーニアスを見ていたウィンダムは気付けば自然と笑っていた。先程までの自分が非常に浅はかに見えていたのだ。完全にバーニアスにしてやられた形になったのだが、何故か心は晴れやかだった


『武君! 御八君! 気を付けて! 奴が仕掛けて来るわよ!』


「……! 神山君は下がってて!」


 と、その時、通信機から白波の声が響き、上空のドラゴンフライボルガードからの攻撃を警告し、その通信を聞いた瞬間慌ててバーニアスはウィンダムの盾になるように前に立ち、そっと胸のコアシステムに触れる。恐らくは資料で見たバーニアスに非常に短時間ながらも空中戦を可能とさせる必殺技『エアステップ』を使うつもりなのだろう。


「下がるのはお前だ円崎。……俺に任せろ」


 が、この場にはもっと確実に遠距離の相手を仕留める事の出来る者がいる。ウィンダムはそう言ってバーニアスの前に出ると戦闘の最中、外れていたゴーグルを再び装着すると遥か上空のドラゴンフライボルガード目掛けて再び狙いを定める。もう、心には一点の曇りも迷いも無かった。そして、ドラゴンフライボルガードが息を吸い込んだ瞬間、御八はコアシステムに触れる


「……終わりだ」


『キラーズ!!ザ・イーティング!』


 直後、電子音声と共に超高速の光弾が発射され、光弾はドラゴンフライボルガードの吐いた空気弾を軽々破壊すると、そのままドラゴンフライボルガードの頭部を吹き飛ばし、ドラゴンフライボルガードは空中で爆発して砕け散った



「凄いよ! 本当に凄かったよ御八!」


「あー、はいはい。何回目かわから無くなるほどに言ってくれて、ありがとな」


 治療を終えた御八に何度も嬉しそうにそう何度も言う武に、名前を呼びを許すには早すぎたかと後悔しつつ御八はそう適当に見舞いに来た武をあしらっていた


「(俺の決意は変わらない。下手に馴れ合うつもりは無い……無いが、たまにはこういうのも悪くは無いのかもしれない……そうでしょう? 父様、母様)」


 ぼんやりと水原にどう謝罪するかを考えながら、御八は指輪を太陽にかざしながら心の中でそっと、そう呟く。翡翠の指輪は夕日を浴び、御八にはうっすらと朱に染まって見えていた

 データベース


 コアーズ04『ウィンダム』

 

 神山御八がCOREーゼロシステムNo.04と適合して変身した姿。足の裏や手のひらに生えた微細な毛により垂直の壁で屹立したり、天井に張り付く事も可能。変身時に自動的に手に装備される銃『ファングス』は御八の意思に合わせてコアシステムに触れる事で八つの形態に変化する。額のゴーグルを装着する事でウィンダムの戦闘補助端末、同時に紫外線や通常では可視不可能な程に素早い物など言、あらゆる物を目視する事が出来るほぼ万能のスコープになる。


 コアのタイプは『密林』



 ドラゴンフライボルガード(クリムゾン)


 アキアカネに酷似したボルガード。以前、ウィンダムに倒された物とは別個体のナイアドボルガードが十分なエネルギーを摂取して成長した下級ボルガード。時速500kmで空を飛び六本の足はアフリカゾウをも軽々と取り押さえてしまう怪力


ドラゴンフライボルガード(オーガ)


 オニヤンマに酷似した上位の下級ボルガード。発達した胸部から放たれる圧縮された空気弾は鉄筋ビルの壁すら豆腐のように切り裂いてしまう。なお、以前出現したナイアドボルガードやドラゴンフライボルガード(クリムゾン)の親となる個体でもある。時速700kmで飛行可能

 

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