第二話 バーニアス出動せよ!!
本当に送れて申し訳ないです!数年ぶりについに二話更新です!
遠くに見えていたトラックはその数を増やしながら集合してゆき、武と淳のすぐ目の前に規則正しく停車すると、トラックの荷台の扉が音を立てて開き、重火器で武装した黒い戦闘服の集団、サングラスに灰色のスーツを着た調査員風の人々、ヘルメットにオレンジの作業着と白の白衣を着た医師や看護師らしき男女が次々トラックから飛び降りると素早くそれぞれの色事に分けて周囲に散らばっていく。
まず灰色のスーツを着た人々は、ビデオカメラや通信機器を使って何やら忙しく辺りを調査して回り、数人のチームを組んで指示を受けながら工場内や先程スパイダーボルガードが爆発した場所を散策していた。そのわりと近くで蛍光色のオレンジの作業着を着た人達と白い白衣を着た人々は傷付いた自衛隊の人々の治療に専念してた。
そして残る一人、前身を黒一色の戦闘服で包み銃器で武装した兵士達とは言うと。
「君が、円崎 武君だね?」
全員が銃を地面に向けた状態で横に並んで立って武の正面に立ち、その中心にいる真ん中で分けた薄い茶髪でどこか穏やかな表情をした紺色の軍服を羽織り、青髪に緑眼の若い青年が武に話しかけていた。
「は、はい………あなたは?」
「おっと申し遅れてしまった、私は宇治原、AMBTの副司令官をさせて貰っている」
武の問いに宇治原と名乗った男は柔らかな笑みを浮かべたまま懐から名刺を取り出して武に渡しながら答えた。
「と、まぁ…………ここで互いにゆっくりと自己紹介をしておきたい所だが……」
と、そこで宇治原は急に表情を強ばらせると真剣な眼をしながら武を見つめ、静かに告げる。
「円崎武君、ぶしつけで悪いとは思うが私達の本部まで来てもらうよ。それを………CORE-ゼロシステムを君が起動させ、そのうえ完全体に変身してボルガードを倒した以上、君を我々は見逃すなんて選択は無いんだ。異論は無いね?」
「は、はい………」
武装した兵士達の無言の圧力に押されたのか、宇治原の雰囲気に飲まれたのか武はその言葉を聞いた瞬間にすかさず首を縦に降って了承していた。
◆
「なんと……まさか君の体にそんな現象が発生するとは……未知の面があったと聞いてはいたが正直、全くの予想外だな……あと、私はもう研究所主任では無いよ霧谷君」
多種多様な計器や武がTVや映画でしか見たことが無いような機械が溢れながらも以外なほど広々としている車内の鈍い銀色に輝く金属質の四角いテーブルを囲み、武と体面する位置に座っていた宇治原は感慨深げに頷きながら答える。
「あっ、すいません宇治原主任。ええと、ともかく俺の体に今、起きている一種の先祖帰りとも言うべき現象の原因は今のところ全く分かりません。転送装置からデータさえ取れれば何かしらのヒントは分かるかもしれませんが……」
その宇治原に向かってテーブルの中央に腰かけて熱弁を奮う、明らかに体に合わないほど巨大な白衣を着たニホンザルの姿をした元人間(自称)霧谷はそこで若干、肩を落とし落ち込むような素振りを見せる。
「でも、何とかCORE-ゼロシステムNo. 02をボルガードの手から守り抜き、その02の適合者まで見つけれた事に比べればっ………!僕の体の事なんて小さな問題です!ゆっくり元に戻る方法を考えればいいんですよ!」
が、直ぐ様顔をあげると弱気を吹き飛ばすかのように勢い良く言い放つ。
「はは……まぁ、君自身がそう言うなればそうなのかもしれないな……うん、確かに『No. 02 』の適合者が発見出来たのはとても喜ばしい事だ。『No. 03』アクアには……仕方ないとは言えかなりの負担をかけてしまっていたからな……その結果が今回に出た訳だが………美歌には本当に謝っても謝りきれないな……さて、武くん」
そこで宇治原は言葉を止め、車内のあちこちにある機器類を興味津々と言った様子で眺めていた武に改めて向き直る。
「っ……はいっ!」
宇治原の声に気付いた武は機械から眼をそらし、素早く姿勢を整えると正面から真っ直ぐに宇治原を見つめ返した。
「武くん………一学生の君がボルガードに挑むなんて無謀だとかそういう説教は後でいい……美歌を助けてくれて本当にありがとう。美歌は私達AMBT日本支部唯一のコアーズであると同時に大切な仲間なんだ……君に私達は感謝しても感謝しきれないだろう」
「ええっと……お礼はいいですよ。むしろ俺の方こそごめんなさいです。今、考えて見れば自分でもあれは軽はずみ過ぎると思いますし……」
座りながら頭を下げて武に礼を言う宇治原に対して武は慌てた様子で手を慌ただしく動かして宇治原が頭を下げるのを止めながら言う。
「ははっ、武、この場は大人しく宇治原主任の礼を受け取っておけよ……説教なら本部の『あの人』にしてもらえばいいからな」
そんな、二人の様子を見て笑いながら、どこか含むような調子で武を見ながら言う。
「あの人?」
そんな霧谷の真意が分からず、武は手を止め、軽く小首を傾げて不思議そうにオウム返しをした。
「……なるほど、今回の武君の事についての説教には確かにあいつが適任だな」
そんな武を、置いてくように何かを理解した宇治原は含み笑いをしてみせた。
「ん、んん………?」
そんな二人の態度の意味が半ば理解できずに、武はしばらくの間ずっと不思議そうに首を傾げたまま思考の海に入って行くのであった。
◆
「さぁ、こっちだ武君、霧谷君ついてきたまえ」
宇治原に先導され天井からのLEDから放たれる白い光に照らされた通路を歩いていく武とその肩に乗った霧谷、その背後からは申し訳程度に一人の武装した兵士がついてゆくが武に危険性が無いと判断し、ある程度警戒を解いたのか武が初めて出会った時に装備していたライフルに似た大型銃は今は無く、装備は腰に下げられた拳銃のみで、両手は空けていた。
武は背後で一定の距離を保ちながら歩いてくる兵士が気になりながらも、多少無理矢理にも下手に考えるのを止めようとし、宇治原の後をゆっくりとついて行くのであった。
通路を進む中で武達は幾人ものの職員とすれ違い、やがて宇治原のもつカードキーで開いたエレベーターに乗り込み、宇治原が再びカードキーをエレベーターの操作盤に差し込むと扉はしまりエレベーターは勢い良く上昇していった。
「武、今、私達はAMBTのいわゆる中心部のディレクションルームに向かっているんだ。武にはそこにいるAMBT日本支部の最高司令官に会って改めて今日の話をしてもらいたいんだが……出来るね?」
操作盤から後ろを振り向き、武に確認するように宇治原が言う。
「は、はい……頑張ります!」
武はそれに、緊張した様子でかなり崩れた敬礼のような動きをしながら答えた。その様子がおかしかったのか霧谷はおもわず肩で吹き出した。
「もう、笑うなんて酷いよ!」
武がそう言った瞬間、音を立ててエレベーターが開いた。扉が開くと真っ先に武は半月状の部屋の弧の中心の壁に設置され、次々と何かの数値を表示し続けている巨大モニターに気付くと、すぐにその近くで個々のディスプレイに向き合いキーボードで何かを入力している人々に視線は移ってゆき。そして次に武の視線は巨大モニターが一番良く見える場所、部屋の中央の数十人が座れそうな程に巨大なテーブルの上座と思われる場所で立派な椅子に腰掛けて武達に背中を見せる黒い軍服姿の男。そしてその隣に達、髪を上に纏め、男とは違い薄めの赤い眼鏡越しにこちらを見てくるレディーススーツ姿の若い女性がいた。
「(あ、あれ……?)」
その時、武はふと違和感を感じていた。目の前で時おり赤い眼鏡の女性に時おり指示を出しながら相変わらず背中を向けて何やら手元を忙しそうに動かして作業している黒軍服の男。自分はここに初めて来たのであって当然、今この場にいるAMBTのメンバーはあわただしく信じられない出来事の連続だった今日、 知り合ったニホンザルの研究員、霧谷と自らAMBTの副司令と名乗った宇治原しか知らないはずだ。なのになぜ
初めて会うはずの目の前のこの男に絶対的な安心感と信頼を感じるのだろうか。
「司令官、バーニアス適合者の少年とスパイダーボルガードとの交戦現場にて保護した霧谷研究員を連れて来ました」
と、そこで宇治原が背中を向けてる男に数歩ほど近づき武の両肩に手を当てながら言う。
「あぁ、ご苦労だったな宇治原。忙しいのに無理を言ってすまなかった………それと私とお前は同等の立場だ、必要時以外の敬語はいらないと前にも言っただろ?」
黒軍服姿の男は、宇治原の声を聞くと作業する手を止め背を向けたままそう答えた。すると、宇治原は左手を後頭部に当てると恥ずかしそうにはにかんだ。
「いやぁ、すまないすまない。クセのようなもので…ね、つい」
「まぁ……私はかまわんが……さて、改めてようこそバーニアスの少年……いや」
黒軍服姿の男は、自身が座っている椅子をくるりと回転させて武達に向き合う位置に動きながら言葉を続ける。
そして、男が完全に正面を向いた瞬間武の目と口は全開まで開かれた。
「久しぶり……に、なるか?予定していたり早い再会になったな、お互いに良きせぬ形でだが」
「と、と、父さんんんっっ!?」
武は目の前で困ったような笑顔で真っ直ぐに自身を見てくる、本来ならば今日の夕方あたりに叔父と共に暮らしている『エトピリカ』で手作りの料理と共に迎えるはずであった。肉親である父に、そして宇治原の言う事が事実ならばAMBT日本支部の最高司令官である円崎月草の前でただひたらすら口と目を驚きで開く限界まで開き呆然としていた。
そう、それこそ肩でイタズラが成功してニヤニヤ笑っている霧谷にも全く気が付かない程にである。
「まずは謝ろう、黙ってて悪かったな武」
「父さん?」
と、いきなり月草は武に軽く頭を下げた。
「まだAMBTもボルガードも世間には公表されてない、故にお前にわざわざ恐ろしい事実を話す必要は無いと俺は考えた。出来ればお前が知る前に全てを終わらせたかったが……そうはいかなかったな」
「父さん、でも俺は……」
頭を垂れ苦笑いを浮かべながら言う月草に、武は言葉を返そうとする。が、瞬間、月草が手を出して軽く武の言葉を止めた。
「では武、教えてもらおうか。今日一日、お前自身の目から見て起こった出来事を、そしてお前が霧谷研究員の反対を押しきってまで戦うと決めた理由をな」
「う、うん……実は………」
再び月草に真っ直ぐ視線を合わせられ、武は覚悟したかのように、時折霧谷を話に交えながらゆっくりと話し出す。
放課後寄り道に公園に立ち寄った事、悲鳴を聞いて駆け付けた時に霧谷と遭遇した事、そしてスパイダーボルガードとの遭遇、アクアの戦い、そして自分が変身してスパイダーボルガードを撃破した事。
その全てを武が話終えると、月草は大きなためいきを付いた。
「ふぅ…………なるほど、こちらでも大体の情報は掴んでいたが……我が息子ながら恐ろしい無茶をしてくれる……」
「ご、ごめんなさい……」
呆れ返ったかのような月草の態度に、武は身を縮むませ月草に頭を下げて謝る。
「武、人を助けようとするのは悪いことじゃない。だが、その結果、自分の命をも失うような事ならばそれは良くない事だ」
「はい………」
「お前がいなくなれば壱圭や鉄雄君にお前の学校の皆、そして俺、もちろん『ひなた』だって悲しむんだぞ?」
「お母さん………」
武は月草の言葉に武は亡き母親のひなたの事を思い出すと目をうるわせ、軽く涙を浮かべた。月草はそんな武を見て、ふっと僅かに険しかった表情を柔らかくした。
「十分に考えてもなお、やらなくてはいけない無茶なら仕方がない。……だが、後先考えない無謀だけはするんじゃあないぞ……」
「はい……父さんっ!」
月草のその言葉に武は涙を拭い、姿勢を正すと静かに頷いた。
◆
「それじゃあ武君、司令官の代わりに改めて私達がコアーズについて説明するわね」
「俺も補佐するからしっかり聞けよ?」
それから、暫くして武はディレクションルームのすぐ隣にあった会議室で先程、月草の隣にいたレディース姿の女性、白波 美由紀と名乗った女性と、白波がどこからか持ってきた小さな白衣を着た霧谷から説明を受けていた。
武が座る自身の体のサイズからは多少大きい一人用の机と椅子の前でホワイトボードとモニター画面を背に熱弁を振るう白波はどこか若き女性教師を彷彿とさせ、白波の近くで専用の台座に座り所々で専門的解説を入れる霧谷はまるで教育テレビのマスコットそのままだった。
しかし、武とは言えばそんな二人をあまり気にした様子は無く、自身がいつも学校で使っているパンダ柄のシャープペンシルでせっせと二人の話を聞きながらメモを取っていた。
「さっきも説明したとおりボルガードは体の表面に不可視のエネルギーフィールドを纏ってるの。これのせいでまず今の人類が持つ殆どの兵器類が半減以下にまで威力を弱められてしまうわ。
そして何より腹部の大幅な損失、果ては頭から体を両断されてもなお生命活動を停止せず個体差で違いはあるけど僅かな時間で再び活動可能になるボルガードの常識はずれな生命力のせいで、ボルガードの存在が判明してからしばらくはボルガードへの有効な対策法は人類は持って無かったの。それを変えたのが……」
「当時科学者だったお前の親父さんで俺達の司令官、円崎月草とその仲間の二人の科学者だ。三人が協力してCORE-ゼロシステムを作り上げたんだ。特に武、お前をバーニアスに変身させるCORE-システムNo. 02は最初機に作られた文字通り心血が込められた物だぜ?」
「父さんが…… このシステムを……!?」
霧谷の言葉に驚き、武はメモをとる手を止め思わず声に出して尋ねる。その言葉に白波は無言で頷き、言葉を続ける
「月草司令官達が開発したCORE-ゼロシステム。通称コアシステムは装着した人間を『コアーズ』と呼ばれる姿に変えて本来人間が到達できる限界点を容易く越えるほどに著しく身体能力を強化させ、なおかつボルガードの放つフィールドを突き破って直接ダメージを与えられるうえに再生能力を阻害。そして、コアーズの放つエナジー集束攻撃『必殺技』のエネルギーはボルガードを爆滅させる。まさに対ボルガード戦に特化したシステムなのよ」
「だけどな、コアシステムにも欠点はあった……分かるな武?」
「CORE-ゼロシステムが人を選ぶ事………?」
突如、霧谷に話をふられた武はゆっくりと半ば恐る恐るといった様子で答えた。
「……そう、それがコアシステム最大の欠点よ武君」
白波が軽く目を閉じて俯きながら言った。
「非適合者がコアーズになれば、装着者の体への負担はとても無視出来ないレベルに重く、連続使用などほぼ不可能……そんなことから一時は次々と別の人間をコアーズに変身させて、ボルガード撃破のために人間を一種の消耗品とする……と、いう案も政府から出されていたわ」
「!?………そ、そんなことって……!」
白波の言葉に驚愕し、武が思わず椅子を蹴りとばすような勢いで立ち上がり、その様子に霧谷は驚愕し座っていた台座から転げおちそうになり慌てて両手両足で踏ん張って台座にしがみつく。
「大丈夫よ、武君」
「し、白波さん………」
そんな中、白波は慌てず武に近寄ると、武の右肩に優しく手を乗せた。突然、年上のそれも武にはかなりの美女に見えた白波が体に触れて来た事で、若干ながら落ち着きを取り戻した。
「そうなる前に私達はNo. 03に適合してアクアに変身できる美歌を見つける事が出来、さらにあなたという新たな適合者が見つかった……コアーズ非適合者と適合者の能力の差は歴然……わざわざ効率の悪い案を適合者が二人に増えた今、採用する事はまず無いだろうし……司令官が、あなたのお父さんがそうさせないわ。まず、今は安心して?」
「…………………」
武は白波の言葉を聞き考え込むように腕をくみ目をつむる。
「そうですね……分かりました………あっ、すいません話止めちゃって……もう大丈夫なんで続けてください」
それから数秒ほどすると安心したかのように武は溜め息を付いて静かに椅子に座りなおすと、軽く白波と霧谷に苦笑のような笑顔を向けた。
「……分かったわ、じゃあ次は……コアーズに変身しての戦い方についての基礎と応用を教えるわね?」
「武がそう言うのなら俺は何もいわねぇよ……」
白波と霧谷はそれに答え、再びホワイトボードに向き直り話し出すのであった。
◆
すっかり日が沈み辺りが暗闇に包まれた中、郊外の雑木林沿いに立てられた住宅街を丸々と太り余り洗濯してはいないのか左胸に勤めている会社名が書かれたヨレヨレの作業着を着た中年の男、青野は暗闇に包まれた道に点々と光る街灯を目印に露骨に嫌そうな顔し、千鳥足で楽しげに浮かれている青野とは対照的に若いながらも明らかに痩せすぎな程に細く青野の作業着と同じ会社名が書かれた汚れひとつ無いものの若干、体のサイズに合ってない作業着を着た部下の小山を連れ、先程馴染みの居酒屋でビールを大ジョッキで三杯と焼酎やら日本酒やらチューハイをしこたま飲んだためにフラフラと危なっかしい千鳥足で歩いていた。
「と、うわぁぁっ!……ちょっ、ちょっと先輩、いくら何でも飲み過ぎじゃ無いですか………?」
と、態勢を崩してひっくり返りそうになった青野を自分も一緒に倒れそうになりながらも何とか小山が何とか支え、忠告するように言う。
「うるせぇ、ガキが俺にとやかく言うんじゃねぇ」
それを聞いた瞬間、青野の顔に平手をぶちかました。青野の足元はフラフラで威力はあまり無かったがまともに当たった小山は倒れ、アスファルトに顔からに叩きつけられた。
「いたた……先輩、酷いじゃないですか」
痛そうに右手で顔を押さえながら小山は起き上がり、青野に文句を言う。そんな小山に青野はふんぞり返り。
「ふん、年上を敬わないお前が悪い。俺なんてまたまだ優しいんだ。昔はもっと厳しかったんだぞ、そうだな……今のが江戸時代ならお前は打ち首だぞ?分かってんのか?あぁ?」
と、ある意味で尊敬できる程に微塵も反省を見せない言葉を迷うこと無く得意気に言い、そのふてぶてしい青野程、気が強くない小山はその態度にすっかり押されてしまい。ぶつぶつと青野に聞こえないような声で悪態をつくと左手をポケットに突っ込みハンカチを取り出す、と、よく見てみると顔を押さえている小山の右手の隙間からはじわりと血が滲み小山が顔にハンカチを近付けた瞬間、そのうちの一滴がじわりと指の隙間から溢れ街灯の薄暗い光に照らされるアスファルトに溢れ落ち小さな赤い染みを作った。それを見た瞬間、青野は一瞬ぎょっとしたように硬直したがそれが小山の鼻血だと気が付いた瞬間、夜遅くにも関わらずまるで周囲に配慮しないような大声で笑いだした。
「わはははははははははは、こいつ鼻血出してやがる!馬鹿だこいつ!!まるでガキだなぁ!!あ、こいつはもうアホのグズガキだったか、はっはっはっ……」
青野は、恨みがましい目でハンカチで血が流れるのを必死で押さえている小山の様子をまるで意に介さず大声で一通り笑い続けると、酒と笑いすぎの為に真っ赤になった顔を急に説教でもするかのように険しい顔つきに変えた。
「鼻血なんて出すのはなぁ、甘ったれの証拠なんだよ。いいか、俺の若い頃なんてなぁ………」
と、青野が再び語ろうとし、小山がそれを察して再びあからさまに嫌そうな顔をしたその時だった。
突如、全く突如、風一つ吹いていないのにも関わらず木々が大きく揺れ不自然な草木のさざめきと共に何かがうごめく音が真っ暗闇に包まれた雑木林の奥から聞こえてきた。思わず、青野も小山もぱっと視線を雑木林に向けるが二人近くにある街灯の光たけでは雑木林の手前のほんの僅かな木の樹皮しか見えず、そこから先は光を吸い込むかのような墨壺の底のようは暗闇が広がってるだけで二人にはそれより先は何も見えなかった。
「何だ……今の音は………?」
小山は突然の事態に顔を押さえるのを止め、鼻血を流したまま目を細めて暗くて見えない雑木林の奥を睨むように見渡す。
「へっ、どうせタヌキかなんかが俺の声にびくついて逃げただけだろ。そんな、くだらねぇ事をいちいち気にするからお前は駄目なんだよ。俺の若い頃はなぁ……」
「い、いや……明らかにそんな小動物が出す音では無かったような……」
一方、青野はすっかり興味を無くした様子で再び小山に説教を始めようとする。が、小山は未だに気になるらしく未練たっぷりの様子で視線を動かし、青野と雑木林を交互に見渡していた。そんな小山の態度が癪に触った青野は小山を張り手でひっぱたき、今日一番の大声で怒鳴る、
「男がグチグチうっせぇ!じゃあ何だクマか!?それとも未知の怪物だとがいるとでも言いてぇのか!?そんなもんがい……」
『いるはずは無い』そう青野は言いたかったのだろう。しかし、その瞬間
「はずがぁっ……!?」
突如、雑木林から飛び出した巨大な物体が青野をかっさらいながら悪魔のような羽で羽ばたき、夜空へと飛んで行ったのだ。
「えっ?」
全く理解が追い付かない小山は呟く、その瞬間、先程の怒鳴り声とは比べ物に鳴らないような音量で引き裂くような青野の叫び声が響き渡り、夜の住宅街に吸い込まれていった。
「痛い痛い痛い痛いいいいいぃぃ!!い"や"だぁ"……だれが助け……!!」
数十秒程、青野の叫び声は続いていたがそれを最後に青野の声は途絶え、一瞬
「キキキッ……」
と、いう不気味なかん高い声が聞こえると同時に立ちすくんでる小山の近くに宙から巨大な物体が落下して音を立てると、再び何かが羽ばたく音だけが響き、やがて小さくなると物音一つしなくなった。
「せ、先輩………?」
ようやく欠片ながらも落ち着きを取り戻した小山が動き、近くに落ちた物が『何か』理解した瞬間、小山は悲鳴を上げて背後にひっくり返り、泡を食ったように幾度も転びながら荷物を落とし、靴が片方脱げたのにも関わらず振り向かずに必死で逃げ出した。
捕らえた獲物を食らい、『食べかす』を小山の近くに捨てたコウモリに酷似したボルガードは顔の巨大な単眼をライトのごとく黄色に輝かせると、そんな小山の後をゆっくり上空から追跡はじめた。
◆
勉強を終え、思ったよりも時間が遅くなったためにAMBTの月草の休憩室で一夜を過ごすことになった武は、突然鳴り響いた緊急事態を知らせるサイレンで一人、眠っていた休憩室のベッドから飛び起きた。
「うわっ……な、何………?」
深い眠りの底から急に起こされた武は、今だ完全には目覚めてはおらず、けたましくサイレンが鳴り響く中、眠そうな目で天井に取り付けられている警告を知らせる赤い光で照らされた休憩室を見渡す。と、そのとき鳴り続いていたサイレンが唐突に鳴り止みスピーカーから白波の声が響いた。
『緊急事態発生、コアシステム適合者はすぐにディレクションルームに来てください。繰り返します、緊急事態発生、コアシステム適合者はすぐにディレクションルームに来てください。武君……ボルガードが現れたわ!』
「っ……早く行こうっ!!」
その声を聞いた瞬間、寝ぼけていた状態から一気に目が覚めた武は両頬を叩いて気合いを入れると素早く父の予備品だった寝間着から自信が朝着ていた学校の制服に着替え、勢いよく休憩室から飛び出すと休憩室同様に騒々しくサイレンが鳴り響く廊下をそれぞれ別々の方向に慌ただしく駆け抜けてくAMBTの隊員達をすり抜けるように駆けぬけ、そのまま全速力でディレクションルームへと走って行った。
「武、伝えた通りボルガードが現れた。場所は、ここから北西20km先の繁華街だ」
武がディレクションルームのドアを入った瞬間、椅子から立ち上がり月草がそう手早に武に告げる。
「数時間のタイムラグを置いての連戦になってしまったが……やれるか?」
「………やってみますっ!」
間髪いれず武が答えると、月草は首だけ動かして頷くと。月草の座っていた椅子のすぐ近くにあった書類ケースの棚の引き出しを開き、コードレスのイヤホンを武に手渡した。イヤホンの柄は細く、よく見れば小さな機器がイヤホンのそれぞれ両方の外側部分に取り付けられている。
「変身時でも使用可能な通信機だ、これでこちらから音声でお前をサポートし、万が一に備えて現場には宇治原が付いて行く。しっかりやってくるんだぞ!」
「分かりました、行ってきます!……父さん」
武はそう元気よく答えると宇治原と共にディレクションルームを出て再び廊下を走り出した。
「初変身からの連戦、それも今回はアクアが、美歌が弱らせていない相手との戦い……下級ボルガードとはいえ武君には正念場になりますね……」
扉が閉じて、武と宇治原が立ち去ったのを確認して白波が呟く。それに対し、ふむ、と月草は頷くと
「……確かにな、だが、そうだとしても武には乗り越えて貰わなくては困る。いずれ………これからの戦いのため、そして『奴等』が本気で人類を叩き潰しに来たときの為にも」
「司令官………」
月草の呟きは慌ただしさに騒然としていたディレクションルームに響き渡り、水を打ったかのように一瞬、静まり返らせた。
◆
月が雲に覆われ、不気味な静けさが漂う真夜中の工場地帯を左手の懐中電灯を頼りに右手にコアシステム、そして片耳の通信機の情報を聞き漏らさないようにと最大限警戒しながら武は緊張した足取りで歩を進めていた。通信機からはある程度の距離を取って待機している宇治原の声が聞こえる。
『武君、敵は、ボルガードは今、武君が歩いているその場所のすぐ近くの倉庫に潜んでいる筈だ。……我々が駆けつける数分前に最初に奴を観測した繁華街にて自衛隊がヤツと抗戦したが……』
本部の基地地下から伸びるシークレットハイウェイをAMBT専用車のトレーラーに乗り通常よりずっと早い時間で現場に向かっていた武達はトレーラー搭載のレーダーからの情報と本部からの連絡を受けて移動したボルガードの現在地、つまりは現在武が歩いてる工場地帯を突き止めると、直ぐ様進路を変えて繁華街からほど近いここへと急行したのであった。
『……攻撃が通じず多大な損害を追い撤退。未だにこちらでも奴の姿を掴んではいないが、彼等の報告によれば相手は自由自在に空を飛び回る……との事だ。私としては警戒もかねて突入前に変身しておく事を進めるが……どうだい司令官?』
と、宇治原が言うと一瞬、通信機から聞こえていた音声が切れるのと同時にかん高い電子音が響き、次の瞬間には通信機から、月草の声が入れ替わるように聞こえてきた。
『あぁ、私も賛成だ宇治原。武、バーニアスに変身し、倉庫内に突入してボルガードを撃破するんだ。空を飛ぶ相手に格闘のみのお前は不利、出来る限り高さが制限された倉庫内で決着を付けるんだ』
「………了解っ!」
ーCORE - ゼロシステムNo.02ー起動ー
月草の指示を聞いた武は直ぐ様、右手のコアシステムを胸の前にかざして構える。その瞬間、電子音声と光と共に武の胸に金のラインが入った銀色のプロテクター、淳や美歌の話によればベーシックアームが武の胸に出現した。それを確認した瞬間、武はベーシックアームの窪みにコアシステムを嵌め込み、改めて気合いを入れて叫ぶ
「セット・アップ!」
ーSet・Up!ー
武の声と電子音声が重なって響き渡った瞬間、武の体は嵌め込まれたコアシステムから光、バーニアスを象徴する『赤』のコアエナジーの光に包まれ一瞬でその姿を龍に似た対の角を持つ燃える赤と白の戦士コアーズ、『バーニアス』に変える。
「ふぅ……よしっ!」
変身を終えた武、バーニアスは変化した体の感触を確かめるように軽く手を動かすと、慎重に倉庫の扉を横にスライドさせて開いた。
殆ど光が差し込まない程の暗闇に包まれた倉庫内には、あちこちに木製のパレットに異なる高さの荷が積まれ歪な山脈のような形を作り出し、時折どこからか古びた様子の換気扇が回る小さな音が聞こえるのみという何かが潜んでいるとは思えない程の静けさの中、バーニアスの背丈以上にもなる高さの荷が積まれたパレットとパレットの間を懐中時計の光と高度に優れた視力を駆使してバーニアスは一歩一歩慎重に歩きながら倉庫の奥へと進んで行く。
『……しつこく言うが警戒は怠るな、奴はここにいる。こちらで分かるのはそれだけなんだ……』
変身してもなおしっかりと機能付きでしている通信機からは押さえ気味の様子の声で月草の声が聞こえる。その声を耳にしながら周囲を見渡し、時には背後をも警戒しながらバーニアスが山積みの荷物郡の中腹あたりまで来たときだった。突如、バーニアスの真上の空中から何かが落下し、落下した何かはバーニアスの足元で小さな水音を立てた。
「ん………?」
突然の落下物が気になり、バーニアスが音の正体を探るべく軽く足元に視線をやり
「こ、これはっ……!」
『どうした武、何かあったのか?』
思わず声を上げる、そうバーニアスの足元に落ちてきたのは赤黒い液体、血液だった。
「い、今、空中から……っ」
慌てながらもバーニアスが月草に現状を報告しようとした時だった。
「キキキッ……!」
そんな甲高い不気味な声と共に空中からボルガードが急降下しつつバーニアスに襲いかかってきた。
「しまっ………ああっ!!」
突然の奇襲にバーニアスは避ける暇も無く直撃を受け、装甲から火花を吹き出してパレットの上の荷物に激突し、荷物を崩しながら倒れた。
『武、しっかりしろ!たった今、敵のボルガードの正体が発覚した!』
「うう……」
月草の声を聞いて多少、よろけながらも荷物を払いのけ立ち上がるバーニアス。視線を周囲に巡らせると相手は倉庫内の天井に逆さにぶら下がった状態で張り付き黄色く光る単眼の瞳でバーニアスを睨み付けていた。
『敵はバットボルガード、蝙蝠の特性を持つボルガードだ、気を付けろ……格闘戦主体のバーニアスには不利な相手だ』
「はぁ…はぁ……」
月草からの警告にバーニアスは、荒い息を何とか整えて構え、襲撃に備える。と、その瞬間バットボルガードは飛び立ちバーニアスに向かって真っ直ぐに突進を仕掛けてきた。何とかそのモーションを見切ったバーニアスは激突する寸前、体を捻り横に移動して回避を試みる
「うぐっ……」
が、バーニアスは直撃こそ回避したもののバットボルガードの大きく堅い翼がバーニアスをかすめ、まるで刃物で斬られたかのような跡を作り火花を散らす。
「やぁっ!」
その攻撃に負けじとバーニアスは、今、まさに通りすぎようとするバットボルガードに目掛けて起き上がりながら回し蹴りを放った。
「グゲッ!」
バーニアスの回し蹴りが後ろ足に直撃したバットボルガードは体勢を崩して墜落し、そのままの勢いで床に胸からスライディングをして止まった。
「やぁっ!」
それを好機と見たバーニアスは飛び上がり、フレイムスマッシュでは無い、力を込めた飛び蹴りをうめきながら立ち上がろうとしているバットボルガードの背中に目掛けて放つ。
「ギギッ!?」
突然の背後からの蹴りをバットボルガードは全く反応出来ずに直撃を背に食らい、今度は顔から地面に叩きつけられコンクリの床にひびを作った。その好きを逃さずバーニアスはバットボルガードに馬乗りになり、両拳で背中にパンチのラッシュをかける。
「ギャァァァッッ!!」
なす統べなくバーニアスのラッシュを受け続けたバットボルガードは悲鳴を上げ、ぐったりと地面に倒れこんだ。
「よしっ、今だ!」
その瞬間、バーニアスはすかさず両足で地面を蹴って飛び上がると空中で胸に埋め込まれた宝石、バーニアスコアに触れて意志をコアシステムのAIに伝え、必殺技のフレイムスマッシュを放とうとした。
「はぁぁ……」
空中で体制を整えながらバーニアスが集中すると、バーニアスコアからは大量の赤い光、コアエネルギーがバーニアスの体を伝って右足へと集まり、やがて右足はまるで炎のような輝きを持つ光に包まれた。
『フレイムスマッシュ!』
「だあぁっ!」
機械音声と共に放たれたバーニアスのフレイムスマッシュはそのまま真っ直ぐ倒れているバットボルガードに向かう。未だに起き上がらないバットボルガードを見て内心、勝負はここで決まると武は確信した。が、瞬間、バットボルガードの目が怪しげに輝き、バーニアスはそれに気づけなかった。
「キキキッ………!」
「………えっ?」
一瞬、まさに一瞬のうちに力を溜めていたのかバットボルガードはバネ仕掛けのおもちゃの如く異様に素早く起き上がると、そのまま跳び上がりフレイムスマッシュを当てようとしていたバーニアスに翼での一閃を命中させた。
「わぁぁっっ!?」
バットボルガードの一閃を受けてしまったバーニアスは受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられ、フレイムスマッシュのエネルギーはバットボルガードを捕らえれずに消えてしまった。
「うぐぐ……」
苦悶の声を上げつつ何とか立ち上がろうともがくバーニアス。しかし打ち所が悪かったのかダメージは重く、体が満足に動かない。と、そんなバーニアスにバットボルガードが鋭い爪がならび、筋肉で異様な太さになっている足でバーニアスの首と腹を掴むとバーニアスの体重をもまるで気にしていない様子で軽々と空中へバーニアスを掴んだまま飛び立っていった。
「うわぁっ………うっ……」
バーニアスを拘束したままバットボルガードはベニヤ板でも割るように軽く工場の天井を破壊し、さらに上へと飛んで行く。バーニアスの体には破壊された天井の破片とバットボルガードの爪が食い込み、ジワジワと体力を奪って行く。
「このおっ!」
痛みを無理矢理気合いの声で吹き飛ばしバーニアスは反撃とばかりに右膝を拘束している足へと向かって叩き込もうと試みる。が、その瞬間を予知していたようなタイミングでバットボルガードは足を一瞬、自身の腹辺りまで振り上げると力の限りバーニアスを地上へと向かって叩き落とした。
「うっ、うわああぁぁぁぁぁっっ!?」
悲鳴を上げながらバーニアスは重力に沿って一直線に落下し、ゆうに数十メートルに達する高さから落ちた衝撃を全く緩和出来ずに背中から地面に叩きつけられた。
「げ、げほっ………!うぅぅ……」
コンクリートの地面がへこむ程の衝撃と体に襲い来る激しい痛みにバーニアスは、ピクリピクリと痙攣するかのように、小さく体を動かしながら悶えていた。
『しっかりしろ武!奴からの追撃が来る!』
そう月草からの声が聞こえた瞬間、バーニアスがはっとして視線を戻すと目前には急降下して突撃してくるバットボルガードが迫っていた。
「キキキッ……!」
「……うっ………だぁっ!」
バーニアスは痛む体に鞭を打ち、迫り来るバットボルガードの両足の爪をギリギリの所で側転することによって回避し、空振りしたバットボルガードの爪はそのまま地面に穴を開けた。
「はぁ……はぁ……えぇぃっ!」
そのスキを狙い、バーニアスは無理矢理起き上がり立ち膝を取ってバットボルガードに反撃とばかりに荒い息のまま右ストレートを放つ、しかしその拳は疲労と蓄積されたダメージにより本来のものより威力が衰えていた為かバットボルガードの翼で塞がれてしまう。
「しまっ………!」
そうバーニアスが叫んだ瞬間、バットボルガードの力を溜めた両翼での叩きつけがバーニアスを襲いかかる。
「うわあぁぁぁぁぁっ!!」
直撃を受けたバーニアスは装甲から花火の如く火花を撒き散らしながら吹き飛ばされ、バーニアスが背中から地面に叩きつけられた瞬間、ベーシックアームが変化したバーニアアームに埋め込まれていたコアシステムが限界を越えたダメージを受けて飛び出し、バーニアスは元の武の姿へと戻ってしまった。
「キキキ……!」
「はぁ……はぁ……!」
『っ……!武、すぐ宇治原達が急行する、それまで何とか奴から逃げ延びるんだ!』
変身が解除され無防備な生身の姿を晒してしまった武にバットボルガードがゆっくりと迫り、壱圭が珍しく切羽詰まった様子で指示を出す。武は何とかその指示を実行しようと何とか呼吸を整え、足を引きずりながらバットボルガードの様子を伺いつつ逃走のタイミングをはかる。が、しかし、戦闘で弱りきった今の自分にどの程度出来るものか?そう、武が考えた時だった。
突如、こちらに向かっていたバットボルガードが足を止め、何かの様子を伺うように宙を見上げた。
「ん………?」
その奇妙な行動を見た武が小さく呟く。
と、次の瞬間、急にバットボルガードは追い詰めていたはずの武に背中を向けると、背中の翼を広げ空へ向かって飛び立っていった。
「に、逃げた………?」
全くこちらに身を翻そうな様子も無く、真っ直ぐに飛んで行き徐々に小さくなって行くバットボルガードを見ながら武が呟く。
『そのようだ……我々は奴の追跡を始める。武、お前は撤退しろ』
「……了解」
反論を許さないと言わんばかりに放たれた月草の言葉を受け止めて武は小さく返事を返すと、次の瞬間、ダメージと疲労の限界が来た武は倒れるように地面に崩れ落ちた。
「負けた……負けちゃった……父さんと約束……したのにっ……!人を……助けたかったのに……っ!」
地面に仰向けに倒れながら呟く武の言葉は徐々に濁りだし、気付いた時には武の両目からは涙が溢れだしていた。そして疲労が貯まっていた武の体はゆっくりと武の精神を眠りの世界へと誘っていく。
『……お前が今日、負けたという結果はどうやっても無くすことは出来ない。だったら武、今日の敗北を背負え、背負ってそこから一生懸命お前に出来ることを探すんだ。それが今のお前に出来ることさ』
意識が落ちる直前、先程まで見せていた厳しさを消し去り、一人の父親として語りかける月草の声が武の耳にはしっかりと届いていた。
まさかの前後編に……ですが、後編が来年って事には、ならないしさせまさん!なったら……もう……
データベース
円崎 武
身長142cm 12才、叔父の壱圭と共に『エトピリカ』で暮らす、坂上第二中学校に通う中学一年生。幼い頃から父、月草に進められ空手と柔道を始め、それぞれ有段者。が、中学校に入ってからは殆ど道場に行けてないのが現状。
非常に心優しく素直な性格で他人の為に自身が傷ついたり苦労するのも全く躊躇わない。また、人を引き付ける不思議な人徳を持っているようだ。
毎日のように叔父の経営しているエトピリカでの仕事を店員として手伝っている。………なお、学校の女子生徒やエトピリカの女性客、一部の人達にとても気に入られており。武、本人は知らないがファンクラブまで出来ている。
好きなことは、料理、裁縫、道場での稽古や鉄雄との模擬戦