第九十六話 夜の訪問者
どうもHekutoです。
無事修正作業終わりましたので投稿させていただきます。お楽しみください。
『夜の訪問者』
巨木がその威容を競い合う様に立ち並ぶ森、エリエス大森林。この大森林は非常に強い精霊の力で維持されており、その為他にない固有の動植物で溢れている。
その中でもエリエスに住む一部の部族にとって切っても切り離せない関係にあるのが、この世界でも有数の巨木である『グリュールバグッド』と呼ばれる樹木である。通常の環境で育っても大きいこの樹は、このエリエス大森林ではさらに太く高く大きく育つ為、住居であるツリーハウスの建築土台として使われている。
この樹を住居に使う種族の中には、エルフ族である緑の氏族も存在する。樹の精霊を崇める彼らは常に精霊と共にある為にと、そのほとんどの建築物をグリュールバグッドの太い枝の上や幹に張り付ける様に建てている。その為自ずとグリュールバグッドが里の中心であり中枢となり、ユウヒやアルディスが部屋を用意されたのもこの樹に建てられた屋敷である。
「流石異世界、樹も尋常じゃないな」
【グリュールバグッド】
ブナ目
バグ科
バグッド属
平均樹高70メートル、胸高直径10メートルにもなるこの世界で最も巨大に育つ樹木の一種。
分厚い樹皮と木質はすべて深い緑色をしており、非常に強い抗菌作用と共にその全てで光合成を行うことが可能とも言われている。
またこれは植物全般に言えることではあるのだが、この種は特に精霊からの力を強く受ける為、その大きさを数倍から時には十倍近い大きさにまで成長させることがある。
「これがエルフの里かぁ・・・なんだか想像した通り幻想的で良い場所だな」
そんな屋敷の長い廊下の窓から外を眺めるユウヒ、幹や葉を緑がかった白色に光らせる夜光木に照らされた巨木の威容と、そこに連なるエルフ達の里が魅せる幻想的な空気は、ユウヒの心に言葉では言い表せない感動を与えていた。
「ありがとうございます。ですがエルフの里が全てこうと言うわけでは無いのですよ?」
「へ? あれ? えっと族長さんと術士長さん?」
厠からの帰り道、ぼんやりと窓の外を眺めていたユウヒであったが、独り言の心算が後ろからお礼を言われてしまい、気の抜けた声と共に自然と後ろを振り返る。するとそこには数時間前に少しだけ顔を合わせた緑の氏族長と、言葉を交わした精霊魔術士長のセーナが感情の解り辛い微笑みを浮かべ立っていた。
「ユウヒ殿、少しお聞きしたい事があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「はい?」
何故感情が解り辛いのか、それは柔らかな微笑みから俄かに漏れる緊張を伴った空気のせいであった。その微妙な空気に、ユウヒは若干の困惑を覚えた為かすぐに返答を返すことが出来ず首を傾げるのだった。
それから数分後、場所は移りユウヒに用意された部屋には三人の男女が椅子に座り対面していた。
「私はこの緑の氏族を纏めている氏族長の、シリー・グリュールと言います。此度の事、再度お詫びいたします」
椅子に座り話しをする体制が整って最初に声を発したのはシリー・グリュールと名乗った女性、彼女はこの里で緑の氏族を束ねる氏族長である。彼女の口から最初になされたのは、ユウヒに対する謝罪であった。
「え!? あいや、それはこっちも悪かった様なそうでもないような?」
開幕一番の謝罪に思わず戸惑ったユウヒであったが、謝罪に対して日本人らしい返しの言葉を告げようとするも、特に自分に悪い所があったと思え無かった様で首を傾げる。
「あの後聞き取り調査を行いましたが、段取りを飛ばしての威嚇射撃があったとの事、これはエルフの品位にも関わる問題ですから」
「はぁ? そうですか、まぁ誰でも失敗は有りますし? 気にはしませんよ、怪我も無かったし」
真摯に謝罪をするシリーの姿に好感を持つことが出来たユウヒは、謝罪を受け取り今は気にしていないと告げる。まったくと言えば嘘になるのだろうが、特に被害らしい被害も無く、疲れた程度のユウヒの中では問題になっておらず、むしろ里を騒がせたと言う罪悪感すらあった。
「そこが凄いのよねぇ・・・あなた、本当に人間?」
「セーナ・・・」
そんな事を頭の中で巡らせているユウヒに、シリーの隣に座っていた女性から中々に辛辣な言葉が飛び出しユウヒの心を突き刺す。ユウヒの表情が固まったことに気が付いたシリーは、冷たい視線をセーナと呼ばれた女性へと注ぎ始める。
「あぁいやいや、悪い意味じゃないのよ? でも普通の人間では無いのでしょ?」
「ふ、普通の人間の心算なんですけど、ね・・・」
「セーナ!」
シリーから注がれる冷たい視線に慌てながらも再び同じ様な質問を繰り出すセーナ、どうやら彼女のこの言動には一切の悪気が無いらしく、その表情は至って真面目なものだ。しかしだからと言って失礼な物は失礼であり、怒られるのもまた仕様であり、ユウヒが地味に傷ついたのもしょうがない事なのであった。
「あれ? 可笑しいな・・・うん、でも貴方の目は普通の人には無いものだもの、そう思ってもしょうがないでしょ? ねぇ?」
本格的に怒られた事に関して頭を掻いて困った表情を浮かべるセーナ、その表情に悪びれたものはなく、只々困ったようにユウヒへ同意と助けを求める。
「目?」
「そうよ? その左目は精霊眼でしょ? 違うとは言わせないわ」
「あぁ、なるほど水眼鏡のことか」
セーナがユウヒのことを普通の人間じゃないと言った理由は、ユウヒの左目の特殊性にあったようだ。そこには本来彼が持ち合わせていた茶色い瞳は無く、とある事情により変質してしまった深い青色の瞳【精霊の水眼鏡】が、ユウヒの感情を表すように気だるげに揺れている。
「やはり、そうなのですか? 実は、その瞳に関してと、後は今日の件について少しお聞きしなければいけないことがあるのです」
「精霊を手懐ける人間なんて大昔の人間にしか聞かない話よ? 外道術士の類なら別だけど・・・それに、その目もかなり珍しいし」
不安と緊張の籠った視線で聞かなければいけない事があると告げるシリーと、好奇心と若干の警戒の込められた視線を投げかけてくるセーナ。それには色々と事情がある様なのだが、そんな二人とは対照的に何故か覇気が萎えていくユウヒ。
「この目ですか・・・まぁ色々あって、精霊と知り合う? 事になっていつの間にか目がこんな事になってたとしか・・・」
その言葉尻からも分かる事だが、この件に関してユウヒはあまり説明をする気が無い。別に彼も隠すつもりはないのだが、正直どうしてこうなったか聞きたいのはユウヒの方であり、実行犯達の実行理由も酷く子供らしい理由からと言う事は、何となく予想できるからである。
「それ説明になってないよね?」
「そうですね・・・」
「むぅ・・・俺も今一こうなった理由が解らないんだよな、何か気に入られた感じっぽいんだけど」
説明になってないと言ってもまさにそんな感じであったユウヒにとって、後説明できるのは想像の範囲位である。
今までの付き合いから、たぶん自分はある程度精霊に好かれていると考えるユウヒであるが、それと同時にそれがまったく見当違いだった場合の恥ずかしさを考えると、とてもじゃないが目の前の二人に想像の範囲の説明など出来るわけがない。
「・・・なるほど、確かに精霊は時折そう言った事を起しますからね」
そんな事を心中で心配しているユウヒに、シリーは頷くと少し困ったような笑みを浮かべる。どうやら精霊に振り回されているのはユウヒだけでは無いようだ。
「それでも精霊をあんな簡単に手懐けるのは異常よ? 精霊魔術士が知ったら驚愕するわ、現に私は驚きのあまりあなたを研究したい衝動に駆られてるのだし」
「こえーなおい」
妙な所で通じ合ったユウヒとシリーであったが、それでも妙だとセーナがユウヒに詰め寄り得物を狙う猫の様な視線を向ける。
「せーな」
「う、うそよ冗談冗談、私達なかよくしますぅねー?」
「・・・はぁ」
今にも額同士が触れ合いそうな距離で怪しい笑みを浮かべていたセーナは、シリーに服の裾握られ黒い笑みを向けられると慌てて取り繕い、ユウヒに視線で同意を求める。そんな親友とも言える仲のセーナが見せるいつもと変わらない様子に、シリーは思わず溜息を漏らすのだった。
「うーむ、手懐けてはいないと思うけど、確か呼べば来てくれるらしいかな?」
一方目の前で展開される彼女達のやり取りに、若干疲れた様な笑みを浮かべながらも、ユウヒは小精霊達とのやりとりを思い出していた。しかしそこには手懐けていた様な記憶は無く、振り回されていたと言う感想しか思い浮かばないのだった。
「・・・あなた、精霊術系統の魔法士? それとも魔術師? あなたの言っている事は契約魔法そのものよ?」
「人の精霊術士はあまり聞いたことが無いのですが、外道術士では・・・無いのですよね?」
なぜ彼女達がユウヒの下を訪問したのか、それはシリーが険しい表情で問いかけた外道術士に関係していた。
外道術士とは、人の道を外れた魔法を行使する魔法士に使われる蔑称である。特に精霊を信仰するエルフの場合は、精霊に危害を加える魔法士などに使うことが多く、今回はユウヒが精霊の行動を強制する類の魔法を使用しているのではないかと疑われているのであった。
「専門用語が多くて良く分からないし、最近自分の職業が増えていく一方でさ、とりあえず今は冒険者かな?」
「いや、そんな大きな括りを聞いている訳じゃないのよ? それに冒険者ってどちらかと言うと身分であって職とは少し違うかしらね」
「え、そうなんだ・・・」
まさかの新事実に何故かショックを受けたような表情を浮かべるユウヒが、外道魔術士と疑われるには二つほど理由があった。一つは単純に相手が人間であり、第一印象の悪さからくる微妙な悪感情からの疑念、主に某戦士長一派からの疑惑である。
もう一つが精霊魔法を無効化した事によるもので、外道術士にはそう言った魔法を行使する者も多いからだ。精霊を信仰し寄り添い生きるエルフにとって、精霊魔法を無効化される事はとてつもない脅威である為、その不安が自然とユウヒに対する疑念に変わったようである。
「ひそひそ(どう思うセーナ、とても悪い人には見えないのだけど?)」
「こしょこしょ(人は見た目じゃちょっとね、とりあえずその契約精霊を呼んでもらえばいいんじゃないかしら)」
氏族長としてそれなりの年月を過ごしているシリーの見立てでは、問題無いように映るユウヒ。しかし問題無い様に思えると共に、ユウヒが人族である事も事実。人族との確執はエルフの本能に刻み込まれたもののようで、注意しすぎるに越したことは無いと言うのがセーナの答えであった。
「ヒソヒソ(判別はできるのね?)」
「もしょもしょ(伝説クラスの手練れじゃなければ問題無いわ、禁術を使えばどうやったって粗が出るもの)」
ユウヒが顎に手を添えて何かを考える前で、二人のエルフは顔を益々近づけると話しのまとめに入る。
どうやらそろそろ結論が出そうであるが、その会議の原因であるユウヒはと言うと・・・。
「うーむ(美人エルフ同士の内緒話し、絵になるな・・・てか萌絵になるな、カメラを持っていれば、いやせめてスマホがあれば・・・妹よ! 兄はここだ! 頼むスマホを! 机の上で充電したままのスマホを持ってきてくれー)」
顎に添えた手に自然と力が入るほど真面目にそんな事を考え、世界の壁を越えた先に居るであろう妹へ届かぬ念を送っていた。
心の中で妹にスマホ持ってきてと頼むユウヒ、彼にとってこういった事で頼りになる家族は唯一妹だけである。母に頼めばもれなく壊され、父はスマホと一緒にトラブルを連れてくる。
「コ、コホン! 申し訳ないのですがユウヒ殿、一度その契約していると言う樹の精霊を呼び出して頂けませんでしょうか?」
「それで君がどういう人か判断させてもらうからさ」
振り向いた先に座る表面だけ見れば真面目な表情のユウヒに、若干気後れしそうになったシリーは、咳払いをすると気を入れ直して話し始める。どうやらユウヒに精霊呼び出してもらう事で、外道魔術士かどうかの確認をする事に決定した様である。
「・・・判断ですか」
どうでもいい事考えていたユウヒは、その表情のまま頭の中の考えと妄想を振り払うと、辛うじてそれだけの言葉を漏らす。
「はい、我々エリエスに住むエルフの決まりで、ある特定の力を持つ者を森に存在させる事は出来ないのです」
「まぁ何となく話の流れから理解しましたが、その結果が悪いと・・・殺される、とか?」
自分の妄想を悟られない様にと居住まいを正し、組んだ両手で口元を隠すユウヒ。その姿はどこかの司令を彷彿とさせるものであったが、ユウヒの内心はその見た目ほど落ち着いてはいない。
なぜなら、昔読んだ本に登場する排他的な種族として描かれたエルフ達は、森への侵入者を問答無用で排除していたからである。現状を踏まえて考えそれは無いと思いながらも、最初の遭遇が悪かった為なのか、小さな囁きとして心のどこかでその不安を感じるのであった。
「こ!? 殺したりなんてしません! 森からの退去はあってもそんな事・・・」
「あーあー落ち着いてよ我らが族長様、ユウヒ君も襲ってこなければ丁重に扱う事は約束するから、ね?」
心の不安と緊張がよりユウヒの視線を鋭くしていたのか、ユウヒの言葉を受けたシリーは勢いよく立ち上がると強く否定し、セーナが困ったように笑いながらシリーを座らせ落ち着かせる。内心を隠すために表情筋に力を入れていたユウヒも、シリーの反応に少し驚いたが、セーナの言葉に頷くと表情を戻しゆっくりと立ち上がる。
「了解です。と言っても呼べるかもわからんのですが樹の精霊ですよね? えーっと」
彼女達の願いを了承したユウヒであったが、どうやって呼ぼうか悩んでいた。呼べば来るとは言われていたが、今までそれを試したことが無かったからだ。
単に名前を呼べば何か起るのか、それとも呼んでも静寂が場を支配し失敗に終わるのか、それだったら妄想魔法を使った方が可能性は高いのかと・・。
しかし、現実とは時として場の空気を読みすぎフライングするものである様だ。
「よんだ?」
「そうそう今よ・・・ってはや!? まだ呼んでないし!」
「「!?」」
ユウヒがモミジを呼ぶ為にとりあえず名前でも呼んでみるかと決心した瞬間、ユウヒの立つ左斜め後ろ下方より抑揚の少ない問い掛けの声が聞えて来たのである。その声に聞き覚えのあったユウヒは、ホッとした様に返事をしながら足下を見てコンマ数秒、自分がまだ何も行動を起していないことに気が付き驚きの声を上げ、同時に何故か二人のエルフも驚いた様に体を硬直させた。
「そう? でも、来てほしそうな思念を感じたけど?」
「いや、確かにモミジが来てくれるかなと考えはしたが、なぁ」
「なら問題無い」
驚くユウヒを見上げていたのは、ウルの森で知り合った樹の精霊であるモミジであった。モミジは驚くユウヒにまるで子猫の様に首を傾げると、ユウヒからの思念を感じたと言う。そんなモミジは、困惑しながらも肯定するユウヒにゆっくりとサムズアップを作って見せ、その表情は心なしか得意気に見えたとは、ユウヒ談である。
「モ、モミジ様・・・!?」
「大精霊、寝床のモミジ・・・まさかこんな大物が現れるだなんて」
「ん?」
そんな目の前のやり取りに付いていけていないのはエルフの二人、どうやら彼女達はモミジの事を良く知っている様だ。しかもモミジはユウヒが考える以上に大物だったらしく、彼女の視線に顔を蒼く染める二人のエルフと、首を傾げているモミジを交互に見比べると、
「大物? ・・・だいぶ小振りだと痛っ!」
モミジの頭の辺りに掌を伸ばし不用意な言葉を告げる。瞬間、目にも止まらぬ速さで動いたモミジはユウヒの掌に噛みつくのであった。
それから少しの間、二人のじゃれあいが続いたのだが、幸い? その間二人のエルフが正気を取り戻すことは無かった。
時は少し遡り、ユウヒがエルフの氏族長達と会話を始めた頃。
「・・・」
そのすべてが深緑の若葉で出来た様な空間には、光る小さな泉をじっと見つめ続けるモミジの姿があった。
「モミジー遊びに来た・・・何してるの?」
何かを見ているモミジはそれまでピクリとも動かなかったのだが、突然何かを感じたのか頭を上げたと思うと、彼女の見詰める視線の先に突如水の球体が現れ中からミズナが現れた。遊びに来たらしいミズナは目の前のモミジに笑顔を向けるも、その目で確認した状況に首を傾げる。
普段の彼女なら滅多に使う事の無い物、それはモミジの目の前に展開されている遠見の水盤。離れた場所を映し出すその道具は、あまり外に興味を持たないモミジが使うには珍しい道具である。
「・・・べつにとくになんでもないわ」
「・・・うそね、目が泳いでいますよ?」
頭の良いミズナはその道具と最近のミズナの変化を結び付け、とある一人の人物を導き出した。さらに、自分の質問で目を泳がせ動揺するモミジの姿に確信を持ったミズナは、モミジの柔らかな頬を優しくつまんで左右に引っ張ると、笑顔と言う威嚇の表情で尋問するのであった。
それから十数秒後、頬を解放されたモミジは両頬を擦りながら、仕方なく何をしていたか白状することにした様である。
「むぅ、ユウヒがエリエスの森に居る」
「ほんと!? ってなんでエリエスの森なのよ、ほとんど私進入出来ないじゃない!」
「しらんがな」
それはユウヒがエリエスの森に来ていると言う内容であったのだが、ユウヒの名前に一瞬喜んだミズナはすぐに崩れ落ち、四つん這いの状態でモミジに顔を向けて叫ぶ様に声を上げる。
彼女達のように力のある精霊には、其々領域と言う場所が存在する。そこはその精霊と眷属たちが安心して過ごせる場所であり、他の力ある精霊が勝手に入ってはいけない場所でもある。エリエス大森林もまたそう言った領域であり、エリエス大森林の大半を領域に収めるのは何を隠そうモミジなのであった。
当然力ある精霊であるミズナは勝手に入れる分けも無く、
「むぅ・・・で、何をしてるか覗いてたってわけね」
涙目で恨めしそうにモミジを睨み、毒を吐くのであった。
「・・・見守っていたと言ってほしい」
「はいはい、それでまたなんでそんな所にいるの?」
ミズナの毒はモミジに有効だったようで、ついっと視線を逸らし頬を少し赤く染めたモミジは、ボソボソと小さな声で心外そうに声を漏らす。そんなモミジの様子に満足したミズナは、元気を取り戻すとモミジの隣に座り直した。
「良く分からないけど探し物があるとか・・・今、精霊を呼ぶ話しになってる」
ミズナの問い掛けに答えていたモミジであったが、何かあったのか水盤に目を向けるとじっとその水面を見詰めた後、そう呟く。この水盤、実は使用者しかその内容を見ることが出来ないのである。
「ほんと!? ユウヒさん私を呼んで!」
「あそこは領域内、無理はよくな「少しぐらい融通してくれる・・・わよね?」・・・アイマム」
そんな自分しか見えてない向こうの様子を告げたモミジの言葉に、テンションが一気にMAXになったミズナは、領域内である事を告げるモミジの両肩を掴むとニッコリと微笑み、笑顔と言う凶器を振りかざしモミジにお願いをする。
一応、領域の主であるモミジが許可することで、ミズナもエリエス大森林の領域内に入る事が可能だ。そんな交渉を了承したモミジは、ミズナの笑顔がよほど怖かったのか、その瞳は若干涙目である。
「うふふ、ユウヒさん私はここよ!」
「・・・姉さんが黒い」
ミズナについて来ていたらしい何時もの水の小精霊三人組は、自らの姉の腹黒さに恐怖した。
しかし良く考えて欲しい、何故モミジは言わなければ解らない事を態々ミズナに話したのか、普段の彼女ならこうなる事は解っていたであろうにも関わらず。
「てか普通森で呼ぶなら地族か樹族だと」
「ばっか! それ以上言ったらまたヤラレルゾ」
その答えはまさにそれである。確率は決して高くは無いものの、可能性としてはモミジが呼ばれる可能性の方が高いのである。
「大当たり、と言うわけで御呼ばれするので後よろしく」
況してや彼女はリアルタイムでユウヒ達の会話をとうt・・・聞いているのである。そう、彼女は知っていたのだ。ミズナにユウヒ達の状況を教えたあの時、既に勝者が誰であるのかを・・・。
「へ?」
最後によろしくと言う言葉を残したモミジは、呆けているミズナの前から掻き消えるようにその姿を消す。勝者だけに許るされた余裕の黒い笑みと共に・・・。
「やば! にげるよ!」
モミジが居なくなって最も迅速だったのは水の3小精霊で一番身長の高い彼女であった。しかし彼女は一つ忘れている事がある。
「溜め中にエリアチェンジだ! 「なんでよー!」ふわう!?」
「バカな!? 溜め無し即咆哮(大)だと!? こいつG級か!」
「誰がモンスターかー!!」
「「「ひぎゃー!?」」」
魔王からは絶対に逃げられないと言う事を・・・。いやむしろ半分は彼女達の迂闊さ故なのかもしれない。
一方その頃、3人の忍者達はと言うと。
「やはり高○耳栓は必須でござる」
「しかしあれは他の音も聞こえなくならんのか?」
「ゲームにリアル求めるなしwww」
今日も夜の就寝前に三人で焚火を囲み楽しく会話を交わしていた。
本日の議題は、どうやら某有名狩りゲームについての様である。しかしジライダは聴覚保護の為の耳栓をしていたら真面に戦えないのでは、と疑問を漏らす。それは彼がこの世界でリアルな魔物とやりあった経験からくる、素朴な疑問なのかもしれない。
「ただ単に聞くのではないのでござる! 心の耳で聞くのでござる」
「なるほど、何も聞こえん」
「どっかで聞いたようなセリフだな、うん何も聞こえん」
そんな素朴な疑問も彼等にとっては笑い話しの良い燃料であった。今も耳を塞ぎ目を閉じ、ゴエンモの言葉に従い同じように三人で新人類『忍者』のスペックを使い何かを感じ取ろうとしているようだ。
するとどうだろう。
「考えるな感じろでござる! ふお感じるぞ何処からか漂う生ぬるい風を!」
「ば、馬鹿な本当に感じるだと!? この妙に生臭い匂い!」
先ほどまで何も感じていなかったにも関わらず、彼らは目を閉じながら何かを感じ始めたのである。
「なま・・・って匂いは嗅覚じゃね? 耳関係な・・・くね?」
触覚で感じる生ぬるい風と嗅覚で感じる生臭さ、ツッコミを入れるために目を開けたヒゾウが見たものとは、
「ぐるるる」
「おお! 今度は腹に響くような振動・・・を?」
「ぬ? 誰でござるか拙者の顔を撫でるぬるぬるの・・・舌?」
日本ではとてもお目にかかれない大きさの、口から舌を出したクマの様な生物であった。
「グォオオオン!」
「「クマーーー!?」」
ヒゾウに遅れる事十数秒後、妙な感覚に目を開けたジライダとゴエンモは、目の前のクマ(仮称)に負けないくらいの大きな声で叫ぶと、
「逃げるでござるよ! ってヒゾウがもう逃げてるでござる!」
「俺は風になる! て言うか声かけても気が付かなかっただけだろ!」
既に逃げていたヒゾウを追いかける様に走り出す。
「グルア!」
「緊急回避!? って掠った掠った!?」
一番初動の遅かったジライダは、後ろから迫る太い爪の直撃を尻の皮一枚で回避するとお尻を抑えながら二人に追いつく。
「やはり、危険な森で聴覚を塞ぐのは自殺行為でござったか!」
「てか目も頭も伏せてたせいじゃね!? 「「それだ!」」」
「ぐるるる・・・(こいつ等馬鹿だ・・・)」
やはり新人類『忍者』になったとは言え、良くも悪くも彼等は彼等であった。
いかがでしたでしょうか?
緑の氏族は比較的ベーシックなエルフです。他の氏族もいっぱい妄想してるので、そちらもどこかで出せれば良いなと思っています。
それでは今回もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




