第九十三話 力尽きる者 先行く者
Hekutoです。何とか書けたとです。
それではユウヒ達の物語をお楽しみください。
『力尽きる者 先行く者』
ここは日も入らぬ暗い森の奥、そこには奇妙な音が怪しげに植物を揺らしている。底の見えない穴から漏れ聞こえてくる低く呻くようなその音は、森の雰囲気をより恐ろしいものにしていた。
「うぅ怖いにゃこわいにゃぁ」
そんな森の中に小柄な人影が一人、森の異様な空気に怖がってかキョロキョロと周囲を窺うように忙しなく頭を動かしている。
「うぅぅ、みんなどこ行ったにゃ! うちを置いて行くなんてひどいにゃ!」
そんな人影は怖がっていたかと思うと今度は急に怒り出し始める。どうやら恐怖を誤魔化す為の行動の様であるが、その叫び声に合わせたかのように森の木々がざわめき始めた。
「ひぃぅぅ!? 何ですにゃ!? 誰ですかにゃ!? ・・・だれも、いない?」
ざわめきに飛び上がるほど驚いたその人物は、ピンと立てていた頭の耳をぺたりと寝かせると頭を庇うように両手で抱える。しばらくそのポーズのまま固まっていたが、何の変化も起きない為そろりと動き始めた。
「うにゃ? なにか蹴ったにゃ・・・つぼ?」
と、その時である。足に硬質的な何かが当り足元に目を向ける小柄な人影、いくら暗いと言っても多少の光源はあるらしく、足元に転がっていたものが壺だと認識できたようだ。
「古臭いけど高そうな壺だにゃ、うれば!? ひやぁぁ!? だ、誰かたす――」
持ち上げるには少々重そうな壺に顔を近づけたその人物は、壺に価値を見出だし始めるが次の瞬間、壺の口から闇が吹き出しその人物に纏わり付き瞬く間に壺の中へと引きづり込んだ。
数秒後、そこには何も無かったかのような森の静寂だけが流れるのであった。
どこかの森で誰かが壺に食われた次の日、
「族長よろしいでしょうか」
とある一室にて綺麗な緑色の髪を後ろで纏めた女性に声をかける男性、その男性も緑の髪をしているが、それよりも目立つ長い耳から彼がエルフで有る事が解る。
「どうしたのかしら?」
そんな男性の言葉に、机の上の書類から目を離さずに長い耳だけピクリと動かした彼女もまたエルフであった。木目の美しい机や落ち着きのある室内調度品からは、彼女の高い地位が窺える。
「またです」
「また、ですか・・・。今回はどこの?」
良くある物語同様ご多分に漏れず、このエルフの女性も非常に美しい容姿をしているのだが、その顔も男性の短い言葉を聞くと眉間が歪められ、溜め息交じりの言葉を漏らすと頭を抱える。しかしそれも束の間、何かを堪えるように表情を戻し男性に話しの続きを促す。
「ウェアキャットが数名と、コボルドの集落でも何名か帰ってこないと報告が来ています」
「そうですか、出歩くなと言っても出歩かないわけにはいかないでしょうからね」
「はい、それと調査の結果ですがやはり森の中に何らかの力が働いているようです。そのせいで感覚を鈍らされた者が森で迷うと言う事が起っている様で・・・」
「それが行方不明者の増える理由ですか・・・いったい何が起きているのか」
どうやら彼女達エルフの住む場所では行方不明者が後を絶たないようで、その原因は森に広がる何らかの力と言われる物が原因のようであった。この場合の力は物理的なものでは無く魔力などの超常的な力である。
「申し訳ありません捜索隊にまで不明者が出ている状態でこれ以上はまだ・・・」
「いえ、感謝しています。それとアルディス殿下の到着はどうですか?」
そんな行方不明者の捜索をしているエルフ達であるが、森を知る彼らの中にも行方不明者が出ており、苦虫を噛み潰したような表情の男性エルフに、女性のエルフは優しく微笑む。その微笑みに困ったような印象のある緑髪の女性エルフは、気分を変える様にとある人物の名前を出した。
「は、途中いくつかの里を経由し三日後の午後になるかと思われます」
「わかりました。歓迎の準備には抜かりの無いように、異変を理由にはできませんから」
それはグノー王国第二王位継承者であるアルディス・グノーの名前であった。彼らは今、暴走ラット討伐の最中であるが、被害を受けて敗走したと思われる部隊と合流する為にエリエス連邦国に入国している。それは即ち女性エルフの所属する国がエリエス連邦国である事を示していた。
「しかしこの様なタイミングで来訪とは」
一方、基本的にエルフと言うのは人族との干渉避ける傾向にあり、いくら友好的な同盟国であるグノー王家の人間であっても、昔の禍根をすべて払えるものではないようだ。今も男性エルフの表情と言葉には、面倒なタイミングで来訪するアルディス達に対する苛立ちが、人間に対する感情と綯い交ぜになり現れている。
「・・・」
「!? も、申し訳ありません!」
そんな男性エルフは酷く冷たい視線を向かられている事に気が付くと、その表情を蒼く強張らせ片膝を折り慌てて頭を下げる。
「・・・はぁ、私も少し冷静さが足りないようですね。何か、良い方法が浮かばないものでしょうか」
深緑の様な緑色の髪が特徴的なエルフである彼女は、エリエス連邦国において外交を担う緑の氏族と呼ばれるエルフの族長であった。
理性を振り切り不用意に沸き立つ自らの苛立ちに、彼女は自制の為の溜め息を漏らすと、疲れた表情で窓際まで歩きだす。その窓辺から木漏れ日の柔らかな光に目を向けた彼女は、誰に聞かせるものでも無い小さな声を漏らすのであった。
時を同じくして、ここはグノー王国の東方に広がる森林地帯。そこには崩れ落ちている三つの黒い何かの言葉に耳を傾けるユウヒの姿があった。
「・・・無理です」
「あーうん、無理そうだな」
その黒い何かとは、まぁ予想はつくだろうが3モブ忍者である。疲れ果てた体だと言うのに逃走と言う名の早朝マラソンを敢行した彼らは、太陽が中天に差し掛かったぐらいの時間でようやくとま・・・いや、力尽きた。
「正直、無理をしたと思ている。しかし、反省も後悔も、していない・・・」
「はいはい・・・」
「ユウヒ殿、先を急ぐでござる。・・・拙者等の屍を、越えていくでござる」
「一応結界張っとくけど・・・これだけで大丈夫か?」
大きな樹に背中を預ける疲れ切った三人の周りで、ユウヒは最近お気に入りの【付与魔法】で作成した結界石を設置しながら、彼らのネタに返事を返している。結界石の何が気に入ったかと言うと、どこにでもある様な石でも付与魔法を使う事で簡易的な結界を張る使い捨て魔道具が出来る所であった。
決して、あの夜の膝にかかるほどよい重みと柔らかな感触を意識しない様に、合成魔法に没頭した結果では無い。その際に『煩悩退散煩悩退散』と呟いていたせいで大量の結界石に妙な効果まで付いたなど断じて無い・・・とは、ユウヒ談である。
『大丈夫だ問題無い』
「フラグかよ!」
『GJ!』
そんな対物対煩悩ステルス結界を設置し終えたユウヒの言葉に、仲良く死亡フラグを立てた三人は、ユウヒのツッコミに嬉しそうな表情で親指を立てる。その表情だけ見れば存外元気な様子だ。
「んー・・・そうだ! 護衛にスニールを付けようか?」
それでも疲れているのはその親指を立てている腕が老人の様に震えている事から明白であり、その姿に心配になったユウヒは少し考えるとそんな提案をしてみる。
「ぶはっ!? そそ、それだけはご勘弁を!?」
「我らを殺すつもりなのか!?」
「あの三人絶対拙者等の事嫌いでござろう!?」
が、その提案に対する三忍者の反応は劇的であった。
凄い勢いで立ち上がったかと思うとそのまま土下座の体勢になり、それだけは勘弁してほしいと懇願を始めた。どうやら彼らの中で彼女達は危険人物ランクのトップ3に入る相手の様である。
「そうなんだよなー? 何か忍者嫌いみたいでさ、なんでだろ?」
『駄目じゃん!?』
そんな三人の言葉に頷きながら不思議そうな顔をするユウヒ、ボケとツッコミが入れ替わっているが彼らの表情は必至である。そんな彼らの後ろで蠢く影が一つ、
『・・・ちっ』
心底悔しそうに舌打ちを漏らした。
「ひぃ!?」
「いつの間に!?」
「あれ!? 増えてる!?」
「あ、ついでに家の娘は四人いるので、末っ子は恥ずかしがり屋なのか隠れる事が多いんだよ」
舌打ちに気が付いた三人が振り返ったそこには、忍者達の天敵が槍を手に佇んでいた。それも一人ではなく、いつの間にか四人の氷の乙女が氷の槍を手に彼等を包囲している。
ついでにユウヒの娘となった彼女達は四人姉妹である。その理由は色々あるのだが、長くなりそうなのでここは割愛させていただこう。
「そんなことより穂先!? 槍の穂先が当ってるでござる!?」
「・・・当ててんのよ?」
「この状況でそのセリフは萌えねーよ!?」
まるでゴキブリでも見るかのような視線を氷の乙女に向けられる忍者達は、怪我はしないが痛い程度の力加減で四人の乙女に槍で突かれ始め、セリフだけ聞けばピンクな場面を思い浮かべそうな末っ娘のセリフに、ジライダは思わずツッコミを入れてしまう。
「うるさい」
「いたいいたい!? ああ、新しい世界の扉お帰りなさい!?」
一方ヒゾウはと言うと、そんなピンクな空気になりそうにない場面にも関わらず頬を赤く高揚させていた。
「・・・うーむ。あぁ、ほらほら遊んでないで戻りなさい」
『はーい』
何故か勝手に出て来ることが出来る娘達と三人の同胞のやり取りに、どこで育て方を間違えたのかと渋い表情を浮かべたユウヒは、これ以上は忍者達のライフがもたないと判断し娘達を帰らせる。それと同時に地面に倒れ伏す三人の忍者、余計にやつれた表情になった忍者達であったが、何故かヒゾウだけは嬉しそうな表情であった。
それから十数分後、結界のチェックも終わり簡単な昼食を済ませたユウヒは、身支度を済ませると干し肉やら干し果物などの携帯食料をもそもそ食べている三人に振り返る。
「それじゃ結界も張ったし俺は先に行くから。 ・・・えっと、手ごろなのっと」
「ユウヒ殿、今地図をだすでござ・・・何をされてるのでしょうか?」
移動の準備を終えたユウヒの言葉に、ゴエンモは思い出したかのように懐から地図を取り出すも、目の前の光景に不思議そうな声を上げ首を傾げる。
「え? 魔法の準備だよ? えーっと・・・俺の探してる物の方向を指し示せ【指針】」
『・・・・・・』
それは二人も同様なようで、魔法と称し1メートルほどの枝を地面に軽く立てて手を離すユウヒの姿に、三人はポカンとした表情を浮かべた。
「・・・こっちか、それじゃ気を付けて来るんだよー」
『流石魔王ユウヒ、俺達に出来ない事を平気でやってのける・・・』
枝の倒れた方向に向け颯爽と歩き出すユウヒを見送った三人は、全く同じ言葉を発すると、そのままユウヒの消えた方向をしばらくの間見続けるのであった。これは魔力を感知できない彼等にはそれが魔法だと解らなかった為、ただのおまじないか何かにしか思えなかったからである。
ユウヒが木の枝片手に道なき道を彷徨っている頃、ここはエリエスの深い森に伸びる街道の一つ。
「バルカス、付いて来てくれた人達に問題は無い?」
「はっ! 始めての場所のためか多少緊張している者達はいるものの、特に問題はありません」
その街道には、現在軽装備を身に纏った暴走ラット討伐東進部隊の一部の者達が列を成していた。その中には当然アルディスの姿もあり、現在は馬車の勧めない細い街道で馬上の人となり、同じく馬に乗るバルカスと話しをしている。
本来であれば、この場に居るのはアルディスとその世話係や護衛など2小隊の20~25人ほどの予定であった。しかしエリエスの国境砦に到着したアルディス達を待っていたのは悪い知らせと良い報せであった。
「そうか・・・氏族長への連絡は?」
「はい、そちらも問題は無いようです」
悪い知らせは、アルディスが残してきた強欲の森調査部隊が暴走ラットの被害に合ったと言う報せである。
次いで良い報せとは、被害に合った部隊に戦死者は居らず怪我をした者もエリエスに保護され、各部族にて治療を受けていると言う事であった。一部逸れた者も居たようだが、現在はエリエスの部族に救助され無事との事である。
そんな報せを受けた結果、本来の予定人数に加え治療師や、怪我人の搬送と護衛の為の人員が増え、1中隊70名以上が合流地点であるエルフの里を目指している。そのうち三割は志願してきた冒険者で構成されていた。
「そっか、それじゃ後は・・・」
「アルディス様、そう気を張らずとも大丈夫かと思いますが」
「うーん、そうなんだけど初めての里でしょ? ちょっと緊張しちゃうよね」
エルフの里を目指すアルディスであったが、その顔は何時ものニコニコとした表情と違い緊張の色が見える。どうやらアルディスは初めて訪れるエルフの里に緊張している様で、バルカスの指摘に困ったような笑みを浮かべエリエスの森に目を向ける。
「・・・確かにエルフの里は気難しい方も多いと言いますし、何だか私も緊張してきました」
アルディスとバルカスのやり取を見て、バルカスの後ろに乗せてもらっているメイはなるほどと頷き、アルディスの緊張がうつったように表情を強張らせる。
「メイ、それは人族とて変わらん。それに緑の氏族は比較的人当たりの良い氏族ですから大丈夫でしょう」
「そうだね、僕も何度かエルフの人達とは外交の仕事で会ってるけど、緑の氏族の人達が一番安心できるかな」
エルフは気難しい、これはエルフと会う機会の少ない人間にとっては共通の認識である。しかしそれは一概に正しいとは言えない。
確かに過去の偉人と言われるエルフの中にはそう言った一面もあったが、全体的に見れば人族とそう変わらず。人より寿命の長い種族である為、一部の偏屈と言われる個人が長く目立つことや、人と違い住む場所が限られ里と呼ばれるコミュニティーのあり方が彼らをそう思わせているだけである。
「そうなのですか、じゃアルディス様が一番苦手なえ「メイ」はわ!? 申し訳ございません!」
「あはは、だいじょうぶだよメイ、それにバルカスも」
「むぅ」
「しゅん」
メイとバルカスとのやり取りで、少し緊張がほぐれたのか何時もの笑みが戻って来たアルディス。そこにメイの不注意な言葉が合わさったおかげか、完全にいつものアルディスである。
何故バルカスがメイの言葉を咎めたか、それはアルディスがグノー王国の外交に携わる人間であり、その中でも王族であるからだ。誰が聞いているともわからない場所で他国の事や、そこに住む種族を中傷する事は外交的に非常に危険な行為である。事と次第によっては国家間の緊張悪化にもつながるのである。
しかし現在、グノー王国とエリエス連邦との間ではそれほど注意する事柄でもないのか、
「そうだなぁエルフの氏族って個性豊かだから難しいけど、赤の氏族の人はちょっと苦手かな」
視線を宙に彷徨わせたアルディスの口からはそんな言葉が出て来る。その顔には何かを思い出したのか、苦笑いも張り付けられていた。
「赤の氏族ですか・・・確かに、頑固者が多いですからなぁ」
「そうなのですか?」
赤の氏族と言う名前は、アルディスだけでなくバルカスの顔にも変化をもたらし、メイが後ろから覗き込むバルカスの眉間には皺が寄っている。
「赤の氏族はエリエスの守護を司る氏族だからね、外からの干渉を好まないらしくて」
「なるほど、それなら確かに外交官泣かせな気がしますね」
エリエス連邦5大氏族の一つである赤の氏族、力と守護を司り、火を信仰する彼らは非常に保守的で、古からの姿を守ろうとするあまり外からの影響を嫌う傾向にある。また猛々しき火の精霊を信仰する影響か頭より体が、思考より口が先に働く者が多く、昔から度々外交などの場で問題を起している。
しかし現在、エリエスの森以外で彼らに会えることは少なく、特別な理由のある場所以外でその姿を見かける事は稀である。偏屈と言う印象の主原因である彼らは歴史に学び、それなりに自重している様だ。
そんな隊列の後方、治療師や非戦闘員を守る様に行軍しているのは冒険者達である。今回エルフの里までの人員は、軽装歩兵や身軽な物で構成されている。その理由はエリエスの森の街道が通常より狭く歩きづらい為であり、狭い理由は戦争などの時に遅滞戦術に使用する為と言われている。
「なぁおっさん」
「なんだ? あとおっさん言うな」
その為、今回選ばれた冒険者達も重装備メインや人族だけのパーティでは無く、人族より身体能力の高い種族や身軽な軽装備の者が多いパーティが選ばれる基準になっていた。
「何で僕たちは森を歩いてるんだろう」
「ボケたのかい? グノーの負傷兵救助と補給の為だろ?」
その中には一人以外全員が身体能力の高い種族であり、残る一人の人族も軽装で戦力や支援要員にもなる魔法士であるパーティも選ばれている。彼らのパーティネームは『ココルムクラン』多種族混合のパーティであり、最近ナルシーブと言う新しい仲間が加入した中堅パーティである。
「・・・ここどこだよ」
「えりえすれっぷうにゃ!」
「・・・なんだその必殺技みたいな名前は、エリエス連邦だ。ほれ、エリエ「えりえすれっぷうにゃ!」」
彼らのパーティ会話は中々に賑やかで、一人項垂れるようにして歩いているナルシーブの言葉に、何が楽しいのか大きな声で必殺技の様な国名を告げる猫人族と思われる少女、その間違いを修正しようとするドワーフなど、冒険者としても賑やかな方である。
「・・・」
「どうしたのダーリン? お腹痛いの?」
そんな賑やかな空気など知らないとばかり項垂れているナルシーブに、シュツナイ族のルワはその頭の白い三角犬耳をナルシーブに向けながら心配そうに顔を覗き込む。
「なんで・・・なんで」
『ん?』
彼が何故こんなにまで項垂れ、剰え顔色を蒼くさせているかと言うと、
「何でよりによってエリエス連邦何だよ!? 僕らにとっては来ちゃいけない所トップ3じゃないかぁ!?」
「あーまーそうだね、アクアリアのお貴族様にとってはそうかもしれないねェ」
「気にせんでいいじゃろ、言わなきゃわからんのだし」
「そうだよダーリン、私達がべたべたしてればわかりっこないよ!」
「ドサクサにくっ付いてくんな!」
「あん♪」
「エリエスは住民の99%が亜人なんだぞ!? あぁ・・・お腹痛い」
周囲から生ぬるい視線を注がれ、ルワからはその豊満な双子大山を押し付けられるナルシーブはアクアリア王国の貴族様であるからだ。正確には貴族の息子で爵位は持っていないのだが、貴族と見られるには十分な立ち位置である。
この世界有数の人族至上主義国家であったアクアリア王国、その影響は対外戦略を変更し始めた今でも非常に大きい、性質の悪い異種族にその事がばれれば最悪殺されて晒し者にされる事もあるのである。本質的に小心者なナルシーブなので、腹の一つも痛くなって当然であり、
「・・・」
「なんだよ?」
「胃薬だ」
「・・・」
そっとナルシーブの肩に手を置き、言葉少なに胃薬を差し出した黒豹系獣人族のルグオンの優しさに癒されても当然であった。
「ほっほ、まぁ何事も経験じゃろて? ほれ軍の行軍が珍しいのか森の住人達が見ておるぞ」
「・・・(僕、ここから無事帰れたらカステル君に告白するんだ)」
足下から聞こえるガッシュの声にそう心の中で誓うナルシーブであったが、それはどう考えても死亡フラグである。彼に幸あれ。
一方その頃、森を彷徨うユウヒはと言うと・・・。
「む? 誰か今叶わぬ願いのフラグ立てた様な? ゴエンモ辺りかな?」
ナルシーブの心の叫びを受信したのか、立ち止まり視線を宙に彷徨わせるユウヒ。しかし、彼の中ではそんなフラグを立てる知り合いと言ったらゴエンモくらいしか思い当たらない様であった。「なぜでござる!?」
「ん? あ、蝶々だ。へー異世界にもアゲハ蝶って居るん、だ、な・・・」
そんなナルシーブのフラグが影響したバタフライ効果? なのか、ユウヒの前に一匹の蝶々が姿を現した。
<ブァッサ! ブァッサ! 私は美しき一羽の、蝶!!>
「デカ!? 超デカ! 超デカイ蝶々だって・・・こっち来た!?」
<ぶるぅあああ!! でぅぁれがバケモノみたいにバカデカイでぇすぅてぃぇぇ!!>
流石異世界なのかその全長は2メートル前後で、物理的に飛べているのが可笑しいその蝶々は、ユウヒの声に気がつくと鱗粉を撒き散らしながら追いかけてくる。流石にこれだけ大きいと気持ち悪いらしく、ユウヒは慌てて逃げ出すのであった。その時ゴエンモに対して制裁を下すことを心に決めながら・・・。「拙者何も関係ないでござる!?」
知らんのでござる。
【マリンリュウヨクアゲハ】
昆虫網
鱗翅目
アゲハ上科
リュウヨク科
この世界でも最大級の蝶類、魔物の一種とされ雌の翼長は最大2mを超える。逆に雄の翼長は3.5㎝ほどと小さく、その違いは卵の時点ですでに大きく違う。
性質は獰猛では無いが食欲が旺盛で、動植物の体液を好んで吸引する。雌の寿命は幼虫の間が6年、成虫になってからは20年ほど生きることが出来るが、雄は幼虫から成虫まで通して長く生きても2年ほどである。
また雌の鱗粉はフライトパウダーと呼ばれる素材になり市場に出れば高値で取引されるが、吸い込んだ者の魔力を強制的に消費させる作用があり、猛毒とされ取り扱いが厳しく制限されている。
「こわ!? 体液吸引って要は吸血じゃんか! 安易に鑑定するんじゃなかった!」
ついでにと右目の力で蝶々を鑑定してしまったユウヒは、知りたくなかった現実を知ってしまう。その後30分もの間鬼ごっこを繰り広げたユウヒは、意を決して蝶を討伐するのであった。
ユウヒ曰く、大きい蝶々はその姿だけでちょっとした脅威である。
いかがでしたでしょうか?
新人類ニンジャも体力の限界はしっかりあったようです。因みに蝶々の仮想中の人は、分かる人には分かるかもしれませんね。
それではまたらいね・・・え? 今月中? マジデ?・・・ガンバリマス。またここでお会いしましょうさようならー




