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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第六十五話 冷却済みユウヒ

 どうもHekutoです。


 やはりいつも通りのペースで更新です。それでもちょっと厳しいのは秘密です。それではユウヒ達の様子を見てやってください。



『冷却済みユウヒ』


 存分に頭を冷やし、どこか悟りを開いたような目のユウヒは、危ない氷柱を一通り砕いた後仲間の下へと合流していた。


「ユウヒさん! 怪我はありませんか!?」


「カステルこそ無事みたいだね、クラリッサは少し怪我してるみたいだけど大丈夫か?」


「掠り傷、問題無い」


「そか」

 そんなユウヒを最初に出迎えたのは、休憩場の整地等を手伝っていたカステルとクラリッサであった。カステルはユウヒに気が付くと、死骸処理の手を止めユウヒに駆け寄り怪我の心配をする。ユウヒはその姿に微笑み返事をすると、カステルを追いかけてきたクラリッサにも怪我の具合を聞く。しかし返って来たのはいつも通りの喋りで、その返事にユウヒは安心した様にまた微笑む。


「ユウヒ!」


「お、ロップにサワーリャ怪我は大丈夫か? 痛かったらあとで薬塗ってあげるからね?」

 ユウヒを見つけたのはカステル達だけでは無かった様で、遠くからはロップがユウヒの名前を呼びながら駆けて来た。目の前で急停止したロップと遅れて到着したサワーリャの元気な様子に、ユウヒは優しく声をかける。


「うん! ユウヒ助けてくれてありがとう!」


「気にするな、助けるのは当然だろ? ・・・」

 その優しげな声に、いつものユウヒを感じたロップは嬉しそうに頬を緩めると元気にお礼を言う。そんなロップに当然だと言いながら、ロップの綺麗な白髪を赤いメッシュの様に染めた痛々しい血の跡をそっと撫でるユウヒ。しかし気のせいか、このユウヒにはどこか違和感を感じる。こちらもそう感じたのか、それとも別の理由からか妙な顔をしているカステル。


「ユウヒさん凄い魔法士だったんだね・・・」


「ア、ハハハ・・・そうでもないさ」


『ん?』

 さらにサワーリャから尊敬の念が籠るキラキラした目と率直な感想に、若干顔を引きつらせ控えめに返事をするどこかぎこちないユウヒ、そんな姿に今度こそ不思議そうに首を傾げるカステルとじっと見詰めるクラリッサであった。


「それじゃみんなの所に戻ろうか」


『はい!』

 疑惑の目を背中に受けながらユウヒは、話を魔法から逸らすが如くロップ達の背を押し歩を進めるのであった。





 それからしばらく歩き結界の中央、そこでは怪我人の治療や結界の修復、壊れてしまった各班のテントを集めて野営の建て直しなど、様々な作業が動ける者達で行われている。


 そんな一角に戻ってきたユウヒ達を出迎えたのは、


「お? ゆう「ユウヒのアニキー!」む」


 マギー、のセリフを遮ったラッセルであった。若干マギーの顔が引き攣っていたりするのは、きっと気のせいである。


「おーラッセル傷だらけだな」


「へへ、この位いつものことだよ」


「そうか、でもちゃんと治療しないとな? キリノも結構傷多いな」

 ユウヒの事をアニキと呼び始めたラッセルは、ユウヒの言葉に笑いながら強がって見せる。そんなラッセルの傷を右目で見ながら、安心した表情を浮かべるユウヒは、その後ろに今歩いて来たばかりのキリノの傷も視て、大事無いのを確認し優しく声をかける。


「あはは、あいつ等すばしっこくて」


「あーキリノはパワーファイター系だもんな、後衛の補助があれば怪我も減るかもしれないな」


「ほじょ?」

 こっちらも照れたように頭を掻き笑うキリノ。そんなキリノにユウヒなりのアドバイスをするも、その意味が良く分からなかったのか、キョトンとした顔でオウム返しに呟くキリノであった。


「ユウ「みんなー!」・・・」


「あ! ルニスとレムリィだ! おーい!」


「どうやら5班は無事みたいだな」

 お互いの無事を確かめあう生徒とユウヒの姿に間を読み、今一度声をかけようとするマギーだったが、やはり声を遮られてしまう。そんな笑顔の引き攣る彼女の目には、魔法士科の少女達がお互いの無事を喜び合う微笑ましい光景と、その光景にやさしく微笑むユウヒの姿が映っているのであった。


「うおっほん! ・・・ユウヒ君、無視は酷くないかな?」


「え!? 無視なんてしてませんよ、そちらも無事のようでなによりです。被害状況はどの程度に?」

 マギーはその引き攣った笑顔のままユウヒの背後に近づくと、わざとらしく咳き込みをした後、ユウヒにジト目を向ける。無視しているつもりなど無いユウヒは、苦笑いと弁解を簡単に済ませると、一番状況を把握していると思われるマギーに、詳しい被害状況を確認する。


「ふむ、被害か野営地は全損食料もやられたよ、治療が必要な怪我人は冒険者科の子が数人、魔法士科は怪我は無いが魔力切れと精神的疲れで何人か倒れたよ・・・」


「そうですか、後で俺も様子を見に行きますよ。感染症とか怖いですからね」

 マギーの話からわかったのは、物資的な被害は酷いものの、人的被害は数名を除き軽微と言う事だった。その内容に少しだけホッとしたユウヒだったが、野生の動物からの感染症などの知識から許可を取る意味もこめて治療の約束をする。


「・・・君は医療も?」


「まぁ多少・・・魔法士科の方も見て置きましょう」


「・・・ふぅ、君には助けられてばかりだな」


「なに、これも依頼のうちですよ」

 マギーはさらに増えたユウヒの技能に驚き、続くユウヒの言葉に溜め息交じりの微笑み浮かべる。もしここにネリネが居たなら、いやオルゼが居たならば、今頃その表情を驚愕に染め天変地異の前触れかと恐怖するに違いない。それほど彼女の微笑みは何時もの彼女に似合わない柔らかい笑みだったからだ。


 しかし今現在、ここに彼女の事を詳しく知る者は居らずこの事実は闇に葬られることになるのであった。


 そんな事がすぐ近くで起っているなど、まったく気が付いていない5班魔法士組はお互いの無事を確かめ合って・・・。


「「はぁはぁ」」


「レムリィ、ルニス大丈夫?」

 どうやら全力で走って来たのであろうルニスとレムリィ、しかし彼女達はロップ達ほど体力に自信があるわけでは無く、むしろ運動音痴の部類に入る方である。そんな娘が全力で走れば息も切れると言うもの、特に戦闘の疲労も有り、ロップの心配そうな視線の先には怪我人よりフラフラの二人が居るのであった。


「うん・・・大丈夫、ロップちゃん怪我は?」


「あたま少し切っただけだから」


「ロップさん・・・サワーリャさんも怪我は?」

 ロップの声にレムリィは息を整え頭を上げると、ロップの怪我の状態を気にする。その質問にロップは頬を掻きながら大丈夫と伝えるも、その赤く染まった頭と巻かれた包帯にルニスは眉を顰め、ロップの肩を支えているサワーリャにも心配そうに視線を向ける。


「少し擦り傷があるくらいだよ、私はむしろ魔力切れと疲れの方が・・・」


「私もそれは同じかな、あはは」

 ルニスの心配そうな顔に、サワーリャは頬を緩め心配しないよに笑いかけるも、その疲ればかりは隠せないのか顔色はあまり良くない。そんなサワーリャの様子にレムリィは同じだねと苦笑いを零す。


「ラッセルー! キリノー! テント設営手伝ってくれよー!」


 5班のメンバーがお互いの無事を確認していると、遠くからラッセルとキリノを呼ぶ声が届く。


「あ、そうだった! 今いくー!」


「あ、まってよ! それじゃユウヒさんまた後で!」


「おう」

 どうやらラッセルとキリノは野営地の再設置の途中だったようで、冒険者科の仲間であろう少年の声に振り返ると、慌てて駆け出すラッセルと振り返りユウヒに一声かけ走り去るキリノ。そんな二人に手を上げ答えるユウヒは、とても微笑ましそうな表情である。


「元気ですねー」


「流石は冒険者科だね、そうだユウヒ君一応今の所決まっている予定を教えておこう」


「ああ頼むよ」

 マギーの隣にやってきたカステルもまた表情は柔らかい、そんなカステルの感想に頷きながらマギーも賛同すると、思い出したようにユウヒの方を振り向き現状説明の続きを始める。


「うむ、今日は怪我人や疲れている者も多いのでみんなで野営をしようと思う。それから状況次第だが明日にでも帰還しようと思っている」


「一応は予定通りの日数かな?」


「そうだね、ちょっと早いくらいではあるが予想外の事が起きすぎた」

 その説明によると、現在の状態で授業を正常に進めるのは危険と言う事で、全員で野営をする事になったようだ。さらに危険は去ったとは言えこれで最後とは限らず、早急に帰還することが望ましいとなったようで、生徒達の状態にもよるが本来の予定より少し早い明日、帰還予定とのことである。


「まぁ、まさかこっちでまで暴走ラットが出るとはね・・・呪われてんのかな?」


「あぁまったくだね、しかも護衛が3人も逃げるとは・・・次会ったら切り落としてやる」

 説明を終えマギーが眉間を揉む姿に、ユウヒも溜息の様な言葉を洩らすもその後半はボソボソとよく聞き取れ無いものであった。そんなユウヒの姿にマギーも同じように愚痴を零すも、やはりその最後はよく聞き取れず、しかし目に見えて憎悪がにじみ出ていた。


「あーやっぱりそうか・・・」


「まったくあれで冒険者と言うのだから嘆かわしい・・・」

 ユウヒも何となく予想はしていたようだが、憎悪のオーラが漏れるマギーに引き攣った笑みを浮かべている。


「あ、あの、みんな疲れてるみたいなので休ませたいんですが」


「ああ、頼むよ。お前達も良く頑張ったな、ゆっくり休むと良い」


『はい!』

 そのオーラに当てられているのはユウヒだけでは無く、少し離れた場所に居たカステルにも及んでいたようで、その後ろに庇う様に隠した少女達をその場から離れさせようと、引き攣った笑みで果敢に踏み込む姿が勇敢だったとは、ユウヒ談である。


「ふむ、それじゃ俺は怪我人でも見てこようかな」


「ああ今決まってる予定もその位だしすまないが頼むよ・・・私も働かないとネリネ君に怒られるな」

 魔法士科の少女達と野営地に戻るカステルを見送ったユウヒは、自分も動くかと考え早急な対応が必要と思われる怪我人の様子を見ると言う。その言葉にマギーも仕事に戻る様で結界石をチラリと見ると肩を竦める。


「そういえばネリネは大丈夫なの?」


「・・・・・・現在必死に結界の補修中だよ、展開は得意なんだが補修は苦手らしくてね」

 そんなマギーの愚痴にユウヒはネリネの姿が見当たらない事に気が付く、首を傾げたユウヒの質問にマギーは苦笑いを浮かべると結界石の現状を伝える。


「そういえば結界こわれたんだっけ・・・」


「そうなんだよ・・・帰ったら新調を提案しないとな、やれやれ」


「それじゃ頑張って」

 提案内容が面倒なのか、それとも提案すること自体が面倒なのか、やれやれと溜息をつくマギーをユウヒは心から激励すると救護所の方へ足を向ける。


「ああ、君もあれだけやったんだからちゃんと休むんだぞー」

 マギーはユウヒの激励に力なく返事をすると、軽い足取りで歩いて行くユウヒの方を振り返ると、すでにだいぶ離れたユウヒに聞こえる様に大きな声を出す。その声はちゃんと届いたようで、ユウヒは後ろ手で返事をするのだった。


 そんな姿にマギーはどこか呆れた感じの表情を浮かべると、少し楽しそうに仕事に戻るのであった。マギーはこの短期間でユウヒの異常性にだいぶ慣れたようである。





「ふぅ、一暴れしたからかな? 不思議と気分が落着いてる気がする」


 どうもユウヒです。ネズミ達を駆逐するのに封印を解いてしまい黒歴史が溢れてしまいましたが、今ではあの時の怒りの感情は静まり、心はまるで凪のように静まってます。いえ正確には一時的に冷めた所謂『賢者タイム』と言うものでしょう。あとが非常に怖いけど今のうちに出来る事はやっておこうと思います。


「えーっと傷薬に飲み薬、魔力回復用の飴とネタで作った濃縮栄養剤に・・・」


 外傷には塗り薬で体力低下には飲み薬が良いだろうか、あと魔力切れをおこしてる子も居そうなので重症の場合は薬の自重は気にしない方が良いかもしれない。


「通りまーす!」


「ん?」

 そんな事を考えながら救護所を目指していると、後ろから大きな声がかかり誰かがやって来る。俺は道を譲る為その声の方を振り向いたのだが、そこに居たのは、


「・・・あ、ユウヒさん・・・大丈夫ですか?」


「・・・むしろネリネこそ大丈夫か? 顔青いぞ?」

 元から色白な方だと思ったが、今は行軍時よりも顔色の悪い青白い顔のネリネと、それを心配そうに支える女の子が居たのだった。ネリネはかなり体調が悪いのだろうか、俺に気が付き話しかけてくる声も青息吐息である。


「あはは、ちょっと魔力を使いすぎまして・・・」


「結界の補修だったか?」


「マギー先生から聞いたんですね、展開はよくやるので、慣れてるんですが・・・補修は本来なら結界魔法士の分野なので」


「苦手と言うことか」

 話を聞くにどうやら結界の修復に魔力を使い過ぎ、このような状態になったらしい。俺は無限と言って良い魔力があるせいか気持ち悪くなったりしないのだが、普通は魔力を使い過ぎるとこうなるのだろうか。


「お恥ずかしながら・・・」

 たぶん心配させないようになのだろう、苦手でと苦笑いを浮かべるネリネだが、正直見てて不安にしかならない。


「適材適所だしょうがないさ、ほらこれ舐めて休んでなよ」


「これは? 以前頂いたのと色が違いますね?」


「こっちは魔力回復用で前のは体力回復用だからね」

 そんなネリネを右目で簡単に調べると、やはり魔力関係の症状と思われる項目があった為、俺は迷わず魔力回復効果がある飴を取出しネリネに渡す。


 飴を渡されたネリネはキョトンとした表情をしているので、飴の効果を簡単に説明したのだが、 


「・・・魔力回復ってそんな高価な物いいのでしょうか?」


「あーっと、気にするな俺は気にしない」

 どうやら魔力を回復する品物は全般的に高価な様である。焦っていた為そこまで頭が回らなかった俺は苦し紛れに妙な言い訳をしてしまう。


「ふふふ、なんですそれ? ではありがたく頂きますね。ん、美味しい爽やかな香りと甘さで」


「そいつはよかった」

 しかしその言い訳も少しは役に立ったようで、すぐに可笑しそうに笑いだしたネリネは俺に礼を言いながら飴を口に入れると、美味しそうに感想を述べる。俺はその姿に色んな意味でホッとすると、飴玉が効くことを願うのだった。


「・・・・・・」


「ん? ははは、君にはこっちかな?」

 そんな事をしていると、俺は横から妙なプレッシャーを感じた。そのプレッシャーの発生源に視線を向けるとそこには物欲しそうな少女の目が映り、その可愛い表情に思わず笑い声を上げてしまい、可愛い表情を見せてくれた御礼も兼ねて俺はバッグから赤い飴玉を取り出す。


「ふえ!? あ、ちが、別に・・・ありがとうございます。」


「いいえどういたしまして、それじゃ怪我人見てくるから」


「あ、はい」

 どうやら無意識にプレッシャーを向けていたようで、俺の言葉でそれを認識した彼女は慌てて取り繕うも、飴を渡すと恥ずかしかったのか赤い顔で御礼を呟く。俺は笑うのを我慢して返事をすると、ネリネに一言かけ救護所を目指すことにした。その時見たネリネは少し血色がよくなってきており、飴玉の効果を確認できた俺は心の中でホッと息を吐くのだった。


「ほへ~」


「・・・なんだかユウヒさん雰囲気がちょっと違った気が? 気のせいかな」


 俺が救護所に向かう背後でネリネがそんな事を呟いていたらしいが俺の耳には届かなかったのだった。





 それから少し経った仮設救護所。そこではいくつもの悲鳴やうめき声が上がり、今もまた一つ・・・。


「イテテテテ!?」


「はいはい、痛いうちは生きてる証拠だよー」


 腕を握られ動けない男子生徒が悲鳴を上げる。


「うわぁ・・・」

 その原因はユウヒである。目の前の光景に顔を青くする救護担当の女生徒の目の前では、現在進行形で悲鳴を上げる男子生徒の傷口に、赤い軟膏を容赦なく塗り込むユウヒの姿があった。


「やば、もう煮沸用のお湯ないよまだ沸かないの?」


「まだって言うか、これ大量に沸かしすぎだよぉ・・・」

 ユウヒが現在居る救護所は簡易ベッドや椅子などが置かれる為、結構広い範囲が幕で区切って作られていた。その一角では煮沸消毒などに使うお湯を沸かす釜戸が作られていたが、しかしそこには今熱湯は存在せず、唯一あるのは大きな鍋にギリギリまで水が入れられ、お風呂に丁度いいくらいに温まってきたお湯だけである。


「いやぁ沢山必要かと思って」


「それにしても限度があるでしょ・・・」

 どうやら男子生徒は怪我人の多さに気を利かせ、大量の水を汲んできたようだが、それは裏目に出たようで沸騰させるのに時間がかかっている様だ。苦笑いする男子生徒に悪気が一切ない事を理解している女生徒達は、怒る事も出来ず溜息交じりに呆れるしか出来ないのであった。


「傷の洗浄用か?」


「あ、はいみんなの傷口を綺麗にするのに、煮沸消毒した布を用意してるんですけど。どうしましょう?」

 次の怪我人の傷口を綺麗にする為にその場にやってきたユウヒは、聞こえて来た話声から内容を把握すると、困り顔の生徒達に話しかける。ユウヒの声に振り返った女生徒は、現状を伝えるとユウヒにどうしたらいいかと相談を始めた。


 現代日本ならば水道水で洗い流したり、ペットボトルのミネラルウォーターやお茶など対処方法はいくらでもあるのだが、この世界ではまだ細菌などの目に見えない生き物に関する知識は少なく、生水を直接使わないや魔法などによってつくられた綺麗な水を使うなどの対処法しかない。


「そっか、なら綺麗な水を用意するからとりあえずそれで洗い流してくれるか?」


「え? はい、でもどこから?」


「入れ物は空になったその鍋でいいか、こうやってかな?【クリアウォータ】」


「「「おおお!」」」

 異世界の常識は知らないものの、外国での水常識の知識があったユウヒは、すぐに理解すると不思議そうな顔をする生徒達の目の前で、クロモリ由来の魔法を使い、大きな鍋いっぱいに綺麗な飲み水を満たす。


「んー問題無いな」


「綺麗な水ですね」


「すごい、普通触媒とか無いと不純物が混ざるのに」

 しかしユウヒは知らない、この世界において魔法で綺麗な水を作り出すことがどれだけ大変か、それを片手間で作り出したユウヒの色々な評価が生徒達の中でどんどん上がっていることに、そして・・・。


「ほれ、傷の汚れ流すぞ」


「へ? いっ―――!?」


『うわぁ・・』

 怪我人の中で容赦ないユウヒの治療に対する畏れが膨れ上がっていることに、それとは対照的にその手際の良さと妙に落ち着いた雰囲気で、救護担当の生徒達は安心して作業を続けられるのであった。


「うぅ、もっと優しくしてください・・・」


「だが断る」


「おにー!?」

 傷口を水で洗い流され声にならない叫び声を上げた冒険者科の生徒は、傷の手当をするユウヒに弱々しくお願いをするも、即座に拒否したユウヒに涙目で叫ぶ。


「ちゃんと手当しないと傷が残るだろ? 女の子なんだから気を付けないとな」


「あう・・はい」

 しかしそんな涙目の生徒に苦笑するユウヒは、優しく声をかけながら傷口にワインレッドの先ほどとは少し雰囲気の違う塗り薬を塗って行くのであった。


「ほれ、顔の方も・・・たぶん傷は残らず治ると思うから(微妙に人体実験してるみたいで気が引けるが、BとかAとか言っても実際どの位効くのか良く分からないからなぁ)」


「あ、ありがとうございます」

 どうやらその苦笑と優しい声の裏には、たとえそれが右目で効果があると解っていても、正確な効果を把握していない薬を使っている後ろめたさがあるようだ。そんなことなど知らない冒険者科の女生徒が頬を赤くしていたのは痛みの為か、それとも別の理由か。





 救護所に着いてから俺は先ず怪我人の治療をする事にし、作っていた薬を使い切る心算で治療を続けた。


 怪我をした子の大半が切り傷であった為、すでに塗り薬は切れてしまった。傷の程度は右目で分かるのでその程度によって薬を使い分けていたのだが、一番効果の高い物を女の子の顔に使った時は正直焦った。何故なら塗った直後から血が止まりみるみる傷口が塞がったからだ。


「とりあえず外傷のある子は終わりかな?(効き良すぎな気もするけど・・・異世界ならきっとコンナモノ・・・ダイジョウブダイジョウブ)」


「はい、あとは包帯巻くだけなんで私達で大丈夫です」

 若干不安は残るものの周りの子もそんなに気にしてないようだし、前向きに考える事にして次に移ろうと思う。


「そかそか、骨折とか無くてよかったよ。あとは魔法士科の子で疲労の激しい子は居るかな?」


「それなら今あっちでネリネ先生が診てると思います」


「ん、わかった」

 残るは魔法士科の子が倒れたとの事なのでそちらも診て置こうと思う。救護を担当していた女の子に聞いてみると、どうやらネリネが看ているらしい、ネリネも結構辛らそうだったが休まなくて大丈夫なのだろうか。



 救護所から少し離れたところに張られたテントが倒れた人用テントらしく、その周りには気遣ってかあまり人は近づかないようだ、近づいてもそーっと歩いたり口を塞いでいる生徒を見るととても微笑ましい気持ちになる。


「そっちの様子はどうだい?」


「あ、ユウヒさんお疲れ様です。悲鳴がこっちまで聞こえてましたよ? 大丈夫なんですか?」

 そんなテントに近づくとテントの中からネリネが出て来たので、あまり大きな声にならない様に気を付けながら声をかける。俺に気が付いたネリネはお疲れ様ですと言うと少し心配そうな表情で怪我をした生徒達の心配をする。どうやら叫び声はここまで届いていたようだ。


「あー傷口の消毒で沁みていただけだから大丈夫だろ」


「ああなるほど・・・」

 そんな心配するネリネを安心させる意味も込めて真実を伝えると、ネリネも覚えがあるのか痛そうな苦笑いを浮かべた。


「それより魔法士科の子は大丈夫なのか?」


「それが、大半の子は休めば大丈夫そうなんですけど、結界の維持を手伝ってくれてた子が二人ほど熱を出してて」


「そうか、ちょっと診ても大丈夫かな?」


「あ、はいこっちです」

 苦笑いを浮かべるネリネの意識を幻痛から逸らす為、もとい話を進めるために魔法士科の生徒の様子を聞いてみる。しかしその話の内容からは予想以上に状態が悪いようだ。




「はぁはぁ・・・」


「うぅ・・・」

 ネリネに案内されたテントは、5人くらいの成人が楽には入れそうな大きなサイズのテントで、中には二名の生徒が寝ており、聞こえてくる息遣いは非常に辛そうなものであった。


 その明らかに悪いと解る状態に俺は静かに一人の少女の隣まで移動すると額に手を置き熱の確認をしながら、右目で状態を調べる。その結果は、重度の急性魔力欠乏症、疲労による免疫低下及び、発熱、意識混濁と言うものであった。 


「ふむ、これって結構酷いかな、重度の急性魔力欠乏症か・・・」


「やっぱり、無理してたんですね・・・」

 後半の項目は極度の疲労などで起きても可笑しくない内容だが、前半の急性魔力欠乏症に関しては聞いたことが無いがアミール知恵袋に説明があり、この世界では一般的な知識の範疇のようだ。ネリネは俺の呟きを聞いて眉を顰めると、肩を落としてもう一人の子の頭を撫でる。



 急性魔力欠乏症とは、体内魔力が急速に体から放出される事で引き起こされる症状で解りやすく言えば魔力の貧血と言った感じであろうか。軽度であれば眩暈や倦怠感などが一時的に起るがこの状態の時は一時的に体の魔力変換効率が上がる為、しばらく休むかメディテーションなどで症状は改善される。


 しかしこれが重度になると話は変わってくる。軽度の状態で無理に魔力を使い続けた結果、体が魔力を回復しようしてどんどん外部魔力を取り込むのだが。無理な魔力行使は生体機能を低下させ、その結果魔力の変換効率が著しく落ちてしまい体内魔力を効率良く作る事が出来なくなる。しかしそんな状況でも体は大量の外部魔力を取り込む為、魔力酔いと言われる症状を引き起こしそのことによる体力の低下などの悪循環こそが、重度の急性魔力欠乏症の正体である。



「んー他の子達はさっきの飴を上げてください。この二人はもちょっと効果の高い物を飲ませてみるので」


「お願いします。長時間魔力欠乏が続くのは不味いですしね・・・はぁ」


「元気出せ、ネリネが不安な顔してたら周りの子にも伝染してしまうぞ?」

 右目で状態を詳しく調べながら、とりあえず他の子はネリネに上げた飴で問題無いと思うが、この二人の子はそうもいかないようである。俺は荷物の中から飴を取出しネリネを元気付けながら飴の入った袋を渡す。


「・・・はい、そうですね!」

 どうやら元気が出たようで、紙袋を受け取ったネリネは少し軽くなったような足取りでテントを出ていくのであった。





 ネリネを見送ったユウヒは、苦しげな少女二人の前で腕を組んで考え事をしていた。どうでもいいがこの状況は傍から見たら大変勘違いを生みそうな光景である。


「さて、こちらはどうしたものか栄養剤も有りだが・・・」


「ユウヒー」「何か手伝うか?」「うわぁ苦しそうだねぇ」

 どうやら彼女達の治療法を考えていたらしいユウヒは、バッグの口を広げながら思案する。そんなユウヒの周りに例の如く水球が現れると、軽快な音と共にその姿を青い小さな女性のものへと変え、いつも通り場を騒がしく盛り立てる。


「・・・そういえば、前作った物がどっかに」

 そんな水精霊トリオを見詰めていたユウヒは、何か思い出したのか荷物の中から何かを探し始める。


「うぅぅ・・・」

 その間も水トリオは、苦しそうな少女の周りで元気が出る様にとエールを送っている。しかし気のせいだろうかエールを送られている少女は、どこか先ほどまでとは違う唸り声を上げている気がするのであった。


「お、あったあった、これを少量飲ませてみるか」


「泉の水の匂いがする!」「ほんとだ、でも何だか苦い匂いもする?」「私は甘いのが良い!」

 ユウヒが取り出したのは、銭湯で飲めそうな牛乳瓶ほどの大きさをした陶器製の瓶、その瓶には『魔力浸透茶』と日本語で書かれた紙が貼りつけてある。その瓶を取り出すと、やはり水の精霊だから何か感じるものがあるのか振り向き今度は瓶の周りで騒ぎ出す水トリオ。


「はいはい、お前らはまた後でな・・・聞こえるか?」


「う・・・はい・・・護衛のえっと」

 ユウヒは御座なりに精霊達を手で退ける様に指示すると、右側の少女に話しかけ意識があるか確認する。その声に少女はゆっくりと目を開け、ユウヒを認識する。当然だが少女には視線の先、ユウヒの後ろで不満の声を上げる水の精霊達の姿は見えていない。


「ユウヒだ、魔力欠乏症を起しているようなので魔力回復の薬を用意したが・・・飲めるか?」


「くすり、ですか・・・でも・・・」


「まぁ多少苦いが我慢してくれ、少し起すぞ?」

 意識があることに少し安心したようなユウヒは薬について説明するが、少女は何故か言いよどむ。その理由を薬が苦いと思ったからではと予想したユウヒは、苦笑いで答えると少女の背中を支えながら体を起し、『魔力浸透茶』をごく少量飲ませる。


 無事薬を飲ませたユウヒはそっと少女を寝かせる。ユウヒに寝かされた少女の顔は辛そうに歪められ、思わず呟く「うぅ・・・苦いです」と・・・。 


「ははは、また後で様子見に来るからゆっくり休んでてな?」


「・・・はい」

 自身も一度味見をしているユウヒは渇いた笑いを漏らすと、少女の頭を優しく撫でながら安心させるように声をかける。少女は一つ返事をするとそのまま寝てしまった様だ。


 因みに蛇足だが、『魔力浸透茶』の味についてユウヒ曰く、千振茶といい勝負だとの事である。


 一人目に魔力浸透茶を小さな御猪口一杯ほど飲ませたユウヒは、続いて反対側の子にも同じ説明をし抱き起して同じ分量のお茶を飲ませる。


「はぁはぁ・・・・・・ん、おいしい」


「そ、そうか、それはよかった。後でまた様子を見に来るからゆっくりおやすみ」


「はぃ・・・」

 一人目の子と同じように声をかけ寝かせ直すユウヒだったが、その顔には少し苦笑いが浮かんでいる。何故なら相当苦いと思われるお茶を飲んだこの少女は、頬を緩め本心から美味しいと言ったのだ。その味覚の渋さに苦笑いを浮かべてしまうのも仕方ないであろう。





 ユウヒです。お茶の効果が効くことを願いテントを後にしたのですが、少女のおいしいと言う言葉を聞いて、試しにもう一度例のお茶を舐めて見たのですが・・・やっぱり苦かったとです。


「ユウヒさんありがとうございました」


「いや、子供は大切にしないとね。俺は休憩するつもりだけどまだ何かあるかな?」

 テントを出た後、ネリネの様子も気になり調子を見に来たのだが、予想以上に飴の効果が高かったのか右目で診た体調はすでに通常の状態に戻っていた。確かにあの飴には魔力回復効果などがあったが、そこまで高い効果だとは思って無く、例えるならファンタジー物RPGに出てくる最初期の回復アイテム程度だと思っていたのだが。


「いえ特には、食事の準備が終わったら呼びますのであまり遠くへは行かないで頂ければ」


 話をした雰囲気からも体調の悪さなど感じることは出来ない為、どうやらもう少しこの効果の値に関しては調査が必要な様である。アミールに聞いてみるべきかそれとも例の箱をアミールに贈った人物、もとい神物に聞けないものか。


「わかったその辺で休んでるよ」

 まぁ今そのことについては置いておき、どうやら俺の手伝えそうな事はもう無いそうなので、ネリネのお言葉に甘え休憩することにした。




「ふぅ・・・」

 みんなの居る場所から少し離れ、丘の下が見える場所に座り込み眼下を眺めると、まるで心の奥がスーッと冷めて行くようだ・・・。


 それもそうだろう、何せ目の前には未だ溶けぬ氷の大地が広がっているのだ。この感覚は物理的か、それとも精神的なものなのか・・・。


 永遠の謎にしておきたい。



 いかがでしたでしょうか?


 現実は連続の猛暑日の中、ユウヒは涼しそう(いろんな意味で)でしたね。私は戦闘描写が終了してほっとしてます。


 それでは今回もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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