第六十三話 クロモリと言う世界
どうもHekutoです。
いつものように亀更新ですが六十三話完成です。今回は少しいつもと毛色が違いますが楽しんでいただければ幸いです。
『クロモリと言う世界』
【黒い森オンライン】それは俺にとってもう一つの日常だった。
今までのオンラインゲームを馬鹿にしているかのような広大な世界、使い回しなんて無いのではと思わせる多彩なグラフィック、操作の限界を超えたユーザインターフェイス、毎日が新しい感動で溢れている様々なプレイ要素。
そんな世界に俺は十代のころから嵌り、高校生活の大半をこの世界で過ごし社会人になってもそれは変わらなかった。まぁ高校の頃の黒歴史は忘れたい記憶なのだけど、あの頃はちょっとクロモリと言う世界に酔っていたんだと思う。今から話すのはそんな時期も落ち着いた社会人の頃の話だ。
「ユウヒ! 約束通り素材出たら最初に俺の鎧からだかんな?」
「分かってるってクマ、そう心配するなよ」
「いーや、お前はパフェの姉さんに甘いから信用ならん!」
「そっか? 普通だと思うんだけどなー?」
あの日の事は良く覚えている。真夏の大型アップデートで追加された新しい装備を作るために、リアルでも友人であるクマと一緒にその素材となるモンスターを狩りに行ったのだ。
「ユウヒ! お前は騙されている!」
「何にだよ?」
「あの脂肪の塊にだ! 男なら筋肉だ! 脂肪に誑かされるな!」
普段は先ず一人で下見をした後、一人で狩れるなら狩って帰りだめそうなら人を誘う事にしているのだが、ギルドに入ってからは専らギルドのメンバーを誘うことが多い。しかし今回はどうも怪しい情報が多すぎるので、最初からクマと一緒に狩場までやって来たのだが、・・・いつもと変わらず我が友人のクマは、暑苦しく筋肉談義を始めようとする。
「脂肪とは失礼ね? これは母性なのだよ?」
そんな会話をしていると俺達の後ろから聞き覚えのある女性の声がかかる。
「あれ? パフェどうしたんだ? 今日はデートでこれ・・・」
「・・・・・・」
「「ほぁぁぁ!?」」
振り返りその女性に話しかけるも、俺の不注意な一言からゲーム内にも関わらず冷徹な殺気を感じ、息子が縮こまるほどの恐怖にガクブルと震える俺とクマ。この冷笑を浮かべる女性は、俺が所属するギルドのリーダーであるギルドマスターをしている人で、プレイヤーネームを『パフェ』と言う。
ギルドと言うのは、仲の良い人間の集まりだったり共通の目的の為に結成したりするゲームシステムである。俺が所属するギルドは加入条件が有り、それを満たせば誰でも加入できるのだが今の所メンバーは一桁と少ない。
「そんな過去の事なんてどうでもいいの。私にはギルドのみんなが居るもの・・・ねユウヒ」
「は! そうでありますな!」
条件云々に関しては割愛するが俺は今でも釈然としていない、しかし今はそんな事より目の前の女帝パフェ様を宥める事が先決である。しかし何があったのだろうか? デートみたいなものだと言っていたんだけど・・・。
「何があったんだか・・・」
「その辺は聞かぬが花だよクマっちー☆」
「あれ? ミカンも来たの?」
「うわ! 酷いなー心優しきミカン様が手伝いに来てあげたってのにぃ」
俺と同じ感想をそのまま声に出したクマ、その後ろから元気な女の子の声がかかる。そのどこかで聞いたことのある ☆ が付いてそうな声に振り向くと、そこにはギルドメンバー最年少の少女『ミカン』が立っていた。俺の疑問に過剰反応する彼女からは全く傷ついたような気配を感じない。
ここで疑問に思う人も居そうなので、二人のギルドメンバーがいつの間にか現れていた理由を説明すると、それはギルドスキルと言うものを使っていると思われる。ギルドを結成することで得られる様々な特典の中にギルドスキルと言うものがあり、それはマスターのみ使えるものやメンバー誰でも使えるものなど様々で、今回使ったスキルは【一緒にあそぼ】であろう。効果は離れたギルドメンバーの元に一瞬で移動できる便利スキルである。
「うそつけ、お前絶対新装備狙いだろ!」
「あ、わかったー?」
「まぁ素材出たらね? でもクマの鎧が先だよ?」
どうやら今日の狩りの事を誰かに聞いていたようで、生産職を自負する俺としては作って上げる事は吝かでは無いが、いったいどこから情報が漏れたのだろうか。この娘はよくどこからか耳より情報を持ってくるのだが、いつも情報源が謎なのである。
「むぅ・・・まいいやそれで、しかしあんな暑苦しい装備が良いとか・・・無いわー」
「うっせ!」
「ふむ、なら私は3番目でいいよ?」
そんな事を考えていると必要素材数と生産の予約がどんどん増えていく、一つはクマからの依頼で上半身装備である。見た目はどっかの剣闘士の様な装備で8割裸の代わりに筋肉が3割増しに見える『夏漢』装備。残る二人は多分、高い水耐性と水泳スキルが上がるらしい水着装備だと思われる。
「今日のノルマが増えたなユウヒ、何枚採るんだ?」
「え? そうだなー最低は3枚なんだろうけど確率次第でもっと欲しい所だね」
クロモリの生産スキルはいくつか作り方があり、スキルレベルを上げる事で種類や工程が増え、極めると同じ装備でも色や見た目、性能すらも自由自在に変えられるのだ。と言ってもあまりにゲームバランスを崩す物は作れない様にはなっているのだけど、それでもその自由性は俺の心を掴んで離さないクロモリの重要な要素である。
「大丈夫だ! 私は明日の朝までフリーだからな、いくらでも付き合って上げる!」
「「うわぁ・・・自虐だよ」」
「あ、ははは」
と言っても俺のメイン職業は過去の都合上戦闘職なのだけど、目の前で背中から気炎を出すパフェさんや他のメンバーほど強くなく、中途半端な性能である。しかしこの話をする度にうちのギルドメンバーはそれを認めてくれない。
「ふふ、今宵のグロリアは血に飢えておるわ」
「げ、グロリア装備だ本気だよ姉さん!? ところで今日のユウヒは何装備?」
「まぁ一通り持ってきてるけど基本今の採取装備かな?」
妙なテンションのパフェさんは戦闘態勢なのか、儀礼装備をグロリア装備に変えている。グロリア装備は騎士系職業の人なら喉から手が出るほど欲しい一級装備である。過去その高い性能から一度弱体化修正されたほどで、今でもその修正は適用されているが生産スキルで強化出来る。すでに俺が何度か強化しているのでパフェさん曰く、性能は昔と大差ないらしい。ついでに今日の俺の装備は素材アイテムが入手しやすくなる装備で、強化もしてある愛用品である。
「・・・流石ユウヒ、良くその装備で死なないよね」
「クマを盾にするからね」
まぁその分防御性能はミカン曰く、紙だそうだ・・・これでも一応少しは強化してあるのだが。
「ちょ、おまえの方が総合スキル高いんだから戦えよ!?」
「えー・・・まぁ戦闘用も持ってきてるけど、ドロップ確率下がるんだよねぇ」
「何々?・・・げろげろコキュート装備じゃん! 廃人だよ廃人がいまつよ!?」
さり気なく言った言葉にクマが反応する。だが実際俺の職業だと装備揃えてもクマほどの防御力にはならないわけで、と言っても一応念のため戦闘用の装備も持ってきているので、クマの精神的安寧の為に見せておくことにしたのだが、ミカン・・・廃人は酷いと思う。
「あら? 出来たのね、素材は足りたかな?」
「あーいえ、武器の分が足りなくて防具一式だけですよ」
「いやいや、それだけでもどんだけブーストさ!? つか売ったら相当だよ? ねぇ私に預けて見ない?」
コキュート装備とは氷属性のステータス強化が満載の軽鎧装備で、素材を手に入れるのが面倒な装備の一つである。そんな装備を欲しがる俺の職業は『フリーズソルジャー』と言って、魔法に槍に剣や盾、他にも色々使える器用貧乏職で、あまり人気は無いけど俺は気に入っている。
「素材持ってきたら作ってあげるよ? もう作るパターン覚えたし」
「「「・・・流石生産廃人・・・」」」
「うーん、普通だと思うんだけどなぁ?」
ミカンに渡したら絶対に戻ってこないだろう、それに素材を持ってきてくれればいくらでも作って上げるしそっちの方が俺も楽しい。それでもやはり廃人は酷いと思うんだ、俺はそんな生活そっちのけでやり込んでないし、ちゃんと一般社会人をやっているのだから、まぁ好きな事は否定しないけど。
「はぁ、それより着いたぞ? ここで良いんだよな?」
「んーたぶん? 攻略掲示板だとこの辺で見かけたって話だけど?」
「まぁとりあえず様子見ながら・・・」
「そうもいかないみたいだね?」
みんなの意見に釈然としない俺に、クマが溜息を吐きながら目的地到着を教えてくれる。攻略掲示板の情報通りなら、ここに問題の素材を落とすモンスターが居るとの事だったので、のんびりと様子見を提案したかったのだが、俺の横に進み出たパフェさんが栄光の名を与えられた剣を抜き盾を構える。どうやらゆっくりはさせてくれないらしい。
「何アレ!? 何アレ!? 多すぎだって!」
「うげ!? 罠か!? 孔明か!?」
目の前に広がった光景にミカンは慌て、クマはネタに走る。それも仕方がないだろう何せ目の前には目的のモンスターである『ミノタウロス・ザ・レッドブリーフ』が大量に現れたのだ。猛る牡牛の頭に筋骨隆々の人間の体、真っ赤な下着に見えるのは自らの毛皮と言う設定らしく、素材はその毛皮である。
「うわぁ・・・素材はいっぱい手に入りそうだけど一人づつ順番じゃだめなのかなー?」
『ぶるぅぉぉぉぉ!(だが断る!)』
「うへぇ断るってさぁ」
そんな暑苦しい肉の壁に俺は小粋な提案をしてみたのだが、その提案は副音声付の雄叫びで却下されてしまう。この不味い状況にどうしようかと考えているとフラフラとした足取りでパフェさんが前に出る。そして、
「良いだろう相手になってやる・・・何が見合いだ! 何が延期だ! ○○男が! ○○○○○野郎が! こっちから願い下げだ!」
「あ、見合いだったんだ」
牛人間の姿がパフェさんの何かに触れたのだろう、牛人間に向かって殺気を撒き散らす。気のせいか先ほどより牛人間が大人しくなったような・・・キノセイダヨネ。
「こえーなおい・・・ん? 装備変えたのか」
「流石にね」
「かっこいいな! しかしこの物量差は大変だぞ?」
人間に必要なものは真実ばかりではないのです。そんなわけのわからない言い訳を心中で唱えつつ俺はコキュート装備を装着していく、別にパフェさんの殺気に当てられたかではありません。クマも装備を整えつつ俺の装備を褒めてくれる。そんなクマが言う物量、しかし時に質は物量を超えるのです。特にうちのギルドメンバーが揃えば、
「たぶんいけるんじゃないかな? だって・・・せぇの」
「「たすけてーめろんねーさーん」」
クマの心配に答えながらチラリとミカンに視線を向けると、ニヤリと笑みを向けてくれる。どうやら予想通りあの人たちも来てくれているようだ、これだからこのギルドは楽しいのだ。そして俺はミカンとタイミングをを合わせて魔法の呪文を唱えた
「はぁ~い」
「ちょっとなんで私の名前は呼んでくれないの!?」
「うお!? どっから出てきた!?」
俺とミカンの声に何処からともなく返事が返ってきて姿を現す二人の女性と驚くクマ、一人は真っ白な神官服に隠し切れない母性を押し込め、優しそうな笑みのとても似合う女性で名を『めろん』さん。もう一人は真っ黒なドレスに身を包んだ女性で、切れ長な目が綺麗な美人さんだがどこか残念な空気を感じる、名を『りんご』と言う。
ちなみにこの黒い森オンラインでは、自分のキャラクターグラフィックを自分で作ることが出来ない。何故なら写真や身体情報を入力することで、限りなく自分に近いキャラクターを作り上げるからだ。理由としては特殊なシステム上、実際の自分とキャラクターに差があればあるほど誤差が発生し、最悪まともに遊べないと言う事態になるかららしい。まぁ他にも成りすまし予防とかイロイロな問題防止の為と言ううわさもあるのだが。
「ふふん、りんごねーさんのハイドスキル舐めないでよね」
「私も・・・わすれちゃだめ」
「うひゃぁあ!?」
りんごさんの職業は暗殺系の上位特殊職でシャドープリンセスと言うのだが、誰にも悟られず集団移動を可能とするスキルを持っている。どうやら今回はそのスキルを使って悪戯を企てていたようだが、一歩間違えればストーカーである。そんなりんごさんが胸を反らせてドヤ顔をしていると、その背後から今ログインしたことを表す光のエフェクトと共に小柄な女性が現れ、その発言にリンゴさんが跳び上がりそうな勢いで驚く。
「パン屋も来てたんだ」
「私はいつもユウヒのそばに居るわ」
そんなドッキリを仕掛けた小柄な女性は、同じくギルドメンバーでプレイヤー名を『パン屋』と言い、リアルでパンを作ってるらしい女性である。普段から良く会うことが多く、一緒に遊ぶ事が多い一人である。
「・・・で? 実際は」
「3時間前から現場待機、余裕でしたまる」
「正直だなパン子・・・」
ログインした直後でまだ戦闘準備中のパン屋にクマが近づきジト目で何か質問をすると、パン屋が何かボソボソと答えている。時々パン屋と他のギルドメンバーはナイショ話をする事があるが、何故か俺にその内容を教えてくれない。まぁだからナイショ話なんだろうけど、何故かパン屋の話を聞いたクマはげんなりした表情をしていた。
「流石は私のギルド員ね、何も言わないで全員集合するなんて!」
「半分は犯罪臭がするけどな」
実はこれでギルドメンバー勢ぞろいだったりする。いつの間にか集まっているのはこのギルドではよくあることで、そんなギルドメンバーにパフェさんは嬉しそうに笑っている。しかしなぜかその横ではクマが微妙な顔をしていた。確かにりんごさんとかストーキングに近いけど、リアル警備会社職員クマは犯罪臭を嗅ぎ分けられるのだろうか、とても興味深い。
「まぁまぁ、それじゃ素材を狩ろうか」
『(流石『生産廃人』ユウヒ、モブ=素材なのね)』
そんなことはとりあえず置いておいて、目の前に迫る『革素材の元』を狩る為クマの横をすり抜けながら前に出て武器を構えた。しかしそんな俺の言葉に、みんな同じような表情で妙に暖かい視線を向けてくるのだが、いつものことながら謎である。
過去の話が一区切りついたのか、森を進む二人の耳には風を切る音だけが聞えていた。
「・・・素敵な仲間ね」
「そうだな・・・今頃何してるかな?」
その沈黙を破るように、ポツリと呟いたモミジの表情からは羨望の感情が伝わってくる。ユウヒは自分の話を真剣に聞いてくれているモミジへ視線を向けると、少し嬉しそうに頬を緩めまた進行方向に視線を戻し、今は離れている友人達の事を思い出して自然と言葉が零れ出るのだった。
「今は居ないの?」
「んー俺だけこっちに来たからな」
「・・・さびしくない?」
「帰ればまた会えるからな」
ユウヒの零した言葉とその瞳の色に、少し心配になったモミジはユウヒに問い掛ける。その問い掛けにユウヒは何でもない様に答え、その返事を聞いたモミジは自分が予想したような事は無さそうだと、少しホッとした表情を浮かべる。
「そう、それからどうなったの?」
「ん? まぁ大暴れしたかな? 後々事件になるくらいには」
「え?」
安心したモミジは話の続きが気になる様で、ユウヒに話の続き求める。しかし何気なくユウヒが返してきた言葉にキョトンとした表情を浮かべるのであった。
身長2メートルほどあるであろう筋肉の塊が、その身長と同じ長さの大きな剣を片手で振り抜き相棒に呼びかける。
「ユウヒ! 俺思ったんだが!」
「ジャベリン! ・・・詠唱中に話しかけんな! で何を?」
呼ばれた相棒ことユウヒは、魔法を唱え巨大な氷柱を牛人間の顔目掛けて発射すると着弾を確認し、バックステップで大きな盾を構えるクマの隣に着地して文句付で要件を聞きはじめる。
クロモリ上位プレイヤーは全て例外なくクロモリ独自のシステムの一つ、『脳波コントロール』を使ってプレイする。レベル制では無いクロモリでは多才なスキルと総合的な操作技術こそが力であり、特に脳波コントロールによる細密な操作は、上位とそれ以下を隔てる一つの壁であるからだ。その中でも魔法を使う時は特に集中力が必要な為、詠唱中は話しかけないのがクロモリ内の一般的マナーなのであった。
「これって実はイベントとかそんなんじゃなくってバグじゃないかなと・・・」
「ふん! ・・・十中八九そうだろうな」
そんなマナーなど、二人の間ではたいした問題じゃないと言った感じのクマは、全く気にした風も無く自分の予想をユウヒにぶつける。そんなクマにユウヒは牛人間を槍で切り付けながら答える。
すでに彼らは2時間ほど休みなく戦い続けている。倒せど倒せど次々に現れては襲い掛かってくる牛人間は、一定の頭数を超える事は無いがその頭数を減らすことも無かった。そんな彼らの足元には大量の素材などの、ドロップアイテムと呼ばれる戦利品が拾う暇も無く転がっていた。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ! あっはー触媒切れたー☆」
次々に現れ襲い掛かる牛人間の攻撃を絶妙に回避しながら、両手にそれぞれ持った美しい片刃の剣で踊るように牛人間を切り裂いていくミカンは、「そりゃ」と言う声を放つ度に手に持った剣が発光し鋭利な切断面を残していく。
「あれだけ連発すれば触媒も切れるわよ・・・シャドーエッジ」
「ターゲットパフェ・・・クイックヒール、もう2時間くらいかしらね?」
そんなミカンの姿に呆れたような声を出すりんごは、慌てて下がるミカンの後退を援護する為にドレスの裾を片手で持ちながら軽くエストックを振り上げる、その一撃は真っ黒な刃となって飛んで行き牛人間を切り裂く。その隣ではめろんがパフェに回復魔法を唱えながらのんびりと話しかける。
「鎌の耐久値が・・・ちょっと装備変えるからよろしく。ターゲットクマ・・・アジテーション」
「おわ!? パン子! モブ押し付けんな!?」
最前線を三次元的な動きで跳び回り、自分の身長を超える大きさの大鎌を振るっていたパン屋は、何かに気が付くと大きく跳びクマの隣に着地する。どうやら武器の耐久度が落ちてきたようで壊れる前に変えるようだ、しかしその抑揚の無い声で話しかけられたクマは自分に向かって突進してくる牛人間に慌てて盾を構えるとパン屋に向かって叫ぶ。
【アジテーション】
ヘイトコントロール系魔法、自分に向けられた敵愾心をターゲットした対象に移す魔法。所謂擦り付け、過去この手の魔法は様々な遺恨を残しているが、その実連携プレイでは非常に優秀な魔法スキルの一つである。
「ふむ、パフェさん逃げようか? ターゲットミカン・・・アイテムパス【スピードポーション】」
大量の牛人間を押し付けられて防戦一方のクマの後ろで何か考え事をしていたユウヒは、耳に付けてある装置に手を添えると離れた場所のパフェと話し始める。この装置は離れた場所に居るギルドメンバーと、恰もすぐ隣に居るかのように会話することが出来るギルドアイテムである。
「そうだな、ミカンは拾えるだけ素材拾ってユウヒに渡せ!」
そんなユウヒの提案とユウヒがミカンに渡したアイテムから作戦を理解したパフェは、すぐに快諾するとミカンに指示を出す。ユウヒが渡した『スピードポーション』とは移動速度及び、行動速度を二倍にするアイテムである。ギルド一移動速度の速いミカンが使えば残像を残すことも可能と言う噂があったりなかったり。
「ユウヒったらナイスアシスト☆ 三分がんばれクマwww」
そんなミカンはポーションを使用すると即座にクマの後ろ、ユウヒの足元にしゃがむとニヤニヤと笑いながらクマに話しかける。するとどうだろう、今までミカンを追いかけていた牛人間がクマ目掛けて突撃してくる。
実はこのミカンの発言の中には、音声認識システムを使った魔法使用が混ざっているのだ。音声認識システムの中には、あらかじめ個人で設定した言葉と声をキーに魔法を発動すると言う物があり、これによりミカンはクマに対して【アジテーション】使ったのである。しかしこのシステムは色々と問題があり、使いこなせる者は上位プレイヤーの中でも非常に少ない。
「うお!? マジ死ねる!? めろんねーさーん!?」
「はいはぁい♪ ターゲットクマ・・・ヒーリングミスト」
そんな度重なる擦り付け行為でヒットポイントの減るスピードがどんどん速くなるクマは、必死に降り注ぐ攻撃を防御しながらギルドの聖母ことめろんに助けを乞う。助けを乞われためろんはいつも通りのテンポで返事をすると持続回復の魔法をクマにかけるのだった。
「ユウヒ私達の愛を知らしめる時よ」
「へ? あぁナイスアイデア! クマよろしくターゲットクマ・・・エネミティシフト」
そんな中、牛人間の攻撃を器用に避けながら地面に落ちている戦利品を回収していたユウヒに、装備を杖に変えたパン屋が状況に即さない言葉をかける。しかしその姿から何かを察したユウヒは明るい表情で顔を上げると、クマに明るい声を掛けながらとある魔法スキルを使用する。これもまた【アジテーション】と同じタイプの魔法スキルである。
「ちょwwwwおまwwww」
「まったくしょうがないなぁ半分だけよ? ターゲットマルチロック・・・亡者の闇」
そんな友の裏切りにも似た行為に、笑うしかないのか壊れたのか涙目で笑うクマ、そんなクマを見てりんごは楽しそうに声を掛けると、手に持っていたエストックを自らの影に突き刺し魔法を唱える。すると複数の牛人間の影から嘆きの声を上げる黒い人影が現れ牛人間達の動きを封じた。
「合成魔法パートナーユウヒ・・・使用スキル死人の城壁」
「合成魔法パートナーパン屋・・・使用スキルフリーズコート」
「「合成魔法発動!」」
≪合成魔法の承認確認しました。フリーズランパート起動します。≫
冷や汗を掻きながらもリンゴの援護により一命を取り留めたクマの後方では、ユウヒとパン屋がお互いの杖を重ね魔法を唱えていた。するとどこからか機械的な女性の声が響き魔法が完成する。それはギルドメンバーを囲むように円形の魔法陣を構成すると次の瞬間、陣の外縁に沿う様にして巨大な氷の城壁を出現させ、その氷の城壁に触れた牛人間を丸ごと氷漬けにし、その侵攻を停止させた。
【フリーズランパート】
2連携による合成魔法。特定の魔法を合成させることで発動される氷の城壁、攻撃力はまったく無いが一度に大量の敵の侵攻をを長時間に亘って阻止する。使用者のスキルレベルやステータスによって範囲と持続時間が変わる。
上位プレイヤーの二人なら軽く30分は阻止できるが使用には色々と条件が厳しい魔法である。
「おおっと!? すごいすごい☆ タゲユウヒ・・・アイテムパス【素材袋】」
「よし帰還するぞ!」
「了解、ターゲットマルチロック・・・アイスバインド」
「こっちも足止めいくよ、ターゲットマルチロック・・・亡者の闇」
「・・・俺・・・生きてる」
いきなり発動した合成魔法に一瞬気を取られるも、直ぐに持ち直すと行動を開始するギルドメンバー達、ミカンは楽しそうな声を上げると拾ったアイテムをユウヒに渡し、パフェはすぐにメンバーを一ヶ所に召集する為合図をおくり、ユウヒは城壁内部に入り込んでいる牛人間に行動封じの魔法を唱え、りんごは再度亡者を呼び出しこちらも残りの牛人間の動きを封じる。・・・そしてクマは生き残った奇跡に放心していて、その背中に哀愁を漂わせていた。
「ほらほらさっさと退避退避☆ タゲユウヒ・・・アイテムパス【素材袋】これで全部だよ」
「おk! ペイも問題無い! いつでもどうぞ」
「流石ユウヒね伊達にポータースキルカンストしてないわ」
クマを引きずりながら集合場所にやってきたユウヒに、ミカンは再度大量のアイテムを渡す。通常一人が持てるアイテムの量や重量は多少の差はあれどあまり変わらず、オーバーすると一切の移動が不可能になる。しかしユウヒはとある職業のスキルをマスターしている為、今渡されたような大量のアイテムでも問題無く持ててしまう。この能力もまたユウヒが廃人と言われる由縁の一つであったりするのだが、詳しい話に関してこの場では割愛させていただく。
「まったくだ、それじゃ帰るぞギルドスキル・・・凱旋門!」
メンバーの無事を確認したパフェはりんごの呆れたような声に賛同すると、ギルドスキルを使用した。スキル発動と共に光の柱が空へと延び、次の瞬間その場に居たユウヒ達は一瞬にして姿を消したのだった。
「氷の城壁・・・」
「ああ、それからしばらくそこら一帯氷漬けでな・・・」
そんなこんなで、実は俺達が素材狩りに行くまでの間に何組ものプレイヤーが同じ現象によって敗退していたらしく、氷漬けになったフィールドに運営はこれ幸いとプログラムの修正が終わるまでその状態を維持したのだった。大地は凍りつき、そこにそそり立つ巨大な氷の城壁、さらに多数の氷漬けのモンスター、その情景からプレイヤー達からは『地獄の深遠コキュートス事件』と呼ばれることになり、どこから漏れたか知らないが俺がやったと言ううわさも流れいつのまにか厨二全開な二つ名も付けられたのは懐かしい記憶である。
「そんな凄い魔法を使えるなんて・・・」
「あれは二人で協力したし条件も結構厳しいしな」
急ぐ俺に並走するモミジのキラキラとした瞳に照らされながら、パン屋との合成魔法を思い出す。パン屋は何かと妙な発言が多い人だったが、意外と息が合うので度々一緒に冒険することがあった。あの時もそのおかげで切り抜けられたと言っていいだろう。
「ユウヒは氷の魔法が得意なのね」
「得意と言うより使い慣れて・・・」
「・・・?」
この時俺はモミジの何気ない一言に、ある可能性を感じ言葉を途中で切った。使い慣れた魔法、俺はあのオンラインゲームを始めた当初から氷属性の魔法を好んで使っていた。エフェクトが綺麗だった事や当時患っていた厨二と言う病気の影響もあったと思う。この世界に来てからは忘れていたが、本来俺の最も想像し妄想してきた属性は氷、実際にゲームの中で使い続けて来たのだ。
「(使い慣れて・・・そうか妄想魔法も何度も使うことで想像がしやすくなって、なら)」
そしてこの世界に来て使ってきた妄想魔法の特性、使えば使うほど使いやすく又威力も上がっているのが、単純に繰り返すことで想像や妄想が鮮明化しているからだとするなら・・・。
「10年近く使い続けていた魔法・・・それにクロモリの魔法なら広域系も色々ある。から・・・これならいける?」
敵は300近く、それと一度に対峙するならば先手遠距離からの範囲魔法、そして残ったネズミの近接掃討。ここまでの想定を聞けば夢と現実の区別のつかない人間の様だが、クロモリをただのゲームと一緒にしていけない、詳しくは割愛するがクロモリの操作方法は通常のキーボードとマウスやゲーム用コントローラの他に、手や指などのモーションコントロールや音声認識果ては脳波による操作が出来るなど、現行のゲームと明らかに次元が違う。
特に脳波操作は異常だった、細やかな移動やターゲットの指定は当然のように、使いこなせば魔法の範囲を数センチ単位で変えたり魔法の動きを誘導したりと、運営の株式会社クロモリが提唱した『すべての人間に等しく楽しさを』と言う言葉を正しく体現するシステムである。
「ユウヒ?」
「あ、いや何とかなるかなと思ってね」
同時に複数の事を実行できるこのシステム、上位のプレイヤーはこの脳波コントロールを使っていたし当然俺も使っていた。その経験や集中力もあり俺はこの口語妄想魔法を使えているのだと改めて認識した。
「そう・・・ユウヒもうすぐだよ」
「そのようだな」
どうやらもうすぐ到着しそうだ、【探知】のレーダーには真っ赤な敵性反応とその赤に囲まれる人間を示す緑色の光点が近づいてきている。みんなの無事を祈る俺にはこの時、自分の中で起きていた妙な感覚に気が付くことが出来ていなかった。
それは今まで小さな予兆として現れていたと言うのに・・・。
いかがでしたでしょうか?
オンラインゲームな世界観のお話とか書くの楽しいです。クロモリ合わせてプロットがいくつか作れちゃってるくらいに楽しいですw
そんなわけで次回も楽しみにしていただければ嬉しいです。それじゃまたここでお会いしましょうさよならー




