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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第六十一話 這い寄る騒動

 どうもHekutoです。


 修正に予想以上に時間がかかりました。とか言い訳しつつ六十一話が書き終わりましたのでお送りします。

 緩やかに流れる時間が騒がしく加速するようですよ?それでは、ユウヒ達の御話をお楽しみください。




『這い寄る騒動』


 どこかで魂の抜けかかった騎士と、それを興味深そうに見つめる少女の姿に、父親が育て方の難しさについて考えている頃、ウルの森では木の上で朝の目覚めを迎える人影があった。


「うぅ・・・朝か、何か変な夢見たな」

 そう、ユウヒである。どうやら夢見が悪かったのか頭を掻きながら上体を起こすと、木々の隙間からまだ星が微かに光る空を寝惚け眼で見上げる。


「えーっと【身体強化】【探知】・・・ん? これは」

 この世界に来て色々学んだユウヒは、起きてすぐに習慣として寝ると解除される魔法を使い直す。しかし魔法を唱えたユウヒは、何かに気が付いたのか寝惚けた風な目を少し険しくすると、考えごとをはじめるのであった。





 それからしばらくして、そこには5班の焚火に向かって歩くユウヒの姿があった。その姿は先ほどまでと違いすっきりとした表情で、バッグを肩に掛けその上からポンチョを羽織り、相棒の魔法槍を背負ったいつもの姿であった。


「あ! ユウヒさんおはようございます!」


「おう、おはよう。今回は寝なかったみたいだな」

 火を絶やさない様に、棒でたき火を弄っていたラッセルはユウヒに気が付くと、元気よく挨拶をする。その姿にどうやら今回は夜番の実習に成功したようだと微笑み、朝の挨拶を交わすユウヒ。


「あはは・・・ローテーションの計画って大事ですね」


「素晴らしきは実学ってな」

 実は二日連続で寝てしまうと言う失態を晒したラッセルとキリノ、しかし今回は強気ラッセルのおかげかしっかり夜番の予定を決めたようで、三回目にして成功を修めたようである。


「そっすね、多分もうすぐキリノも起きてくるんで、それから朝食の準備始めようと思ってます」


「そうか、今日の実習はどんな内容なんだ?」

 ユウヒの言葉に素直に返事をしたラッセルは、この後の予定までちゃんと決めているようだ。そんな初日より少しだけしっかりして見えるラッセルに、どこか安心したようなユウヒは今日の予定を聞きはじめる。


「えーっと、昨日までの偵察結果から自分たちで討伐できそうな魔物の討伐計画を立てるッス」


「ふんふん」


「その計画と討伐結果で総合評価が決まるので、あまり多く見積もっても少なく見積もっても良い評価は出ないんですよ」

 ユウヒの問いに視線を上に向け内容を思い出しながら喋り出すラッセル。


 今日の実習は言わば作戦会議である。二日間の情報収集により集めた情報から自分達で達成可能な討伐計画を立て、明日の実戦実習でその計画を遂行する。当然討伐数が多かったり強敵を倒した方が点数は良い、しかし無理な計画を立て敗走した場合は赤点扱い、予定より少なくても当然減点対象であり討伐予定のレベルが低ければやはり点数は低いと言う頭を使う実習内容なのである。


「なるほどな正しい状況分析か・・・中々難しいな」


「まぁ普通は安全に少なく見積もるらしいですけど、今日は頭使うだけなんで魔法士科頼みっすね」


「・・・諦め早いな、しかし実際には奇襲を受けたりもするかもしれないからそれなりに準備をしておく必要もあるだろうな」

 そんな実習内容を聞き、ユウヒは顎に手を置くと感心したような声を漏らす。しかしそんなユウヒにラッセルは、どこか気だるげに耳を寝かせながら魔法士科頼み発言をする。そんなゆるっとした雰囲気のラッセルにジト目を向けるユウヒ、しかしその表情も直ぐ元に戻すと、何か気になる事でもあるのか緊張感を保つように注意をする。


「奇襲ですか?」


「ああ、どう言う状況を想定しているかは知らないが、計画通りに行く事なんてそんなに多くは無いだろしな」


「なるほど、想定ですか・・・たとえばどんな想定だと奇襲を受けるんでしょうか?」

 ユウヒの口から出た『奇襲』と言う言葉にキョトンとした表情でユウヒを見上げるラッセル、その仕草はまさに子犬のそれである。ユウヒは【探知】などの魔法を使う様に用心深い所があり、感が良いのもあるが結果的にその行動が今までユウヒを助けて来たのだ。その為すでにユウヒの中で保護対象になりつつあるラッセル達の為に、一つ注意を促したようである。・・・他にも理由はありそうではあるが。


「んー? んー・・・どんな想定でも索敵時にこちらの行動や集合場所がばれてしまえば、先手の奇襲を受ける可能性はあるな。獣の本能や知恵者の策略とかな」


「はー、ユウヒさんはそんな事ありましたか?」

 真剣な顔のユウヒにラッセルもまた真剣に考え、奇襲を受ける想定について質問しユウヒの返答に感心したような声を上げる。その姿はまさに冒険者の先輩と後輩の姿であり、ユウヒにしては珍しく冒険者らしい事をしているが、その姿を見ているのはラッセルだけであった。





 ユウヒです。ちょっと気になることもあってラッセルに偉そうなことを言ってみたのですが、ラッセルの切り返しに若干悩んでしまいます。想像や妄想で答えてもいいのですが、実際に命を懸けているこの世界の人にそんな適当な事を・・・。そうか実体験ならいいのか、それがたとえ仮想であろうとリアルに限りなく近い仮想なら少しはアドバイスになるかもしれない。


「俺か? そうだなぁとあるイベ・・・じゃない作戦で敵の砦を落とすことになった時とか大変だったな」


「攻城戦っすか!?」

 クロモリオンライン、俺がド嵌りしたオンラインゲーム。知らない人が聞けば笑うかもしれないがあのゲームほんとリアルだった。噂では某国の軍ではそのシステムを訓練に使おうとして開発責任者に技術協力を願い出たとか・・・。そんなわけで俺は昔ゲーム内で起った騒動を少し暈しながらラッセルに話した。


「あぁ作戦前日に作戦参加者が近くの町に集まってたんだけどな、なんとその夜にいきなり襲撃を受けて逆にこっちが落されるところだったよ」


「ええぇ!?」

 期間限定のゲーム内イベントでミッション名『紅巾の乱』、どこかで聞いたような名前だが、内容は各地に現れた赤いバンダナをした集団が篭る砦を攻略すると言う比較的シンプルなものだった。しかし俺達が攻撃目標にしていた砦は砦攻め前夜、いきなりプレイヤー達の待機する町に強襲を掛けて来たのだ。


「なんでも内通者が居たとかで情報が漏れたらしくてなぁ、攻城戦用ゴーレムが町の外に現れた時は肝が冷えたな」


「・・・よく無事だったっすね」

 町の強襲イベント発生時に流れたアナウンスによると、敵方内通者による調略だとか。俺は町の中に入ってきた少数の敵を相手にしていたのだが、突如として町を守る外壁の向こうから巨大なゴーレムが顔を出し城壁を壊し始めたのを見て、おもわず周辺にいたプレイヤーと一緒に驚愕の声を上げたのは懐かしい記憶である。


「まぁうちのギルドは俺以外化物揃いだったからな、襲撃後戦闘可能なメンバーで戦力の落ちた砦に突撃して最終的には作戦完了したが、ああいうのはもう御免だな」


「すげぇ・・・」

 俺が所属していたギルドは少人数だったが一人一人が戦闘面で優秀で、俺はそんなギルドに生産系の要員として入ったのはほんの3年くらい前だろうか、その頃には黒歴史である厨二病もおさまっていたと思う。そんな俺の過去話にラッセルは目を輝かせていたが、その純粋な瞳に俺の汚れた心はチクチクと痛むのだった。


「そんな事ほいほい起きても嫌だがな、襲撃に備える事は悪い事じゃないだろ?」


「勉強になりました!」

 俺が話を止めて立ち上がると元気な声を出すラッセル、この話が何かの役に立てばいいのだが・・・。


「そかそか、それじゃ俺ちょっと顔洗ってくるからよろしく」


「はい、いってらっしゃーい!」

 そんな事を考えつつ、俺は背中にラッセルの元気な声を受け顔を洗うために水場へと向かった。





「・・・・」

 その頃、ユウヒの目的地である水場には顔を洗い終えたのだろうか、少し毛先の濡れた髪を掻き上げているマギーの姿があった。しかしその顔は洗ってスッキリしたであろうにも関わらず不機嫌そうに歪んでいた。


「よう、えらく不機嫌そうな顔だな?」


「む、顔に出てたか・・・ちょっと騒音源の息の根を止めたくてな」


「朝から物騒だな!?」

 そんなマギーの後ろからやってきたオルゼは、彼女から放たれる不機嫌オーラに気が付き隣から顔を覗き込むと声を掛ける。声をかけられたマギーはオルゼの言葉に不機嫌オーラを少しだけ静める、しかしそれも一瞬で続いて呟いた底冷えしそうな声と共に、先ほどまでより数倍濃厚な不機嫌オーラを吐き出す。そんなマギーの表情を直視したオルゼは思わず腰が引けてしまうのだった。


「まったく、どうやったらあんな大きな鼾を出せるのか・・・」


「確かにな・・・俺もうちの生徒にまで耳栓を支給することになるなんて思わなかった」


「はぁ・・・2班と3班の点数は少し甘くした方が良いかな?」


「本当は良くないんだろうけどな・・・」

 どうやら原因はとある護衛二人の鼾のようである。その破壊力は班を合流させてしまったため倍増以上の効果を出してしまったらしく、冒険者科の子にまで被害が出ているようだ。その被害は実習にまで影響が出しているのか、二人は揃って難しい顔をするとそんな相談を始め、


「「はぁ・・・」」

 同時に溜息を吐くのだった。


「おはようございます、お疲れみたいですね?」


「おおユウヒ君か、おはよう」


「君は中々タフだね・・・ちゃんと寝たのかい?」

 そんな溜息を吐く二人を見つけたユウヒは、小走りで二人に近づくと声を掛ける。背後から掛けられた声に振り向き、ユウヒを確認するとニカッとした笑みで挨拶を返すオルゼ、こちらはゆっくりたした動きでユウヒの姿を見ると疲れた顔で質問をするマギー。


「えぇ大丈夫ですよ? お二人は疲れているようですけど・・・あの音源のせいですかね?」


「・・・まさかそっちにまで聞こえていたのかい!?」

 ユウヒは見るからに疲れているマギーと、昨日より少し疲れが見えるオルゼの二人を見て思い当たる事があったようで聞いてみる。すると怠そうにしていたマギーがその顔に驚いたような表情を浮かべ、あの鼾が聞えたのかと聞き返す。それもそのはず2,3班のキャンプ地と5班のキャンプ地は、結界石の置いてある丘のを中心に反対側であり、距離も200m~300mほど離れているのだ。


「あぁ俺はちょっと耳が良いだけですよ・・・それじゃこれどうぞ体力回復には甘い物ですよ」


「おお! この間のよりグレードが上がってないか!? いただきます!」


「おま!? 人に自重だのなんだの言っておきながら!「どうぞ?」・・・いただきます・・・」


「んー美味い!」

 実はユウヒの【探知】魔法は着実に進化しており、調べれば音源の詳細な位置まで分かるようになってきていた。そんな事実を取り出した飴玉で誤魔化すユウヒ、オルゼは簡単に、そしてマギーもまた耐え切れずユウヒの差し出した袋に手を入れる。


 ここで簡単に休憩場の地形を説明すると、円形状に直径500mほど切り開かれ、森との境には背の低い柵が大雑把に設置されている。切り開かれたと言ってもあちこちに立派な樹が点在しており中央に向かって小高い丘、その頂上には大きな結界石台座が設置され石造りの井戸も掘られている。


 学園都市はここを学園用の休憩場として使っているが切り開いたことと柵、それから結界石の台座以外は元から存在していたらしく、昔も今も滾々と清水を湧き出し続け、小さな小川を造る井戸に関してはどうやって作ったのか誰が作ったのか一切が謎であり、研究者の中で最も有力な仮説は遺跡の一つではないかと言う説である。


「・・・君が今回の護衛を引き受けてくれて本当に良かったと思うよ」


「あはは、それで実はちょっと相談が有りまして」

 甘い飴のおかげか先ほどより幾分元気になったように見えるマギーの言葉に、ユウヒは苦笑いを浮かべると相談事を持ちかける。


「「相談?」」


「実は・・・」

 その相談はどうやら朝起きた時から気になっていた事に関してのようだ・・・。





 ユウヒが休憩場の井戸端で相談を持ちかけている頃、ここはウルの森の上空。


「・・・・・・」

 他の森の木々より2倍も3倍も背の高い木々が立ち並ぶウルの森の上空、そんな木々の頭すれすれを3つの人影が飛んでいる。人が空を飛ぶことも不思議だがもっと不思議な事に、その人影が浮いている足元の木々はまるで草むらを掻き分けたかのように自ら体を撓らせているのだ。


「見つけた!」

 そんな森自らが撓り足元を見せていると、背中に一対の翼を生やした女性が指を差し声を上げる。そう、その3つの人影はあのラフィール、ウル、それからフールブリーズと言う三柱の神々である。


「ああ、たぶんあれが本体だろう」


「でもアレ数少なくないかしら?」

 どうやら今は昨日の夜逃がしてしまった、危険な薬品を降りかけたウォルラットを討伐に来ている様である。無事ネズミも見つけ、後は狩るのみとなるがしかし、予想より少ない分裂した個体数に疑問を漏らすラフィール。


「どうも夜の内か早朝に移動したようだな」


「夜行性でもないのに?」


「その辺は分からん異常な大量発生で行動パターンが変化しているのかもな」

 少ないと言ってもそこには2,30匹は居るだろうウォルラット達、基本的に暴走ラットになってもその習性はあまり変わらず、ウォルラットもシリアルラットも昼行性である為、ウルの言葉を聞いてラフィールは難しい表情を崩さない。


「・・・人間達はどのあたりかしら?」


「ここからだいぶ離れている、結界と森の木々で音を遮っているから気付かないだろ」

 ネズミを始末する前に近くに森を訪れた人が居ないかを確認するラフィール、そんなラフィールの問いにウルは遠くを見つめると問題ない事を告げた。


「そぅ・・・それじゃフーリー確実にね」


「はい! お任せあれ!」


「「(不安になるのは何故?)」」

 ウルに安全等の確認をしたラフィールは、真剣な表情でフールブリーズに念押しをする。そんな真剣な表情のラフィールに対して、やる気を全身で表現する見た目より幼さを感じるフーリーことフールブリーズ。しかしそんな彼女に何故か不安しか感じない豊穣の女神と森の男神であった。


「我、フールブリーズの名の下に! 風よ集いて捻じれ狂え! 風の槍!」

 フーリーは翼を広げ手を前にかざし、気合の入った声で自らの名と共に魔法を唱える。


 この世界の魔法には自らの名前を添える口語魔法や手法があり、その意味は魔法をより強力により強固にするためである。この時名乗る名は自分に係りのある名前なら偽名でも称号のような物でもよい、それはこの世界に対して自分の存在を宣言し意識させ、世界から魔法の力を引き出しているからだ。


 これはより自分自身を表す名であればあるほど強力な魔法になる。しかしそれが神族であれば愛称程度でも高い威力が出るわけで、真実の名前を告げればその威力は・・・、


「あほーー!?」


「気合ハイってるわねぇ」

 とんでもない威力になるわけで、人が使っても精々スピードの出た自転車に撥ねられる程度の威力までしか出ない魔法も。


「「「「!?」」」」


「ふん! 確☆殺!「やりすぎだ!」痛!?」

 数段上の力が宿り、彼女の放ったその一撃は木々を切り裂きネズミ達に叫ぶ暇さへ与えず、地面には直径5メートルほどのクレーターと無残に薙ぎ倒された木々が広がる結果を創るのだった。


「まったくお前は加減を知らんのか・・・結界を張ってなければもっと広範囲の森の木々が薙ぎ倒されるところだ」


「あはは・・・ほら、結果良ければっとか言うじゃん?」

 過剰威力の一撃に、ウルがフーリーの頭を叩き文句を言う。そんな彼が言ったように魔法の被害は途中からくっきりと止まっており、爆心地を中心に半透明の結界が展開されていた。


「・・・あとは残りのネズミの駆除ね」


「まかせてよ! 残りも私がちゃちゃっと「それは難しい」ほへ?」

 二人の漫才の様なやり取りに微笑みを浮かべたラフィールは、肩の力を抜くと二人に声を掛ける。その声にフーリーは元気に返事をするも、ウルの言葉に遮られ思わず変な声を出してしまう。


「どうしたの?」


「・・・残りは人間達に近づいているようだ」


「近づく・・・? それって不味くない!?」

 ウルの深刻そうな表情と声に、ラフィールは目を細め如何したのか問う。すると険しい表情でどこか遠くを見つめていたウルはネズミ達の動向を呟く。その言葉にフーリーはぽかんとした顔を次第に青褪めさせ叫ぶ。


「人間に干渉するのはな・・・しかし」


「・・・ふぅ、様子を見ましょう。それでもし危険なら私の力で避難させます」

 顔の青いフーリーに、ウルは険しい顔のまま腕を組んで打開策を考える。そんな状況にラフィールは少し俯いたあと溜息を一つ吐き表情を引き締めると、もしもの時は自分が干渉すると言い様子見を告げる。


「その時は私も力を貸そう、あまり調子が良くないのだろ?」


「あら気が付いたのね」


「へ?」

 そんなラフィールの様子にどこか切羽詰ったような雰囲気を感じたウルは、半分鎌を半分確信を持ってラフィールに助力を約束する。その言葉に一瞬だけキョトンとしたラフィールはすぐに優しい微笑みを浮かべ面白そうに話しだし、何の事だかさっぱり分かっていないフーリーは終始キョトンとしているのだった。


「何をしたが知らないけどな・・・ん?」


「ほ?」


「どうしたの?」


「それが、人間が一人移動を開始して・・・ネズミの方に向かっているみたいで」

 ラフィールの優しい視線に若干照れくさいのか顔を背け呟くように話していたウルだが、何かに気が付いたようで森の方を見詰め直す。そんなウルの挙動にフーリーはキョトンと、ラフィールは優しい表情のまま首を傾げる。女性二人に問われ答えたウルの言葉からは、この森の詳細をどれだけ把握しているかが分かる。


「・・・ネズミの量は?」


「ああ、一番人間達に近い所に居るグループで頭数は30前後と言った所だろうか」


「そう、それ以外はあと何頭居るの?」


「分散していて正確には分からないが300か少し多いくらいか・・・」

 しかしこの距離では森を走る一人の人間を捉える事は出来ても、集団で移動する暴走ラットの正確な数を把握することは難しい様である。


「・・・不味いかしらね」

 ウルの報告に微笑みを辛そうな表情に変え小さく呟いたラフィールの声からは、本気で人の事を心配している事が伝わってくる。





 そんなラフィールに心配されている人の一人である、こちらは現在森を疾走中のユウヒ。


「ふっ! とっと・・・居たな」


「どうするの?」「津波で流しちゃう?」「今の私達じゃ無理でしょ」

 気合の入った吐息と共に、【飛翔】と【身体強化】の力で太い木の枝に飛び乗ったユウヒは、眼下に広がる光景を見詰めぽつりとつぶやく。その呟きと共にユウヒの周りには水球が現れ、すぐにいつもの騒がしい小精霊達に姿を変えると、楽しそうな声と冷静なツッコミの漫才を始める。


「・・・お前ら怪我増えてないか?」


「姉さんが荒れてて」「まったく水の精霊でもアノ渦潮はきついぜ」「まったくだ」


「ふーん? 荒れてるのか、ストレスかね?」

 怪我が増えている割には騒ぐ元気はあるらしく、ユウヒの心配そうな視線に愚痴をこぼしだす三人。その内容からミズナの様子を窺い知ったユウヒは顎に手を添えると首を捻る。


「・・・は!? ねぇ飴ちょうだいよ! 甘い物食べたら機嫌直るかも!」「「それだ!」」


「ん? いいぞ?とりあえずこれが終わったらな」

 そんな不思議そうな顔で考え込むユウヒに小精霊の一人が何か閃いたのか、ユウヒの顔に急接近すると飴を強請り、その発言に後ろの二体は指を指しながら叫ぶ。ユウヒはそんな小精霊達の提案に、そんなことぐらいならと軽く返事をすると、槍を抜いてしっかりと握りネズミを見据える。


「あれ? 魔法でちゃちゃっと終わらせないの?」「槍もかっこいいけど」「うんうん」


「んー森を傷付けそうだし、自重しとこうかと思ってね」

 ユウヒが槍を使わなくても魔法を使えると知っている小精霊達は、不思議そうな顔をする。そんな彼女達にユウヒは最近妙に薄れつつある『自重』の二文字を濃くするためか、槍だけで戦うようだ。


「大丈夫だと思うよ?」「うん、この辺り更地になっても木の精霊は気にしないよ?」「木なだけに?」


「・・・・・・」

 そしてそんなユウヒの返事に小精霊達はキョトンとした顔で問題ないと、さらに寒いボケまで披露する。彼女達の言葉で若干力が抜けながら木から落ちるユウヒは、そのままの勢いでネズミに飛び込み、小精霊は落ちて行くユウヒに慌る。


「ばかおまい完全に滑ってるよ!?」「ユウヒが枝から滑って落ちたじゃん!?」「そこ私のせいじゃないよね!?」


「楽しい奴らだな・・・さてネズミ共、今日の俺は以前とは違うぞ!」

 上から聞こえてくる小精霊の楽しい声に少しだけ頬を緩めるも、【飛翔】の力で態勢を整えると【身体強化】で強化された力で地面に槍を投擲する。軽く音速を突破した槍は地面に着弾と同時に、周りに集まっていたネズミを地面の土や倒木諸共吹き飛ばしユウヒの着地する足場を作るのだった。


「ふむ・・・逃げないか、ならば切り捨てるだけ! はっ!」

 突然の爆発的な衝撃にも関わらずネズミ達は逃げる事無くユウヒを囲み威嚇を始める。ユウヒはそのネズミの姿を見回すと地面に刺さった槍を引き抜き構えをとり、その構えに反応して動き出したネズミへと気合の声と共に切り込む。


「よっと! しっ! はぁ!」


「うわぁ・・・何か凄い事に」「いつもと何かテンション違うね」「溜まってたのかな?」

 木の上からユウヒの姿を覗き込む小精霊達、その眼下では跳びかかってくるネズミを素早く避けながらすれ違いざまに切り払って行くユウヒ。そんなどこか好戦的な笑みを浮かべるユウヒの姿に、小精霊達はいつもとどこか違う違和感を覚えるのであった。


「せいりゃ!」


「「「おお!」」」


「最後だ! 喰らっとけ!」

 どの位の時間が経っただろうか、瞬く間に数を減らしていったネズミ。その最期は跳びかかってきた数匹を近くで威嚇していたネズミへと纏めて薙ぎ払い、もがいている隙にゴブリンを吹き飛ばした一撃に匹敵する威力で投げられた槍によってまとめて吹き飛ばした。


「ふぅ・・・うむ全部駆除できたな。しかしこんなところにも暴走ラットか、教えた方が良いかな」

 ユウヒはネズミが残っていない事を確認すると、これからの事を考えながら先ほどの一撃で未だ土煙が漂う場所へ槍を取りに歩いて行く。すると風が吹き煙が晴れ、そこから現れたのは抉れた地面と見事に吹き飛んで姿の見えないネズミの残した血の跡・・・そして、


「ん? ・・・ほあ!? 俺の相棒が!?」

 煙の晴れた先にユウヒが見た物は、岩に突き刺さった刃も柄も罅が入り壊れる一歩手前もとい砕け散る一歩手前な状態の相棒の姿であった。


「あぁそうか、今【身体強化】の力をフルに使ってたから耐えきれなかったのか、すまんな相棒・・・合成で直せるかな? それならもういっそのこと素材に戻して新しく作り直すか・・・それならもっと別の物に・・・」

 ユウヒは少し寂しそうな表情で、今にも砕けそうな相棒の魔法槍をそっと岩から抜くと状態を確認する。しかしその寂しそうな瞳は段々と違う雰囲気になり始める。





 ユウヒです。現在マイ相棒こと、魔法槍が名誉の負傷により耐久度1で風前の灯です。


 そんな相棒の状態を確認していると、ふと合成で復活出来ないかと思ったのが原因なのでしょう。俺の脳内でスイッチが入ってしまい、次々と武器の合成案が浮かび上がって来るではないですか。


「・・・! ~~~!」


 少なくとも【身体強化】で壊れないレベルが欲しい所、ならば耐久力重視で作らなければならない。槍をパーツに分けると刃の部分、シャフト部分、石突部分の三つに大別され、さらに各パーツを連結する部分に分けられる。少なくともシャフトに関してただの木では心もとないので金属製へ、さらに強度を上げるならば係る力を分散する中空で更に弾性を上げる為に炭素繊維によるコーティ・・・。


「・・・ヒ! ユウヒ!」


「ふお!? お? モミジかどうした?」


「やっと聞いてくれた・・・」

 そんな身体活動や五感まで放棄して妄想に全力を注いでいると、耳元でモミジが叫ぶように俺の名前を呼ぶではないか。思わず驚き腕にしがみ付いている耳元のモミジの方を見ると、そこには若干疲れと呆れの混じった美少女の顔があった。


「すまない考えごとに没頭していたようだ」


「気にしてないから良い・・・それよりユウヒ、ユウヒの仲間の所にネズミが集まってるみたい」


「何!? 他にも居たのか・・・予想はしたが当るとは、【探知】の範囲もっと広げるべきだったな・・・」

 少しだけドキッとしたことは心の中に封印し、モミジに謝罪すると気にしてないと言い微笑む、まったくけしからん美が付く女性は本当に武器が多いと思うのです。しかし続けて伝えられた情報に思わず驚き、探知の精度を上げる為に範囲を縮めてい事が裏目に出てしまった事実に俺は顔を顰めてしまう。


「しょうがないよ、ここに気が付けただけでも凄いくらい・・・足の速いネズミだからたぶんもう接触してると思う」


「こっちは陽動か? こんな陽動作戦使うとかどんだけ頭良いネズミだよ」


「それは偶然だと思うけど・・・この子達は足の速い子達だから行動範囲も広いの」

 モミジは俺の表情から察してくれたのか、俺の事を励ましてくれる。その微笑ましさに頬が緩むも、今回のネズミ達のタイミングの良い動きは、どうしても戦術的な陽動作戦のように感じてしまう。その驚きの感情が自然と口から洩れるも、モミジに苦笑いで正論とネズミの特性を説かれる。


「とりあえず急いで戻るかなっ! ・・・ところでネズミの総数はどの位か分かるか?」


「・・・300くらい」


「・・・それは不味いな」

 ここでいくら悔んだり考えたところで状況は好転しないし、モミジとの会話は移動しながらでも出来る。俺はそう頭を切り替えると相棒を手に持ったまま、荒れた地面から樹の上に跳びあがり移動を開始する。その際モミジに聞いたネズミの総数に俺は只々みんなの無事を祈るのであった。


「「「ちょっと!? おいてかないでー!?」」」





 ユウヒの向かう目的地では、皆慌ただしく動き回っていた。


「くっ・・・ユウヒ君の感が当ったな」


 現在実習キャンプは大量のネズミに埋め尽くされており、焚火やテントはボロボロに噛み砕かれ、食べ物にはネズミ達が群がり暴食の限りを尽くしていた。しかしキャンプ地中央の丘を中心に張られた円形状の結界は、その場に居た全ての人間を守っていた。どうやらユウヒはマギー達に何者かの襲撃の可能性を告げていたようで、結界の強度を事前に上げていたようだ。


「おまえら落ち着け! 冒険者科は陣地構築! 魔法士科は結界の維持に集中しろ!」

 しかしここにある結界石は大規模な戦闘を前提にされていなかったようで、強度を上げる際に範囲が狭くなり生徒達がキャンプを張っていた場所までは覆い切れなかったのであった。その為丘の上の井戸周辺を指揮所兼救護所にし、現在オルゼの指揮の下冒険者科は指揮所を中心に陣地構築と魔法士科は結界の維持を実行している。


「せんせい! せんせぃひっく・・・うっうぅ」


「泣かないで大丈夫だから、みんなで力を合わせるの・・・できるよね?」


「は、はい・・・頑張ります!」


「うん、だいじょうぶね」

 しかしここに居るのは中等部の学生であり、これがまだ高等部騎士科なら統率のとれた動きをしていただろう。今もネリネの前には恐怖から泣きはじめる魔法士科の生徒が居た、そんな生徒にネリネはひざを折り生徒に目線を合わせると母が子に言い聞かせるように優しく手を取る。その姿は正しく生徒を導く教師の姿であった。


「ネリネ君! 君は二重結界の維持を、多少ほつれてもいいので結界を維持するように」


「は、はい!」

 生徒を見送ったネリネにマギーの指示が飛び、ビクッとした返事と共に結界石へと走り出すネリネ。


 今この休憩場に健在している結界石は一つだけ、すでに生徒達が張っていた小規模な結界はネズミの物量の前に脆くも崩れ去っていた。唯一残った結界石は魔法士科所有の物で中規模用の『二重結界石』と言われる物である。通常の使用方法は内側の物理干渉系の結界で本陣を守り外側の結界は物理軽減と魔力干渉系の結界で遠距攻撃の疎外をしその内部で白兵戦を行うといった使い方をする。


「ほつれる前提か・・・まぁ仕方ないなこの物量じゃ」


「それでもまだ結界の範囲を狭めたから良い方だ・・・ユウヒ君に言われてなければ今頃結界石が砕けていたさ・・・」

 しかし現在は外側の結界を狭めることで結界の魔力密度を上げ、ネズミを押し退けるだけの物理干渉効果生み出している。しかしそれも仮処置であり、このままの状態が続けばいずれ結界の解れからネズミ達が侵入してくるだろう。そんな状況にオルゼとマギーは溜息を吐く。


「俺らも老いたかねぇ・・・」


「彼が出来すぎであってほしいね」


「違いない・・・と侵入が始まったか、前衛戦闘開始! 侵入してきたネズミを狩り尽せ! 無理はするなよ!」


『はい!』

 現在持ちこたえられているのもユウヒの助言のおかげであり、そんな現実に別の意味でため息の出そうなオルゼと苦笑いのマギー。そんなマギーの呟きにオルゼも苦笑いを浮かべるがそれも束の間、ネズミの進入が始まりオルゼが大きな声で激を飛ばすと武器を構えた生徒達は気合と緊張の籠った声を上げ動き出す。


「お前達は治療の準備だ、落ち着いて動けば問題ないからな?」


『はい!』

 その後ろではマギーが治療班に声を掛け、魔法士科と冒険者科の混合治療班は真剣な顔で返事をしていた。





 そんな結界の外側、ネズミ達がやって来ている方向とは反対側に3人の男が隠れる様に潜んでいた。


「おいおいおいおい! 何だよあの数! 聞いてないぞ!?」


「そりゃまぁ、常識的に考えてアクシデントだろうしねぇ」


「てめぇらさっさと準備しろ!」

 そこで遠くに見えるネズミの物量に叫ぶように悪態をつくのはテカリ、せっせと荷造りをしながら冷静に返答するモメン、そんな二人にこちらはすでに荷造りを終えているのか急かすオラウ。どうやらこの三人、すでにこの戦いを放棄してネズミの目が結界に行っている間に逃げるようである。


「あれ? ニオウの旦那は?」


「・・・あいつは大丈夫だ、それより安全なルートだろうな?」


「分かりませんよ~なんせ暴走ラットですからねー」

 そんな話をしながらも荷造りを終えたモメンは、荷物を背負いながら何かに気が付いた様に辺りを見回すと、ニオウが居ない事を訊ねる。一瞬苦い顔をするも、問題無いと話しを逸らすオラウにモメンはお手上げのポーズで答える。


「おい! 分からないってどういう事だよ!」


「ちっ・・・それならあっちに気が言ってる間にさっさと逃げるぞ!」


「クソクソ! あとちょっとで女喰えたのによ!」


「いいから行くぞ! 食い物は置いて行けよ」

 そんなモメンの返事に、やっと荷物をまとめ終わったテカリが荷物を背負いながら声を張り上げ問い詰めるも、モメンはそのままジェスチャーで分からないものは分からないと告げる。オラウも状況は把握していたのか予想通りの答えに一度舌打ちをすると、指示を出し足早にその場から歩き出す。その後ろにモメンが怠そうに着いて行き、さらにその後ろでは終始悪態を吐きながら感情を隠そうともしないテカリが続くのであった。





 一方その頃、おいてけぼりをくらったニオウはと言うと、


「ニオウさんできました!」

 冒険者の男子生徒達と防衛用の陣地を構築していた。他の三人は逸早くネズミの襲撃を知って持てるだけの荷物を持って隠れたのだが、ニオウは丁度大自然に自分を解放していた為その場に居らず、


「よしいいでぎだ、次いくど!」


『はい!』

 帰ってくれば蜂の巣をつついたような状態で、ニオウを慕っていた少年に事情を聞いた後状況(他のパーティメンバーの逃走)を察し、今更逃げても遅いと言う事まで察したニオウは、現状最も生還率の高い方法を目の前で青い顔をする1班の生徒達に見出し現在に至る。


 一応ニオウも性格などに問題はあるものの、冒険者としてランクなりの経験を積んでいる為、その動きは生徒達とは違い場馴れした人間の動きである。


「ふむ・・・ん?」


「触媒はすぐ使える様にしておけ、大丈夫だ万が一の場合もお前たちが逃げる時間ぐらい十分稼いでやる」


「先生・・・」


「おいマギー」

 そんな木の柵や塹壕っぽいものや土の壁を作って行くニオウ達を丘の上から確認するように視線を送るオルゼ、しかし何かに気が付いたのか生徒を励ましながら治療班や魔法支援の指揮をとるマギーの所までやって来る。


「ん? どうした?」


「あの四人組の内三人ほど見当たらないんだが・・・まさか」


「・・・ちっ! 逃げやがったな、いいさ元から当てにしてないから支障は無い、一人残ったのか置いてかれたのか知らないがそれだけマシか」

 生徒を元気づけながら呼ばれた方を振り向くマギー、その視線の先に眉を寄せたオルゼの顔を確認すると、どうしたのか首を傾げる。そのどこかきょとんとした顔もオルゼの言葉を聞いた瞬間怒りに染め、大きく舌打ちをすると周囲を見回し頭を掻く、文句を言い足りなさそうな顔をするも思考を無理矢理切り替えると、前向きな言葉を吐き気持ちを落ち着けるマギー。


「はぁ・・・」

 そんなマギーの姿に苦笑いを浮かべながら鳩尾の辺りを押えるオルゼは、何かに耐える様な溜め息を吐くのだった。


「(この難関を越してもあとが大変そうだな・・・マギー、荒れなきゃいいが・・・むりだろうなぁ)」


「マギーさん!」

 いろんな意味で未来に希望が見えないオルゼの瞳には、目に見えてイライラしているマギーの姿が映っており、そんな視線な端にはマギーに駆け寄る残り少なくなった護衛の年若い魔法士の女性と、高等騎士科の少女が映っていたのだった。




 いかがでしたでしょうか?


 誤字脱字の修正をしてると言い回しの案が浮かび修正してといった感じで、今回は執筆の時間がそれなりに取れたのですが、いつも通り時間がかかってしまいました。


 そんなことは置いておいて(ぇ とうとう苦手な戦闘パートです。なるべく戦いの空気や流れを伝えられるように頑張るので、次回も読みに来てやってください。


 それではこの辺で、また次回もここでお会いしましょうさようならー

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