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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第五十八話 熊と蜂蜜と

 どうもHekutoです。


 いつも通りたっぷり時間がかかりましたが、無事更新できました。もっと余裕のある生活がした・・・もぁそんなことは置いておいて、どうやら今回もユウヒは楽しい?冒険をするそうですよ?どうぞ、楽しんでいってください。





『熊と蜂蜜と』


 ある日森の中、熊と兎が鼻歌で輪唱を奏で道なき道を歩いて行く。その後ろには溜め息奏でる蛇と人・・・。


「ふふふふ~ん♪」


「ふふふふ~ん♪」


「・・・はぁ」


「ふむ・・・」

 一夜明け索敵実習二日目、そこには何故か妙に機嫌の良いキリノといつも通り楽しそうなロップが楽しそうに実習、をしているのであろうか。二人の後ろには疲れた顔のサワーリャと、難しい顔で何かを考えるユウヒの姿があった。


「はちみつ~♪」


「は~ちみつ~♪」

 二人の少女の歌声からなんとなく推測できると思うが、昨日の実習帰還後、薄紅蜂の巣があることがキリノの耳に入ってしまいラッセルの言葉など馬の耳もとい、熊の耳に念仏と言った感じで今日この時を迎え、現在進行形でキリノの頭の中は索敵実習など隅っこに追いやられ、ほとんどをハチミツが占めている状態なのだった。


「・・・あの、ユウヒさん」


「どした?」

 そんな一行で真面な状態なのはサワーリャとユウヒだけ、ロップはキリノのテンションに乗っているだけで良く考えていないようである。サワーリャは寒いせいかそれともこの先の不安のせいか、若干青い顔でユウヒに声を掛ける。


「・・・私たちを守ってくださいますか?」


「・・・安心しろちゃんと守るさ」

 そしてまるで神に安全の祈願をするかのごとく、敬語でユウヒにお願いをするサワーリャ。そんな若干涙目にすらなっているサワーリャに、ユウヒは心の中で苦労性の称号を与えながら約束するのであった。


「二人ともどうしたのさ?」


「ねえユウヒさん、蜂の巣はどこ?」


「「ふぅ・・・」」

 後ろ二人の気持ちを知ってか知らずか・・・いや、分かってないであろう前を進む二人は不思議そうな表情で振り向き、又その顔には一片の不安も無く、その事が余計にユウヒとサワーリャを不安にさせるのであった。





 一方その頃、5班キャンプでは薪の調達と薪割を終えたラッセルが、木々の木漏れ日を仰ぎ見ながらユウヒの心配をしていた。


「・・・大丈夫かなユウヒさん」


「そこはキリノさんの心配じゃないんだ・・・」

 不意にそんな呟きが聞えたカステルは苦笑いを浮かべながらラッセルに話しかける。


「あ、カステルさん・・・そうですねアイツが何かやらかさないかの心配はしてますよ」


「あはは、辛辣ね・・・」

 急に後ろから話しかけられたラッセルは、その特徴のある耳をピンと立て後ろを振り向き、カステルを確認するとすぐにへにょっと表情を崩し心配事を漏らす。そのラッセルのキリノに対する辛辣な言葉に、苦笑いを深めるカステルは頬に汗まで掻いていた。


「キリノは頭の中まで筋肉だから薄紅蜂の危険性覚えてないと思うんだ・・・」


「薄紅蜂?」

 ラッセルは細い薪を一つ拾い上げると地面を弄りながら話始める。そんなラッセルの話す薄紅蜂についてカステルは知識に無い様で首を傾げる。


「うん、この辺じゃポピュラーな蜂なんだけど。この時期は何故か異様に気性が荒くなるんだ」


「・・・それじゃ蜂蜜ってまさかその」

 グノーでは比較的ポピュラーな蜂であるが他国ではそうでもなく、又グノー国民でも知らない人は居るのでラッセルは知らないのであろうカステルに説明する。そんなラッセルの要点を掻い摘んだ説明に、カステルは蜜蜂について察したようで不安そうな声を出す。


「うん、ユウヒさん頼みます。どうかみんなを守ってください・・・」


「あはは・・・願うしかできないものね」

 いつの間にか二人は、不安そうな顔で空に向かってユウヒ達の無事を祈るのであった。


「まぁ予想ですけど流石にキリノも巣に近づいたら再認識すると思いますけどね・・・たぶん」

 そんな希望的観測をするラッセルだったが不安は拭いきれないようである。この会話から分かるように、ラッセルは頭が悪いわけでは無く知識はそれなりにある。無いのは偶に本音が漏れる緩い口を閉めるバルブくらいであろうか。





 こちらは祈られているとは知らないユウヒ一行、せがむキリノと同調するロップに仕方なく蜂の住処を教えた結果、キリノを先頭に巣が見える場所までやってきたのだが・・・。


「あわわわわ」


「ぁぁぁぁ・・・」


「・・・・・・聞いてないよ!?」

 そこには大きな赤栗の大木、そしてその幹の部分には穴が開き忙しなく薄紅蜂達が出入りしており、その姿は遠くからでも一般人が見れば回れ右するだろう威圧感を感じる。しかし彼女達が恐怖しているのはそこでは無く赤栗の周りに転がる動物や魔物の死骸である。


「あほ、大声出したら蜂さんがびっくりして襲い掛かって来るぞ?」


「「「!? むぅぅ!(黙る!)」」」

 ユウヒの注意に一斉に口を押える三人だが、その視線は木の周りに転がる死骸から離れることは無かった。そこに転がる死骸は全て薄紅蜂の巣に襲い掛かり、そして逆に倒された者達である。動物は熊にイノシシ、魔物は複数のゴブリンに小型のボア種などまさに死屍累々と言った感じである。


「どうする?」


「むぅむぅ・・・(ハチミツ・・・)」


「ふぅ・・・では先ず俺が様子見してくるので、何かあったら一目散にキャンプまで逃げる事・・・良いかい?」

 ユウヒとしては彼女達にここで回れ右をしてほしい所であるのだが、どうやらキリノは諦めきれないのか今にもフラフラと巣に近づきそうである。そんなキリノを見てこのままでは不安が残ると思ったのであろう、ユウヒは少し考える様な仕草をした後、作戦でも決まったようで自分が試しに行ってみる旨を伝える。


「ユウヒさん・・・必ず生きて帰ってきてください」


「ゆうひさぁん」


「それじゃ行ってくる」

 そんなユウヒを見るサワーリャとロップの目は、死地に向かう兵士を見るそれである。事実その表現は間違っていないのだが、ユウヒもただ危険な場所に行くつもりでは無い様である。


「むぅむぅぅ(御無事でぇ)」


「ふぅ上手く行けばいいのだが【意思疎通】」

 口を押え何を言っているのか解らないキリノに若干脱力するも、表情を引き締めるとゆっくりと蜂の巣に近づくユウヒ、その頭の中で立案された作戦と二つの達成目標を確認しながら一つの魔法を唱えるのだった。





 ユウヒです。我、ただいま死地に向かって前進中であります。普通なら脂汗とか冷や汗とかいろんなものが体外に放出されるような状況ですが、私の心はまるで無風の大海原のように薙いでいるであります。これも全て狩人の心得のおかげなのでしょうか・・・。


「・・・・・・」


(だれだ!? 誰か来た! 警戒! 警戒!)


(熊か!? 亜人か!? 俺達の芸術作品を破壊するやつか!?)


(そんなヤツコロセ!)


(コロセ! コロセ!)

 ここに近づく上で俺は二つの達成目標を掲げてみた、一つは良質な合成素材になるであろうハチミツの入手。もう一つは【意思疎通】魔法の効果計測である。以前にも何度か使ってきたがゴブリン相手に交渉が上手くいかなかったこともあり、パターンを変えて試すことで魔法の性能アップを試みようと思っていたのだ。とりあえず蜜蜂の言っている事が分かるので第一段階は完了でいいだろう。しかしえらく物騒だな、この興奮具合なら地面に転がる死体も納得できると言うものである。


「あーあー、とりあえずこちらに破壊の意志は無い、平和的に交渉したいことがあるだけだ」


(・・・・・・!? こいつ話せる!)


(何だと!? 人が俺達と話せるだと!?)


(何者だ! ・・・交渉?)

 第二段階『こちらの言葉が伝わるか』も大丈夫の様だ、なるべく相手を刺激しない様にゆっくり動いているのだが、外に出てきたミツバチは興奮した声で、もとい羽音で叫んでいる。どうやら彼らの会話は羽音によるものの様である。


「そう交渉だ・・・ところで芸術作品てのはなんだい? 少し興味があるんだけど」


(何? ・・・壊さないと約束するなら教えてやる)


(((・・・・・・)))

 しかし芸術品とはなんだろうか、芸術とは一つの文化的象徴である。そう言った思考があるならば理性的な部分もあるはずで、実際に今も俺の言葉に耳を傾ける姿勢の者も出てきているのだから、これなら何とかなる・・・かも知れない。


「壊さないさ、別に危険物じゃないんだろ? それなら此方としても特に壊す理由は無いよ」


(・・・しかし人族は信用ならぬ)


(そうだそうだ!)(いいぞもっと言ってやれ!)(しんようならん!)(そうだー!)


(その辺にしておけ)

 しかしいけるかと思ったのも束の間、聞くだけ聞いて信じられないと言う。まぁ人はエゴの塊と言う人もいるし欲深いから信用できないと言うのも分かるが・・・。そんな信用できないコールを聞きながらどうしたものかと考えていると、巣の中から一際大きな蜜蜂が出てきて美しい羽音で蜜蜂達を一斉に黙らせた、どうやら見た感じ女王蜂の様である。


「えーっと一番偉い方で?」


(そうだ、ここの女王をやっている。人の子よここに何用か? 我らは今、年に一度の城の増築で忙しいのだ)

 俺の質問に女王蜂はゆっくりと、それでいて威厳を感じる羽音で答えてくれた。【意思疎通】の効果なのだろうか、普通の会話をしている以上に相手の感情が伝わってくる。


「なるほど、芸術とは住いの増築の事でしたか」


(そうだ、我等一族は互いに切磋琢磨し巣作りの腕を磨いている。それが今の時期、その忙しい時に何用で参った)

 どんな相手にも敬意を払って会話する。これは黒い会社で身に着けたスキルである。クレーム処理班には必須のスキルであろう・・・。そんなどうでもいいことは置いておいて、どうやら彼女達は現在巣の増築中の様であり、それは確かに忙しいだろうし気が立っていても仕方が無いだろう。女王の羽音も冷静ながらも心なしか強い感情が籠っている様に感じた。


「それは忙しい時期に申し訳ない、実はそちらで蓄えている蜜を分けて貰いたく交渉に」


(ほう、蜜をとな?)


(うっせー邪魔だ人族!)


(てめーにやる蜜はねぇ! カエレ!)


(カエレカエレ!)


(((カーエーレ! カーエーレ!)))

 今回の第二目標はすでに半分は完了しているが、一応第一目標も頼んでみることにした。しかしその選択は間違っていたのか、女王が喋り終わる前に周りにいた働き蜂だろう労働者っぽい感じの蜂達が一斉に帰れコールを始める。


(黙りや!! 『・・・・・・!!』人の子よ交渉と言ったな? と言う事はこちらからも何か要求しても良いと言う事だな? まっさか武力を持って交渉とは言うまい?)


 びっくりした、帰れコールに従って大人しく帰ろうか考えていると女王が極道の姐さん的な羽音で叫んだのだ。あのはおとの意味を理解していれば、いや理解してなくても恐縮してしまいそうな力が籠っていた。一瞬でその場が静かになった後しばらくして姐さん、もとい女王が話を再開する。


「そのつもりでは居るのだが、何か欲している物でもあるか? 俺の持ち合わせにあればいいんだが」


(ふむ・・・)

 どうやら交渉に乗ってくれるようである。この時点で俺の【意思疎通】の魔法はある程度理性があり、又落ち着いている相手にはそれなりに有効であると思われる。しかし興奮した馬にもちゃんと効果があった事から性格なども関係しそうだ。そんな事を考えながら考え込む女王の様子を窺っていると、遠くから別の羽音が聞こえ始めた。


(あねさん! ただいま戻りました! 良い建材が手に入りましたよ!)


(おお! もどったか・・・だいぶ数が減ったな)


(すいやせんアニキ・・・皆途中スタミナ切れで、帰ってこれたのはこれだけでさぁ)

 どうやら巣の材料を探していた蜂達の様で、巣に待機していた少し体の大きい働き蜂が出迎える。しかしその言葉も後半はどこか悲しげだ、話からするに何かあったのか途中脱落者が出てしまった様である。しかし女王=姐さんの公式は間違っていないのだろうか。


(・・・人の子よ、お前たちはスタミナや怪我を治す高度な薬を作れると聞いた事がある)


「あ、あぁポーションとかかな? 体力回復効果はあると思うよ?」

 そんな若干失礼な事を考えていると、何かを考え込んでいた女王が質問してきたので慌てて答える。


(ふむ、ならばそう言った効果があって我らでも携帯出来る物は無いか? 我らが集める蜜にも同じような効果はあるが、液状では持ち運びに不便なのだ)


「それなら丁度いいのが・・・試作中ではあるものの効果はバッチリだと思う」

 どうやら今の働き蜂達の会話を聞いての判断の様で、その声からは部下を想いやる優しい女王を感じる事が出来た。それならばと俺はその優しい女王の願いに答えるべく、少し前に自重を忘れ作った効果の高すぎる飴玉を袋ごと取り出すと一つ女王の前に置いた。


(ほう、これは・・・綺麗な石のようにも見えるがこの香、クレアザミか)


「へぇわかるんだ流石は蜜蜂だね、これはクレアザミの花と果物を使って作った飴玉で体力回復効果があるから、小さく分ければ持って行くには丁度いいと思うよ?」

 それは乾燥させて取って置いたクレアザミとモミジがくれた果物を妄想の限りを使って合成した物で、ちょっと外に出すには性能的に不味い飴である。それも相手が蜜蜂なら特に問題は無いと思い提示してみた。


(なるほど流石は人の子よ、ならばその飴玉と蜜を交換しよう)


「よし交渉成立かな? この袋ごと置いて行くから少し蜂蜜を分けてくれ」

 どうやら交渉成立の様で、個人的に中々有意義な交渉だったと思う。蜜蜂側は携帯性の優れた体力回復薬を俺は蜂蜜と処分に困る飴玉の消費、うむ我ながら二重丸を付けられる交渉結果だな。そんなわけで俺は袋ごと飴玉を全部押し付け、バッグの中からハチミツを入れるのに丁度良さそうな容器を探す。


(な、これを全部だと!? ・・・ならば人の子よ我らの蜜も好きなだけ持って行くと良い)


「え、良いのか?」

 俺が容器を見繕っていると、少し戸惑ったような羽音を鳴らした女王が、一拍おいて好きなだけ蜂蜜を持って行って良いと言ってくれるのだが、良いのだろうか? 大事な食糧だろうに。


(そちらが先に誠意を見せてくれたのだ構わん、この時期は蜜の入手にも困らぬしな。むしろ増築しないことには収まらない蜜が木の内部にどんどん零れて溜まっておる。好きに持っていくと良い)

 こちらとしても利があっての行動なのだが誠意と捉えられた様で女王の機嫌は良いようだ、優しい女王の居る蜂の巣で良かったと思い俺は心からお礼を言いたくなった。


「そうか、ありがとう優しい女王で助かったよ」


(ふふふ、蜂の女王を口説く人族とは珍しい。我らの蜜が欲しくなったらまた来るが良い・・・これで我らの一族はお前を敵とは見なくなる)

 なので思った事をそのまま口にしたのだが、女王は楽しそうな羽音を奏でると俺の首元まで飛んで来て体を首筋に擦りつけてまた巣に戻る。良く分からないけど信頼の証なのだろうか。


「何をしたのか良く分からんが分かった、それじゃ蜂蜜貰って行くよ」


 一応ユウヒの代わりに解説しておこう。今の行為にユウヒは何をしたのか理解していないようだが、これは同種族にしか分からない匂いを付け、敵味方を判断するマーキング行為の一つである。さらにこれは魔力を使った一種の魔法である為、体を洗った程度で匂いが流れる事は無い。また、マーキングにもいくつか種類があるのだが・・・この場では割愛させていただこう。


(おう兄弟! 蜜が欲しけりゃこっちから取れるぞ!)


(持ってくなら早く持って行ってくれ! 木の中から溢れて零れてきてるんだ)


「お、おうありがとう」

 好きなだけと言う言葉に甘えて大き目の瓶を複数見繕った俺は、周りを飛びまわる働き蜂に先導されながら蜜を採取できる場所に向かった。


 そこには太い木の幹に空洞が開いており、中にはまるで蜂蜜が地底湖のようにたっぷり溜まっていて、外から入った光を琥珀色に染め空洞全体を美しく照らしている。そんな美しい光景に感動しつつ、瓶に蜜を入れる為以前遺跡で精霊が水を樽に注いだのを参考に、魔法で蜂蜜を宙に浮かべてそっと瓶に流しいれる方法を取った。この魔法は使い慣れれば結構便利そうである。


(・・・(不思議な人の子だ))

 俺は周りの働き蜂と会話をしながら蜂蜜を入れる事に集中していた為、そんな俺の姿を薄紅蜂の女王が楽しそうに見ていた事に気が付くことは無かった。





 蜂蜜を瓶に注ぐこと十数分、ユウヒは初めて使う魔法だったせいか時間がかかってしまったようだ。かといって普通に注いでいたのではこの何倍も時間がかかったであろう。


「それじゃありがとな」


(うむ、息災でな人の子よ)

 今回のミッションを完全制覇して気分の良いユウヒは、ニコニコと嬉しそうに別れの挨拶をする。そんなユウヒにこちらも楽しそうに羽音を奏でる女王。その気持ちのいい羽音を背にユウヒはゆっくりキリノ達のもとへ戻る。


(美味い物ありがとな兄ちゃん!)


(ああ! アニキもう食べたんですか!?)


(ばっ!? 一舐めだけだぞ!? ・・・でも矢鱈元気が出てくるな?)


(そうかい・・・ならさっさと作業に移らんかい!)


(((イエッサー!)))

 別れを告げ振り返ることなくその場を去るユウヒの後ろでは、楽しそうに騒ぐ働き蜂の声がしていた。しかし一際鋭い女王蜂の羽音に、働き蜂達は一斉に仕事に取り掛かったようである。


「ふむ蜂の世界にも色々あるんだなぁ」


「ゆ、ゆうひさんだいじょうびゅ!?」


「け、けがはないか? 刺されてないか?」


「ううーうううー!(よかったー生きてるよー!)」

 すべてが上手く運びのんびり帰って来たユウヒを待っていたのは、涙と鼻水で可愛い顔が台無しになっているロップと、青い顔でユウヒの体をぺたぺたと触って心配するサワーリャ、そして未だに口を塞いでいて何を言っているのか分からない涙目のキリノであった。


「ははは、とりあえずここから離れるぞ? 忙しい薄紅蜂を邪魔しちゃ悪いからな」


「ズズッ・・・う? うん良く分かんないけどわかった」


「急ごう・・・」


「むぅうぅ(了解)」

 そんな状況にユウヒは渇いた笑いを溢すと、その場を離れる様に促す。その声に無事を確認し安心したのか、ロップは鼻を啜り首を傾げながらもユウヒのポンチョを引っ張りながら移動する。サワーリャも又、言葉少なにユウヒを引っ張るように移動を開始する。キリノは口を押えたまま返事をすると後ろを気にしながら最後尾を歩くのだった。


「ふむ・・・(蜂が群がるのを見れば多少薬にもなるかと思ったが・・・効きすぎたかな?)」

 どうやらユウヒにも考えがあっての行動だったようだが、その効果は計り知れなかったようだ。実際蜂蜜を貰う時は気に入られたのか全身に隙間なく蜂が群がっていたのだから、遠くから見ていた三人にとってその姿は恐怖以外の何ものでもなかっただろう。





 そんな恐怖の索敵実習が終わった5班キャンプ、そこにはしっかりと実習も終わらせたものの疲労困憊の二人の少女と犬耳少年の前で正座する熊耳少女の姿があった。


「・・・キリノ、流石に反省しよう」


「うぅ、ごめんなさい」

 いつもとは状況が真逆の冒険者科勢、キリノ曰く、「ラッセルは本気で怒るとマジ怖い」らしく現在進行形で正座反省中のキリノである。


「ユウヒさんも無理しないでください。まさか本当に蜂蜜取りに行くなんて・・・」


「ん? まぁ何事も経験だよ、これでもうキリノが無鉄砲に蜂の巣に近づくことはないだろ? なあ?」

 こちらは心配顔で注意をするカステルだがそんな事もどこ吹く風、荷物を整理しながら顔を上げるとカステルを見た後、ユウヒの左後方で正座をしているキリノに目を向け問い掛けるユウヒ。


「はい、もう近づきません。絶対に・・・でもなんでユウヒさんは無事だったの?」


「体中に蜂が纏わり付いてたのに一刺しもされないなんて・・・」


「・・・・・・」

 ユウヒの問い掛けに反省が言語機能に影響してるのか喋り方が可笑しいキリノ、心底不思議そうな顔のサワーリャ、あの時のユウヒの姿を思い出したのか青い顔でユウヒの右腕を掴んだままガクガクブルブルと震えているロップ、そんなウサミミ少女の姿をユウヒはキョトンとした顔で見下ろす。


「んーまぁちょっとしたコツと害意を持たない事とか、企業秘密ってことでひとつ」


「もうユウヒさんの事で驚かないと思ってたんですけど・・・無理でした」

 魔法でなんとかしたと言っていいものか迷ったユウヒは適当に言葉を濁すも、そんなユウヒの余裕ある姿にカステルは肩を落とし溜息を吐く。


「流石ユウヒのアニキ! プロの冒険者の風格を感じる!」


「うそこけ・・・まぁ危険な状況を嗅ぎ分ける事も重要だからね、本能に任せて暴走しないようにな」


『はい!』

 ラッセルは余裕を見せるユウヒの姿を見て、両手に握りこぶしをつくると興奮した様に囃し立てる。しかし普段から冒険者っぽく無いと良く言われるユウヒは、その言葉を信用できず適当に流し今回の経験を活かすことを勧める。そんなユウヒの姿に生徒達は揃って元気よく返事をするのであった。その時カステルにはユウヒが教師に見えていたと言う事はカステルだけの秘密である。


「ふふふ、それじゃみんなで分けるんだぞ?」


「おお! ハチミツ! 採ってこれてたんですね!」


「すげぇ・・・」

 ユウヒは生徒達の元気に返事をする姿を見て満足そうに笑うと、荷物の中からジャムの中瓶くらいの大きさの容器を取り出し蓋を開け正座するキリノに渡す。その瓶の中には少し赤みのある琥珀色のとろりとした液体がたっぷり入っており、それを見たキリノは歓喜の声を上げキリノの後ろからのぞき見たラッセルは感嘆の呟きを漏らす。


「蜂さんが快く分けてくれてね、まぁ俺もハチミツ欲しかったし丁度良かったよ」


「・・・・・・ごくり」


「・・・キリノ? 駄目だからね?」


「うぇ!?・・・はい・・・」

 ユウヒの言葉に蜂蜜とユウヒの顔を無言で交互に見ていたキリノの耳がぴくぴくと動きだす。ラッセル曰く、この動きは良くない事を考えている時らしく、何を考えているか察したラッセルはキリノ肩にポンと手を置くと釘を刺すのだった。


「それじゃ今日も夜の実習頑張ってね?」


「ユウヒさんはまた不寝番じゃないですよね?」


「あはは、大丈夫だよ昨日もちゃんと寝てるし」

 夕食も済ませ渡す物も渡したユウヒは、荷物を持つと定位置となりつつある木に向かいながら激励する。そんなユウヒにまさかと思い声を掛けるカステル、実は昨日ユウヒは朝まで結界の中にいた為、誰もユウヒがどこにいたのか気が付かなかったのだ。その為カステルはずっと寝てないのではと気にしていたようである。


「みんなと一緒に寝たらいいのにぃ」


「・・・悪くないかな」


「ちょ! 駄目だよ二人とも今一緒のテントでとか考えてたでしょ? 駄目だからね!?」


「「えー」」

 そんなユウヒの姿を見ながらロップが何気なく呟き、隣のサワーリャが真剣な顔でぽつりと呟く、そんな二人の言葉にカステルは過剰に反応して提案を却下するも、そんなカステルに二人は不平の声を漏らす。こういう無頓着な所はまだまだ子供だからかそれともカステルの方が初心なのか。


「あははー、それじゃ私達メディ行ってくるねー」


「わわ!? レムリィちゃん?」


「じゃ、俺も失礼するよ」


「「あー」」

 何かを感じ取ったレムリィは苦笑いを浮かべるとルニスの手をとって先にその場を離れ、同時にユウヒもその場を離れるとロップとサワーリャは残念そうな声を上げる。


「・・・ほら二人ともメディ行くわよぉ?」


「「ほわ!?」」


「・・・・・・(今一瞬カステルさんの後ろに威嚇するマングースが居たような・・・気のせいよね?)」

 そんな二人の少女にカステルはニコッと微笑むと二人の肩に手を置く、その時何故か二人は背中に薄ら寒い物を感じ体を固くするのだった。レムリィに手を引っ張られながら後ろを気にしていたルニスはその時、カステルの後ろに妙な影を見た気がしたがその事を誰かに言う事は出来なかったのであった。


 どうでもいいことだが、どうやらこの世界にもマングースは居るようである。





 今日は中々スリリングで充実した一日だった。日本にいた頃なら絶対やろうと思わなかっただろうけど、まぁ今回は美味しそうな蜂蜜も手に入ったし良しとしよう。


「ふふふ、良い蜂蜜だこれは良い素材になるぞ・・・先ずは全力で飴でも作ってみるか!」


「ユウヒ・・・無茶は駄目よ?」

 今日の反省を簡単に心の中で済ませた後、早速手に入れた素材で合成魔法を楽しもうと思ったのだが、蜂蜜の入った瓶を手に取った瞬間後ろから声がかかる。どうやらモミジは心配してくれているようだ。


「おお? まぁちょっと確かめたいこともあったからね・・・心配してくれてありがと」


「・・・・・・」

 どこからか俺の様子を見ていたのだろうか、あの時は【意思疎通】を使った交渉に手いっぱいで【探知】はオート状態でレーダーにも気を配って無く、モミジが居たかどうかは分からない。モミジの声からは心配してくれている気持ちが伝わったので、正直にお礼を言うと俺の背中にぐいっと無言の軽い重みが加わる。どうやら俺の背中に寄り掛かっているようだ。


「どうした?」


「別に・・・」


「?」

 そんなに心配だったのだろうかそれとも別に何かあるのか、聞いてみても答えは返ってきそうに無いようなので、気の済むようにやらせておいて俺は合成の準備を始めた。主役は蜂蜜、それに今日の索敵実習時にこっそり採取してきたイチゴなどのフルーツ。そういえばイチゴの旬って日本じゃ秋じゃないんはずだけど世界が変わればその辺も変わるのだろうか。


 なんてどうでもいいことを考えながら材料を揃えいざ合成を開始しようとしたその時、またも背中の負荷が増し後ろからモミジが顔を覗かせる。その仕草を見ていると昔の妹を思い出してしまい父性を擽られる気がした。


「飴・・・私も欲しいな」


「ん? いいぞ、今作るからちょっと待ってろ?」

 なんだか雰囲気の違うモミジの居たその日の夜は、良い素材も手に入り全力で飴作りを楽しんだ。やはり素材の相性が良かったのかそれとも俺のテンションが上がっていた為か、蜂蜜を使った飴は性能も品質も異常であった。今回はモミジが飴を欲していたので一掴みほど紙袋に包んであげて、残りは自分用とアミールに送ってあげるのも良いだろう。


 モミジを見送った後、俺はこんなに合成が上手くいくとそのうち危険物探しをしている自分が危険物を作ってしまいそうでちょっと怖いな、などとちょっと天狗になってみるも直ぐに自らの失笑で鼻を折り、空になった陶器の瓶を脇に置くとこの日はそのまま就寝することにしたのだった。



「・・・この飴とてもすごい力を感じるんだけど・・・」

 ウルの森の一角で木の大精霊が一人、貰った飴を調べて戦々恐々とした表情でぽつりと一言もらしていた事なんて知る由も無く。





【蜜蜂印の飴玉】 製作者:ユウヒ

 自重を脇に置いたユウヒの力作。薄紅蜂の蜂蜜と秋の果物で作った飴玉、色は赤みのある琥珀色で半透明、内部には光の屈折で蜜蜂のシルエットが浮かび上がる。

 本来ハチミツが持っている栄養価や旨みが魔力により強化された結果、総合ランクAの化物飴玉が出来上がった。各種効果は舐めている間持続し続け、その後も多少効果は下がるがしばらく持続する。


品質 味 B+ 香り B+ 見た目 A 栄養価 A+

性能 体力持続回復 中 精神安定 中 集中上昇 中 美容 滋養強壮 免疫力上昇 蜂の加護 甘い香り  


 最近妙に自重の箍が緩んでいるユウヒなのであった・・・。





 いかがでしたでしょうか?


 どの世界でも熊と蜂蜜は切っても切れない関係のようです。しかしユウヒはどこまでフラグを広げるのか・・・非常に楽しみでなりません!w


 そんな訳で今回もこの辺で、次回もまたここでお会いしましょう。さようならー

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