第五十七話 信仰
どうもHekutoです。
間が結構開きましたが書き上がりましたので更新させてもらいます。今回は少し視点を変えました。お楽しみ頂ければ幸いです。
『信仰』
大勢の人間が忙しなく動き回り、いくつものグループが作られたその場所のあちらこちらでは、煙や湯気が立ち上っている。
「ちょっといいかな? 指揮官殿がどこにいるか教えてほしいのだけど」
「む? これはアルディス様! 失礼しました!」
それはグノー王国軍の暴走ラット討伐混成部隊、現在は昼食休憩なのか行軍の様子は無く思い思いに食事を摂っている様である。そんな中とある国の国旗が風に揺れる陣地の入口にアルディス達の姿があった。
「いや気にしないでくれ」
「は! シラー様は今祈りの時間ですね・・・すぐお呼びしますのでこちらでお待ちください」
アルディスは誰かを訪ねてやって来たようで、そんなアルディス達に声を掛けられた褐色の肌の女性はキビキビとした対応で奥に二人を案内する。その姿勢や動きから十分に訓練を受けた人物であることが窺い知れた。
「あ、そんなに急がなくていいからね? まだ出発には余裕があるから」
「は! 失礼します!」
一国の王子に対する対応としてはこの程度当然なのだろうが、優しいアルディスはついつい相手の気遣いをしてしまい、そんなアルディスの姿に少しだけ柔らかく微笑んだ女性はすぐに表情をキリッとしたものに戻すとシラーと呼ばれる人物を呼びに行くのであった。
「・・・ねえバルカス」
「はい」
待っていてくれと言われた場所は、布と木の骨組みで出来た幕で小さく区切られた部屋の様な場所で、その布地には女性を象った模様があしらわれている。アルディスはその布地を見詰めると王の命令通りアルディスの護衛に力を入れているバルカスに声を掛ける。
「蛇神騎士団の守護神って」
「癒しと安らかな死を司る蛇神メディーナですな」
アルディスの言葉に内容を察したバルカスは間を置かずすぐに答える。そんな質問をしたアルディスの視線の先にある布地の女性は大きな蛇を従えており、どうやらそれは女神メディーナを模した物の様である。
「そうか、僕は神様って会った事ないけど騎士団の人は会ったことあるのかな?」
「むぅ解りかねます・・・私も信仰する神は居ますがお会いしたことはありませんからな」
この世界の住人は大なり小なり神に対しての信仰心を持っており、その信仰心は明確な結果として現れる特徴がこの世界にはある。それは身体的な加護であったり知恵の様な加護であったり魔法のような加護であったり。この地に住む者は弱い自分や他者より劣る部分などを加護で補うことで生き延びてきたのである。そんな会話をする二人にそっと近づく一つの影、
「非常に残念ながら私もありませぬ」
「む?」
その影は、個室のように区切られた部屋の入り口近くに立ったまま会話に入ってくる。突然後ろからかかった声にアルディスは少しびっくりしたようで、背筋を伸ばし後ろを振り返りバルカスは左手を鞘に仕舞われた腰の剣にそえ振り返る。
「待たせてしまって申し訳ないアルディス殿下」
「いや、こちらから勝手に来たのですから気にしないでください。むしろ祈りの時間を邪魔してしまって」
「ふふ、お噂通りお優しいお方なのですね。しかしアルディス殿下は神族に興味がおありで?」
どうやらその人物はアルディスが待っていた人物の様で、頭を下げ謝罪する女性に二人は緊張を解くと体全体を彼女に向け謝罪をするアルディス。女性はそんなアルディスの姿に顔にかかった濃い紫色の腰まで届くストレートヘアーを、手でそっと横に流すと柔らかく微笑む、その仕草は綺麗だがどこか妖艶さも感じられた。
「あはは、外交官の仕事で色々な種族と出会いましたが、神族の方とはまだ会ったことが無いので・・・少し」
「ふふふ、正直な御方だ・・・神族はあまり人に介入しませんからな会えるとするなら」
どうやらアルディスは神族に会った事が無い様で、少し興味がある様である。神族と言うのは分かりやすい所だとラビーナやメディーナの様な存在で、そこにアミール達管理神は含まれていない。何故なら管理神と言う存在自体この世界の人々は知らないのだから。
「会えるとするなら?」
「徳の高い神官か神に気に入られた者か、ですかな・・・しかしラフィール教の神官も信じる神に会ったことが無いと聞きますと、相当難しいのでしょうな」
現代社会の人間にとっては眉唾ものの神様だが、この世界には実際に多種多様な神が実在し会った事のある者はこの世界の誕生以来数えきれないほど存在する。しかしだからと言って誰でもいつでも誰とでも会えると言う事は無く、神族に会うと言うのは非常に難しい事でもあるのだ。
「そうですか・・・」
「アルディス様」
「あ! そうじゃなくて、この後の予定について話に来たんだった」
そんな難しい現実を再認識したアルディスはしょぼんと肩を落とすも、後ろからかかるバルカスの困った様な声に本来の目的を思い出しピンと背筋を伸ばすアルディス。
「ふっふふ楽しいお方だ。おっと悪い意味ではないのですよ? バルカス殿」
「むぅ」
そのアルディスの姿に堪え切れず声を出して笑いだすシラー、そんな女性に何とも言えない微妙な視線を向けるバルカスだったが、それに気が付いたシラーは目を細め微笑むと楽しそうに弁解する。その時のアルディスは少し恥ずかしそうに頬を染めていて可愛かったとは、覗き見をしていた女性騎士の感想である。
「実は・・・」
そんなハプニングもあったがアルディスは落ち着くと本題を話し始めた。
「なるほど二手に分かれると話しは聞いておりましたがエリエスですか・・・」
「・・・・・・」
アルディスがここに来た理由は今回の討伐作戦の詳細と連携の最終確認、そしてとある連絡事項の為である。そんなアルディス達が居る場所はオルマハールの国旗が風に棚引く蛇神騎士団の陣地であり、目の前の長身で褐色の美しい女性はこの騎士団の騎士団長であるシラー・K・アウールと言う。
「そうですな、我々は西方討伐に参加した後は学園都市経由で帰るとしましょう」
「そうですか、私は東進する部隊に付いて行く事になるので皆の事よろしくお願いします」
そんなシラー達に直接話に来るのには少し理由があり、アルディスの本来の仕事である外交の話に繋がる。実は彼女達の国オルマハールとエリエス住人のエルフは少々仲が悪く昔々から色々と、そうイロイロな珍事や事件を起こしており、エリエスに住むエルフの間で交わされる有名な言葉で「オルマハールの女には気を付けろさもないと喰われるぞ」は小さい頃から聞かされる御伽噺の一節である。
「むむ、一国の王子にそこまで言われると張り切りざる得ないですね。しかし東ですか・・・」
「安心してくれ特に森に変化があったわけでは無い」
そんな側面もあり外交や橋渡しをするアルディス自ら詳しい話に来たのである。しかしそれとは別に話の内容で気になる部分があったのか、口元に手を添えながら神妙な顔で考え込むシラー、バルカスはその表情から何か察したようでシラーに誤解が無いようにと説明を付け足す。
「おや? バルカス殿は私の心を見透かしておいでの様だ。ふふふ、これは羞恥で感じてしまいそうですね・・・」
「むぅっ・・・!?」
そんなバルカスに考え事を言い当てられたシラーは一瞬キョトンとした表情をするも、直ぐにその表情を情婦のごとき微笑に変えると、自らのしなやかな腕で自身の体を抱きながらそんな事を言いだす。その姿にバルカスは思わず冷や汗を流し一歩後ずさる。
「くすくすくす・・・解りました。国境付近までしっかりとお供させていただきますアルディス殿下」
その後詳細をいくつか詰めたアルディスは、シラーと別れバルカスと自陣へ戻るのであった。その帰り際、アルディスを見送るシラーと数人の女性騎士達は皆一様に褐色色の肌をしていたが、何故か頬が少し濃かったとかなかったとか・・・。
「はぁ・・・」
「あはは、バルカスは苦手なの?」
そんな話し合いを終えた二人は、自陣へ向かう間リラックスした様子で雑談をしていた。アルディスの右斜め半歩後ろを歩くバルカスの口から洩れる溜め息からは、心底疲れたといった感じの感情が伝わって来てアルディスは可笑しそうに笑ている。
「苦手意識を持つのは私だけではありませんが・・・いつか襲われるのではないか、と」
「んー僕も前に誘われたけど、ちゃんと断れば大丈夫じゃないの?」
それもそのはず彼女達オルマハールの女性は非常に情熱的で肉欲的で、かつ男女の繋がりに関して積極的なのである。特に蛇神騎士団は有名で、彼女達に食べられた(性的に)と言う男性騎士や男性兵士の話は後を絶たず。約99%の確率で男性側が絞り尽される結果になるのだ。アルディスも少しはそういった話を聞くも、ディープな話は周りも遠慮してしない為、彼の中では恋愛に積極的程度にしか感じて無かったりする。
「・・・・・・決して彼女達の前に一人で行かない様にしてください。いいですねアルディス様」
「う、うん? わかった?」
そんなアルディスの姿に一抹の不安を覚えたバルカスは、しばしの無言の後謎の圧力を発しながら自らの主を諌め、謎の圧力を受けたアルディスは良く分からないながらも分かったと返事する以外なかったのだった。
ちなみに絞り尽された後の男達は、あまりの出来事でしばらく女性恐怖症の症状が出る者もいるとか、あの日ルルイアがユウヒに言った言葉は強ち間違っても居なかったのである。
そんな不思議そうな表情のアルディスと難しい顔のバルカスの居る場所から、数日かかる場所に有る村の中、そこにはギルドを兼ねた酒場で寛ぐ冒険者達の姿があり、その中にはガレフ達の姿もあった。
「・・・とりあえず任務は完了か?」
「そうだねぇ? もうしばらくはここに居ないといけないだろうけど、外は静かになったしね」
「・・・」
ガレフは椅子に完全に背中を預け、ぐったりと脱力した状態で座り天井のシミを見詰めながら呟く、そんなガレフの誰に言ったわけでもない独り言のような声に、槍の手入れをしていたヒューリカはその視線を槍に向けたまま答える。その隣ではシェラが暇そうにコップの縁を濡れた指でなぞっている。そんな疲れた空気があちらこちらから放出されている酒場に、誰かが近づいて来る足音が聞こえてくる。
「おぉいガレフ居るか?」
「ん? おう騎士様何か御用で?」
「やめてくれお前にそう呼ばれると背筋がかゆくなる。で? 死骸処理は任せろと言っていたはずだが」
来訪者はガレフに用があったようで酒場に入ってすぐガレフの名を呼ぶ。そこに居たのは王国騎士の標準鎧をどこか窮屈そうに着込んだ騎士であった。どうやら二人は知り合いの様で、交わされる会話はまさに友人同士のじゃれ合いのそれであった。
「ああその件か、毛皮はもう剥いだのか?」
「村人が頑張ってな、しかしあれだけあったら毛皮の市場が大変なことになりそうだな」
二人の会話からどうやらネズミの死骸処理をガレフが請け負っていたようで、準備が出来たのか呼びに来たようである。
「暴落は確実かね? そいじゃ死骸まで案内してくれシェラお仕事だぞ」
「・・・うんわかった」
毛皮の市場価値の話をしながら立ち上がったガレフは案内を頼むと、暇そうにしていたシェラの頭を一撫でして仕事だと言う。その言葉にシェラは待ってましたとばかりに頭を上げるといつもより少しだけ機敏に動き出すのであった。
「ん? 魔法士か? ってことは燃やす気か?」
「あーカステルが居りゃそうしたんだが今回は違うな」
「ふむ?」
騎士姿の男はシェラと面識が無い様で、その姿から魔法士と予想しそこから考えられる処理方法を口にするが、その言葉にガレフは頭を掻きながら今は離れている仲間の名前を出す。どうもその表情からガレフとしては燃やす方が良かったようである。
一行は疲れた空気の充満する酒場を後にすると、ネズミの死骸が置かれた広場までやってきた。ついでに酒場から出る時、シェラは声を出す元気のある冒険者から頑張れなどのエールを貰っていた。どうやら彼女はその見た目もあり一部に人気があるらしく、その大半が女性であり理由が母性本能を擽られるからと言うのは完全に余談である。
「はー積むと凄い量だなぁ」
「まさに山だねぇこりゃ、こいつはおっきいの呼ばないときついかね? シェラいけるかい?」
「大丈夫・・・」
広場に付いたガレフとヒューリカが山のように積まれたネズミを見上げ、溜息交じりの声を漏らす前でシェラは一言そう言うと、首のペンダントのトップを服の中から取り出す。そこにはあの日ユウヒから貰った魔結晶が簡素に取り付けられていた。
「お、それを使うのか」
「増幅はしっかりしてるのかい?」
「うん、前よりずっと大きいのを呼べると思う」
あのイノシシ狩りの戦利品である魔結晶は彼女の要望通り魔力を増幅してくれているようで、その結晶を手にしているシェラの瞳は自信に満ちている。
「そうか、ユウヒには感謝しないとな・・・ヒューリカはどうしたんだ?」
「アタシのかい? もう無いよ?」
「早!?」
「別に無駄にうっぱらったわけじゃないさ、ほらシェラの集中の邪魔しない」
娘のそんなどこか成長した姿を見ながらシェラ以上にユウヒに感謝の気持ちを抱いているガレフは、ふと思い出したようにヒューリカに質問する。どうやらあの時の結晶はすでに手元には無い様でガレフは思わず声を出してヒューリカを凝視するも、あまり聞いてほしくないのかヒューリカは話を逸らすのであった。
騎士姿の男が呆れたように見つめる二人の姿の奥で、シェラは集中すると口語魔法なのであろう言葉を紡ぎ始める。
「・・・・・・・・・我は蛇神を信仰する者、母なる神メディーナと神の娘シェラの名のもと契約を履行せよ サモン・イモータルビックイーター・・・」
「な、なんだ!? これは召喚魔法!?」
しかしその言葉により引き起こされた現象は、男が予想すらしなかったもののようで驚いた声をあげる。
シェラが行使した魔法は一般に召喚魔法と呼ばれる物で、呼びだす対象次第で分類が際限なく細かくなるので学者もあまり手を付けたがらない分野である。その中でも今回の召喚魔法は神性属性に分類され神官が自らの信仰する神から許しを得て神の眷属を呼びだす魔法である。
「おう! 家の娘は神官だからな」
「はっはーまた大きいの出したねぇ」
騎士が驚いた表情をするのも無理は無い、本来召喚魔法は自らの魔力を贄にする為燃費が悪くシェラのような子供が早々使える物では無く、これも才能と魔結晶の成せる力の一つなのだろう。ガレフとヒューリカが見守る中、シェラの足元を中心に光で構成された円形状の魔法陣と呼ばれる複雑な記号で構成された図形が広がると、図形の一角、何かの絵が描かれた場所が別の空間と繋がり巨大な何者かが姿を現す。
『・・・メディーナの娘よ何用か?』
「あれ、ご飯」
それはとてつもなく大きな蛇であった。その胴の太さは大人が5人がかりで囲んだとしても手に余りそうであり、全身が出ていないにもかかわらずその体の長さは村を囲む塀より高い。そんな蛇は器用に体を曲げシェラの前に顔を持ってくると、お腹に響くような声でシェラに要件を聞いてくる。シェラは特に臆する事無くいつも通りの表情でネズミの死骸を指さすと、簡潔に用件を伝えた。
『ほう、ネズミか・・・ふむ質はあれだが下処理され量も満足できる量だなありがたくいただこう』
そんなシェラの姿にどこか面白そうな雰囲気を感じる声を出すと、大きな蛇はネズミを見て感想を告げる。
「しゃ、喋ってる・・・」
「ありゃ神の眷属ってやつだ・・・しかしスゲーな魔結晶の力は」
「そうだね。でもあまり使いすぎると力が無くなるから気を付けないとね」
「・・・うん」
滅多に見る事の無い召喚魔法、その中でも人語を解する者を呼びだすものは珍しく、騎士姿の男もポカンとした顔で見上げている。その隣では腕を組んで嬉しそうにガレフが説明している。そんな男性陣の前では、ネズミを次々と飲み込んでいく嬉しそうな蛇を面白そうに見つめているシェラとその頭を撫でるヒューリカ、なんとも微笑ましくも奇妙な空間である。
『時に少女よ聞きたい事がある』
「・・・なに?」
あっという間に残り数匹になったネズミ、しかしそこに来て食べるのを止め何か考える素振りを見せた大蛇はその顔を再度シェラの前まで持ってくると質問を始める。こういう事はあまりないのかシェラはキョトンとした顔で首を傾げる。
『このネズミはもしかすると今暴れ回っているネズミ共か?』
「そう」
シェラの言葉を了承ととった蛇は、銜えていたネズミを一気に飲みこむと質問を始める。その質問にシェラは完結かつ短い言葉で答えた。
『ふむ・・・して総量はこれだけか?』
「いやぁ今の所確認されているのは8000匹だって話だ、ここには200匹程度しか来てないと思うぜ?」
さらに質問してくるがシェラはあまりそう言う事を覚えるのが得意ではないらしく、隣までやってきた父親のガレフを見上げる。そんなシェラに微笑むと彼女の頭に手を置きながら、ギルド経由で出回っている情報をガレフが代わりに答える。
『なんと8000匹とな、流石にそれほど食える自信は無いな・・・』
「何か知ってるの?」
『・・・メディーナ様の命で調べている。うむ腹八分といったところか満足だ』
「・・・よかった」
ガレフの答えた頭数を聞き思わず唸りどこかズレた感想を述べる大蛇、その大蛇の反応を不思議に思ったシェラは反対に質問をする。シェラの質問に少し間を置き何か考える大蛇だったが、少しだけ教えると食べるものが無いのを確認して満足げに鼻息を漏らした。
『うむ、娘よ次呼ぶ時はタダで来てやろう今日の礼だ。それではな』
「去り際もあっと言う間だね」
去り際に礼とウィンクを残したどこかユーモラスな大蛇は、出てきた場所に潜り込むようにしてその巨体を瞬く間に消したのだった。その姿にヒューリカは楽しそうに笑う。
「・・・」
「どうしたシェラ? 疲れたか?」
「・・・(メディーナ様が気にしてる?)」
ネズミも蛇も魔法陣も消えた広場の真ん中でシェラが空を見上げていると、すこし心配そうにガレフが声を掛ける。しかしシェラはその声に頭を横に何度か振って返答すると、空を見上げ先ほど蛇が教えてくれた件について考えるのであった。
「あんだけ居たネズミは地面ごと消えちまったよ・・・」
「良い事じゃねェか」
その後ろでは信じられないものを見たかのような声を零す騎士姿の男、そんな男にガレフはパン! っと肩を叩くと、そのまま放心する男を引きずるように酒場に戻って行くのであった。
そんな村からずっと離れたとある森の中にある湖の畔に、二柱の女神の姿があった。
「どうしたのメディーナちゃん」
「眷属から連絡があってね・・・ネズミの総量は8000以上かもしれないってさ」
「はっせ!?」
難しい顔で水面を見詰める蛇神とそこへ楽しそうに歩いてくるウサミミ女性。ラビーナはメディーナが難しい顔をしていることに気が付くと声を掛ける。どうやらメディーナは眷属からの連絡を受けているようで、その内容を伝えるとラビーナは驚愕の表情で固まる。
「ついでに心優しい神官の少女にご飯を貰ったのでって、何餌付けされてんだいあの子は・・・」
さらに連絡があったようでその連絡事項を受け、その内容をそのまま声に出すメディーナ、しかしそのどこか微笑ましい感情の篭った内容に肩透かしを食らったようで、呆れた様に声を漏らすと前髪を掻き上げながら立ち上がる。
「あはは、やっぱりおかあさんの持ってるものだけあって凄い力だね・・・」
「まったく、天井が見えてないのがもっと怖いね。はぁ、そっち何か分かったかい?」
そんなメディーナの情報に乾いた笑い声を出すと無意識に自分の耳を弄るラビーナ、その前には先ほどから溜め息が止まらないメディーナ、二人ともストレスが溜まっていそうである。
「うん、見つかったらアミール様の方で回収してくれるって」
「ふぅん、中々良い管理神みたいだね」
「うん! ユウヒ君の事も聞いておいてくれるって・・・でも次の通信はだいぶ先になりそう」
「・・・無理すんじゃないよ? 通信には馬鹿みたいに魔力使うんだから」
メディーナの問いに通信の結果を伝えるラビーナ、その内容からメディーナは新しい管理神に対して悪くない印象を抱いているようだ。ユウヒの件について話すラビーナはとても嬉しそうな表情だったが、どうやら通信による疲れは隠せないようで心なしか血色も良くない。疲れの見えるラビーナにメディーナも気が付いたようで、少し心配そうである。
「そうだよねー流石の私もへとへとだよ・・・」
「へとへとで済む辺り、魔力タンクの呼び名は伊達じゃないねぇ」
流石のと言い魔力タンクと言われたように、ラビーナは神族の中でも魔力保持量が非常に多いらしい、しかしそんなラビーナでも何度も通信すると行為は魔力消費が激しいようだ。この世界の魔法の源である魔力(体内魔力)はゲームのように一日休めば全部回復などあるわけも無く、基本回復速度は容量が増えても一緒に早くなったりはしない。中には異常に回復スピードが速い者もいるが、それは稀なケースでユウヒに至っては異常もいいとこである。
「その呼び方やめてよぉ可愛くない~」
「ふふふ」
そんな二つ名の様な呼び名だが本人は嫌いなようで、可笑しそうに笑うメディーナに両手を振って抗議するラビーナなのであった。
所変わりここはグノー王国のとある一室、バトーの研究室である。そこでは三人の男女が難しそうな顔をつきあわせていた。
「ふむ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「大事じゃの」
「はい・・・」
そこでは何らかの報告がされた後の様で、机の上には数枚の羊皮紙が広げられていた。
「それ本当なの? ネズミがまだ増えるって、しかも神族が事態の収拾に動いてるなんて」
「はい、複数の神官や巫女がラフィール様から啓示を受けたと・・・」
どうやらその内容は例のごとくネズミの話のようだがどうも雲行きが怪しい、と言うのもその場に居合わせている神官服姿の男性の持ってきた話が原因の様で、その内容は神からの啓示がったと言うものである。どうやらラフィールが調査した内容を啓示と言う方法で人に伝えたようで、啓示の内容からは暴走するネズミがさらに増える可能性と、ラフィール達神族も事態の収拾に動いていると言う事が分かったようである。
「何が起きとるんじゃろのぉ」
「神が起こした失態じゃないでしょうね・・・」
「な! メリエラ殿!」
「冗談よそんな怒鳴んないで・・・はぁ、しかしどうしたものか」
そんな啓示があったとバトーの所に駆け込んできたのがこの神官の服を着た男で、一応若くはあるも神官長と言う中間管理職にあたる権限のある人間である。バトーとは師弟関係にあり同じ弟子同士のメリエラとは仲があまりよろしくなく、絶妙に正解を言い当てるも神への冒涜とも言えるその言葉に声を荒げる神官と、そんな神官の姿にやる気の抜けていくメリエラ。
「むぅ・・・私は新たな啓示が無いか神託の間に居りますので」
「おぉおぉご苦労じゃったの」
「はい失礼します」
そんな二人の弟子の姿を見て何か懐かしむように微笑みを浮かべるバトーは、退出する男をにこやかに見送った後、椅子に深く座ると目だけでもう一人の弟子を見詰め話し出す。
「しかしこまったのぅまだ増えるか」
「まぁこれで少なくとも自然現象ではないと言う事がはっきりしましたね」
「そんなもの8000匹の報告を受けた時点ではっきりしとる・・・」
バトーの言葉を聞いて、机の上にだらしなく体を預けるメリエラは力なく発言する。しかしバトーの力ないダメ出しに顔だけ上げて、珍しく疲れた感じの師匠を見詰め、
「ですよねー」
「そうじゃー」
お互いに溜息にも似た言葉を漏らすのだった。この二人実のとこ似た者同士である。弟子が師匠に似たのかそれとも似た者同士が師弟関係になったのか、そこは定かでは無いがその似た状態はどこか微笑ましくもある。
「お茶が入りまし・・・た?」
それから数分後、神官が来ていたのでお茶を入れに行っていたエメラダが戻ってくると、そこには力なく机に突っ伏す二人の師匠の姿だけしかなく、思いもかけないその状況にエメラダは固まるしかなくそこにはなんとも珍妙な空気だけが流れるのであった。
「なるほど要は神様たちの手違いでネズミ災害は発生したと、そんで結構危険な状態で神様も解決に動いていると?」
その日の夜、アミールは意を決してユウヒに連絡を入れた。そして現在、これまでの報告を一通り終えた様である。
「そうですね、それで合っていると思います。ユウヒさんは大丈夫ですか?」
「学園都市に来てからは特に何もないな、ネズミも見てないし? まぁ物流に影響は出ていそうだけど」
報告を終え少し心配そうにしているアミールに、ユウヒはすでに襲われたことを微妙に誤魔化して問題無いと伝える。しかし町を歩いて聞いた話からは物流の乱れが起きているらしく、ユウヒもそこは気になっているようだ。
「物流に・・・早く解決しなくてはいけませんね」
「まぁ何とかなるだろ、これもまた人の試練だよ。まぁ俺に手伝えることがあれば言ってくれ? 出来る範囲で頑張るからさ」
「すみません・・・そうだ、もしそちらに神族の方が訪ねてきたら力を貸してあげてください」
ユウヒの報告に難しい表情をするアミールだったがユウヒの励ましの言葉に少しだけ表情を明るくすると、言い忘れていた事があったようで表情を戻し話始める。
「ん? なにかあったのか?」
「実はこちらに一人高位の神族が直接尋ねられて来たんですが・・・」
「ふん?」
現在ユウヒが話しているのは初日に不寝番をしていた木の上であるが、昨日とはどこか雰囲気が違っていた。その理由はユウヒを中心に展開されている球形状の光の幕のせいであろう。それはユウヒがアミールのアドバイスで作った妄想魔法による結界であり、結界の中の情報を外から分からない様にするもので、アミールとの会話が見つからない様にするために使用した魔法である。
「私たち管理神と各世界の神が会える場所は限られていて、通常ですといくつかの条件をパスすることで来れる場所なのですが」
「へぇ~」
結界に興味が出ていたユウヒは、どんな結界を使ってみようかと思っていたところにアミールから通信が入り、それならばと自分の周囲を外から隠すステルス系の結界を作ることにしたのだった。アミールからのアドバイス後、ほんの数分で実用に耐える性能の魔法を作りだした事実にアミールは驚いていたりもしたのだが、ユウヒは今一ピンときてないようである。
「何故かこの世界はその場所に地上の神族に対する強力な拒絶の力が働いていて、その場に居るだけで魔力をどんどん消費してしまうんです」
「拒絶? 制御できないの?」
そんな事もあり木の上に居るユウヒは周りから確認することが出来ずそれは精霊すら騙すレベルであり、モミジや水の小精霊達がユウヒを探してうろうろしていたのはまた別の話である。
「難しいですねどういうシステムかもわかりませんし、その影響は通信システムへも影響していて通信するだけでも地上の神族に魔力的不可がかかるみたいなんです」
「ふむ、ってことは通信や面会した神が不調になる可能性があると」
異常な進化を見せるユウヒはアミールの話しを頷き時に首を傾げ聞いていた。
「そうです・・・よく通信してくれるラビーナさんやこちらに尋ねてきたラフィールさんと言う神族の方ですね」
「そっかー魔力かぁ・・・うん良さそうな薬でも用意しておくよ」
「ユウヒさんならそう言ってくれる気がしました。ありがとうございます」
一通り話を聞いたユウヒは自分が役立てるならばと今まで作った薬品などで効果がありそうなものを思い出しつつ了承する。そんなユウヒの了承の声にとてもうれしそうにしているアミール、そんな彼女の姿にユウヒは初めて出会った時の事を思い出し自然と笑みが零れてしまうのだった。
「礼には及ばないさ・・・そういえばこの間のお茶はどうだった?」
「そうです! ユウヒさんあれは凄すぎですよどうやって作ったんですか?」
「ほえ?」
勝手に零れた笑みにどこか恥ずかしさを覚えたユウヒは、少し顔を俯かせると話題を逸らしたのだが、先ほどよりも声のトーンが高いアミールの反応に、思わずキョトンとした顔で変な声を出してしまうユウヒなのであった。
どうもユウヒです。なんだか俺って凄く異常らしいです。いや悪い意味では無いらしいのだが。
「はぁそんな事に・・・んでオーダーがお酒なんだ」
「すみません・・・委員会で一番偉い四人のうちの一人でお世話になってる方なので、お茶が気に入って詳しく教えることになってしまい・・・つい私も嬉しくてゴニョゴニョ」
どうやら俺は勘違いしていたのか良く分からないが、俺の思っている以上に贈ったお茶は良いお茶だったようで、それを気に入った上司のお願いでお酒は作れないかと言う話になったらしく、他にも色々オーダー表を貰ったそうだ。
「ふむ、まぁお酒も挑戦してみようとは思ってたから良いけど・・・なんでもいいの?」
「はい美味しければ何でも良いと・・・良いんですか?」
此方を窺うように不安そうな上目使いで見てくるアミール、画面越しとは言えその破壊力・・・卑怯である。まぁ実際試すつもりでは居たので構わないが、何でもいいと言うのも中々難しい依頼ではないだろうか、酒と一言で言っても多種多様なのだし。
「いいよ? 作るの好きだし目標があるとやる気出るよね」
「うふふ、ユウヒさんったら・・・それじゃよろしくお願いします。・・・また連絡しますね?」
「了解、いつでも連絡してくれ」
しかしそんな依頼こそ俺のクリエイター魂を熱くするというもの、きっと今の俺の表情は楽しそうに口元が緩んでいると思う。しかしアミールは一つ一つの仕草が一々男心を擽ってくる。総天然だと思うが、これを計算してやっていたとしたら相当な小悪魔である。計算していないことを願いつつ俺は手を振るアミールに手を振りかえしつつ通信を終えた。
「お酒か・・・ハチミツ酒とか面白いかも、あとはブドウもあったからワイン? でも量が無いからな・・・後は発酵させるのに菌が必要だなそれとも酵素・・・熟成は・・・魔法で何とかなるか・・・圧力、超音波・・・もう直接時間に介入・・・・・・」
しかし酒か・・・本来酒は発酵飲料それをどうやって合成魔法で作るのか、今夜は合成魔法は使わず妄想だけで終わりそうである。しかしそんな夜も悪くないと心が踊る俺が居るのであった。
いかがでしたでしょうか?
今回はまたこの世界の事に少し触れてみましたが、比較的身近に神秘があるとこんな会話がされるのかも知れませんね。
それでは、今回もこの辺でまたここで会いましょう。さようならー




