第百二十七話 トミル大災害
おはようございますHekutoです。
修正作業が終わりましたので投稿させていただきます。皆様に楽しい一時を提供出来れば幸いです。
『トミル大災害』
信仰と言うものには様々な形態が存在するが、この世界においての信仰とは、神とその心、司る概念に近づくことで神族との強い結びつきを得る事である。信仰が高ければ高いほど、神の加護もより強くなり神自身も使える力の幅が広がり、この世界に置いて最も重要視される行いの一つでもあるのだが・・・。
「ふぅん信仰ね」
神の存在が遠く、また宗教自体が割と混沌としている国の生まれであるユウヒにとっては、今一つピンと来ない様で説明したラビーナを見詰めながら首を傾げていた。
「良い子の指標的な?」
「邪心崇拝者なら悪い子の指標になるな」
「エロ神様なら如何にエロいかの指標だぬ」
それは三忍も同様で、お互いに首を傾げ合いながらさらに混沌とした想像を膨らませているが、彼らが言っている事は全て的を得ているので、ある意味理解しているとも言える。
「まぁ悪い気はしないが、あまり役立つ気がしない」
「ガーン!」
ラビーナの説明に対する4人の反応が妙にふわふわしていた為、彼女は心配そうな表情で4人の顔を窺っていたが、ユウヒの一が急所に入ったのか涙目交じりの蒼い顔に驚愕の表情を浮かべる。
「俺、口でがーんって言うとこ初めて見た」
「漫画だけじゃなかったんだな・・・」
「拙者こんな女の子が居たらもう少し現実と向き合える気がするでござる」
「何と向き合う気だ・・・」
本気で落ち込み床に手を付くラビーナの姿に、どこか感動した表情を浮かべるヒゾウとジライダ。さらに、ほっこりとした表情で目元に滲んだ涙を拭うゴエンモの言葉に思わず振り返るユウヒ。
「まぁなんだ、豊穣の加護とか有っても直ぐ木が生える分けじゃないんだろ?」
神様と言う存在にピンと来ない彼等であるが、ユウヒの言葉から実際に与えられた加護を肌で感じていない事も、それらを助長させている様だ。
「すんすん、生えるよ? こんな感じで・・・えい!」
「おおお・・・お?」
「何故ナス」
「美味しそうなナスでござる」
しかしそんなユウヒの言葉に首を傾げて不思議そうな表情を浮かべるラビーナ、彼女は辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、床の一点を見詰めて耳を力強く立てる。すると数秒の間を置いて床に敷かれた石畳の隙間から急速に何かの植物が伸び始め、興味深げに観察していた忍者達の目の前に、艶やかな紫色の曲線美を披露するのだった。
「いやそれは神様ぱわーじゃないのか?」
「解り易く見せただけで、一晩くらい近くに居れば芽くらいは出るはずだけど?」
目の前の不思議現象に燥ぐ忍者達を他所に、ユウヒは納得いかないように首をかしげて見せるも、ラビーナ曰く普通より周囲に存在する植物の成長が早いはずだと言う。実際にユウヒが授かった加護はラビーナが見せた力の劣化常時展開型である。
「ん? そう言えば平原で野宿した後の朝は妙に草の背丈が高かったような」
「あれって結界で風がやんだからじゃなかったのか」
そんな加護の片鱗は、実を言うと既に彼らの目に解る結果として現れていたのだが、それは勘違いとしてスルーすることが出来るぐらいの変化であった。
「でも強欲の森ではそんな変化・・・は!? まさかあの化物ツリーはユウヒ殿の影響で!?」
「マジか!? 豊穣の加護怖い!」
思い出せば気になる現象が幾つか思い当り始めたユウヒは、口を半開きにして無言で頷いている。そんなユウヒの前で首をかしげていたヒゾウは、急に顔を驚きで染めたかと思うとその顔をユウヒに向けて脳裏を過った予想を口にし、その予想にユウヒも驚愕の表情で叫ぶのであった。
「ええ! 何があったか知らないけど、ココじゃ効果ないよ?」
「なぬ?」
しかしその恐ろしい想像は外れているらしく、さらにこの強欲の森では加護の効果自体無くなっているとの事である。
「あのね? ここで昔酷い災害が起こったんだけどね?」
『長くなりそうな予感』
その新事実に、ラビーナを見詰めたユウヒの目による催促を受けて彼女は語りだす。この土地で起きた恐ろしい大災害について、忍者達が呟いたように長くなりそうな語り口で・・・。
ユウヒ達がラビーナから説明を受ける十数年前まで、強欲の森と言われている場所はトミル王国、またはトミル大森林と呼ばれていた。九州一つ分ほどの広大な森林は、大山脈から流れ込む栄養豊富な水によって、トミル王国を肥沃な耕作地帯として発展させ農業大国として成り立たせる原動力となっていたのだった。
そんな農業くらいしか取り柄のない国を悲劇が襲ったのは突然の事であった。
ラビーナ曰く、本当に突然であった言うその悲劇は、王都を中心に始まる。トミル王国の中心地であるトミル王都の周囲は緑豊かな場所であったが、初夏で萌え茂り鮮やかな緑色は瞬く間に茶色く変色し枯れ果てた。
その現象は王都からまるで侵食するように周囲の森へと広がり、たった二日間でトミル大森林の9割を枯れ果てさせる。しかしその被害はトミルだけに留まらず、周辺の国家にはトミル王国から溢れ出したカースツリーによる甚大な被害と共に、地中を伝って現れた巨大な木の根により、寄生された森がゆっくりと、しかし着実に枯れ死んでいった。
それらの被害は即座に団結した国々の軍や英傑達により収束していったのだが、後にトミル大災害と呼称されるこの災害は、予想以上に深い爪痕を残す。
「え! そうなのですか?」
「はい残念ながら、私達の精霊魔法は強欲の森において無力と言って良いでしょう」
その一つが、この災害で枯れ果てた森や草原は長い時間砂漠化したまま戻らなかったのだ。今はだいぶその傷跡も癒えて来てはいるものの、中心地となったトミル大森林、現在の強欲の森は砂漠化したまま未だに荒廃したままである。
「それでは強欲の森には精霊が居ないと言うのは真実だったのですね」
「そうよ? そんな森から大規模な精霊力、エルフにとっては大問題よね。もしかしたら森に復活の兆しがーとか言うおじいちゃん達もいるんだから」
その大きな理由の一つに精霊の存在がある。この精霊と言う存在は、本来この世界を安定化させる世界の意志の様な存在である為、明らかな損傷があればそこを元の安定した状態に戻すという行動をするのだ。
「バトーの見解は正しかったのか」
「バトー殿ですか、彼の考えは実に理に適ってますからね」
しかし今、強欲の森はモミジがユウヒに教えたように精霊にとって非常に過酷な土地となってしまっており、世界の自浄作用が働かない状態なのである。
「なに? あなた会った事あるの?」
「ええ、災害調査の時に何年前だったかな?」
この精霊にとって過酷な土地になっている理由は、今も各国の研究者や魔導士によって調べられているが、核心的なところにまでは至っていない。わかっているのは強欲の森では常に魔力が枯渇している事、そしてその事が魔力で存在を維持している精霊にとって過酷な場所となっている事である。
「シリー様の話では神の力も効果が薄くなっているとの事です」
その枯渇の原因は未だに謎のままであり、調査したくても魔境と化した森には迂闊入ることもできず、むしろ謎ばかりが増えているのが周辺各国の現状であった。
「神族まで・・・トミル王国の信仰はどの神なの?」
「そこで私にふらないでください」
そんな亡国で信仰されていた神の中の一人であるラビーナもわからない謎の災害は、同時にトミルと言う国の歴史も希薄なものにしてしまったらしく、トミル王国の事を詳しく知る者は一般に少なく、その中には急なキラーパスで苦笑いを浮かべるバルカスも含まれるようだ。
「ラフィール様の娘様の数柱が加護を与えてたかと」
「あ、ありがとメイ、そうかトミル王国ならそうなるのかな? でもなんでラフィール様に直接じゃないんだろ?」
それでも一部の人間や神学者、魔法士を目指すものの中にはトミル王国の事を学ぶ者も少なく無いようで、アルディスの疑問に答えたメイもその一人の様である。
「うーん、その辺の理由は聞いたことが無いです。すみません」
「大丈夫だよ気にしないで、でも気になるなぁ・・・なんでだろ」
農業を大黒柱に据える貴族や国は大半が豊穣の女神ラフィールを信奉しており、その加護を受けて日々の仕事に励んでいる。しかし周辺国家で最大とも言える農業国家トミルは、当時その信仰先にラフィールを据えていなかった。
「え、ええっと・・・この国の王様がお母さんを怒らせちゃったからぁ・・・かな?」
トミル崩壊と共に人の歴史から消失した真実、それは今一柱の女神によって再度人の世に再来しようとしている。しかしその再来先はユウヒ達であり、とてもその事実が世界に広まるとも思えず、かろうじて母から怒られることを回避したラビーナなのだった。
「おい国王何した」
そんなことになっているなど気が付きもしないラビーナの言葉に、忍者達は恐怖する。
「神様怒らせんなよ」
なぜなら彼らは既に怒れる精霊の力をその身に刻んでおり、信仰は混沌としているが神様と言う概念には幼い時から触れる機会の多い日本人の忍者三人にとって、【精霊≦神】の方程式が自然と刷り込まれていた。
「精霊であれでござる神様怒らせたら何が起きるか・・・」
それにより神の怒りを、精霊の怒り以上に恐ろしいものだと考えたのだ。実際は力関係は比べるのも可笑しい次元の話なのだが、彼らを恐怖に震えさせるには充分であった。
「ふぅん・・・そんな怒りそうな人、女神様じゃなかったけどな? 相当ひどい事したのか?」
そんな忍者達とは違い、実際に女神ラフィールと面識のあるユウヒの反応はまた違ったものである。この世界の住民と違い神に対する感受性の低いユウヒは、ラフィールの事を優しくて綺麗なお姉さんと言う風にしか感じておらず、怒った様子を思い浮かべてもそれほど恐ろしい想像が出来ないのであった。
「え! 面識有りなのユウヒ!」
「どどど、どんなだった!」
「美人でござるか! 美人でござろ!?」
実際に彼女が本気で怒った事など数えることが出来る程度で、しかし普段優しく怒らない人が起こった時ほど恐ろしいものは無いのは世界共通である。だが忍者達にとっては恐ろしい話よりも、女神ラフィールの見た目のほうが重要なようであった。
「ああうん、綺麗な人だったよ」
『おお!』
実際彼女は美しく、人によっては美の女神として信奉する者もいるくらいだ。
「えへへ」
本人・・・本神はそこに釈然としないものも感じているらしいが、悪い気もしていないとは、母を褒められ嬉しそうに頬を緩ませるラビーナとメディーナの言葉である。
「しかし、この森と言うかトミル王国もなんでまたそんな事になったんだか」
ラフィールから見放されても農業大国として成り立ったトミル王国、そんな国がどうして突然悲劇に見舞われたのか、その真実を知る者は誰もいない。それはラビーナやほかの神族、ラフィールもまた同様であるらしく、首を傾げるユウヒに合わせてラビーナも小首を傾げている。
「そうでござるな、ある日突然と言うのが解せぬでござるな」
「原因は有るんだろうけど、その辺どうなんだ?」
「神様ぱわーかユウヒぱわーでわからんの?」
まだ見ぬ美女神を妄想していた三人もユウヒの声に正気を取り戻すと一緒に考え始める。実際この災害の終息は発生から3か月を要したが、トミル王国の完全崩壊までには三日とかかっていないのだ。まさに突然と言っていい現象に、ユウヒと神様の力はどうかと視線をユウヒに向けてくるヒゾウと、つられて向けてくる一同。
「俺のぱわーと言っても方向しか分からんが・・・災害の原因はどこ? 【指針】」
そんな四対の視線に頭を掻いて困ったような表情を浮かべたユウヒは、手元にあったカースツリーの小枝を手にすると、表情を引き締めて妄想魔法と共に宙へ放り投げる。
「・・・あっち、王都の方向だね。確かに王都方面から森が枯れたから可笑しくはないのかな?」
「王都に原因があると、てかその方向って完全に危険物の方向じゃないか?」
その枝が示した方向にラビーナは王都のある方向だと述べて首をかしげた見せた。ジライダはその方向と王都と言う言葉に頷くと、何かに気が付いたようにゴエンモを見詰めるとそう問いかける。
「えーっとこっちがこっちでござるからぁ・・・ビンゴでござる」
「賞品は何ですか?」
ジライダに問いかけられたゴエンモは懐から地図を取り出すと、地図を回して方向を合わせ、そして神妙な表情で顔を上げた。どうやらユウヒの探し物の方向は災害の原因と方向が重なるようであった。
「誰が誰に出すんだよ・・・俺の探している危険物は、【指針】」
「同じだね」
その事実に表情を引きつらせたユウヒは、平静を装うかのようにヒゾウのボケに突っ込みを入れると、もう一本カースツリーの小枝を放り投げた。落ちた場所は最初に投げた小枝と全く同じ位置であり、先に投げた小枝を撥ね飛ばした小枝は寸分たがわず同じ方向を指し示す。
「面倒な事になったのか、それとも予定通りなのか・・・うーむ」
その枝の動きから探し物と災害の原因が同じと理解したユウヒは、何と言えばいいのかわからず腕を組んで考え込む。
「九州規模の広い森を枯らす危険物」
「ついでに人も動物も枯らす危険物」
「それがユウヒ殿のターゲットで、在りかはたぶん王都でござるか」
「・・・まぁ三行で纏めると、そうなるな」
考え込むユウヒを神妙な表情で見つめた三人は、普段見せない真面目な雰囲気で出そろった情報を簡潔にまとめる。そんな三人の視線にユウヒはなぜか苦笑すると頷いて見せる。
『あきらめないか?』
「むぅ・・・アミールに頼まれたし引き受けてしまったわけで、行かんわけにわなぁ」
苦笑したユウヒは彼らの次の言葉が予想できていたらしく、三人の揃った言葉に困ったような表情を浮かべると頭を上げて天井を見詰めた。
「ごめんね、私の力がもう少しあれば助けられるんだけど、私の力は今の所自分の神殿周辺にしか及ばないから・・・」
目の前で重くなっていく空気に、ラビーナは申し訳なさそうに頭の耳を前に垂れさせると耳と同じく申し訳なさそうにそうつぶやく。今のラビーナはユウヒからの信仰で少しは神としての力を取り戻しているが、その力が及ぶ範囲は神殿周辺と言う小さな力でしかなかった。
「いや、気にしなくてもいいから・・・ほら探索の拠点が出来たって事でなぁ?」
「そうでござるな、何かあってもここに戻ってくれば安心だと言う事でござるからして」
「帰る場所は大事だな」
「ホームポイントが無いとセーブも出来ないからな!」
どこか保護欲を誘うラビーナの仕草に、ユウヒは小さく溜息を吐くと忍者達に同意を求める。ユウヒの感じた感情は彼らも感じていたらしく、神妙だった顔を元に戻すとそれぞれの言い方でユウヒに同意するのだった。
「と言うわけで今でも十分感謝してるから気にするな」
ユウヒと忍者達の言葉に顔を上げたラビーナに、ユウヒは微笑みながら声をかけたのだが、その言葉は思いもよらぬ結果を呼び込む。
「ゆ、ユウヒきゅん・・・これはもう愛の告白! いや結婚の申し込みだぎゃん!?」
「・・・すまん、ここは殴るところだと蛇のお告げがな」
顔を上げたラビーナはユウヒの言葉に瞳を潤ませると、感極まったのか言葉を詰まらせながらユウヒの名前を呼ぶ。その声にユウヒが小首を傾げた瞬間、彼女は目をピンク色に輝かせるとユウヒに飛び掛かる。しかし荒ぶる卯神は、まるで予見でもしていたかのようなユウヒの手刀により即座に沈められるのであった。
「きゅぅぅ」
ユウヒにオデコを強かに叩かれたラビーナは、石で出来た床に倒れ込むと埃の薄く積もった床にとある蛇神の名を書き残し意識を手放す。
「神の加護侮りがたし」
「お告げってwww・・・あれ? マジな感じ?」
「まぁあそこで何もしなかったら喰われていたでござろうな、性的に・・・」
どうやらユウヒは予めお告げと言う形でこれから起こる事態を知っており、さらに殴る許可を卯神の姉妹より与えられていたようである。
「うむ、俺の【探知】にも逃げろとか最大限の警戒表示が出たよ」
『神様ぱねぇ』
蛇神のお告げにより予見していたとはいえ、ラビーナが飛びつく瞬間視界に多数出現した警告にはユウヒも驚いた様で、この時初めてユウヒはメディーナに感謝するのだった。
メディーナがユウヒからの信仰を感じ取り、喜びで思わず大きな声を上げてしまっている頃、
「エラーばかりで作業が全然進まないです。ん? 今何だか非常に不愉快な気配が・・・一瞬で消えましたがなんでしょうか?」
アミールの執務室では部屋の主が疲れた表情で僅かな不快感を洩らしていた。
「・・・そう言えばユウヒさんと連絡をしばらくとってないですね」
連日の続くエラー対応で仕事が進まないらしいアミールは、小休止を入れるように背もたれに体を預けると目を閉じてユウヒについて考え始める。
「うぅ・・・かと言ってこんな為体では合わせる顔が」
仕事の疲れを癒すためにもユウヒと話したいなと考える自分がいるのと同時に、現状の様な状態でそんな怠け心を抱いていいのかと叱責する自分に表情をゆがめ苦しむアミール。
「(いいんじゃないか? こっちの作業進展具合何て向こうに解らないんだし)」
その鬩ぎ合う心は次第にアミールの心の中で形を成して行く。黒いボンテージルックスで現れた少女は、八重歯の見える口でアミールの耳元に甘言を囁き、口元を艶のある笑みで歪める。
「(何を言ってるんですか! 今もユウヒさんは私達の無理なお願いの為に異邦の地を彷徨っているのですよ! 誠実に、そう誠実こそ大事なのです!)」
「はっ・・・誠実」
黒少女の囁きに傾きそうになったアミールの心は、続いて現れた純白の鎧にロングスカートを揺らした少女の言葉で、正気を取り戻したように持ち直すと思わず小さくつぶやく。
「(せいじつねェ・・・そんな事言ってると横からかっさらわれんぞ?)」
「攫われる!? (攫われる!?)」
白少女の言葉に正気を取り戻したアミールを詰まらなさそうに見た黒少女は頭の後ろで手を組み空中で器用に足を組むと、ため息交じりでユウヒが攫われると口にし、その言葉にはアミール本人も白少女も驚きの声を上げる。
「(なんだかんだでこの世界の美醜はユウヒの居た世界より高い水準なんだぜ?)」
「ユウヒさんの周りに可愛い子が・・・たくさん」
この攫われるは当然誘拐云々ではなく、自分以外の誰かにユウヒの心を奪われると言うものである。実際この世界は男も女も整った容姿の者が多い、それはこの世界特有の理由があるのだが、今のアミールにとってはそんな理由など気にする余裕もなさそうだ。
「(大丈夫です! ユウヒさんはそんな軽い人じゃありませんし、今は忍者さん達と一緒じゃないですか)」
「(最後のは心配要員な気もするけどなぁ)」
黒少女の言葉で心が傾きかけたアミールの後ろから、白少女は大きな声でユウヒを信じるように声を上げる。その言葉に心の均衡を取り戻したアミールであったが、黒少女はどこか呆れた様な表情で溜息を洩らす。
「(それにもう夜更けです。遅い時間に連絡と言うのも・・・バイタルも疲労を感じている様ですし)」
「確かにお疲れの様? ですね」
実際問題今通信を送られても、ユウヒの現状ではとても通信に出れる状態ではない。その現状はモニターに映るユウヒのバイタル情報が間接的に示しているのだが、
「(・・・疲れるほどナニやってんだろなぁ?)」
バイタルを見詰めていた黒少女は口元を妖艶に歪めると、小さくもよく通る声でつぶやくのだった。
「!? 「(!?)」」
その夜、アミールの作業はそれ以上進むことがなく、只々脳内議論が白熱するだけであった。恋とは実に恐ろしき病である。
一方、時は少しだけ遡りアミールが患った病の主原因たるユウヒはと言うと、
「それじゃ明日その王都に向かう事で決定だな」
テーブル替わりの祭壇を囲んで明日からの予定を立てていた。
「ラビーナ殿情報だと結構近いでござる。走れば4、5時間と言ったところでござろうから・・・これなら早朝に出れば午前中も十分余裕をもって調査出来るでござるな」
「・・・おかしいんだよ? 普通馬車でも朝出てお昼過ぎまでかかる距離なんだけど・・・」
どうやら明日はトミル王都を目指し、その日のうちに危険物調査を始めるようであるが、おでこに薬を塗ってもらったらしいラビーナはユウヒの隣で釈然としない表情を浮かべている。
「まぁ何があるか分かっていれば余計な警戒も必要ないしな」
「真面な場所で寝れるから体力も万全だし」
「問題無いでござる」
ラビーナの話により、カレル村からトミル王都までは馬車で半日と聞いたゴエンモ、そこから自分達の移動速度で再計算した結果が4,5時間なのだが、ラビーナにはとても信じられない事実であったようだ。
「俺も魔法使えば早いし」
実際、忍者達に関しては移動に集中できれば自動車並みの走破能力を有しており、ユウヒも魔法と無限に等しい魔力のおかげで問題なくついていける。むしろ全力で空を飛べば一番早いのだが、安全性を考慮して未だに試したことがない。
「可笑しいなぁ現実ってなんだったのかな? おかしいなぁ」
そんな可笑しな現実に、ラビーナは頭を両手で抱えると頭を振って現実逃避を始める。
「おいファンタジーが何か言ってんぞ」
「まぁファンタジーだからしょうがない」
「ファンタジー代表みたいな耳に言われたくないでござる」
目の前で現実逃避を始めた揺れるウサミミを見詰めた忍者達は、どこか人をイライラさせるような表情で肩を竦めると、ラビーナにしっかり聞こえる声でひそひそ話を始める。
「えええ! 私が責められるの!?」
すでにひそひそ話として成り立ってない彼らの会話に、ラビーナは心外そうな表情で立ち上がると大きな声を上げるが、彼らの表情は変わらず今度は無言で彼女を見つめる始末。
「・・・まぁ、極大の光と共に転移してくる奴には言われたくないってことだろうな」
無言の視線に思わず視線を泳がせたラビーナは、助けを求める様にユウヒを見詰める。視線に気が付いたユウヒは、同時に忍者達の思惑にも気が付いた様で、若干のオブラートに包みながらラビーナに説明すると、ラビーナの後ろで忍者達が一斉に頷くのが見えた。そう、彼らは先ほど目をやられた件を流したわけではなく、仕返す機会をうかがっていたのである。
「あぅ!? でも転移だって色々と制約があってね!?」
痛いところをユウヒに突かれたラビーナは、忍者達の方を振り返り言い訳を始めるが、精神的にやり返す気でいる忍者達には、聞く耳など最初から存在しないらしく素早く耳を抑える。
『アーアーキコエナーイ』
イラッと来る表情でわざとらしくラビーナを煽り続ける忍者達、彼らは気が付かなかった。ラビーナの怒りゲージがその時MAXになっていた事に、そして度重なるストレスで振り切れた事に・・・。
「・・・み、みゅーーん!」
一瞬表情のブレーカーが落ちた様に無表情になったラビーナ、しかし次の瞬間目を赤く光らせたと思うと地面に手をつき勢いよく立ち上がる。その右手に地面から引き抜いた身の丈を超える真っ赤な人参を手にした姿で。
「ヤバいウサ神様がおこだおwww」
「ぐおわ!? やっぱり異世界の人参ぱねぇ!」
「ひょわ!? あれはもう鈍器でござる!」
地面から現れた巨大人参はそのままの勢いで大きく振り回され三人を襲うも、大きさ故に大振りになった連撃は、速さに重点をおいている忍者達にギリギリで避けられてしまう。
「神器、レッドキャロットねぇ・・・確かにファンタジーだな」
忍者達が狙われている隙にそっと女神像の後ろに隠れたユウヒは、謎の巨大人参に右目の力を使っていた。そして驚きの事実を知ることになる。
【神器ラビーナ・オブ・レッドキャロット】
真の農夫のみが振るう事を許される神器。その一刺しは広大な農地を一瞬で耕し、その一振りは農耕従事者に休息の風を与える。しかし、一度怒りにより振るわれたならば、大地だろうと空気だろうと問答無用で薙ぎ払う為、使用者共に扱い方には細心の注意が必要である。
「みゅぅぅぅぅぅん!」
『うぼあぁぁぁ!』
突然の連撃を何とか避けた忍者達は、巨大人参を大上段で構えるラビーナの前に防御体勢で身構えるも、そんな忍者達を嘲笑うかの如く真っ直ぐ振り下ろされた巨大人参の一撃は、空気ごと三忍を薙ぎ払うのであった。
「これが、神の怒りか・・・」
そんな怒れる女神と必死な形相の忍者達が繰り広げる追いかけっこは、割と広い神殿の中しばらくの間続く事になる。また、女神像の後ろに隠れながら一部始終を見ていたユウヒの心には、この時初めて神の怒りに対する恐怖が刻まれたのであった。
いかがでしたでしょうか?
なにやらあちこち混沌としてますが、彼らは今日も平常運転です。きっと次回も皆様を楽しませてくれると思うので、楽しみにお待ちいただければ嬉しいです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




