第百十七話 エルフの里と彼等 前編
どうもHekutoです。
修正完了しましたので投稿させていただきます。是非楽しんでいってください。
『エルフの里と彼等 前編』
ユウヒ達が焚き火の周りで異世界の芋に舌鼓を打った次の日、この日も忍者達はエルフの里に繰り出していた。
「ねぇ、あのモーブの忍者さん達って不思議よね」
そんな里の中では、頻繁に見かけるようになった忍者達の話がエルフ女性の間で飛び交っているようだ。
「ほんと、真っ黒でちょっと怪しいけどすっごく優しいし」
比較的淡白な性格と言われるエルフ男性と違い、感情が読みやすく全く邪気を感じない笑みを見せる忍者達は、その見た目を差し引いてもエルフ女性に好評なようである。それらは忍者達がエルフ女性とお近づきになりたいがために行っているお手伝いや、単純な親切心による行動なのだが、それも含めて彼らの行いはエルフ女性のある感情を刺激していたようだ。
「それに何だか可愛いのよね」
それは母性本能である。
「なんていうのかしら、保護欲を掻きたてられるって言うか」
「そうそう」
エルフは不老に近い長寿なため、忍者達のストライクゾーンに入るのは大抵が年上であった。エルフ女性達も本能的に忍者達が年下ということが分かっているのか、彼らへの対応もどこか子供に対する優しげな雰囲気である。
大人と言われる年齢になってからは、そんな対応を受けたことのない忍者たちにとって、彼女達の優しい笑みは癒し以外の何者でもなかった。さらに少し前に負った心の傷の影響も有り、余計に効果は高かったようである。
そんな忍者たちは、巨大な木に張り付くように建っているエルフ住居地区の井戸端会議を、木陰の影に忍びながら耳を大きくして聞き入っていた。
「これは、モテ季到来でつか?」
「あれは都市伝説でござる。でもあってもいいと思うでござる」
忍者の高スペックな身体能力と五感を無駄に使い盗み聞きを続ける三人は、嬉しさからかその顔をだらしなく緩め、自分達には訪れることのないと思われていた伝説の季節を噛み締めるように浮かれていた。
「しかし、気を付けなければいつまた奴らがあらわれるか・・・」
しかしそんな緩んだ空気も、ジライダが思わず心の傷から零してしまった言葉により一変する。
「お、思い出したら震えが止まらない・・・」
「ガクブルでござる」
先程まで、周りの空気に反して春のうららかな空気に満たされているようだった彼らの周囲は、急激にその気温を下げたかのように重くなり、彼らの体を心の芯から震え上がらせ始めた。蒼い顔で震える彼らの脳裏には褐色とヘビ皮が溢れており、それが彼らの心に与えた心的ダメージの大きさを物語っている。
「正直すまんかった」
これには思わず言葉を洩らしたジライダも、震えながら真剣に謝罪するのだった。
忍者達が陰で震えている頃、来客用の部屋でも震える者が一人、
「・・・」
アルディスである。
「・・・」
上質な羊皮紙に書かれた内容を見詰めるアルディスは、生まれたての小鹿の様な小刻みな震えを全身に感じていた。その前には直立不動のままどこか呆れた表情でアルディスを見詰めるバルカスの姿もある。
「あの、どうしたのですか?」
明らかに異常なアルディスの様子に、メイは恐る恐ると言った声で本人ではなく呆れた表情を浮かべるバルカスに問いかけた。どうやらそれほど今のアルディスの周りには、声をかけ辛い空気が満たされているようである。
「ん? なに、ただの親子喧嘩・・・じゃれあいみたいなものだよ」
そろりと近づいて来たメイに気が付き彼女を見下ろしたバルカスは、頬を指で掻きつつ若干言葉を選びなら苦笑を漏らす。
「え! けんかですか!?
そんなバルカスと違い、メイは彼の言葉に驚いた声を上げた。何故ならメイが知る中で、アルディスとバルノイアが喧嘩した所など見たことも聞いたこともないからである。正確には喧嘩と言うよりはバルカスが言い直したじゃれあいと言う方が正しいのだが。
「・・・父上に、ユウヒのこと自慢したら・・・仕事増やされた」
当のアルディスにとっては、相当にダメージの大きくなることがその上質な羊皮紙に書いてあったようだ。
「あぁ・・・」
「似た者親子とは、殿下と陛下の事を指す気がしてきました」
アルディスが沈痛な面持ちで漏らした言葉から正しく状況を察したらしいメイは、隣のバルカス同様呆れたような声と一緒に困ったような笑みを浮かべた。
要はバルカスが言うように似た者親子なのである。今回の事も、バルノイアに送ったアルディスの手紙に対する、バルノイアからの公務を装った返信なのであった。
「うぬぬぅ・・・いいもんね! こっちに居る間ユウヒと一緒だから!」
「アルディス様・・・」
どちらも子供のようなやりとりを繰り返す事に、エルフ女性ではないがメイの母性本能もくすぐられ、悔しそうな表情で負け犬の遠吠えと言ってもいい言葉を漏らすアルディスに、微笑ましげな笑みを浮かべている。
ついでにバルノイアと結婚したルティアナもまた、バルノイアに同じような感情を抱いているのは公然の秘密である。
「ところでユウヒを見なかった? 今日は一度も会ってないんだけど」
アルディスは手紙からバルノイアの高笑いが聞こえてくるような気がして、悔しそうに手紙を見つめていたが、急に表情を変えたかと思うとバルカスに向かってユウヒの所在について問いかける。
アルディスも暇ではなく、またユウヒの居るような一般人の多い場所には護衛無しの単独で行くことも出来ず、この二日ほどユウヒと話せた回数は片手の指で足りる程度であった。
「ユウヒ殿なら、我々の宿営地に興味があるとの事で案内しましたが」
「それじゃ「駄目です」・・・」
明らかにユウヒとお話ししたいという感情が透けて見えるアルディスに、彼らの中で今日唯一ユウヒと会話したバルカスが呆れ顔でその所在を伝えるも、早速行動を開始しようとしたアルディスにぴしゃりと言葉の楔を刺してその動きを止めさせるバルカス。
「仕事が増えたのですから、優先順位を間違えないでください」
「わ、私もお手伝いしますから!」
「メイ、そうだね・・・」
騎士の間で仏頂面が似合う男と言う評価のあるバルカスは、その評価に恥じぬ表情を浮かべるとアルディスに諫言を述べる。その表情を別に怒っているわけではないのだが、その事が解っていても迫力はあるようで、力なく見上げるアルディスは叱られた子犬のような雰囲気を出しており、慌てて声をかけたメイに目を潤ませ、メイの母性本能をくすぐるのであった。
「それではこちらが追加された仕事に関する書簡です」
「ええ!?」
そんなよく見る光景の前で、口元に小さな笑みを浮かべたバルカスは表情筋に力を入れなおすと、足元に置いてあった木箱から大量の書簡を机の上に取り出す。まるで書簡の山に埋もれるようになってしまったアルディスは、顔を蒼くすると思わず驚愕の声を上げるのであった。
アルディスがバルノイアへの復讐を心の中で誓っている頃、こちらはグノー王国軍と冒険者の混合部隊宿営地。
「ふむふむ、基本的にこの間の宿営地と変わらないのかな?」
長期にわたる作戦のせいか、兵士と冒険者の間には連帯感のようなものが生まれ、宿営地もどこか心理的壁が薄くなっているように感じられるその場所で、ユウヒはきょろきょろ辺りを伺いながらバルカスに教えてもらった場所へと足を運んでいた。
「んー話に聞いてたけどけ怪我人多いなぁ」
それからしばらく歩いたユウヒは、とある大型テント群にやってきていた。その中でも特に大きなテントの中を覗くと、所狭しと並べられたベッドに横たわる兵士に目を向け、目の前の現状がアルディスに聞いた話と一致することに頷いていた。
ユウヒがここ、グノー王国暴走ラット討伐東進部隊の野外病院に来たのは、アルディスからとある話を聞いた事が要因であった。その話しの中でアルディスは、元々の部隊と合流した部隊の怪我人が予想以上に多く、また合流した部隊の物資が損失しており、兵士の治療が進まないと愚痴を洩らしていたのである。
基本的にお人好しで善人と言われる部類の人間であるユウヒは、話を聞いてしまった以上は何か出来ないかと、その負傷兵の様子を見に来たのであった。とある経験からスプラッタには耐性のあるユウヒは、心得の力もあり、特に取り乱すことなくテントの外から中の様子を伺っている。と言っても戦争では無いためかそれほど重症の兵士の姿は見受けられず、ユウヒは心の中でほっと息を吐くのであった。
「ん? 何か用か?」
こっそりと中の覗いていたユウヒであったが、ほっとした気の緩みからか兵士と目が合ってしまう。外から様子を伺うように見ていたユウヒに、巡回中なのであろう兵士は訝しげに首を傾げると、表情を固めたユウヒにどうしたのか問いかける。
「あぁいえ、特には無いんですけど。怪我人の様子とか物資とか大丈夫かなと」
「なに? 何故そんな事を気にするんだ? 今回の作戦参加者は無料で治療すると言っていた筈だが」
咄嗟のことで上手く言葉が出てこなかったユウヒは、男性兵士の問いかけに素直に答えてしまい、その内容が余計に兵士の表情を訝しげなものへと変えさせた。どうやら男性兵士はユウヒの事を討伐参加冒険者だと思っているらしく、その表情には若干の困惑も見て取れる。
「あ、違うんですよ俺は「ユウヒ殿ではないですか!」あい?」
相手の勘違いを察したユウヒは、その誤解を訂正しようと声を上げたのだが、別の方から飛んできた大きな声によりユウヒの声はかき消されてしまう。その声にはユウヒも目の前の兵士も驚いたようで、ほぼ同時に音源へと視線を向ける。
「これは衛生兵長殿! お知り合いですか?」
その声の主は衛生兵長と言われる人物であり、巡回警備中の兵士よりずっと偉い人物であったようだ。衛生兵長と呼ばれた男性は、巡回兵士の敬礼を手で制し下ろさせるとユウヒに向き直り頭を下げる。その様子には男性兵士も驚いたようで、戸惑ったようにユウヒへ目を向けた。
「いや、この方はユウヒ殿と言ってなアルディス様の恩人なのだよ。失礼の無い様にな」
「え!? し、失礼しました!」
衛生兵長自身には直接的なユウヒとの面識はないものの、兵長と言われるだけの役職に就くものは自ずと派閥というものの中に組み込まれており、その関係でユウヒの事にはある程度詳しいようである。そんな兵長の言葉に驚いた男性兵士は、音がなりそうな速度で直立不動になると、グノー式の敬礼をユウヒに向けて謝罪するのだった。
「あーいや、普通で良いんだけどなぁ」
目の前でガッチガチの敬礼を見せる男性兵士と、笑みを浮かべる兵長と呼ばれた男性に苦笑いを浮かべるユウヒは、困ったように頭を掻いてそう洩らす。
「それでユウヒ殿は何か? 御怪我でもしましたか、おっと失礼・・・私はこの第二衛生小隊を預かる小隊長であります」
ユウヒの様子に何故か機嫌良さげな笑みを浮かべた兵長は、不思議そうにユウヒの体を上から下へと見詰め首を傾げたと思うと、すぐに何かに思い当たったように表情を引き締めると自分が目の前のテント群の隊長、所謂責任者であると告げた。
「あ、ども冒険者のユウヒです。何か困っている事は無いかなと思いまして」
簡単な自己紹介にユウヒも自己紹介で答えると、特に隠すつもりも無い為、ここに来た理由を簡単に告げた。
「困っている・・・ですか」
「アルから結構な数の怪我人が出たと聞いたので、様子見にですね」
ユウヒの言葉に色々と考えているのか兵長が眉を寄せて見せると、ユウヒは追加でアルディスとの会話のことについて話すのだった。
「・・・なんと! 殿下の為にですか!」
「え、まぁそんなところかな?」
そんなユウヒの言葉に、今まで訝しげだった表情を驚きに染まったものへと無言で変えた兵長は、遅れて出てきたような溜の入った大きな声を上げると、感動した表情でユウヒに問いかける。兵長からの問いかけとその勢いに若干腰の引けたユウヒは、それでも特に間違ってもいない解釈に苦笑いを浮かべつつ小さく頷く。
「そうですか、ではこちらにどうぞ! 現状についてお教えします」
「あ、はい」
何故か上機嫌な兵長はユウヒを伴うとずんずんとテントの奥に入っていき、その後ろを付いて行くユウヒは、怪我人や衛生兵などから様々な視線を送られ微妙に居心地の悪い空気を感じるのだった。弱コミュ症なユウヒは、他人からの注目にあまり耐性がないのである。
ユウヒが衛生兵長と様々な会話を交わしている頃、エルフの里の市場には震えから脱した忍者達の姿があった。
「おや忍者さんじゃないか、これ持っておいきよ」
「あ、どうもでござる」
そんな忍者達はその手に様々な品を持って歩いており、今もゴエンモが母親膳としたふくよかな女性エルフから、串に刺された焼き鳥のような物を受け取っている。どうやらその手に持った様々な食料は、全てもらい物の様だ。
「お兄ちゃんこれあげる!」
「む? いいのか?」
さらにゴエンモの後ろでは、目の前のやりとりに触発されたのか、それとも単にタイミングを図っていたのか、まだ小さなエルフ少女が手に持った焼き鳥の様な物をジライダに差し出し、
「おれいなの!」
「そ、そうか」
その向日葵のような笑顔と言葉で、ジライダの荒んだ心に暖かな陽の光を注ぎ、その陽の光はジライダの表情を強制的に緩ませていた。どうやら彼らの活動は、エルフ女性だけではなくその子供にまで好意的な印象を与えているようだ。
そんな目の前の様子に黒いオーラを垂れ流す者が一人、
「ぐぬぬ、お前らウラヤマス!」
それは未だに両手が全く塞がっていないヒゾウである。
三人の中で一番後ろを歩いているからか、それとも人気が無いのか何故かこれまで何も貰えていないヒゾウ。実は皆さんでどうぞという意味で、先頭のゴエンモやその後ろのジライダに渡されているだけなのだが、彼らにとっては渡されたか渡されなかったかが全てなのである。
「ふ、これが人徳と言うものだ。悪いなヒゾウ君」
「仕方ないでござる。これが現実と言うものでござるよヒゾウ君」
黒鬼化しそうなヒゾウに対して、今が我が人生の春と言った雰囲気の二人は、自信と余裕に満ち溢れた温かい視線をヒゾウに向けて、彼の心にダメージを蓄積させながらさらに笑みを深めのだった。
「ぅおのれ」
「「ふふふふ」」
しかし、二人からの目に見えない攻撃に今にも吐血しそうな表情のヒゾウも天は見放さなかったようで、
「ヒゾウさん! あの・・・よかったらこれ食べて、昨日のお礼だから」
呻くような声を漏らしていたヒゾウの後ろから女性の声がかかったかと思うと、きょとんとした表情で振り向いたヒゾウの胸に甘い香りを放つ包が押し付けられる。
「ふぉ!? い、いいのかにゃ?」
「ふふふ、もちろんよ。それじゃね」
どうやら中身はドライフルーツの様で、包を受け取ったヒゾウに満足気な笑みを零れさせた女性エルフは、最後に満面の笑みを照れて言葉を噛むヒゾウに向けると、足早に去っていくのであった。
「・・・可憐だ」
走り去る艶やかな緑髪の若いエルフ女性の後ろ姿にヒゾウは完全に見蕩れてしまい、鼻腔を大きく膨らませると、赤く染まった顔で小さくそう呟くのだった。
「・・・おかしいな、並んだだけのはずなのに無性に悔しい」
「なぜでござる。なぜヒゾウだけ名指しでござる」
そんなヒゾウの後ろには、先程まで纏っていた空気が嘘のように荒んだものへと変わったジライダとゴエンモが、信じられないものでも見たような表情でヒゾウの背中を見詰めていた。
実は彼ら、今まで「皆さんでどうぞ」や「お手伝いありがとね」とか「この間は皆さんのおかげで助かりました」などの声はたくさんかけられたものの、ヒゾウのように名指しで物をもらうことはなかったのだ。そんなところにヒゾウに名指しの贈り物+照れたような美女の微笑み付きである。
「ん? どうしたんだいチミ達? おっとこれかい? これは今素敵なお姉さんから頂いたものでね?」
「「・・・」」
当然今のような状況になってもおかしくはない。完全に形勢が逆転したような状況の三人の間では今、見えない火花とドス黒いオーラが満ち溢れている。
「いやぁどこかの叔母様や子供からもらった物とそう大差はないさぁはっはっは!」
「「ギルティ」」
そしてその満ちた空気が頂点に達した時、彼らの追いかけっこは始まった。
その日、元気に追いかけっこをする忍者達の姿は、エルフの女性に好意的な目で見られ、事あるごとに物を貰う忍者達の姿はその日様々な所で見受けられるのであった。
因みに、エルフ社会にとって甘味、特にドライフルーツが重要なことは以前にも話したが、エルフ女性から男性に送られるドライフルーツには様々な意味が有る。
今回のように相手の胸に押し付けるように渡される場合は、『私はあなたに興味があります』と言う意味が込められており、相手がそのことを知らなかったとしても、受け取ってもらえれば渡した側にとっては嬉しいことなのであった。
そんなモテ期が到来している忍者達から少し離れた場所にある冒険者宿営地には、何かが書き込まれた紙束に視線を落としながら歩くユウヒの姿があった。
「外傷用がメインで、等級はこんなもんか。あとこれとこれ、これっていくら分なんだろ? 聞いとけばよかったかな・・・ん?」
どうやらその中身は、野外病院で衛生兵長達から聞いた内容をまとめた物の様である。薬の種類や等級に現在の在庫数などを読みながら何かを思案するユウヒは、ふと顔を上げた瞬間見覚えのある何かが目に入りそちらに目を向ける。
「ん?」
「えーっと、ああ! ナルシスト!」
それは目を向けられた方も同じだったようで、気怠げな表情で少し背の高い切り株に座っていた赤みがかった金髪の人物は、ユウヒを視界に入れると目を細めて首をかしげている。そんな金髪の人物とは、ユウヒがイノシシを討伐した時に同行していたナルシスト、
「ナルシーブだ! っておまえ確かあの時の」
もとい、ナルシーブ・ナブリッシュであった。ユウヒの言葉に思わず立ち上がりツッコミを入れるナルシーブも、ユウヒの事を思い出したようで指をさしながら驚いたような声を上げる。
「どこかで見た顔だと思ったんだよ、元気だった? て聞くほどの仲でもないんだろうけど」
「ふん、君に心配されるほど軟では無いさ」
「そうか」
人の顔を覚えることが得意というわけでもないユウヒだが、一時的にとは言え一緒のパーティだった人物の顔はうっすらと覚えていた様で、ナルシーブの方へと歩きながら声をかける。ナルシーブの方も覚えていたようで、過去の事が頭をよぎり僅かに頬をヒクつかせると顔を背けてそう返答するのだった。
「と、ところで」
「ん?」
しかし顔を背けたのも束の間、どこかそわそわとした表情でユウヒに横目を向けると、気になることでもあるのか声をかける。
「君がここに居ると言う事はカステル君も、いやカステル君達パーティメンバーも来てるのかな?」
「ん? わからんがカステルなら学園都市か、いやもう仲間と合流している頃かな?」
どうやらナルシーブは今の今まで、ユウヒの事をカステル達の正式なパーティメンバーだと思っていたようで、ユウヒがここに居ることから意中の人であるカステルも居るのではと、周囲に目を向けながらそう問いかけたのであった。
「ん? 合流?」
「そそ、グノー王都で別れた後学園都市で会ったんだけど、その時は単独行動だったからな」
「単独? 大丈夫なのか?」
しかしユウヒとの会話から、目の前の人物がカステルのパーティメンバーじゃない事を理解すると、今までユウヒに感じていた敵愾心はどこかに行ってしまい、むしろカステルの動向の方が気になってきたようである。
「単独と言っても魔法士科中等部生の実習護衛だから、俺や他にも何人か一緒だったけどな」
「・・・あぁあれか、カステル君も真面目だな」
いつの間にかユウヒと普通に会話しているナルシーブは、魔法士科中等部の実習護衛と言う言葉に嫌そうな表情を浮かべるも、すぐに表情を緩めるとカステルを真面目と評し何か納得したように頷くのであった。
「人気無いみたいだもんな、そう言えば実習護衛にナルシストの妹も居たぞ?」
ナルシーブの見せる表情の変化に、改めて中等部実習護衛の人気の無さを感じたユウヒは、苦笑を漏らしながら頷くと、もう一つ思い出したかのように語りだす。
「ナルシーブだ! 言い辛いならナルシスで良い・・・てぇ? 今なんて言った」
未だに名前を間違われることに苛立ちを露にするナルシーブは愛称で呼ぶことを認めるも、それより気になる部分があったようでユウヒの言葉を聞き返した。
「ナルシスト「違う!」・・・妹も居たぞ、ナディ・・・じゃなかった。えっと、ヴァナディス・ナブリッシュって妹だろ?」
「何故君が妹の事を愛称で呼んでいるんだ!」
「え? そこ? 呼んでいいと言われたからなんだが」
その気になる部分とは妹の事だったようで、素で惚けた様に答えるユウヒに苛立ち、さらにユウヒが妹の事をナディと愛称で呼ぶことに憤慨すると、ユウヒの両方を細い手でがっしり掴み今にも噛み付きそうな表情で問い質し始める。
「な!? いや、僕と同じ様な・・・しかし普通に、でも良い辛そうだったし」
しかし返ってきた答えはナルシーブの予想とはかけ離れたものであった様で、ユウヒの両肩から手を離すと後ろを向いて腕を組みボソボソと声を洩らしながら思案し始めるのだった。
「・・・そこは、普通妹の心配とかしないか?」
「む? こう言うのもなんだが、ナディは優秀だからな・・・あまり心配はしてない。いや、何かあったのか?」
目の前で展開されるナルシーブの様子に何となく彼の事がわかってきたユウヒは、困ったような曖昧な笑みを浮かべたままナルシーブに妹の心配はしないのかと首を傾げる。
そんな表情のユウヒに後ろから問いかけられたナルシーブは、横目をユウヒに向けながらどこか釈然としない表情と自慢話をするような表情が混在した顔でそう語ると、改めてユウヒの表情の影が気になったのか訝しげに目を細め、ユウヒに向き直り問いかけた。
「まぁ・・・ちょっと大量のネズミと遭遇したかな」
「なに、それはほんとかい!? ナディは大丈夫なのか?」
流石に妹の実力を分かっているナルシーブとは言え、自分も経験している暴走ラットとの戦闘を妹も経験したと言われれば驚きもするし心配にもなるようだ。
「疲れはあったけど体の傷は特に無かったし、大丈夫だよ」
「そ、そうか・・・。ところで、ナディとはどういう関係なのかな?」
「え?」
それだけ今回の暴走ラットが普通と違ったということなのだが、どうにも妹の心配をするナルシーブを見ているとそれだけではない様にも思える。
「ちょっと詳しく知りたいな、向こうでゆっくり話そうじゃないか?」
「・・・・・・もしかしてシスコンとか言われない?」
それはユウヒも同じだったようで、ユウヒの肩を妙に力の篭った右手で掴みにこやかな笑み? を浮かべるナルシーブに全てを察したユウヒは、目の前の人物に確信的な一言を述べるのだった。
「ちち、違う! これは純粋な家族愛だ!」
「・・・まぁそうね、俺のお願い聞いてくれるなら話してあげるけど」
それはどうやら真実だったようで、慌てたように後ずさったナルシーブが赤い顔で否定するも、ユウヒの中では全て理解が完了したようで、温かい視線とにこやかな笑みで頷いている。
「く・・・等価交換か、確かに冒険者らしいやり方だな。・・・お願いとやらの内容にもよるが」
ユウヒの表情からもう何を言ってもダメだと察したのか、一瞬悔しそうな顔を見せるナルシーブであったが、すぐに取り繕うと赤い顔のまま真面目な冒険者然とした表情で腕を組むと、背の高い切り株に背中を預ける。
「ちょっとした物の相場について教えてくれればいいよ」
「相場? む、あまり詳しくは無いが・・・なか、今のパーティになら解る奴が居るかもしれん。こっちだ」
微笑ましげにナルシーブを見ていたユウヒは、ちょうどいいと手元の紙束に目を向けるとそんな提案を持ち掛けた。貴族であれば高価な物の相場にも明るいかと考えたようで、それ以外に関してもナルシーブのパーティメンバーなら解るかも知れないことにユウヒは満足げな表情を浮かべ、
「サンキュー」
使い慣れた言葉で礼を述べる。
「む? 気にするな、等価交換だ」
そんなユウヒの言葉に振り返り訝しげな表情で首を傾げたナルシーブは、少し照れたように前を向き直ると、冒険者宿営地の奥へと早足で進んで行くのであった。
いかがでしたでしょうか?
場所が変わってもいつもどおりなユウヒと春の訪れに歓喜する忍者達、季節は冬へと近づいているのですが、この先どうなるのやら。
それでは次回もここでお会いしましょう。さようならー




