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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第百九話 ユウヒ凱旋

 どうもHekutoです。


 修正作業終わりましたので投稿させていただきます。どうぞお楽しみください。



『ユウヒ凱旋』



 様々な問題によりユウヒが頭を抱えることになった早朝から2時間後、自分の心と折り合いをつけたユウヒは、救出した一部のエリエス住民達と緑の氏族の里へと向かっていた。


「・・・むぅ」

 しかしそんなユウヒの表情は難しそうに歪められている。人工魔木については折り合いをつけたはずだが、まだ折り合いが付いてない部分もあるようだ。


「どうしたのよ?」

 首を傾げ考え込むユウヒの頭上からは、少女のような高い声が不思議そうな雰囲気を伴って降りかかる。ユウヒの頭の上、既にピクシーお気に入りの場所となったその場所には、頭を振られるたびに体を大きく揺すられるピクシーが怪訝そうな表情を浮かべていた。


「あぁすまん、あの場所が俺の土地って言う事がまだピンと来なくてな」

 ピクシーの声に視線を上に向けながら答えたユウヒは、今更ながら自分の土地となった森に対してしっくりとこない感情を抱えているようだ。しかしそれも仕方ない事だろう、エリエス大森林の常識の中で育ったピクシーや原住民ならいざ知らず、現代日本で生活していた安月給のユウヒにとって突然土地を手に入れる事など早々ありえる事では無い。


 しかもそれが非常に広大かつ、この世界の人間なら喉から手が出るほど欲しい物が大量に自生している森である。現代日本で換算しなくても、ユウヒが普通に生きていて手に入れる事の出来る物では無いことなど、容易に想像がつく。ただ現状を考えるととても普通の人生とも言えないのだが・・・。


「いいじゃない、精霊様が良いって言ってんでしょ?」


「まぁなぁ、でも土地だろ? 色々管理とかする必要あるだろうし、俺居ないんじゃ空家と変わらんだろ・・・あぁ最近の空家問題はこういう気分なのか?」

 そんな風に某心得の力が及ばない部分で悩むユウヒに、基本的に楽天的な種族であるピクシーは首を傾げて不思議そうにそう漏らす。そんなピクシーの言葉に納得しつつも、現代日本的考えが頭から離れないユウヒは、こちらに来る前にテレビのニュースでやっていた時事ネタを思い出し、何か納得した様に頷くのであった。


「ん? でもユウヒはちゃんと立派な警備ゴーレムとか置いて来たじゃない」


「あれは、まぁ本人達もやる気だったから任せただけで、特にあれ以上何かするつもりはなかったんだが、ちょっと心配だな・・・」

 頭の揺れに合わせて体のバランスをとるピクシーは、ユウヒの呟きに再度首を傾げると何を言ってるんだと言いたげにユウヒの顔を覗き込む。何故なら管理も空家も何も、既にユウヒはしっかりと管理していたのだ。


 より正確に言うならば、いつの間にかやる気になった一号さん達が、完全武装状態でユウヒの前に整列し宣誓をしてきたため、なし崩し的にユウヒ果樹園の警備を任せることになったのであった。


「ふーん、あ! ねねユウヒ!」


 自らの妄想が産みだしたにも関わらず、自分の想像の斜め上を飛んで行く氷の乙女やゴーレム達に、嬉しくも何と言い表したらいいかよく分からない感情を懐き、苦笑いが漏れるユウヒ。そんな感情を持て余すユウヒの頭の上では、解っているのか解っていないのか適当に返事を返したピクシーが急に表情を明るくすると、ユウヒの目の前に躍り出て背中の翅をはためかせながらユウヒに声をかける。


「ん?」

 そんなピクシーの急な動きにユウヒも若干驚きはしたものの、こういう時はしっかり働く某心得のおかげか、いつもの調子で首を傾げて見せた。


「私もあそこに住んで良い?」


「あ、アタシも住みたい!」


「アタシもー!」

 急に飛び立ちユウヒの鼻先でホバリングしているピクシーの要求は、樹の精霊達と同じような内容で、その言葉に周囲で話を聞いていた同じピクシー族や妖精族達も慌てて声を上げる。どうやら彼女達はユウヒにこの提案をする機会を窺っていた様で、しかし好奇心旺盛な妖精族とは言え、見知らぬ人族に面と向かって頼む度胸は無かったようだ。


「んーみんなで仲良く出来るならいんじゃないか?」

 周りの妖精が急に集まって来た事で若干びっくりした表情のピクシーと、そのピクシーに視線で賞賛の気持ちを贈る妖精達を見まわしたユウヒは、特に断る理由も見当たらない為、最低限平和であれば良いかと少ない条件で了承する。その瞬間、


『やったー!』

 息をのんで成り行きを見守っていた妖精達も混ざって一斉に同じ言葉で喜びの声を上げる。


「う、うん。まかせて、みんなで仲良くするし・・・えっと、なんだっけ? ちんたいりょう? ぜいきん? も払うから、だよね?」

 ユウヒの了承の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべたピクシーは、両手を握り込みやる気に満ちた表情を浮かべ、首を傾げながら思い出した言葉を使いユウヒを安心させるように約束すると、周りの妖精達にも視線で確認をとる。周りの妖精達も無言で頭を何度も縦に振ると、ピクシー同様に輝く瞳で何故かやる気に満ちた表情を浮かべていた。


「別にそこは気にしてないけど、お金とか持ってるのか?」

 基本的に物欲と言う物が極めて少ないピクシー族であるが、食べ物に関しては別である。特に甘いものに関してはエルフ族のそれ以上と言うよりも、彼女達の食事の8割は果物であった。そんな彼女達からしてみれば、ユウヒ果樹園はまさに楽園と言っても過言では無い。


「持ってないわよ? 代わりに色々な物で払うから、それともぉ体で払ってほしい? うふふ」


「いらん」

 それ故このような反応を見せているのだが、そんな裏事情など知らないユウヒにとっては不思議でならないようだ。因みに、ちっこい体でしなを作り微笑みかけるも、ユウヒに冷たくあしらわれてしまうピクシーだが、彼女達に性欲を掻きたてられると言う人族は少なくないのが実情であるのだが、その辺の事情は割愛させていただく。


「即答!? 酷い!」


「まぁ適当に一号さんにでも渡してくれ」


「むぅ・・・おっきいヤツね、わかったわ。うふふぅ楽しみぃ」

 ユウヒに即拒否されて涙目で叫ぶピクシーは、不貞腐れた表情を浮かべながらも楽園での生活が楽しみなのか、口元が緩み自然と笑みになってしまうのだった。


「・・・と言う事はこれも家賃か税金ってことか? まぁありがたいけど」

 そんなフラフラと宙を舞うピクシー達に苦笑を漏らしたユウヒが、果樹園を出発してからずっと両手で抱える様に持った籠には、溢れんばかりに新鮮な果物が入れられている。それらの果物は出発前に樹の精霊達が用意してくれたもので、籠も彼女達が編んでくれたものである。


 実は、こういった精霊からの贈り物には様々な精霊からの恩恵が宿るのだが、ユウヒがその事に気が付くのはもう少し後である。





 一方その頃、ようやく魔の三日連続飲み会から解放された忍者達はと言うと・・・。


「それでは出発するでござるよ」


「うむ、うちの者達をよろしくの」

 ウパ族集落入口で、族長に別れを告げていた。その背後に複数のウパ族を引き攣れて・・・。


「ふ、我に任せておけば問題無い」

「むしろ俺等より山歩き得意じゃね?」

「そうでござるな、拙者等の体力に付いてこれるのはすごいでござる」


「そうかそうか、それではきぃつけての」

 いつもの如く締まらないセリフを垂れ流す三人に、族長はニコニコとした笑みを浮かべると、彼らの隣で荷物を抱え、ウパ族の民族衣装である淡いピンクのフード付きコートを着た女性達に声をかける。


「ん、だいじょうぶ。いってくる」


「私達も居ますから、それでは長、行ってまいります」

 どうやら族長の主な心配は彼女達と共に行くウパ子に有る様で、ウパ子の隣に居る幾分年上に見える女性に目で語ると、彼女も心得ているらしく頷き返すのであった。


「・・・幼女が幼女の心配をして幼女が幼女を安心させている」


「幼女と言うほど幼女ではないでござるが、年齢の違いが見た目で分からないと混乱してくるでござるな」


「異世界、来てよかったな」

 そんな心温まる光景も忍者達にとってはいいネタらしく、確かに何も知らない人間が見れば少女同士にしか見えない構図に思わず目が温かいものになったかと思うと、互いに視線を合わせ。


「「まったくだ!」」


「ん?」

 ヒゾウの呟いた言葉を元気よく肯定するのであった。





 それからしばらく時間は過ぎ、早朝から出発したユウヒ達の移動も終点に近づいている様である。


「・・・そろそろか(やはり魔法がちゃんと使えると安心できるな)」

 隊列と呼ぶには少々バラバラ過ぎる列の中央に当たる場所で、ユウヒは視界に表示される高精度三次元レーダーで周辺を確認しながら、緑の里が近づいている事に気が付き思わずそう漏らしてしまう。


「そうだねぇ、いやぁ緑の里も久しぶりだなぁ、何十年ぶりだろ? 六十年? いや七十だったかな?百年は経ってないと思うんだよねぇ」


「へぇ・・・(流石エルフ、久しぶりのレベルが違う)」

 そんなユウヒの独り言は独り言にならず、少し前からユウヒの隣を歩いているナルボに言葉を拾われる。どうやらナルボは以前にも緑の里に来たことがあるようだが、その久しぶりと言う時間感覚が非常に長く、ユウヒをどこかズレた方向で感心させるのであった。


「それにしても魔物に会わずに済んでよかったよ、僕は赤みたいな戦闘民族と違ってひ弱だからね」

 感心するユウヒに気が付かないナルボは、周囲を見渡しながらそう漏らす。実は彼等ここまでの道中一度も魔物や凶暴な野生動物に襲われる事無く来ていた。


 エリエスの森にも当然他の森と同様に魔物などが生息するのだが、何故か彼らは一度も襲われる事無くここまで来ていた。実はこっそりとモミジがいろいろやっているだけなのだが、そんなモミジの思いやり(主にユウヒに対する)により、そう言った森の魔物を狩る事で住民の安全を守る事が主任務の赤の氏族は、無駄に周囲を警戒するだけで終わるのだった。


「まぁあれは見るからに戦闘向きだもんな」

 実際は警戒に関してもユウヒがこっそりやっているのだが、その事を知ればまたも荒ぶる赤いエルフが現れそうだと、ユウヒは黙っていることにしたようだ。


「でしょ? 僕は細いからね、触れられただけで折れちゃうよ」


「・・・ところで、なんで大半が緑の氏族の里に集まるんだ?」

 そんな移動中ユウヒはずっと気になっていることがあった。それは何故みんなして緑の氏族の里に集まるのかと言う事である。一部、コボルドやウェアキャットなどの獣人は、ノイやクラが渋りつつ自分達の里に帰ったのだが、脱出した種族の大半がユウヒ達と共に緑の里を目指していた。


「い、いまさらだね・・・。まぁ説明もしてなかったけどさ、一部は直接帰ったけど、里が遠い人達は一旦緑の里で休養をとったり連絡入れたりが必要だからね」

 首を傾げるユウヒの問い掛けには、流石のナルボも苦笑いを禁じ得ないようだが、よく考えてみればユウヒにはその辺の説明をしていなかった事を思い出し、ナルボは簡単に説明を始めた。


「なるほどね、コボルド族とウェアキャット族なんかは住んでるところが近いんだな」


「そそ、赤の奴らは結構遠いし、報告義務があるからこっち。僕らも色々あるからこっち」

 コボルドやウェアキャット、また猫人族などは集落が反対方向にあると言う単純な理由であり、その他の種族も緑の里側に集落などがあるので、大きな里である緑の里に一度立ち寄り疲れを癒す為に、強者と思われるユウヒに付いて来ていたのである。


 また青と赤のエルフ達に関しては、既に緑の氏族に魔道具を使い連絡を入れているとはいえ詳細な報告が必要な為、同じような理由からユウヒと一緒に行動していた。まぁごく一部の赤いエルフ(一人)は相当嫌がったのだが・・・。


「ふむ、それにしても今更だが、色々な種族がいるよなぁ」

 ナルボの説明を聞き周囲を見回したユウヒには、強者であるユウヒを頼りにして付いて来た種族が目に入り、初めて見た種族などが多い事で少しだけ楽しそうな感情が声から漏れていた。


「そうだね、アルラウネ達は帰る方向が一緒だし、ドライアドも似た感じだと思うよ」


「・・・あっちは目のやり場に困るな・・・あ、どうも」

 左から右にその視界をスパンさせたユウヒの視線に合わせるように、右を振り向いたナルボとユウヒの視線の先には、全身緑色の肌に葉のようにも服のようにも見える何かで、極々局部だけを隠したようなほぼ裸の女性達が歩いていた。そんな女性達はユウヒの視線に気が付くとニッコリと微笑み手を振ってくる。


 彼女達はアルラウネとドライアドと呼ばれる女性だけの種族で、他種族の男を捕まえて繁殖すると言われている。正確には魔力や精などを採取し種を生むのだが、その過程で必要となってくる容姿は男達が惑わされるのに十分なほど優れている。


「ふむ、君は興味深い感性をしているんだね」


「そうか?」

 しかし、それは魔法を使い対象の種族に化けた状態の時であって、緑色の肌を晒している時は某褐色肌の騎士団同様、基本的に恐怖の対象としてしか映らない。そんな背景もあり、ユウヒが彼女達に恐怖を感じていない様子にナルボは興味深げな視線を送るのだった。


「うん、でもってあっちがシルフ族だね、大方ピクシーがこっちだから一緒に来たんだろ」


「シルフかぁ・・・この世界の妖精は皆ちっこくて可愛いな」

 ドライアドやアルラウネはほぼ裸と言って良い姿をしている為、振って来た手に会釈で返したユウヒは若干の動悸を忘れるようにその視線を前方に移す。ユウヒの視線が変わった事に気が付いたナルボは、その視線の先に居る種族に関して紹介を始める。


「彼女たちは悪戯好きだから、人族には嫌われる事の方が多いけどね」

 ピクシーもシルフも同じ様な妖精族であるが、最も違う点は背中の翼である。ピクシー族は必ず薄く透き通った翅なのに対し、シルフ族は鳥と同じような一対の翼をはばたかせている。また彼女達は以前ユウヒが巻き込まれた騒動の原因である、風の女神フールブリーズを信仰している。


「子供なんてそんなもんだろ?」

 

「・・・僕らはいつもの事だからいんだけど、あっちは」

 そんなシルフも悪戯付きで、よくピクシー達と一緒に悪戯をしていることがあり、両種族は非常に仲のいい種族として知られている。どちらか片方の種族をいじめると、もう片方の種族が仕返しに来ると言うのは、この世界の人間にとっては有名な話であった。


「もう着くみたいだぞ?」

 いくら喋っても疲れた様子を見せないナルボによる説明タイムは、ユウヒの視線な先に見えてきた若干壊れた壁を確認した事で終わりを告げた。実はナルボ、ユウヒの隣に来てからはずっとこんな調子であり、流石のユウヒも疲れて来ていたのはユウヒだけの秘密である。


「お、ほんとだね。いやぁ楽しい話しをしているとすぐだねぇ」


「ソダネー・・・んん? やけに人が多い?」

 説明好きなナルボから解放されたユウヒはホッと息を吐くも、視界のレーダーに映る光点の反応に首を傾げると、レーダーの感度を上げて誰が集まっているのかを確認し始めるのであった。





 そんなユウヒが探りを入れている緑の里の大きな門の前では、行方不明者やユウヒがもうすぐ到着することを聞いた出迎えの者達でごった返していた。


「あ! バルカス見えたよ」


「アルディス様落ち着いてください」

 その中には当然の如くアルディスの姿も有り、ようやく見え始めたユウヒの姿に嬉しそうな声を上げ、


「ふふふ、どうやらユウヒ殿は無事の様ですね」


「あ、はは・・・自重します」


「はぁ」

 子供を見る様な優しい笑みのシリーに暖かい視線を送らると、顔を真っ赤にして肩を丸めるのであった。


「ふふ、それでは出迎えましょうか。救護の必要がある者を優先してくださいね」


「は!」

 楽しそうに笑ったシリーは、縮こまるアルディスに一言声をかけると、すぐに真面目な表情で側に控えていたエルフ達に指示を出す。


「うちもお手伝いよろしくね」


「はい。衛生分隊は行動開始!」


『了解!』

 その姿にアルディスも背筋を伸ばすと予め招集していた兵に声をかけ、声をかけられた兵士は部下に声をかけた後、エルフ達と共に駆け出した。


「ふむ、今回の遠征は先ず先ずですな」


「無理してないか心配だけどね」


「大丈夫でしょう」

 駆け出した兵士達の半分は今回の作戦が初めての、まさに駆け出し兵士達であった。普通では体験できない様な経験の連続は、バルカスもある程度認めるほどに彼らの実力を引き延ばしたようであった。





 一方ユウヒ達はと言うと、


「む!? これはシリー殿! 態々出迎え・・・あれ?」

 シーリンの父がシリーに完全スルーされ、部下達の失笑を買っていた。


「ユウヒさ、ん。この度は皆の救出に御尽力頂き、感謝の言葉もございません」


「そんな畏まらないでくださいよシリーさん、こちらの目的とも絡んでいたんですし」

 そんな赤髪エルフの存在に気が付くことなくユウヒの前まで早足でやって来たシリーは、深々とその頭を下げユウヒにお礼を述べる。そんな姿に驚いたユウヒは、若干慌てながらも日本人らしいとも言える謙虚な姿勢でシリーの御礼を受け止める。


「・・・流石は精霊に認められる方は違いますね。出来ればすぐに話を聞きたいのですが、今日は先ずゆっくりとお休みください」


「そうですね、休みたいし色々やりたいことも有りますし、そうさせてもらいます」

 また驚いていたのは周囲のエルフやエリエスの住民達も同様か、それ以上の驚きに包まれていた。エルフの中でも温厚な緑の氏族とは言え、その立場上アルディスの様な王族にも軽々しく頭を下げる事の無いシリーが、その頭を深く下げたのだから驚くなと言う方が無理な話と言えるだろう。


「お部屋は同じ場所に用意しております。食事はどうしましょうか? お部屋で良いでしょうか?」


「そうしてもらうとありがたいかな」


「はい、承りました」

 さらにユウヒへの対応は貴賓レベルを通り越し、周囲では下世話な話まで囁かれる始末。この時のシリーは非常に気分が良く、自分の所作にあまり気が回っていなかったのだが、後にこの時の事でセーナに弄られ耳まで真っ赤になるのはまた別の話しである。


「えーっと、もう大丈夫かな?」

 周囲でシリー結婚間近などの噂がなされている中、シリーの後ろからそっと近づいて来たアルディスは、どこか申し訳なさそうにしながらも我慢できなかったのかユウヒに声をかける。


「アルディス様・・・」

 そんなアルディスの姿に、バルカスはもう少し大人になって欲しいと思いながら肩を落としたのだった。


「お、アルディスただいまー」


「うん! お帰りユウヒ」

 そんなバルカスの気持ちなど知らないアルディスは、ユウヒからかけられた帰宅時の挨拶に顔を綻ばせると嬉しそうに答え、シリーだけでなく周囲の者達まで微笑ませる。若干名頬を赤らめる女性も居たようだが、彼女達がどんな話しをしていたか聞き取れた者は居なかった。


「その期待に満ちた目には悪いが、今日は色々やる事あるからな?」


「う、うん!? 分かってるヨ? ゆっくり休んでね?」


「・・・はぁ」


「ははは」


「ふふふふ」

 傍から見たら彼らの関係がどう映るかは人それぞれであったが、ユウヒの目には前にも感じたとおりアルディスが子犬の様に映り、ユウヒの先制口撃で慌てる姿には乾いた笑いを漏らさずに要れないのであった。


 後日、溜息を漏らしていたバルカスの下にとある贈り物がされるが、その話は次の機会にするとしよう。





 そんな暖かな雰囲気が流れるユウヒの周りと違い、こちらでは嫉妬の感情が溢れていた。


「な、なんだあれは!?」


「なかよさそっすね」


「ありゃー・・・シリー様良い顔しちゃって」

 主に嫉妬の感情を振りまいているのはシーリンの父であり、その部下達は微笑ましそうな、それでいて少し羨ましそうな表情でシリーを愛でていた。


「バカな! あの外道まさかシリー様にまで!」

 部下達には微笑ましく映る光景も、シーリンの父には歪に歪んで見えるらしく、彼の目にはユウヒがシリーを洗脳する魔王にでも見えている様である。


「何言ってんすか? 目を覚ましてくださいよ隊長」


「目を覚ますのはシリー様だ! 誇り高きエルフの長があのような下賤な種族と!」


「あー・・・駄目だなこりゃ」

 現在の彼は娘に説教される前の状態にまで、いやそれ以上にヒートアップしてしまっているのか、部下も既に匙を投げて周囲に助けの視線を飛ばしていた。しかし直接的な戦闘力だけならエルフでも上位に入る赤髪エルフをどうにか出来る物など居る分けも無く、部下達の視線は苦笑いで返されてしまう。


「今私がおたすけにぃ!?」

 しかしその時、今にもユウヒに飛びかかりそうなシーリンの父を止める救世主が現れる。その名は、


「貴様はこっちだオーベル」


「グロアージュ!? 貴様何をする! アレを見てどうも思わんのか!」

 そう、シリーの弟であるグロアージュであった。シーリンの父、オーベルより尚太いその筋肉質な腕は、跳びだす寸前のオーベルの後ろ襟をがっちりと捕えていた。突然後ろ襟を掴まれたオーベルは振り向き、相手がグロアージュだと解ると驚愕の表情を浮かべる。


「・・・いろいろ思う所はあるが、別にどうこうする事でもあるまい」

 驚愕の表情を浮かべながらも、目の前の状況について何も思わないのかと鬼気迫る表情で訴えかけるオーベルに、こちらは何とも複雑な表情を浮かべるグロアージュ。彼も何となくであるが姉の感情には気が付いているらしく、弟として、またシスコンの気を自覚している身としては、感情を一つにすることが出来ない様であった。


「だよねー、むしろエルフとしては正解的な?」


「・・・そうか、例の事を知っているのか」

 そんなグロアージュの呟きに、ひょっこり現れたナルボは楽しそうに同意する。その言葉尻からユウヒの、主に精霊関係の話しについて知っている可能性に気が付いたグロアージュは、驚きとまた同時に納得の混じった声を漏らす。


「うん、うちの族長からさわりは聞いてるよ? すごいよねー」


「それだけで済むあたり変わらんな」

 常に変わらないどこか軽いノリのナルボの言葉に、いつもは見せないやわらかさを感じる苦笑を漏らすグロージュ。どうやら彼らは皆それなりに付き合いの長い関係のようで、互いに交わす言葉は少ないわりに、交わした言葉以上のやり取りがなされているようだ。


「そっちは何か変わったね? 何かあった?」


「・・・まぁな」

 グロアージュ曰く昔と変わらないらしいナルボに対して、不思議そうにナルボが見上げる先には、ユウヒと自分の姉のやり取りを見つめて何とも言えないに苦笑を浮かべたままのグローアジュ。しかし変わったというナルボは、そんな友の姿に悪くない印象を受けたのか満足気な笑みを浮かべるのであった。


「貴様等何を言っている! それよりもシリー様をお助けせねいだだだだだ!?」


「だからお前はあっちだ。行くぞ」

 それに対して、今もユウヒへと憎しみのこもった視線を送り続け、グロアージュの腕から逃れようとするオーベルには困ったような笑みを浮かべるナルボ。グロアージュもいい加減鬱陶しくなってきたのか、掴んでいた襟を放したかと思うと、即座に頭を鷲掴みで音が出そうなほど締め上げ、そのまま引きずって運び出す。


「あらら、僕らも行こうかね。おーい、いくよー!」


「はーなーせー!」


 ズルズルと引きずられていくオーベルとグロアージュの姿にどこか懐かしそうな表情を浮かべたナルボは、周囲で惚けていたエルフ達に声をかけて二人の友人を小走りで追いかけ始める。


「・・・父さん、お母さんに言いつけないと」


 そんなエルフ達の最後尾には、ユウヒにちらりと視線を向けたシーリンが前を向き歩き出し、先頭を引きずられ歩く父親の姿に冷めた視線を向け小さく、また一段低い声でつぶやいた。


「おのれそこの人族! 覚えていろよぉぉぉ!」


「え・・・何を?」

 娘がどんな表情を浮かべているのかなど気付きもしないオーベルは、遠く離れていくユウヒに大きな声で叫び、ユウヒを困惑させるのであった。





 そんな騒がしい凱旋から数時間後、久しぶりのお風呂に入りゆっくり汗を流したり、結局我慢できなかったアルディスと一緒に夕食を摂りながら談笑したりといった時間を過ごしたユウヒは、用意された部屋に入ると音漏れ防止の結界を張り、アミールと連絡をとっていた。


「と言うわけで、こっちはそんな感じだったよ」


「・・・怪我も無くて本当に良かったです」

 ユウヒによる一通りの報告が終わると、それまで真剣な表情でユウヒの話を聞いていたアミールがホッと息を吐き安心した声を漏らす。


「まぁね、それでそっちはどうなの?」

 実はアミールが心配しそうな部分を一部省いて話していたユウヒ、その為、見て分かるほどに安心したアミールの表情に思わず苦笑が漏れそうになったユウヒだが、同時に省いて正解だったかと心の中でホッと息を吐くのだった。


「そうですね、ちょっと芳しくないです。あ、それでですね? 今回の一件について少しお話を聞きたいという方が居まして」


「オハナシ? ・・・事情聴取的な?」

 そんな安心も束の間、アミールから告げられた言葉に嫌な汗を掻くユウヒ。一般市民的感覚じゃなくとも色々と壊しすぎた感のあるユウヒは、お話と言う言葉が別の言葉のように感じられ、思わず尻込みしてしまう。


「えっと、そんなに失敗はしなくても大丈夫だと思います。話しの分かる方ですから、先輩も封印しておくらしいので・・・」


「封印?」

 ユウヒの尻込みが画面越しにも伝わったのか、きょとんとした表情を浮かべたあと小さく微笑んだアミールは、何時ぞやのように優しく安心させるような声色で話しかける。後半部分若干表情に引きつりが見受けられたが、アミールの使った言葉の方に気を取られたユウヒは気がつかないのであった。


「ああいえ何でもないです! あ、丁度通信が来ました。少し待っててください」


「あいよー」

 宙に浮かぶ画面の前で首をかしげるユウヒに、慌てて取り繕ったアミールの元にちょうどいいタイミングで通信が入る。画面に映るアミールが一言断り通信を切ると、ユウヒの見ていた画面には『しばらくお待ちください』と言う文字だけが浮かんでいた。


「封印かぁ・・・何を封印するんだろ? あれかなSAN値がやばくなるものでもあるのかなー」

 通信が切れた画面を見つめているユウヒは、先程から気になっていた封印という言葉に、まだ見ぬ未知の神様像や神様の世界を妄想して首をかしげる。


「・・・結構時間かかってるな? 今のうちに合成の準備でもしてようかな」

 そんな妄想を一通り終わらせてもアミールからの通信はかかってこなかった為、不思議に思いながらも、アミールとの話しを終えてから取り掛かるつもりであった合成魔法の準備に手をつけ始めた。


「そういえばピクシー族があそこに住むって言ってたけど、許可証とかいるかな? それっぽいの渡せば喜びそうな性格だし、作るか」

 神様印のバッグから大量の荷物を取り出しながら作るものを考えるユウヒ、土地をもらって不安がっていた割には意外と乗り気なのか、整地の時に切り分けてきた木を手に取ると、妖精族達の事を思い出し楽しそうに微笑む。


「これは、とりあえず半分ドライフルーツにしてみよう・・・上手くいけば全部でもいいし」

 また蔦の編み籠の中身を手に取りテーブルに並べ始めると、全て食べてしまったドライフルーツの補充を考え頬を緩める。その時ふとドライフルーツを呉れた兄妹の事を思い出し、お世話になったエルフの人達へのお礼にしてもありかと果物を見詰めプランを考え始める。


「こっちは付与魔法を使ってもありかな、あぁそうだ贈り物なら容器もいるな・・・どんなのがいいかな?」

 その後もユウヒの脳内作りたい物リストには次々と項目が追加されて行き、その度にユウヒの顔には笑みが浮かんでいく。きっとこの姿を某黒い同胞たちが見れば、またも震え上がることになるのだろう。


「・・・・・・遅くね? アミールなにかあ「おまたせしましたー!!」おおう!?」

 そんなユウヒの妄想タイムも一段落付いた頃、すでに通信が切れてから十分と言わない時間が過ぎていた。流石に時間がかかりすぎだと思ったユウヒが通信画面に顔を近づけた瞬間、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで通信画面に色が戻り、ユウヒの視界いっぱいにアミールの美しい唇が映る。


「すいませんユウヒさん、馬鹿・・・んん、先輩の封印は済みましたので、準備完了です」


「お、おう?」

 急な画面の移り変わりと大音量に、びくりと肩を跳ねさせたユウヒの見る画面には、どこか焦った表情の中に怒りのようなものを隠しきれていないアミールが映っており、その微笑みに言い知れぬ感情を抱いたユウヒは、尻餅をついたような姿勢で吃った返事を返す。


「それでは通信を繋げますね」


「う、うんわかった(汗掻いてるけど何があったんだろ)」

 そんなアミールの言葉に何故か自然と正座の姿勢をとるユウヒは、画面の向こうで何かの操作をするアミールの首筋を流れる汗に、通信が切れていた間に何があったのか気になってしょうがないといった表情を浮かべ、通信相手が映るのを待つのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 どうやら無事に帰り着くことの出来たユウヒ一行、大きな怪我を負った者もなく良かったですね。若干一名ほど扱いが雑でしたが・・・。そんな一日の夜もまだまだ長いようで、ユウヒは一体どんな話をさせられるのか、どうぞお楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー


 

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