第百五話 エマージェンシー
どうもHekutoです。
だんだんギリギリ感が増す執筆速度ですが、楽しんでいただければ幸いです。
『エマージェンシー』
ここは光満ちるもどこか暗い印象を受ける塔の頂上。
「よし、とりあえず慎重に逝ってみよう。もとい、やってみよう」
そこには、大きな声で気合を入れているのか抜いているのか解らないユウヒの姿があった。そう、ここは不帰の壺の中にある塔の頂上にして、破壊目標の【ライフマネージメントコア】の目の前である。
「良く分からないけど経年劣化か何かで故障中みたいだし、様子見ながらじゃないと不安だしな」
破壊目標であるコアを右目で見詰めるユウヒの視界には、いつ壊れても可笑しくない様な情報が流れており、それはユウヒの思考に普段以上の慎重を与えるに足る内容だったようだ。
「・・・先ずは、武器無き者に戦う力を【氷乱舞装】! くらえ! 昇○拳!」
頭の中で幾つか案を考えたらしいユウヒは、少しだけその表情にやる気を見せると、以前ウルの森で使ったのと同じ魔法を使う。その魔法は大量の魔力を糧に、ユウヒの両手を非接触な氷のナックルで覆い、その氷塊と言っても良い拳はふざけた様な声と共に、見上げる様な位置にあるコアへと打ち付けられた。
濃厚な魔力が込められたその一撃にはかなりの威力があるらしく、見た目以上に重い激突音を周囲に響かせるのだった。しかし、
「うん、わかってた。やっぱ大きさは強さ、と言うか・・・硬さだな」
【氷乱舞装】を解除してユウヒが見上げたコアの激突面には一切の傷跡が無く、まるで先ほどの音が無かったかのようにその巨体を見せつけていた。
「えーっと、今度はこの世界でも使い慣れた魔法から・・・【ターゲットピンポイントロック】三十発装填【ロックボルト】」
次に選んだのはこの世界で最初に使った、より正確に言うなら真面に使った攻撃用の魔法である。その再現率の高い【ロックボルト】の元になっている魔法は、クロモリオンラインの数ある世界の中でも少し特殊な世界で取得できる魔法で、機械などの固定に使う部品のボルトを念力で撃ち出すものであった。
「発射!」
金属製のボルトを固い石で代用した【ロックボルト】は、ユウヒの周りで自分達の体の螺旋に合わせるように高速回転を始めると、ユウヒの命令に従い一斉に飛び立つとほぼ同じ場所に殺到する。
「結構な威力が出てると思うんだけど、これでだめなら強めの魔法でも全然問題無いかな?」
石のボルトが砕けた事による僅かな土煙が晴れた先には、やはり数秒前と同じようにコアが悠然とその姿を晒していた。
しかしこの時、ユウヒはある勘違いと聞き逃しをしている。一つはこれまでの攻撃が全てコアに直接接触していると言う思い違い、そして【ロックボルト】が殺到した時僅かに聞こえたガラスの割れる様な音にである。
「えーっと広範囲じゃなくて単体用魔法で強力なのと言えば、あれだな・・・あれってゲームだと詠唱時間長くて使い所が無いんだよなぁ」
この二つの要素に気が付いていないユウヒは、手加減をしながら壊せるような物じゃないと判断し、魔法の威力を一気に数段上げるのだった。それはこれまで作って、また再現してきた魔法とは違う新しい妄想魔法の様である。
「えーっと、今考えると結構恥ずかしいなこの詠唱」
頭の中でとある魔法を思い浮かべ、しっかりイメージと妄想を済ませたユウヒは、苦笑いを浮かべながら周囲を確認し、誰も見ていないことを確信すると右手を前に突きだし目を瞑る。
「・・・礎の罪、礎の嘆き、礎の怒り、我は救いの調べなり。罪深き汝らは等しく救われ、その魂は無に帰さん。ただ安らかに眠れ【フリージングデストラクション】」
朗々と読み上げられるようなその言葉に合わせ、ユウヒの周囲では急速な温度変化が起こり薄い霧が発生し始め、最後に魔法のキーワードを告げた瞬間、空間が丸ごと軋むような音が辺りに響く。
この【フリージングデストラクション】とは、対象を空間ごと急速冷却し同時に破壊すると言う高威力かつ中々にエグイ魔法である。
妄想が正しく反映されていれば、ゲーム上のエフェクト同様、魔法が発動した瞬間粉々に砕け散るはずなのだが、
「・・・・・・あれ?」
若干小さくなったようにも感じられる球体は、特に破壊らしい破壊は見せないまま佇んでいる。
「これでもだ!?」
しかし、ユウヒが失敗と思われるコアの反応に首を傾げようとした瞬間、一瞬で球体の表面を罅が走り、その罅は球体の深い所にまで達したらしく滑らかな球体が鋭角に形を崩し始める。
「おお、すげー事になったな」
形を崩した球体はそれでもその場所から動かず、ただ末端からキラキラとした冷たい輝きを放つ塵となって崩壊を始めた。目の前の状況に驚きの声を漏らすユウヒの前で、更なる驚きを与えるべく球体はその輝きを増し始める。
<エマージェンシー! エマージェンシー! 当箱舟は、ライフマネージメントコア防護機能及び、当コアに致命的な損傷を受けた為、生命維持の継続が不可能と判断されました。存命中である全ての生物は緊急脱出の為、強制排出いたします>
「へ? はこぶね?」
崩れたコアの輝きが最初の倍ほどに増すと、突然ユウヒの頭の中に直接女性の声が響き始める。その声が示す内容は詳しく理解できないものの、明らかに非常放送などと似た雰囲気であり、ユウヒの頭に混乱を与えると同時に何とも言えない嫌な予感を与えた。
<強制排出時は、各生命体に防護シールドを展開します。安全が確認されしだい自動解除されますので、シールドに不用意な刺激を与えないでください>
「出れそうではあるが、何やら雲行きが怪しいぞこれは」
崩れるコアから離れたユウヒは、頭に響き続ける女性の言葉に意識を傾けながら状況の把握に努める。その内容から何となく状況を理解したユウヒが、塔の足元に居るエリエスの住民へ目を向けると、半透明の膜に入った人影がふわふわと宙に浮いているのが見え、シールドと言うものを理解したと同時に、背筋に嫌な汗が流れる。
何故なら、一般的にシールドなどと呼ばれる物に守られると言う事は、その防護が必要な状況に陥る事を意味しているからだ。
<搭乗されている皆様へ、あなた方の未来に、大いなる導きが、有る事を、切に願い、最後の、挨拶と、させていただき、マス>
見下ろす先の人々が漏れなく膜につつまれると、ユウヒの周りにも半透明の膜が拡がりユウヒの足を掬う。柔らかい膜に背中を預ける様な体勢になったユウヒの頭には、壊れかけのスピーカーから聞こえてくるような、切れ切れの声が響いていた。
「良く分からんが、壊してごめんなさい」
そのどこか悲しそうにも感じる女性の声に、この状況が自分の所為であることを自覚しているユウヒは、真っ黒な空を見上げながら謝罪の声を漏らす。
<ありがとう。あなたの、選択ハ、まチがって、イません、ゴ、アンシン、くださイ。・・・・・・放送、オワリ>
「・・・」
返事を求めぬ謝罪だった言葉に、まさか返事が返って来るとは思っていなかったユウヒは、まるで直ぐ側で話しかけられている様な生々しく、また機械と肉声を混ぜた様な切れ切れの言葉に目を見開く。
「うお!? なんだ!?」
直後、ふわりとした浮遊感を感じたユウヒを襲ったのは、激しい乱気流に巻き込まれた旅客機内の様な揺れであった。
「ニャァァァァ!?」
「ワオォーーーン!?」
「「キャー!?」」
揺れに驚き周囲を窺ったユウヒの目には、真っ暗な空間で自分と同じように膜に包まれた人々が急速に上昇する姿が映る。その中にノイやクラ、シーリンそれに小さくてよく見えないがピクシーの姿も確認でき、そのどれもが急速な上昇に伴う揺れに悲鳴を上げていた。
目の前の状況に表情を引き攣らせたユウヒは、数秒後彼女達と同じ運命をたどる事になるのであった。ユウヒ曰く、ジェットコースターが可愛く思える恐怖体験だったとの事である。
「ノオォォォ!?」
ユウヒが謎の声に見送られ悲鳴の渦に飲み込まれた頃、エリエスの森でも異変が起きていた。
「ねぇねぇ! あれ見てあれ!」
「なによぉ・・・何アレ」
大きな木の上の太い枝に座っている二人の少女が見たものは、深い森の中から突如として現れた渦巻く風の柱であった。
「わかんない! けど凄い事は確かよ!」
「星の次は何かしら!」
それは所謂竜巻と呼ばれる現象に酷似したものであったが、その少女達は目の前に現れたそれが何なのか理解できず、只々好奇心で目を輝かせる。
「きっとあれを見れば居なくなった子達も集まるはずよ!」
「なら急がないと!」
それは二人の少女だけでなく、同じように周りで寛いでいた少女達にも伝播し、周囲がより一層騒がしくなり始めた。しかしその騒がしさは彼女達だけによるものなのだろうか、その割には騒がしくなり過ぎな気もする。
「行くぞー! 出撃ー!」
『おー、おぉぉぉ?』
先頭に立った一人の少女の掛け声と共に立ち上がり、一斉に飛び立つ少女達。しかし威勢よく飛び出した彼女達を待っていたものは、予想と違う状況であった。
「と、とばされるー!?」
「いやぁん!?」
「たーすけてー!?」
彼女達はピクシー族、エリエスの小さき住民代表の彼女達は、すぐ目の前に現れた竜巻の風に強く煽られ天高く舞い上がる。小さいと言う事はそれだけ軽いと言う事であり、彼女達の周囲を騒がしくしていた竜巻の風を持ってすれば、そのちっちゃな体は木の葉の如くであった。
『ちっちゃい言うなー!!』
おっと、これは失礼。
そんな感が良いのか悪いのか解らないピクシー達が、強制空中散歩をしている頃。
「ナルボ様あれを!」
「おお! すごい、すごいぞこれは!」
竜巻を挟んでずっと離れた場所では、青い髪に青い目のエルフ達が森の中から現れた竜巻に気が付き悲鳴・・・いや、歓声を上げていた。
「ナルボ様伏せてください!? 危ないですから!」
ナルボと呼ばれた男性エルフの服を後ろから掴んでいる女性エルフは、妙に興奮している彼を必死に宥めようとしているようだ。なにせ、いくらピクシー達が居た場所よりは竜巻から離れているとは言え、既に風の影響は出てきているのだ、万が一にでも風で飛んできた物が当りでもすればただでは済まない。
「ははは! 何を言っているんだね? あんな凄い竜巻だよ? さっそく調べないとね!」
「何言ってるんですか!? あぶなぁぁい!」
そんな女性の気持ちなど知ってか知らずか、ナルボと言うエルフはまるでおもちゃの山を前にした少年の様な表情を後ろの女性に向ける。とその時、ナルボを必死に止める女性の目に映った物は、必殺の威力をその身に宿し、ナルボの頭目掛けて一直線に飛んでくる丸太であった。
咄嗟の馬鹿力か、それとも単にナルボが軽いのか、女性の手により地面に引き倒されたナルボは急死に一生を得ることに成功し、その傍らでは今にも泣きそうなほど真っ蒼な表情で地面に転がる女性エルフ。
「いてて、ありがとう。しかしあんな大きな丸太が飛んでくるなんて・・・素晴らしい威力です!」
女性と丸太と、丸太の飛んできたと思われる竜巻を真剣な表情で見詰めたナルボは、彼女を優しく抱き起すと、くるりと体を反転させ一目散に駆けだす。その方向に有るのは、数分前より一層太く長く禍々しくうねる竜巻・・・。
「な、ナルボさまー!?」
一瞬の出来事と、普段は見せないナルボの真剣な表情に呆けていた女性エルフは、駆けだしたナルボをキョトンとした表情で見送ると、絶叫する。
「行くぞ! ナルボ様を一人には出来ん!」
「おお! ナルボ様がシンパイダー!」
絶叫する女性の後ろから現れたのは、今までのやり取りを静観していた同じく青髪青目の男性エルフ達、彼らは女性エルフが動き出すよりも早くナルボを追いかけ始める。
「ならその両手で大事そうに抱えてる計器魔道具、手放してから言いやがれ!」
「「あべし!?」」
その両手に計測機器と思われる魔道具を大事そうに抱えて、その顔にナルボと同じ種類の表情を浮かべながら。きっとこれら一連の流れは何時もの事なのだろう、流れる様な彼らの動きに、遅れる事無く彼女の粛清が入り、男性達は地に伏すのであった。
「ナルボ様ぁぁ!」
そんな馬鹿な同僚を足蹴にし唾まで吐いた女性エルフは、その般若の様な表情を直ぐに戻すと、竜巻目掛けて走り行くナルボを追いかけるのであった。
エリエス五大氏族の一つ青の氏族、彼らは探究と言う行動を何よりも大事にする種族である。
そんなナルボ達からもう少し竜巻に近い場所では、
「な、なんだあれは・・・」
「森が・・・」
二人の男性エルフが、迫りくる竜巻にその赤い髪をなびかせながら、驚愕の表情を浮かべていた。竜巻から比較的近い為かその場所で感じる迫力は、勇猛果敢な赤の氏族男子をもってしても動揺を隠せないもののようだ。
「って呆けている場合ですか! 逃げますよ!」
そんな危険地帯となった森の中に居たのは、赤の氏族から追加派遣された捜索隊3名、驚きで動きを止めていた二人の男性エルフに、彼等よりも早く正気に戻った女性エルフが同僚の二人に大きな声をかける。
『な!?』
しかし女性エルフの声で正気に戻り振り返った男性エルフ達は、先ほどまで竜巻に向けていた驚愕の表情など可愛く思えるほどの表情でその端正な顔を固めると、信じられない物でも見た様な声を漏らす。
「どうしました?」
危険な状況に慌てていた女性も、二人の同僚が揃って同じような表情と声を出したことに驚いたのか、きょとんとして表情で周囲を確認すると、どうしたのかと石像のように動かなくなった同僚に首を傾げて見せる。
「いやおまえ・・・黒は、まだ早いだろ」
女性エルフに首を傾げられた二人は、互いに視線を交えると一つ頷き戦々恐々とした表情のまま口を開いた。彼女の身に着けた下着の色に対する純粋な気持ちを告げるために・・・。
「白の方が、いえ・・・いっそしまぷげら!?」
彼女が身に着けている衣装は、赤の氏族の伝統的な衣装の一つで非常に動きやすく出来ている。男性用と女性用にそれほど違いは無いが、女性の下履きは共通して膝丈くらいのスカートに編み上げブーツとなっているのだが、通常の風や動きならまだしも竜巻の影響で乱れた風は、魔法の力で捲れ防止が施されたスカートの能力を大きく上回ったようだ。
「しね! しね! 今ここで死んでしまえ!!」
純粋な気持ちから出た男性エルフの提案も、羞恥に顔を染めた乙女の前では火に油を注ぐ結果にしかならず、ハイキックによるダウンからの倒れた背中に対して連続で打ち込まれる高速ストンピングと言うコンボを浴びる事にしかならなかった。
「そんな事をしている場合か! 今すぐこの白いぱぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁ!?」
「あぁいるびぃばぁぁぁっ!?」
近くの脅威より目の前の馬鹿に対する制裁、そんな言葉が思い浮かびそうな現場で、真剣な表情を浮かべた男性エルフが取り出した純白のパンツ共々、彼らは竜巻の余波により空高く舞い上がる事になるのだった。
そんな変態赤髪エルフ達が飛ばされた場所からずっと離れた、ここは緑の氏族の里中央にある巨大なグリュールバグッド頂上に作られた展望施設。
「シリー氏族長! これはいったい・・・」
「これはアルディス殿」
普段から森の様子を窺うために監視の兵士が常駐している広い展望施設には、監視の兵士以外にシリーの姿があり、さらにそこへアルディス達数人のグノー王国勢も駆け込んでくる。
「ほえぇ・・・」
「あれは、あれほどの竜巻・・・エリエスでは?」
駈け込んで来たアルディス達は、森の異変に気が付きここまでやってきたようであるが、いざその異常を目の当たりすると皆等しく言葉を失う。これは別にアルディス達だからと言うわけでは無く、今は落ち着いているシリー達エルフもまた最初は同じように言葉を失っていたのである。
「私も初めての経験です。今情報を集めていますが、先に避難などを行わないといけませんので」
呆けるメイと疑問を投げかけてくるバルカスに対して、静かに首を振ったシリー達エルフは、人より長い時間を生きるために心を制御する能力が高いのが一般的なのだ。
「・・・は!? そうだよね。すぐにうちからも避難援助と怪我人が出た時の準備を!」
「はっ!」
シリーの言葉に正気を取り戻したアルディスは、身辺警護の為に付いて来ていた兵士の一人に指示を出す。こうした切替の早さは流石は王族と言ったところなのであろうか、実際指示された兵士も直ぐに返事を返す事は出来たものの、その動きはどこかぎこちなく見えた。
「ふぇ・・・魔法でしょうか?」
「そうですね、エリエスの森でこのような自然現象が起きるとは思えませんし・・・」
一斉に動き出す兵士達とは違い、まだ呆けた様な顔で遠くにそびえ立つ竜巻を見詰めるメイは、竜巻から感じる強い魔力の反応に首を傾げるとシリーに目を向ける。どうやらシリーもメイ同様、この竜巻が魔法やそれらに似た何かによるものではと推測しているようだ。何故ならシリーが知る限りにおいて、エリエスで大規模な竜巻が発生したと言う記録は存在しないからである。
「・・・ねぇバルカス」
「は」
そんな異常気象を目の前に、アルディスは真剣な表情でバルカスに声をかける。その表情にバルカスは居住まいを正すとアルディスの言葉を待つ、しかし彼の口から発せられた言葉は、
「もしかして、ユウヒの魔法・・・じゃないよね?」
「・・・いえ、ユウヒ殿は土属性の魔法士だったかと」
アルディスに向けるバルカスの真剣な目をジト目にかえる効果があったようで、首を傾げるアルディスにバルカスは冷静なツッコミいれるのであった。
「あ、そう言えばそうだったね。でもユウヒだしなぁ」
「・・・その評価もどうなのでしょうか」
何かあればユウヒの名を上げるくらいユウヒに好意を抱いてるアルディスに対して、僅かな危機感と共にユウヒに対する妙な不憫さを感じるバルカス。
「・・・びっくり箱みたいな人ですよね」
「メイまで・・・」
そのユウヒに抱いた不憫さは、メイの感想でより一層増すのであった。
「ふっ・・・くくく」
アルディスを中心に弾んだ会話は、周囲のグノー王国兵士達の様々な頷きと共に広がり、その可笑しさにシリーの笑いを誘う事になる。
「「「・・・ぁ」」」
常に余裕を持って対応する姿が印象的だったシリーの堪えきれなかった笑い声に、アルディスは顔を赤くし、メイとバルカスを目を合わせると苦笑いを浮かべる。そんな彼ら彼女らの背景には巨大な竜巻が鎮座しており、何とも言えないシュールな光景を作り出していたのだった。
シリーの笑い声が漏れる展望施設の下の方では、森から生えるように現れた竜巻の姿を、冒険者達が物珍しそうに眺めている。
「どど、どうしたんだ!?」
そんな中テント内に引きこもっていた居たナルシーブは、周囲のどよめきと妙な魔力の反応を肌で感じると、慌ててテントの中から現れる・・・ルワを伴って。
「うにゃぁ!? 大木がお空を飛んでるにゃ!?」
「うおお!?」
別にイチャイチャしていたわけでも無く、抵抗できない相手に対してあきらめの境地に入りつつあるナルシーブは、テントの外で大きな声を上げているリフの言葉に空を見上げ驚きの声を漏らす。それもそうだろう、彼の見上げる先には数えきれないほどの木々が空を舞い、その姿を次第に細かくしているのだ。
「なんだいなんだい? エリエスのトレント族は空飛べるってかい? あっははは!」
驚き固まるナルシーブの後ろからやって来たのは、昼間っから酒気を伴っているヴァラであった。遠くに見える光景ということもあり、陽気な声を上げる彼女であったが、
「・・・ん? あれこっちに来てないか?」
「あん?」
黒豹系の獣人であるルグオンの声に首を傾げると、目を凝らし空を見上げる。その瞬間、彼女の左前方、ナルシーブの目の前に大きな丸太が落ちてくる。
「うおわぁぁ!?」
「きゃん!」
空から落ちてきた太さも長さも成人男性の二倍ほど有りそうな大木の余波は、ナルシーブを枯葉の様に吹き飛ばし、その隣で当然のようにナルシーブに引っ付いていたルワもまたナルシーブに巻き込まれる様にして飛ばされる。どうやら二人共に体重が軽かった為、余計に飛ばされやすかったようだ。
「だいじょぶかい!?」
豪快で小さなことをあまり気にしない性格のヴァラ、そんな彼女でも自身と同じ鬼族ならまだしも、見るからにひ弱なナルシーブと細見なルワが大きく吹き飛ばされれば心配するようで、血相を変えてナルシーブ達が飛ばされた方に駆けよる。
「イテテ・・・なんだ、このやわらかいのは」
そんな彼女が駆け付けた場所には、無残にも押しつぶされたナルシーブのテントの上に、
「うぅん、だーりん? ・・・これは、もうおっけーってことだよね!」
まるでこれから情事が始まるような体勢でルワに覆いかぶさるナルシーブの姿があった。しかもその右手でルワの左腕を押え、左手でルワの女性らしい柔らかな胸を揉みしだく始末。
「ちがうわ!? ってこら放せ! くっ付くなっくっつけるな!」
結果、土煙で目を開けられない為、未だに状況を飲み込めていないナルシーブは、自らの状態を逸早く認識したルワによる感激の抱擁を受ける事になる。
「もう! 恥ずかしがり屋さぁん!」
「むぐぅぅぅぅ!?」
今までの経験上、ルワの抱擁からは逃げられないと解っているナルシーブ、それでも必死に逃げようとする彼であったが、いつも以上に強力なルワの抱擁は彼の顔をその双丘に押し付ける事で、完全に動きを封じホールドするのだった。
「・・・すまん・・・」
いつも通りと言えばいつも通りのやり取り、それは同時に救出不可能を意味し、丸太の接近に気付くのが遅れたルグオンは居た堪れなくなり小さく謝罪を漏らすとそっとその場を離れる。
「・・・まだ飛んできてるねぇ」
「結界張りの手伝いしてくっか」
どうやら怪我をしていない様でほっとしたヴァラも、引き剥そうとすれば面倒しか待っていない目の前の状況から目を逸らすと、一部始終を見ていたガッシュ共々その場をあとにした。
「てつだうにゃー」
何があったかよくわかっていないリフは普段ならナルシーブに纏わりいて遊ぶところなのだが、いつも以上に激しいルワのスキンシップに暖かい視線を送ると、ガッシュとヴァラを追いかけるために駆けだす。
「うぅうんーんー!(お前らおいてくなー!)」
「いやぁんくすぐったぁい」
後に残ったのは、ゆっくりと窒息に向かっているナルシーブと周りが見えないほど興奮したルワだけであった。どうやら他の冒険者たちも胸やけを起し、その場を退場したようである。
一方その頃ユウヒの同朋である忍者達はと言うと、
「・・・ふむ、竜巻だな」
「そうでござるな」
ウパ族集落に建ち並ぶツリーハウスの土台となっている大木頂上付近で、酔いをほどよく覚ます為に涼んでいた。まったりとした雰囲気で遠くに見える巨大な竜巻を眺めながら。
「・・・お主ら、むかつくほど落着いとるの」
彼らの後ろではウパ族の族長が、なまぬるーい視線を彼らに注ぎながらも遠くに見える竜巻を警戒していた。ウパ族の集落は竜巻の発生している場所からかなり離れており、ほぼ影響を受けていない事から竜巻の発生に気が付いているのは、ここに居る三人だけである。
「まぁ、結構遠いからだ「待つでござる」い?」
「フラグ建ててこっち来たら目も当てられないでござる」
「ふらぐ?」
しかし何事も絶対はありえない、世の中には死亡フラグなどの危険な要素が乱立している。その危険性を知っているゴエンモとしては、ここで無駄な旗を上げさせるわけにはいかない、なぜなら・・・。
「拙者等は逃げれるでござるがヒゾウが・・・」
「置い行く気まんまんだなおい、まぁおいてくけど」
未だにヒゾウは一人気を失ったままであるからだ。
「お主ら本当に仲間なのか?」
万が一何か起きた時はヒゾウを置いて行く気な二人に対して、生ぬるくも冷たい視線で見詰めるウパ族長。
「とうぜんだろ」
「なかまでござるよ」
「・・・」
問い掛けに対して即座に返って来る抑揚が殺された返答に、まだまだ彼らの本質を把握しきれていない彼女は不安と困惑の混ざった表情を浮かべる。流石にこれは年長者として注意した方が良いかと、彼女が口を開きかけた時である。
「嘘だ! その心の籠ってない声は嘘をついている声だ!」
一陣の風がウパ族長の頬を撫でると、いつの間にか目の前にヒゾウが現れており、奇妙なポーズをとりながらゴエンモとジライダを指さし力いっぱい声を張り上げていた。
「「その答え、イエスだね!」」
目の前の急展開に頭のついて行かないウパ族長を前に、ゴエンモとジライダは親指を力強く立てたと思うと嬉しそうに肯定の意を伝える。
「イエスだね! じゃねぇ!」
そんな二人に対して一見憤慨しているように見えて、その顔には楽しそうな表情を浮かべるヒゾウを見て、初めて彼女は理解した。これも彼らのスキンシップの一つなのだと、その言葉の裏には彼らにしか分からない別の意味が籠っているのだと。
何故か理解しあえたような表情でハイタッチをしている三人は、ウパ族の族長の目に久しく感じていなかった眩しさを感じさせるのであった。
「それより、アレっておかしくないか?」
「あ?」
「何がでござる?」
急展開につぐ急展開に付いて行くことをあきらめた族長の前で、急にジライダが首を傾げる。どうやら遠くに見える竜巻に違和感を感じている様だ。
「普通竜巻って上から下に伸びるもんじゃね?」
「そうなのでござるか?」
「しらんがな・・・」
「ワシに振られてものぉ・・・考えたこともないわ」
確かに遠くに見える竜巻は、一般的な竜巻に見られるような上から下に伸びる姿では無く、下から上に伸びて広がっている。しかしこの場には竜巻の専門家など居る分けも無く、また族長にとっても竜巻を見た事など一生のうちに片手で数えられる程度しかない為、答えを持ち合わせてはいない。
『・・・・・・・・・』
結果、訪れるのはなんとも気まずい空気のみ。
『だめだ、ツッコミかストッパーか雑学マスターが居ないと全然締まらない!?』
どうやら行き当たりばったりなネタ振りは、彼らの首を絞めただけで終わったようだ。そんな三人の姿に小さな笑みを浮かべた族長は、小さく聞こえない溜息を吐くと、
「そんなことより、こっちを手伝ってくれんかの?」
『うぇーい』
何でもない様な表情で彼らに声をかけ先導するのであった。
一部を除き、エリエス大森林全体が謎の竜巻により大騒ぎとなっている中、果たしてユウヒ達は無事脱出する事が出来たのであろうか。そして忍者達は何時になったらユウヒと合流できるのだろうか・・・。
いかがでしたでしょうか?
サブタイからすでに危険な香りがしましたが、いろんな意味でエリエスの森を襲った混乱はどうなっていくのか、そしてユウヒは・・・。
というわけで、今回もこのへんでまここでお会いしましょう。さようならー




