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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第百話 ユウヒも歩けば猫を踏む?

 どうもHekutoです。


 気が付けば百話目、拙い文章から少しづつ成長した結果・・・現れていればいいなぁ。それではお楽しみください。



『ユウヒも歩けば猫を踏む?』


 柔らかな灯りで満たされそこは、若葉で編まれた様な優しい緑色の空間、ここは精霊の寝床と呼ばれる場所である。


「・・・」

 その寝床の主であるモミジは、彼女の定位置となっている切り株の上で一人目を閉じていた。


「モミジーお茶入れたけど飲む?」

 しかし数分後、彼女の前に突然水球が現れると、中から以前と同じようにミズナが姿を現す。その手に急須と湯呑を乗せたお盆を持ったミズナは、どこかストレスの発散された後の様な清々しい顔をしている。


「・・・そう」

 

「え? その反応はちょっと傷つくのだけど・・・どうかしたの?」

 そんなミズナとは対照的に、モミジの表情は優れない。元から表情の幅が少ない彼女であるがその表情は明らかに暗く、その事に気が付いたミズナはショックを受けた表情を訝しげに顰めると、座り続けるモミジの肩に手を添えながら首を傾げる。


「・・・ユウヒが」

 ミズナが隣に腰かけてから数秒後、瞼を開いたモミジはゆっくりと語り出す。


「ユウヒさんが?」


「ユウヒが『いなくなったー!』・・・」

 も、突如現れた水の小精霊達の言葉と大して威力の無いタックルにより、妨害されてしまう。


「ちょ!? どうしたのよあなた達そんなに慌てて」


「ねえさん大変だ」「ユウヒが居なくなっちゃった!」「決して自分たちの迷子を隠してるわけじゃないんだよ!」


「あぁもう、いっぺんに話されたらわからないわよ」

 水のゲートから跳びだしてきた三人の小精霊達は、ミズナにしがみ付くと同時に喋り出す。何時になく騒がしく、また側を飛んだりしても直接的な接触をする事が少ない妹分に、慌てながらも嬉しいのか恥ずかしいのか頬を少し朱に染めて慌てるミズナ。


「ユウヒが居なくなった」

 そんな水の精霊達のやり取りを少し呆れた様に見詰めたモミジは、少し前より幾分マシになった表情でぼそりと告げる。


「そうそう一人づつ順番に・・・居なくなった?」


「そう、ラインは感じるけど森から居なくなった」


「匂いも途中で途切れてて」


「探したけど何処にもいないし・・・」

 ぼそりと告げたモミジの言葉はミズナの耳にしっかり届いたようで、必死にしがみ付いてくる来る小精霊達を引き剥そうとする手をピタリと止めると、どこか固さのある呆けた顔をゆっくりとモミジに向ける。


 急に静かになったその場に、モミジからのラインを感じないと言う言葉に続いて、今にも泣きだしそうな小精霊達の、僅かに震えた声により報告なされる。


「・・・・・・・・・」


「ね、ねえさん?」

 一通りの説明を聞いたミズナはまさに無表情、その表情筋は一切の感情を示さず。しかしその顔色だけは蒼褪めて行き、腰にしがみ付いていた小精霊の心配そうな声にピクリと口元が動く。


「ゆ、ユウヒさん!? 今助けにいぐぇ!?」


「うるさい」

 次の瞬間、徐に動き出すと大きな声で叫ぼうとして、モミジの手により物理的に発言を止められる。


「ケホケホ・・・あなたね、髪を引っ張るのは酷くない?」


「ラインが無事だからユウヒも無事、様子を見る」

 どうやらミズナは後ろから髪を掴まれたようで、うなじを押えながら咳き込むと苦情を零す。そんなミズナに対していつものと変わらない調子を取り戻したモミジは、今の状況を完結に説明し問題無いと告げる。


「そう・・・ライン? あなた何時の間に契約を!」


「してない、森の中に居る間だけの仮のライン」

 因みに、先ほどからモミジの言葉にも出てきているラインとは、精霊魔術士などが精霊と契約する時に結ばれるものだ。一度結ばれると契約が破棄されるまでずっと魔法的かつ精神的に繋がった状態になり、お互いに精神的なつながりを得る事で意思の疎通を簡易的にしている。


 しかしそれは本来のラインであり、今回のラインに関してはエリエス大森林と言うモミジの領域内でだけ有効な簡易ラインであった。この場合はお互いの繋がりは無く、出来る事もモミジだけにわかるユウヒ限定GPSの様な機能だけである。


「それもどうなのよ、勝手に付けているのなら余計に駄目じゃない」

 エリエス大森林から出るか、その命が失われる事で切れてしまうラインは、まだ繋がったままであった。よってユウヒは無事であると解るが、何故かどこに居るのかは不明のままなことに彼女は困惑を深めていたのである。そんな便利なラインと言うものを彼女は何時の間に繋いだのか・・・。


「やっぱ樹の精霊は黒いな」

「まったくだ」

「初心な姉さんには無理だな」


「どういう意味よ!」

 実はモミジ、昨夜呼び出された時ユウヒに噛みついた理由は、怒りによるものだけでは無く、こっそりとこの簡易ラインを繋げるためでもあったようだ。この一連の行動や、ユウヒから得た昨日の真相について知ってしまった水の小精霊は、自分たちの姉とモミジを見比べ、肩を竦めると首を横に振るのでった。





 一方その頃、ユウヒはと言うと、


「しっかしこうも暗いと移動するのも一苦労だな」

 真っ黒な空? の下、不思議な薄暗さで満たさる乾いた大地を一人歩いていた。


 彼の周りにある物は、乾いた土がむき出しの大地と岩や立ち枯れた木々、周囲の地形は辛うじて解るものの、何か落ちていてもそれが一体何なのかは近くに寄ってみないと判別がつかない。それは今もユウヒの周囲を漂う光源をもってしても、である。


「さらに飛翔の魔法が安定しないから飛んでもいけないと来たもんだ」

 どうやらこの壺の中、魔法が安定しないようなのだ。【飛翔】の魔法で着陸する時も、急に魔力が切れたかのように1メートルほどの高さから墜落したのは、ユウヒだけの秘密である。今も【ライト】の魔法は電圧の安定しない電球の様に揺らめき瞬いていた。


「――――」


「ん? 遠くから声が聞えた様な?」

 一人だからか暗いからか、独り言と愚痴が増えてきたユウヒがライトの瞬きを横目で見た時である。どこからか人の声の様なものが聞えたような気がして、ユウヒはその足を止める。


「・・・」

 しばし周囲の音に耳を澄ませていたユウヒであったが、それ以降何も聞こえない事に首を傾げると、再度歩を進めるために一歩足を踏み出した瞬間、


「ふむ、気のせいか!? 「プルニャー!?」なんだ?」

 突如足下から奇妙な音が上がり、ユウヒの足裏に奇妙な柔らかさを感じさせた。


「にゅぅ~・・・」


 ユウヒが右足を浮かせたまま、つい先ほどまで右足の下にあった何かに目を凝らすと、なんとそこには人の子供ほどの大きさの猫が、俯せの状態で倒れているではないか。しかもその背中には、ユウヒの履いている靴のアウトソールの溝と同じ模様が綺麗に付いている。


「・・・猫、踏んじゃった」


 どう考えても今自分が踏んだ柔らかいものは、目の前で倒れている猫なわけで、弱々しく鳴き声を上げるその姿に、ユウヒは顔を蒼くすると冷や汗を流し、そのままの姿勢でそうつぶやくのであった。





 それから十数分後、ユウヒは立枯れた木から枯れ技を集め、最近着火に適した程度の弱火を出せるようになった火の妄想魔法で着火した焚き火にあたっていた。


「干し肉も食べるか? 痛い所とか無いか?」


「食べるニャ! ついにお腹と背中がくっつくかと思ったけど助かったのニャ!」

 小学生か中学生程度の背格好をした猫型の獣人と共に・・・。無邪気な笑みに引き攣った笑顔を浮かべるユウヒは、両手にパンを持ったその獣人を気遣う様に声をかけている。


「そうか、それは良かったな・・・」

 猫を踏んだユウヒは、猫の状態を右目で確認し生きてる事と、踏んでしまった背中の状態を確認すると、すぐに焚火の用意に走り出したのであった。何故かと言えば、ユウヒが踏んだ背中こそ軽度打撲傷と言うものであったが、状態の項目に【飢餓】と言う項目や【体力低下】【意識力低下】【体温低下】など危険な状態を表す項目があったからである。


 焚火にあたるとすぐに目を覚ましたその獣人は、ユウヒに食べ物を渡されると警戒することなくすぐに食いつき、予想よりも元気な姿を見せユウヒを安心させるのであった。


「お兄さんは良い人なのニャ! 背中が少し痛い気がするけど・・・問題無いのニャ!」


「そ、そうか・・・一応塗り薬塗っとくか?」

 そんな安心で元の表情に戻って来たユウヒは、首を傾げ不思議そうな顔で背中を気にする猫の獣人の見せた無邪気な笑顔に、罪悪感を刺激されたのか再度表情を引き攣らせ、バッグの中から特に効果の高い外傷用塗り薬を取り出す。


「・・・その塗り薬は痛いのかにゃ?」


「傷があれば沁みるかもしれんが、無ければ大丈夫だろ」

 猫の獣人は塗り薬に嫌な思い出でもあるのか、頭の上の三角耳を伏せさせると若干警戒した表情で、不安そうに首を傾げながらユウヒを見上げる。極度の猫好きがその表情を見れば、一瞬で萌え死ぬこと受けあいな表情にユウヒは優しく微笑む。


 因みに、ユウヒが取り出した塗り薬は例の如く異常な性能で、この世界で言う所の魔法薬に該当し、軽い怪我どころかバッサリと斬られた刃傷でも数十分もあれば傷を塞いでしまうものである。ユウヒも性能が高そうだったので、あまり外に出すつもりの無かった薬であったが、この場で出してしまうあたり、ユウヒがどれだけ踏んだ事を気にしていたかが窺えるのであった。


「沁みない薬なら大歓迎ニャ! じーちゃんの薬は全部沁みるから大っ嫌いなのにゃ」


「傷が無くても沁みるのか・・・」

 どうやら沁みないのであれば薬を忌避することは無いようで、警戒に染まっていた表情を明るく綻ばせ、今度は嫌そうな表情でじーちゃんと呼ばれる人物の薬に対する不満を垂れ流し始める。


 その極端な表情の変化を見せる猫の姿は、むしろその薬を見てみたいと言う興味すらユウヒ与えるのであった。


「ヒリヒリと沁みるのニャ。よいしょっと、この辺りに塗って欲しいのニャ」


「お、おう・・・」

 未知の沁みる薬を右目の力で調べてみたい欲求に駆られるユウヒに、猫の獣人は服を胸の辺りまで捲り上げると、背中をユウヒに向ける。そこには服についた幾何学的模様の足型と同じ形の足形がくっきり付いており、毛の凹凸で出来たその足形を見たユウヒは再度表情を引き攣らせるのだった。


「こそばゆいのにゃー」


「・・・(特に大きな怪我が無くてよかった・・・)」

 そんなユウヒは、足形が消えるように毛を撫で整えながら、丁寧に薬を塗り込んでいく。目視と右目の力の両方で背中の状態を確認し、特に問題なく治療出来たことにユウヒはホッと息を吐くのであった。


「ところでお兄さんは誰なのニャ? そしてここはどこなのニャ?」


「俺か? 俺はユウヒって言うんだ。冒険者をやってるが、もう服戻して良いぞ? 塗り終わったからな」

 背中に薬を塗られ始めると擽ったさも無くなったのか、思い出したかのように不思議そうな顔で、耳だけユウヒに向けて問い掛けてくる猫の獣人。あちこちに忙しなく動く目の前のネコミミに、ユウヒは昔流行った脳波で動くネコミミを思い出し頬を緩めると、塗り薬を塗り終える。


「ほんとに沁みないのニャ・・・。それでここはどこなのかニャ? 森の中で壺に襲われて気が付いたらここだったのニャ、空腹で餓死するかと思ったニャ」

 ユウヒの言葉で本当に沁みない薬に驚いた表情を浮かべた猫の獣人は、すぐに元の不思議そうな表情に戻るとここが何処か問い掛け、さらに絶望的な空腹感を思い出したのか、げんなりと言った表情になって行く。


「ここはその壺の中だな、ほれまだあるから食べて良いぞ」


「ありがとうなのニャ! ・・・壺の中?」


 そんな風にころころと変わる表情に、子供らしさを感じたユウヒは父性を刺激されたのか自然と笑みがこぼれ出す。その笑みとユウヒに渡された干し肉に猫の獣人も笑みを浮かべるが、ユウヒの言葉に違和感があったのか、干し肉を齧ろうとした状態のままで表情を固めるとゆっくりユウヒに視線を向ける。


「そうだ、ちょっとした不思議な壺でな、なんでも取り込んで封印する壺らしい」


「・・・で、出れるの、かニャ?」

 猫の獣人は全身毛皮である。故にその顔色は正しく窺いしれないのだが、齧りつこうとしていた干し肉を下げて、不安そうな笑みで首を傾げるその顔はきっと蒼くなっているのであろう。その目はこころなしか潤んできてすらいるのだから。


「・・・ふむ」


「そんニャ・・・出れないと困るニャ! ここは何もないふもうのだいちニャ! 食べ物無いから最後は餓死するニャ!! こんな土と石の匂いしかしない場所が死に場所なんて最悪ニャ!?」

 猫の獣人の質問にどういう風に答えようかとユウヒは少し悩むも、そのユウヒの仕草を悪い方に勘違いしたのだろう猫の獣人は、絵に描いた様に狼狽え早口で不安と欲望などが綯い交ぜになった言葉を上げ始める。

 

「まぁそう慌てるな、出る為の方法は知ってるからとりあえず落ち着け」


「ほ、ほんとかニャ!? よかったニャー!お兄さんはノイの救世主ニャー!」

 そんな恐慌状態にもかかわらず、その手に握られた干し肉を手放さない事に感心したユウヒは、慌てる事は無いと説明する。すでに言葉は無く震える状態だった自分の事をノイと呼んだ猫の獣人は、真っ暗闇の中に一筋の光明を見たかのような表情で固まると、今度は両手の間に干し肉を挟んだ状態でユウヒを拝み始めるのであった。


「救世主は大げさな気・・・もしないか、確かに出る方法を知らなきゃどうしようもないしな」


「そうだニャ、お兄さんはノイのことノイと呼んでいいニャ、それ以外はみとめないニャ」

 ユウヒはテンションの高いノイに若干引きつつも、こんな場所に閉じ込められた状態であれば仕方ないのかもしれないと頷く。


「うん? まぁいいけど・・・んノイ? もしかしてここに来る時ノイチゴの入った籠を落さなかったか?」


「なんで知ってるのニャ? 壺につまづいた時に落したのニャ・・・お兄さん拾ってくれたのかニャ?」

 この猫の獣人が名前を教えたのも呼び捨てにして良いと言ったのも、信頼の表れなのだろが、ユウヒはそんな名前を少し前に見た覚えがあり尋ねる。そう、それは壺に吸い込まれる少し前に、水の小精霊が見つけたノイチゴ入りの籠の製作者の名前であった。


「あーいや、水の小精霊が拾って行ったよ」

 ユウヒの問い掛けに対して不思議そうに首を傾げたノイは、それでいてどこか期待の籠った視線でユウヒを見上げる。そんな視線に困ったような苦笑いを浮かべたユウヒは、あの時の光景を脳裏で思い出しながら彼女達の犯行を伝えるのであった。


「・・・せ、精霊様が拾ってくれたのかニャ!?」


「より正確には籠を拾って中のノイチゴを食べてた、だが・・・悪いな」


「い、いい、良いのニャ! 精霊様にいただいてもらえるなんてすごい事ニャ! これはいちだいじだニャー!!」

 小精霊の行いに、怒るか落胆でもするかと思っていたユウヒの目の前では、今にも踊り出しそうなくらい喜ぶノイの姿があった。


 それもそのはず、エリエス連邦国には国教こそ無いものの、ほぼすべてのエリエス国民は何らかの精霊を崇め、それは毎日の営みの中にしっかりと根付いているのである。たとえそれが自分たちの信仰する精霊では無くても、精霊であると言うだけでエリエスの国民にとっては尊いものなのであった。


「・・・・・・(そういえばエリエスの国は精霊信仰の国とか言ってたか、なるほど・・・猫も精霊信仰なのか)」

 嬉しそうに両手を挙げて踊るように燥ぐノイの姿を眺めながら、ユウヒはアルディスからそんな説明もされたなと思い出すと、色んな意味で感心した様で無言で頷いている。


 しかし、そんな風にノイを眺めていると、急に動きを止めたノイがユウヒの方を振り返り、オレンジ色がベースで温かみのある模様の民族衣装をはためかせ、真剣な表情を浮かべたかと思うと、


「あとノイはウェアキャットニャ!」

 大きな声で何か表明するように叫ぶ。


「急にどうした?」


「今誰かに猫呼ばわりされた気がしたニャ!」

 どうやらノイはウェアキャットと呼ばれる種族であり、猫と呼ばれる事を酷く嫌う種族でもあるようだ。そんな感の良いノイの行動に、ユウヒは苦笑いを浮かべながら水筒を渡し落ち着かせるのであった。





 全身の毛を逆立てるノイをユウヒが宥めている頃、ここはアミールのお仕事スペース。


「・・・やはりユウヒさんに頼って正解でしたね、もうこれは運命の出会いと言うものです」


 その部屋で一番大きな什器である仕事机では、御風呂から上がったばかりなのであろうアミールが、明らかに風呂以外の理由でも血行の良くなった顔に、満面の笑みを咲かせながら、壺を回収するシステムの最終チェックを行っていた。


「壺の位置も確定しましたし、人払いの結界も良好。あとはユウヒさんの脱出を待つばかりですね」

 現在アミールが見ているモニターには、壺を上空から観察するような映像が映っており、不思議とその壺周辺には生物が近づくことが出来ないでいるようだ。それは精霊も同じで、某水の小精霊が壺に気が付けなかったのも、この隔離システムによる影響である。


「って通信? だれか・・・また先輩ですか、良い予想がまったくできません」

 ユウヒの活躍と危惧していた危険物の発見に、嬉しそうな表情を浮かべモニターを見ていたアミールであったが、モニターに受話器のマークが現れるときょとんとした表情になり、その横の人物名を確認すると、一気にテンションが急降下していく。


「やぁ愛しのアミール、君・・・な、何かな? その不審そうな目は?」


「いえ、別に・・・」

 その機嫌の悪さは、通信画面に映し出された先輩こと、ステラの顔を見詰める視線にもありありと見て取れたようで、満面の笑みで現れたステラの顔は即座に引き攣った笑みに変わってしまう。


「ぜ、前回の事怒ってるのかな? 埋め合わせはするから機嫌直そう? ね?」


「別にいいですよそんなの、それで今日はどうしたんですか?」


 アミールの視線に怯んだステラは慌ててご機嫌取りをするものの、想定していた様な機嫌の悪さはアミールに無く。すぐにステラに対する何時の表情に戻すと、首を傾げながら要件を問いかける。


「あぁその前回の件で色々あって・・・その報告だよ?(あれ? 怒ってるわけでもなさそう・・・だな?)」


「捕まったんですか?」

 何時もの、何を行って来るか分からない先輩に対する若干の警戒心が含まれ、かつ優しい彼女らしい気遣いで構成された表情を見せるアミールに、ステラはどこか肩透しをくらったように首を傾げると、要件を話し始める。


 これらの理由は単純にアミールの機嫌がすこぶる良いからなのだが、彼女の心を読むことのできないステラには理解できないのであった。


「いやそれはまだでね、色々証拠は揃ってきたんだけど決定的な物的証拠が無くてね」


「物的ですか・・・」

 ステラは良く分からない事は置いておき、折角機嫌の悪くないアミールと話せるのだからと、真面目な先輩イメージを与えるべく仕事の話を進める。そんな事今更遅い気もするが・・・どうやら犯人逮捕にはあと一歩足りない様である。


「うんそれでね? 少し前、そっちだと十数日前位に不正干渉のログがあったんだけど、なにかそっちで異変とか無かったかい? 時空の歪みとか不正転移物とか」


「十数日・・・まさか」

 その物的証拠に繋がる可能性のある犯人達の足取りとその形跡が、以前アミールに頼んだものの中に含まれていたようで、その事実に思い当たる節のあるアミールは表情硬くする。


「何かあったのかい! もしかしたらそれで証拠が揃うかもしれないんだ!」


「・・・確か、不帰の壺のあるあたりに隕石らしきものが落ちて来たログも、そのくらいだと」


「そ、それは回収済みって事かい!? やったこれで「まだです」へ?」


「まだ、回収せず地上にあるんです」

 そう、それは現在進行形でユウヒが閉じ込められている不帰の壺の事であった。事実この壺は一度入れた物は分解しなければ外に出す事は出来ず、下手に触れば中身事消滅する可能性すらある為、見られたくない物を封印することに使われた歴史がある。


 その為、壺の名前を聞いた瞬間ステラはほぼその中に何かしらの不正事実を記録した物があると確信し、喜びの声を上げようとしたのだが、すぐにアミールの声で遮られてしまう。


「え? なんで? 補足できてるんだよね? ならすぐに転送してさ」


「それが・・・現地の人を大量に取り込んでいる可能性が、それに今ユウヒさんも中にいるし・・・」

 それもそうだろう、今は安定しているとは言え下手に動かして中に閉じ込められた人間に何かあれば事である。さらにはユウヒまで中に居る状態では、ステラに何を言われてもアミールは内部の人間ユウヒの安全を一番に行動するだろう。


「ゆうひ?」


「あ、はいその、色々と協力してもらっている方で・・・」

 そんな決意を秘めたアミールとは対照的に、目を見開いたステラは力なく首を傾げてアミール見詰める。その視線に、アミールは自分の想いを反芻してしまい恥ずかしくなったようで、頬を赤らめながらステラの問いに答える。


「あ、あぁ協力者ね、そう言えばそんな話もあったね・・・うん。女性、だったかな?」


「だ、男性ですけど・・・先輩?」

 ユウヒに関する説明は以前にもステラにしているアミール。しかし自分に都合の悪い事を記憶しないようにしているステラは、『ユウヒ』と言うキーワードと頬を赤く染めるアミールと言う二つの事柄から忘れたつもりになっていた情報を思い出す。


 そして再起動した彼女はとても綺麗な笑顔で立ち上がると、


「色々・・・そう、イロイロなんだ。うん、有罪ギルティだね♪ ちょっと一狩り行ってグフ!?」

 どこから取り出したのか、死神が持っていそうな大鎌を取出し駆け出す・・・寸前、アミールが見ていたモニターの奥から白い何かが高速で飛来すると、ステラは顎をかち上げられるようにして画面外に蹴り飛ばされるのだった。


「ちょ!? ・・・はい?」

 急展開過ぎるモニターの向こうの状況に、目を白黒させ何を言ったらいいのか分からないと言った感じのアミール。彼女が見ていたモニターには直ぐに別の人物が映り込み、アミールに微笑む。


「おほん、騒がせてしまってすまんのアミールちゃん」


「あ、はい・・・いえ大丈夫です」

 その人物はアミールが以前に何度か顔を合わせた事のあるステラの上司、イリシスタであった。そんなステラの上司は上から落ちてきたステラを踏みつけると、何事も無かったかのように微笑み、未だに戸惑うアミールに謝罪する。


「このゴミ・・・ステラはこちらで処理しておくからの、不帰の壺を回収出来たら連絡が欲しいんじゃよ。これがワシのアドレスじゃ、あとは・・・そうそう姉上がユウヒ君に礼を言いたいと言っておったぞ? あの酒は中々だったとな」


「ごみ・・・あ、はい連絡します。お姉さんですか?」

 見た目アミールより幼く見える少女の口から飛びだす辛辣な言葉に、既にぴくぴくと動く足しか見えていないステラに目を向けたアミールは、すっと視線と表情を直すと何も見なかったことにし、イリシスタとの会話を始める。


「うむ、フェイト姉上じゃな、ワシに自慢しに来て若干鬱陶しかったのじゃ・・・」


「・・・フェイト様の、妹様?」

 意外と神経の太いアミールは、知った名前が出て来たことで少しイリシスタとの距離が縮み、ステラとの距離が遠くなった気がするのであった。哀れステラ、されど自業自得である。





 一方その頃、管理神の中でもトップクラスの神に評価されたユウヒは、焚火に当たり冷えた体を温めるために小休止をとっていた。


「妹はいないニャ、ノイが一番下なのニャ」


「そうなのか、それじゃ弟も居ないのか」

 時間は既に夕刻に近づいていたが、周囲の光景は変わらず真っ黒な空と薄ぼんやりとした灯りで満たされている為、正確な時間は解り辛い。


「いないニャ! 上も姉ばかりニャ」


「女系家族なのか」


「じょけい? 良く分からないけど、うちの村はほとんどメスばかりニャ。オスはなかなか生まれないってじーちゃんが言ってたニャ」


 「へー(そう言う種族って事なのかね? となると一夫多妻とかなのかな?)」

 その為、無理をしないようにこまめに休憩をとりながら進んでいたユウヒとノイであるが、その間もずっと二人の会話は続いていた。今の話題は家族構成についてである様で、ノイの話しをユウヒは興味深そうに聞くのであった。


「ふむ(これは彼等にも教えるべきかな? でもなー)」


「・・・うにゃ?」

 ユウヒが忍者達に聞かせたら喜ぶか、それとも某トラウマを刺激されるかと悩んでいると、悩むユウヒの顔を不思議そうに見ていたノイが急に立ち上がり辺りを窺い始める。


「ああすまない、少しかんが「何か聞えるニャ!」へ?」

 ユウヒは立ち上がったノイに気が付き謝罪しようとしたのだが、それよりも早くノイは何か聞えると耳をそばだて始める。


「あっちニャ!」


「あっち・・・(やっぱり【探知】も不調みたいだな、レーダーには何も映ってない、魔力も吸収するらしいからあの黒い壁のせいなんだろうか)」

 きょとんとしていたユウヒなどお構いなく、謎の音に聞き耳を立てるノイ。そんな目の前で揺れるノイの尻尾見ながら、ユウヒは探知【探知】の魔法の不調を確認する。


 実はこの壺に閉じ込められてから調子が悪いのは【飛翔】だけでは無かったのだ。今も無駄に高性能化が進む【探知】のオプションである、時間表示や有視界内の警告表示などは問題無いようであるが、ユウヒの視界に表示されるレーダーには何の反応も映し出されていない。


「・・・・・・」


 ノイが一点を注視しながら耳を澄ます後ろで、ユウヒが【探知】の魔法を操作しているうちに、ユウヒのレーダーの簡単な仕組みを説明しよう。


 一般的な電波や音波などによるレーダーには、大きく分けてパッシブとアクティブと言う二つが存在する。今回説明するユウヒのレーダーはアクティブレーダーに似ており、ユウヒの体から出る微弱な固有魔力波の反射を用いて周辺の状態を調べている。


 これは周りの魔力波に影響されにくいと言う利点があるのだが、この壺内では広大な空間を覆う黒い壁と、疎らに地面から突き出ている黒い柱の影響で魔力が吸収されてしまい、その性能を格段に低下させられていた。


「てことはまんまアクティブソナーみたいな魔法になってるのかね?」


 何となくであるがその事実に気が付いているユウヒは、周囲の黒い柱を見渡しながら頭を掻くと、対して困ったようには聞こえない困り声をもらすのだった。


 とその時、


「女の子の声ニャ! あとたぶん・・・犬だニャ!」

 人間の聴覚より圧倒的に優秀な猫耳で音源を探り当てたノイが、大きな声を上げて足り出す。


「ちょ、まてまて! 迷子になるぞ!」

 急に走り出したノイに驚いたユウヒは即座に立ち上がると、焚火を妄想魔法で作った水で消火して後を追いかけ始める。


「こっちニャー!」


「まぁ声も気になるし行ってみるか」

 ユウヒの声に振り返ったノイは、追いかけてくるユウヒを飛び跳ねながら手招きすると、先ほどより少し遅いペースで走り出す。ユウヒはその後ろ姿に苦笑すると、バッグの位置を調整しノイを追いかけ走り出した。


 そんな二人の後方では、消火された焚火から立ち上る煙が、まるで彼らを見送る様にゆれるのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 書き始め当初は百話も考えてなかったのですが、書き始めると妄想が止まらず、抑制してもこの有様です。そんなわけですが、これからもラストまでお付き合いしていただけたら幸いです。


 それでは今回もこの辺で、まここでお会いしましょう。さようならー

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