第二部
昼過ぎ。
教室のドアを開くと、みんなの視線が集まる。今はホームルームの時間のようだった。
「東!生きてたのか…」
担任の小谷が言った。俺はゆっくり頷き自分の席に着く。女子生徒が通る声で言った。
「先生!どういうことですか?」
俺は話がわからず周りを見回す。事故で巻き込まれたのか、まだ来ていない生徒がいた。
「東も来たことだし、もう一度言う。ここ最近、自殺やそれを目的とした事故が多発している。
昨日だけで3200件にも及ぶ自殺および事故があった。これは日本だけでなく世界中にでも起こっていることらしい。」
生徒がどよめく。この世で何が起こっているのだろうか…
ふと小谷を見ると、身体が震えていることに気づいた。
「先生?」
前の席の生徒が呼びかける。小谷は狂ったように生徒を見た。
「今、俺にも指令が来た。フフフ…」
小谷はポケットからカッターを取り出し、首に刃を向けた。
「ハハハッ!!これで俺も死ねるんだ!死ねるんだ…!!」
「見るな!」
とっさに俺はそう叫んでいた。が、遅かった。女子生徒の悲鳴。小谷は首から大量の血を噴出し倒れている。
他のクラスからも生徒や先生が騒ぎに駆けつけて来た。ドアを開けた人たちは驚き、息をのんだ。
小谷の顔を見ると、笑っている。幸せそうに。なぜか平常心の俺は、持っていたハンカチを広げて顔に放り投げた。
突然、誰かに見られてる気がしてドアに目をやった。そこには、同じ学年だと思われる男子生徒が廊下から俺を睨んでいた。
俺はその男子生徒の目を忘れられなかった。
その日は学校は休みになり、みんなが下校するときだった。
「東君だよね?」
靴に手をかける俺にさっきの男子生徒が話しかけてきた。
「何?」
「少しお話しない?」
俺たちは公園に寄った。
「何?話って。」
「そんな怖い顔しないでよ。」
困ったように笑う顔。俺を睨んだときの人物とは別人のようだった。その男子生徒は桜井洋太と名乗った。
「俺と君は仲間かもしれない。」
いきなりそんなこと言うから「はぁ?」としか言えなかった。
「俺たちは、周りがみんなが死んでいくのに対して、自分も死にたいとは思わなかっただろ?」
「それが当たり前だ。」
「そう。当たり前だ。でも、今のこの世には当たり前は通じない。
俺たち以外の人間は、人が死んでいくのに対して頭のどこかで羨ましいと思っているはずなんだ。」
何で?と聞くと、真剣な顔をして俺を見た。
「支配されてるからだ。ここからは俺の勝手の考えだけど。誰かが、俺たち人間の思考を一部支配し、死ぬことに快楽を与えるんだ。
そうじゃなきゃ、死ぬときに笑う顔なんておかしいだろ?」
まぁ、と相槌を打つ。
「先生たちは、自殺を目的とした事故って言ってただろ?今日、君は電車事故に巻き込まれただろ?
その時、運転手は死=快楽という指令が脳を支配したのだろう。だから自殺行為に走ったんだ。」
「じゃぁ、俺たち乗客はその運転手一人のせいで怪我させられたのかよ!?」
「でも、怪我した人たちは苦しいとは思わなかったはずだ。」
俺は、怪我した人たちはみんな「死にたい、殺してくれ」と言っていたのを思い出した。俺は青ざめた。
「運転手同様、乗客にも同時に指令が来たんだろう。」
「どうしたらいいんだよ!?」
「俺たちで世界を救うんだ。」
何を言ってるんだ?「これを見て」と言って桜井は立ち上がり落ちていた枝に手をかざした。俺は少し身を乗り出して見た。
桜井が力を込めた瞬間小さな風と共にスパスパと枝が何個にも切れた。俺は驚いて声も出なかった。
「コレに気づいたのは五日前。夢を見たんだ。暗闇に俺がいて、どこからか水が滴るような音がするんだ。
そして『コロシテ、コロシテ』って聞こえるんだ。その日の朝は母と喧嘩してね。
力を込めていつも使う箸を見ていたら、まるで、カマイタチみたいに切れた。」
話的には信じられないが、今、目の前でその光景を見ると信じられずにはいられなかった。確かに同じような夢を見た。
「もしかして、その夢見た後怪我とかすぐ治んなかった?」
「…やっぱり君も見たんだ。」
俺に能力?こんなオタクに?ありえない。
「ありえないよ…僕にはそんな能力…」
「みんながみんな、同じってわけじゃない。たぶん。だからやってみたらどうだ?」
俺は立って、適当に力んでみた。
「ふんっ!!!」 プぅ〜〜…
俺のオナラが当たりに響き渡る。
「やっぱ俺がオタクだから…」
顔が真っ赤になった。
「いや、関係ないって!」
桜井が俺に触った瞬間だった。
「アツ!何だお前の身体。」
桜井の手から湯気が出た。俺自身は何もないけど…桜井が枝を持ってきて、俺に持たせた。
「もう一度。今度はコレに火がつくイメージをして。」
俺はコレでもかというくらい想像した。そして…ボンっ!
「…ついた。すげー!」
感心している俺に桜井が言った。
「俺たちで、この事件の原因を追ってみないか?」
「追うって…そんなの警察が…」
「その警察が死んだら意味ないだろ?俺たちみたいに能力があるわけじゃないし。
ついでに言うと俺たちみたいな奴等はシラフのままだから、警察よりはまともに動けると思うよ。」
「そんなこと言っても…あてはあるのか?」
「俺の知り合いにいいやつがいる。そいつんとこ行こう。出発は明日。わかった?」
いきなりの提案だったが、桜井の勢いに頷くことしかできなかった。
俺はいったいどうなってしまうんだろう…