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Fantasias  作者: AZURE
3/3

君の笑顔


バレンタイン企画第2弾。

耀&聖編。





 「…ねぇ? ヨウ」


 僕がリビングのソファーに座って新聞を読んでいたら、隣に座ってきたセイが甘えるように頬をすり寄せてきた。


 「…どうしたの、急に」


 突然の出来事に僕は少し戸惑った。セイのせいで、新聞がまともに読めなくなってしまった。


 「ねぇ、ヨウはバレンタインって知ってる?」


 「知ってるよ。それがどうしたの」


 「ううん。バレンタインってね、好きな人にプレゼントをする日なんだって。だからさ、ぼくたちもやろうよ。2人でさ」


 「別にいいけど……」


 何を言い出すと思ったら、今世間で騒いでいるあれか。1年前まではバレンタインのばの字も知らなかったくせに、セイも少しずつ大きくなっている。


 「やったぁ!! じゃあ、おたがいにないしょでプレゼントをじゅんびして、その日になったらわたそう?」


 「……分かったよ…」


 僕はあまり乗り気ではなかったけれど、セイが目を輝かせて言うものだから、断るなんてできなかった。「ありがとう!!」と叫びながら抱きつかれたら、もう自分の意思などどこかへ飛んで言ってしまう。ことごとく、僕はセイに甘い。


 「ぼく、さいこうのプレゼントをよういするからね!!」


 キラキラした笑顔でそんなことを言わないでくれ…反則だよ…。






 日本のバレンタインデーは、主に女の子が好きな異性にチョコレートをプレゼントすることになっている。それにあやかって、僕もセイへのプレゼントは、最初から手作りのチョコにしようと考えていた。セイは僕と違って甘いものが大好きだし、僕の手作りと聞いたら喜ぶだろう。でも、そのチョコレートをいつ作るかが問題だった。僕は料理は得意だし、そういう面では心配ないが、作っているところをセイに見られては内緒で用意することはできない。よく考えた結果、セイが眠りについた後に作ることに決めた。






 「おやすみ、セイ」


 バレンタイン前々日の夜、セイを寝かせて僕はキッチンに立った。おつかいのついでに買ったチョコレートや生クリーム。それらを駆使して、眠いのを必死で堪えながらセイが好きな生チョコレートを作った。ただ、セイが喜んだ顔を見たいだけに。


 ぼくはまだできかけのチョコレートをタッパーに注ぎ込んで、一晩冷蔵庫にねかせた。次の日の夜も、セイが眠った後にベッドから抜け出して、チョコレート作りの続きをした。さすがに2日も続けて夜更かしすると、眠くて眠くてしょうがない。頑張って起きているつもりでも、ふとした瞬間に立ったまま寝てしまっていて、僕は睡魔と激しく闘うはめになっていた。


 セイは、呑気に寝ている。ちょっと恨めしかったけれど、何をプレゼントされるのかなと思いをめぐらせたら、許せた。






 「できた」


 角切りしたチョコレートを色とりどりの袋とリボンを使ってラッピングした。これでよし、完璧だ。セイの笑顔がまた見られると思ったら、自然と頬が緩んでいた。僕はそれを冷蔵庫にしまい、丁寧に閉めたら、どっと疲れが出てきた。時計を見たら、朝の4時を回ったところだった。


 僕は足音を忍ばせて自分たちの部屋に戻った。2段ベッドの下にはセイがすやすやと寝ている。その寝顔は安らかで、僕は幸せになった。ベッドの上段に上がるはしごをなるべく音を立てないようにして登る。そしてベッドに倒れこんで、泥のように眠った。







 「あ、いけない」


 ガバッと起き上がって時計を見たら、昼の12時をさしていた。僕は人生初めて寝坊してしまった。当たり前だが、セイはもう起きていた。やはり、慣れないことはするものではない。僕は素早く着替えて、階段を下りた。


 リビングに行くと、セイが1人でいた。僕が起きてきたことに気づくと、困ったように笑った。


 「おはよう、セイ」


 「……おはよう…ヨウ」


 僕は今が絶好のチャンスだと思って、冷蔵庫から昨日ラッピングしたチョコレートを取り出し、ハッピーバレンタインと小声で呟きながらセイに渡した。おずおずと受け取ったセイは、何か曇った表情をしていた。僕が予想していた、満面の笑みは見られなかった。僕は心の中で、どうして? と混乱した。


 「ごめん、ヨウ……」


 セイはチョコレートを手に持って、俯きながら言った。


 「ぼく、プレゼント用意できなかった……」


 僕は頭の中で、静かに怒りが爆発するのが分かった。だって、言い出したのはセイだ。だから、セイは必ず約束したことは守らなくてはならない。それに、僕が夜な夜な眠いのを我慢してプレゼントを用意したというのに、セイは呑気に寝ていて、しかもプレゼントを持ってきていないだなんて……僕は自分が惨めに思えてきて仕方なかった。


 「僕、約束を守らない人は大嫌いだな」


 怒りが自分の中で収まらなくて、自然と口がそう言っていた。ここは少し、お仕置きをしなくてはいけないと感じた。


 「セイ、約束を破った人は、誰からも嫌われるんだよ? 僕も、嫌いになっちゃうよ」


 「ごめん、ホントにごめんっ……」


 「今回ばかりは許さないよ。僕毎晩それを作るのにどれだけ苦労したか分かる? もういいよ」


 セイとは一生口聞かないと言い捨てると、セイは涙目になって駆け出して部屋から出て行ってしまった。どどどど……と階段を上がる音がしたから、僕らの部屋に行ったのだろう。僕は腰に手を当てて、鼻息を荒くしながらその後姿を見送った。


 僕はため息をつきたくなった。この2日間の努力が無駄だったなんて……。







 気を紛らわすために、ヴァイオリンの練習をしようと練習室のドアを開けた。セイは相変わらず部屋に引きこもって出てこない。いい薬だ、と呟きながらヴァイオリンを取り出し、用意していると、部屋の隅に見慣れないものが置いてあるのに気づいた。


 「何だ?」


 僕は手にヴァイオリンの弓を持ったままそれに近づいた。それはピアノの下に隠してあるようだった。片手で取り出すと、それは小さいけれど立派な花束だった。オフホワイトのメッセージカードには「ヨウへ」と赤い手書きの文字が書いてあった。僕は心がじわりと熱くなった。なんだ、セイもちゃんと用意していたのではないか。ただ、どうしたのかところどころ茎が折れていたり、花が取れていたり、しなびていた。


 僕は弓を急いでケースにしまい、花束を持って階段を駆け上がった。さっきは酷いことを言ってごめん、と胸の内で反芻しながら。






 自室のドアをそっと開けると、セイは部屋の片隅で体育座りをしてさめざめと泣いていた。僕が近づいても、まったく顔を上げる気配はない。


 「セイ……」


 「ごめんっ……ホントにごめんなさいっ……!!」


 くぐもり声で、セイは叫んだ。本気で反省しているのが分かる。僕はそれが愛しくなって、セイの体を抱き締めた。


 「……ヨウ?」


 耳のすぐ近くで、セイが困惑しているのが雰囲気で分かった。そりゃそうだろう。つい先ほどまでは怒りまくっていたのに、優しく抱き締めているのだから。


 「もう、許してるよ」


 弟を諭すように声を掛ける。片手に持っていた花束は地面に置いて、なお抱き締める力を強めた。


 「セイ…プレゼントありがとう……」


 「だ、めだよ……それは…わたせないっ…!!」


 セイは、僕の胸の中でしゃくりあげながら言った。何で、と聞き返すと、僕の胸の辺りがぶわーと涙で濡れていくのが感じられた。


 「だって…それ、くちゃくちゃだもん……ヨウ、そんなのもらっても怒るよね?」


 セイの体がカタカタと震えている。僕はその背中をきわめて優しくさすった。


 「…怒らないよ。だって、嬉しいもん。どうして、渡してくれなかったの?」


 「だって……ぼく、ヨウにてきとうなものはあげられないよ……あんなにヒドくなったは花たばなんて…」


 「その花束、何があったの?」


 僕が問うと、セイは一瞬言葉を詰まらせた。そしてまた大泣きし始めた。


 「今日のあさね……ぼく、お花やさんにかいに、行ったの。その帰りに、近所の拓くんと浩二くんが……ぼくの、こと、きもち悪いって……花たばもっ、て女の子みたいだって……とり上げられて、ぐじゃぐじゃにされ、たの……」


 近所の拓君と浩二君とは、いわゆるガキ大将だ。同じ幼稚園に通っていて、いつもセイはいじめられている。そんなやつに、僕たちの大事な時間を邪魔されては、たまらない。ふつふつと怒りがこみ上げてきた。


 僕の大切なセイを。セイはどれほど悲しんだだろう。きっと、花束を買うことは初めてだったから、勇気がいっただろう。それなのに買ったばかりの花をめちゃくちゃにされて、泣きたかったに違いない。花を買い直そうと思っても、それだけのお金は持ってないはず。仕方なくそのまま帰ってくるしかなかったのだろう。それを思うと胸が痛んだ。セイは絶対にいいものを渡そうと意気込んでいたのだから、そんな風にされた花束は僕には渡せない。それを告げるのも嫌だったのだろう。お互いにプレゼントしようと言い出したのはセイ自身なのだから、そんな情けない言葉は言いたくなかったに違いない。だから、用意できなかったと言うしかなかった。その上僕に酷いことを言われて、どれだけ心に傷をつけられたのか……。


 あんなことを言ってしまった僕も悪い。だけれど、セイが事情を話してくれたらそんなことを言うこともなかった。今回は、お互い様だ。だけれど、花とセイの心を大いに傷つけた悪がきは許せない。絶対、後で懲らしめてやる。


 「セイ、泣かないで。そいつらには僕が後で言っておくから。安心して」


 セイはコクコクと頷いた。細い体は少し力を入れただけでも儚く折れそうだ。


 「僕は…嬉しいよ。セイが、僕のことを一番に想ってくれて。セイはとても優しいね……」


 優しくて、不器用。だけどその不器用さが好きという気持ちをストレートに伝えている。僕は素直に嬉しかった。


 「セイの気持ちだけで十分満足したよ。……さっきは、怒鳴ってごめん…」


 「ううん。大丈夫。……ヨウ、それにね、まだ渡したいものがあるんだ」


 セイは何やらポケットをごそごそとまさぐり、しわくちゃになった白い紙を僕に手渡した。


 「はい、これ…」


 受け取ったものを開いてみると、それは、花束の中にあったメッセージカードの続きだった。鉛筆で力強く書かれている。紛れもなく、それはセイの字だ。


 『あんまりむりしないでね。つかれたらぼくに言ってね。大好きだよ』


 僕は嬉しくて踊りだしたい気分だった。何かを貰うより、セイの心からの気持ちを受け取った方が超をいくつ付けても足りないくらい、幸せになる。セイは、最初に言った通り、僕に最高のプレゼントを用意してくれたんだ。


 「このーう」


 僕は歓喜でセイの額にでこぴんして、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。戯れかかるとセイはすごく戸惑っていたが、でも笑っていた。


 そう、その笑顔が見たいんだ。君の笑った顔で、満たされる。


 しばらく戯れ合った。先ほど生まれた小さな溝を埋めるように。セイの泣き腫らした顔は、いつの間にかくしゃりと明るくなっていた。


 僕も大好きだよ、セイ。


 お互いの手を握り合ってキスをすれば、まるで天国にいるようだった。苦しくなるくらいにキスを求めて、双子の繋がりを再確認した。


 「ねぇ、セイ、」


 幸せの絶頂で、僕らは並んで座った。セイは甘えるように僕の肩に寄りかかる。


 「花…さ、結構ダメになっちゃったやつが多いけど、その中にはまだ大丈夫なやつもあるから、それだけを引き抜いて飾っておこう。せっかくセイに貰ったのに、全部捨てるわけにはいかないよ」


 「うん……でもずいぶん少ないよね」


 セイは悲しそうに言った。僕はその手をぎゅっと握り締めて言った。


 「ならさ、また行って買ってこよう」


 「え…ぼく、そんなお金ないよ…?」


 「大丈夫、僕が持ってるから」


 家の手伝いや今までの頑張りで、僕のおこづかいがセイよりも多いのは、内緒だ。


 「ああそれならさぁ、日頃仕事で忙しい父さんや母さんにも花束買ってこ? 僕らからのプレゼントとして」


 「うん!!」


 急にセイが元気になった。僕は立ち上がって弟に手を差し延べた。


 「じゃあ、立って。…早く行こう」


 セイは差し延べられた手を取って、弾みを付けて立ち上がった。握った手はそのままにして、花屋に行くときも帰るときもずっと、つないでいた。もう誰にも邪魔されないように。


 小さな花束を2つ買い、幸せそうな顔をするセイは、昼間の太陽よりも夕方の夕日よりも、眩しくて、綺麗だった。







♭♭♭



 なんてこと、あったなぁ……。


 俺はテーブルについて、ぼんやりと目の前の花を眺めていた。


 「耀、そんなにその花が気に入ったか」


 「うん…」


 それは大きな花瓶に、大量の花が差してあった。これは、真一がバレンタイン用にと、俺に買ってきたものだ。


 あれから7、8年が経つ。俺は元の家から逃げ出して、真一のところでひっそりと暮らしている。セイとは、3年も顔を合わせていない。離れていても、どんなに酷いことをしてしまった後でも、好きという気持ちは消えない。消えるどころか、ますます濃く深くなるだけだ。


 会いたいな…。でも、どんな顔をして会えばいい。


 今さら家にも戻りたくない。


 やっぱり、もう会えないのかな……。



 そう思うと、胸が苦しくなった。片羽を失っては、飛ぶことはできない。


 寂しい。誰か、この気持ちを消してよ…――。



 「耀……4月から高校生だな。授業についていけないなんてことないように、頑張れよ」


 「わかってるよ…」


 新しい環境に少しわくわくもするが、セイのいない世界は、どこへいってももの悲しい。


 「セイ……」


 今も頭に浮かぶ、あの笑顔。手を伸ばして捕まえても、フッと消えてしまう。


 俺は目を閉じた。


 もう、諦めろと、何度も自分に言い聞かせる。報われないならきっぱりとやめればいい。


 頭では分かっていても、実際にそうしようとすると、難しい。



 「――…耀?」


 真一の声が遠くに聞こえた。朝早くに起きたので、いつの間にかうつらうつらしてしまっていたみたいだ。俺は目を開け、顔を上げる。そこには、苦笑いする真一の顔があった。


 「眠いなら、まだ寝てていいぜ。休日だし。俺も店が定休日だから、今日はゆっくりするつもりだし」


 「うん…じゃあ、寝る。おやすみ、真一」


 俺は真一とキスを交わして自分の部屋に戻った。今日はどこか調子が悪いのか、眠くて仕方がない。俺はぐっすりと寝入った。


 セイがいて、幸せだった頃の夢を見ながら――…。





 まだこの時の俺は、2か月後にそれまでの悲しみを大きく覆せるなんて、思っていなかった。


 また愛しい人と会えるなんて……。


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