sweet & bitter
バレンタイン企画なんてやってしまいましたの第一弾です。冬夜&晃一編。
もうじきバレンタインの日がやってくる。日本の女の子たちはきっと、好きな人に渡すチョコレートを作ろうとそわそわしているんだろう。ぼくはこういちと違って女の子にモテないから、いつも全然参加してなかった。もし参加しているといったらたまに母さんが作ってくれるチョコレートを貰っていたくらいだ。しかしこういちは、毎年たくさんの女の子からチョコレートを受け取っていたらしく、今年はぼくの手作りが欲しいと言ってきた。
「別に手作りするのはいいけど……、こういちはどうせ今年もいっぱい貰うんでしょ? ぼくが作らなくたっていいじゃん」
ぼくが言うと、こういちはわざと大げさにため息をついた。
「分かってないなあ。好きなやつから貰うから嬉しいんだろ。冬夜はそういう男心が分かってないな」
「……それはもしかしてぼくが女みたいだと言ってるの?」
「違う違う。冬夜はもう少しロマンチックになりなさいと言ってるんだ。たまに、冬夜って夢ないよな」
「……悪かったですね。分かりましたよ。作ればいいんでしょ作れば。でもその代わりこういちにも手伝ってもらうからねっ」
「…俺はいても何も役に立たないと思うぜ」
「いいの。ぼくが教えてあげるから」
「え…、おまえ料理できるの?」
「できるよ? お菓子作りならもう手馴れてるからね。1度、音楽の道よりもお菓子作りの道に進もうかと迷ったこともあるくらいだもん」
「へー、それは楽しみだな。じゃあ、尚更俺がいなくてもいいじゃん」
「こういちだってぼくの心分かってないなぁ。ぼくだってこういちといたいもん。1人で作るの、寂しいじゃん……」
ぼくが口ごもると、こういちはその大きな手でぼくの頭を撫でた。こういちの手は温かくて気持ちがいい。甘えたい気分になる。
「……分かったよ。日曜日おまえの家に行くよ」
「やったあ!!!」
「その代わり、俺、おまえに何するか分かんないぜ?」
獣じみたこういちの笑みにぼくの背筋は凍った。
やっぱりこういちがいない方が安心して作れるかもしれない……。
***
バレンタインデー前日の日曜日。ぼくはひととおり材料を揃えて、こういちが来るのを待っていた。母さんと父さんは「バレンタインだから」と2人でどこかにデートしに行ってしまったから家には誰もいない。時計が朝の10時を回った頃、玄関のインターホンが鳴った。
覗き窓を覗いて見れば、ガラスのせいでこういちの姿が変な風にゆがんで見えた。ぼくはすぐにドアを開けてカッコいいこういちに抱きついた。
「おはようこういち!!!」
ぼくの身長だとどんなに背伸びをしても、顔がこういちの胸までしかいかない。ぼくはその胸板に顔を埋めて、息を深く吸った。こういちの匂いが自分の肺にたくさん入って、幸せな気分になった。
「おはよう、冬夜。抱きついてくれたのは嬉しいんだけど、外でこんなことしてたら怪しまれるよ?」
あ、そうだった…と、ぼくは羞恥で顔を赤くしながら体を離した。見上げると、こういちがくすっと笑った。
「可愛い、冬夜」
「可愛い言わないで。早く家に上がって」
ぼくはこういちの後ろに回り、背中を押して家の中に入れさせた。相変わらず、こういちは服装や髪型やら決まっていて、あこがれる。これじゃあ、女の子がキャーキャー騒ぐのも無理はない。
「今日ぼくはショコラケーキを作ろうと思う」
2人キッチンの前に立ち、ぼくがエプロンを身につけながら言うと、こういちは顎に手を当てて、ぼくを舐めるように見ていた。
「……何。こういち」
こういう時、こういちって、大抵変なことを考えている。
「…いや、エプロン姿の冬夜って……可愛いなって…」
「やっぱりそういうことを考えてると思った。さ、ぼくばっかり見てないで、ちゃっちゃと作ろうか」
ぼくはまずチョコレートを刻み始めた。こういちにも手伝わせて、もくもくと刻んだ。
「あー、違う!! 湯銭にかけるってことは、チョコレートにお湯をかけることじゃないよ!!」
こういちにチョコレートを湯銭にかけてと指示したら、こういちは刻んだチョコレートの入ったボウルにお湯を流し込もうとしていた。
「…違うの?」
「普通に考えてチョコレートを水で溶かして美味しいと思う? とにかく湯銭っていうのはこうやるの」
ぼくは少し大きめのボウルに熱いお湯を注ぎ、その上にチョコレートが入ったボウルを浮かせた。
「そうなのか……てか、もう…無理…」
こういちは弱音を吐き、ぼくに後ろから抱きついてきた。
「俺ってやっぱ料理できねーな…。ましてやお菓子作りなんて…」
「はいはい。じゃあ、これかき混ぜて」
「人使い荒……」
背後でうだっているのはお構いなしに、ぼくは溶かしたチョコレートと卵白が入ったボウルを晃一に押しつた。それからこういちは生地が出来上がるまで悪戦苦闘していた。
「はぁ……」
こういちはぼくの背中に抱きつき、慣れないことに疲れたのか全体重をぼくにのせた。
「重いよ…こういち。生地を型に入れてるんだから…」
「ん……冬夜甘い匂いがする……」
「そりゃそうでしょ。お菓子作ってんだから。……あ、んっ…」
こういちは不意討ちでぼくの耳を食んだ。ふっ、と息を吹き掛けられたら、ゾクッとした。
「やめてよっ…こう、いちっ……」
「やーだよ」
「ね、もうちょっと待って……? 手が震えて、せっかく作ったのに落としちゃうっ」
「待てない」
ぼくは強引に体を反転させられ、こういちによって壁に押しつけられた。両手は掴まれて頭の上に拘束された。こういちの顔を見れば、もうマジになっている。
「ねぇっ…後はオーブンに入れて焼くだけだからっ……」
「その前にキスさせて」
「え? はっ…ん…」
こういちはぼくを完全に動けなくしてキスを落とした。いつものように激しくて、ぼくはケーキのことはすぐに忘れてキスに酔いしれた。唇を離したすぐそこから酸素を取り入れようと、ぼくは荒く息をつく。
「はぁ、はぁっ……こういちっ……」
「可愛いよ、冬夜」
こういちぼくの唇の端からたれた唾液を舐めとった。
「こういち…大好き…」
「俺もだよ」
「大好きだから…体離して? ケーキ、焼くから…」
こういちは嫌そうな顔をしながらも素直に退けてくれた。ぼくは素早くケーキをオーブンに入れて焼いた。
「ふう」
取りあえず焼けるのを待つだけになった。その間、ぼくらは無言になってしまった。
「ねぇ」
「なぁ」
何か話そうと考えていたら、ぼくの声とこういちの声が見事に重なった。思いもよらぬことだったので、2人とも笑いを誘われた。
「何?」
「ううん、何でもない。こういち、ケーキ焼けるの楽しみだねっ」
「……ああ」
「こういちが手伝ってくれたから、きっとおいしく出来上がるよ」
ぼくがニコッと笑うと、こういちはおまえなぁー、と言いながら苦笑いした。
「あれはほとんど俺が作ったも同然じゃないか。手伝ってと言いながらほとんどの工程を俺に押しつけんだもん」
「そうだっけ?」
「ああ、そうだよ。さっきはまるで俺がおまえに料理を習ったみたいな構図になってたぞ。ったくどっちがもらう方なんだか……」
「ごめんごめん。それは気づかなかった。えへ」
「えへじゃねえよ……」
しばらく会話していたら、甘くて香ばしい匂いが部屋の中に立ちこめた。
「あ、焼けたみたい」
ケーキをオーブンから取り出し、型から外して大きな皿に載せた。そのこげ茶色のケーキの上に細かくて雪のような砂糖をふりかけたら、完成だ。
「こういち、できたよーっ」
ふんわりしっとりしていて美味しそうだ。
「ああ」
「こういちの初ケーキっ。楽しみ〜」
「笑うなっ」
「どこで食べる? リビング…でもいいけど、母さん来たら嫌だし…」
「ならおまえの部屋で食べようぜ。きがねなく食べられる」
「うん!!」
ぼくらはケーキと食器を持ってぼくの部屋がある2階に上がった。完全個室になった自室にこもれば、誰にも邪魔はされない。特に母さんに見られてしまったら大変だ。かといって父さんに見られたらそれはそれで大問題だけれど。
「いっただっきまーすっ」
「いただきます」
ぼくらはケーキを切り分けて、フォークを持って手を合わせた。
チョコレートのほろ苦い味に頬っぺたが落ちそうになった。食感もなかなかいい感じだった。
ぼくがバクバク食べている間、こういちは一切手を出さなかった。
「こういち、…どうぞ?」
勧めてもこういちはフォークさえ持とうとしない。ケーキ、食べたくないのかなぁ……。
「こういち? …わっ」
顔を覗き込んだところを押し倒されてしまった。真上にある顔はニヤリと意地悪く笑っている。
「騙したねっ!?」
「別に騙してないよ…ただおまえが押し倒されにきただけで」
「…うー、もうっ」
悔しいが、こういちには毎回やられてばっかりだ。言い争いも何もかも、こういちには勝てない。
「冬夜……」
「何」
こういちはぼくのまぶたに言葉を吹き掛けた。
――口移しでケーキ、食べさせて――…
ニコリと微笑むこういちにぼくはごくりと唾を飲んだ。
「口、移し?」
「そう」
「無理無理無理!! 絶対、無理っ!!」
「だって冬夜、これはほとんど俺が作ったんだぜ? それじゃ俺からおまえにあげるようなものじゃないか。だから、おまえから貰ったって、いいだろ?」
「でも……」
「大丈夫。 俺は冬夜が下手だって気にしないから」
「今わざと下手って言ったでしょ……分かったよ」
ぼくは起き上がってケーキを一口、口に含んだ。そして意志を固めてこういちにキスをした。うまく移せたかどうかは分からないけれど、口を離した後、こういちは微笑みながら美味しいと言ってくれた。
「……美味しい。冬夜の味…」
「恥ずかしいからやめてっ…」
「もう1回やって?」
「ヤダ!! もうヤダ」
「やって?」
「ヤダ!!」
「ふーん……」
こういちは片方の口の端を上げて笑った。
「じゃあ、冬夜をいただくよ」
「え? あっ…」
こういちはもう一度ぼくを床に押し倒し、ぼくの首筋に顔を埋めてキスを始めた。
「こ、こういち!!」
手を使って抵抗しようとしたら、こういちの片手でまとめ上げられて、どちらの手も頭の上で固定されてしまった。
「ホントはね、冬夜。俺はケーキよりおまえが食べたい…」
「こういち…」
「好きだから、冬夜……」
こういちはぼくの耳を甘噛みし、舌先を中に入れた。
「あ、んぁっ……」
耳の奥からビンビンと快感が襲ってくる。全身が熱くジリジリしてきた。思考する脳は熱でチョコレートのように溶けていく。
ここまでなってしまったら、止められない。もう、どうにでもなってしまえ。
「こういちっ……」
こういちの愛撫に身悶えし、こういちの広い背中に爪を立てた。
きっと、恋は甘くてほろ苦いんだ。だから、目の前に存在する今だけは、幸せでいたい。
「こういち、大好き…」
お互いの裸を重なり合わせながら、ぼくは小さく呟いた。蕩けてお互いが1つのもののようになるまで、強く抱き締めて――…。
後に、母さんが帰ってきたことに気づかずに、危うく情事を見られるハメになる。




