私の彼はプスンマン
それは私が彼と低山での散策デートをしていた時だった。怪獣警報スピーカーから
〈こちらは 怪獣警報放送です あさぴょん池に体長20メートルの宇宙怪獣が現れました 至急避難してください〉
と流れた。
「あさぴょん池!? めっちゃ近いじゃん! やだこわい!」と私があわてふためいているのに、太郎は
「ごめん、近いから行ってくる」と言うのである。
「行くってどこへ?」と聞く間もなく、太郎は、毛がないミーアキャットのような姿に変わって、みるみる大きくなり、体長20メートルぐらいの謎の生物になった。
私が驚いて口もきけないでいると、謎の生物は周りの木をなぎ倒しながら、あさぴょん池に向かって走っていった。
何分ぐらい経ったのだろう。腰が抜けてぺたんと座り込んでいると、太郎が戻ってきた。
「怪獣は倒したよ。安心して」
「た、太郎? 今のは…」
「黙っていてごめん。俺は、プスン星から来た。君たちの言葉でいう宇宙人なんだ」
「プスン星」
「地球には観光で来たんだけど、君という恋人もできたし、この星に愛着もわいたから、俺はこの星に定着するつもりなんだ」
「そ…そうなの…」理解がおいつかない。
「定住するからには、俺の能力を使ってこの星を守りたい。『プスンマン』となって活躍しようと思う」
「プスンマン…」
「うん。君と、君のいる星を守るために、がんばるよ」とにこっとされた。
とりあえず「ごめん、びっくりして疲れたから今日は帰るね」と言って家に帰ってきて、言われたことを反芻してみた。
宇宙人だったのか。たしかに、宇宙怪獣がしょっちゅう現れる世界なんだから、普通に宇宙人がいてもおかしくないわよね。言われてみれば、太郎って、かっこいいけど、AIに「日本人の平均的な20代男子の顔を作って」と頼んだような外見をしてる。
今時「鈴木太郎」という名前は珍しいと思っていたけど、宇宙人が日本人のふりをして戸籍を偽造しようとしたからなんだろうな。書類の見本を見て決めた名前なんだろうな。
宇宙人だと言われれば、思い当たることも多々あった。歴史でも音楽でも文学でも、何の話題を振ってもやたら詳しいし、給食の話をした時に、脱脂粉乳だったとか言うし。きっとAI検索の知識で喋ってたんだろうな。
まあでも、まだ結婚とか考えてるわけじゃないし、かっこいいし怪獣から守ってくれるしAIに聞くより早そうだし、普通に太郎は優良物件なんじゃないだろうか。自分の彼氏が地球を救うヒーローだなんてワクワクする! 難を言えば、プスンマンという名前がまぬけすぎるところだが、些末なことだ。
そう思ってつきあいを続けていたある日、2人で渋谷を歩いていたら、屋外ビジョンに怪獣速報が流れた。
〈新宿に体長100メートルはあろうかという宇宙怪獣が現れました! 付近のかたは地下に避難してください〉
「太郎! 新宿だって! 行かないと!」
私は太郎に言ったが、太郎は難しい顔をして「これは無理だ」と言う。
「なんで!?」
「俺が行ったら、被害が拡大するだけだ」
「どういうこと?」
「俺は、飛べないんだ」
「?」
意味がわからない私に、太郎は噛んで含めるように説明した。
「電車で行こうにも、緊急事態だから動いていない。巨大化すれば時速300キロで走れるが、俺が走った場所は踏みつぶされて大変なことになるだろう。さらに100メートルの怪獣と戦うなら、俺もそれ相応の大きさにならなければならないし、新宿でそんな俺と怪獣が争えば、被害の大きさは倍増するだろう」
たしかに…昔の怪獣番組でも、争ってる足元は悲惨なことになってたわ…。
「宇宙怪獣は散歩に来てるだけだから、そのうち飽きて帰る。それを待つしかない」
「そんな…」
「人間にできることは、戦闘機にヒラヒラでもつけて周りを飛んで、建物がない場所に誘導するぐらいかなあ」
なんだろうそれ、猫じゃらし? 怪獣ってヒラヒラ動くものに反応するの?
「とりあえず俺にできることはないよ。残念だけど」
残念だけど、太郎の言う通りなのかもしれない。私は唇をかみしめた。
「でも、飛べないってことは、この星にはどうやって来たの?」
「定期便で。地球は人気があるから、毎日1本は往復便があるよ」
そうなんだ…。定期便で、プスン星の人たちは観光に来てるんだ…。
プスン星についての詳しいことは、他の星の人に話してはいけない決まりになっているそうで、「文明はここより進んでるけど、地球のほうが落ち着く」と言っていた。
都会で常に速足で歩いてる人が、田舎に来るとのんびりするようなものかなあ、と想像した。
そんなある日、私の部屋で太郎とのんびりしていると、携帯の怪獣アラートが鳴った。またしても100メートル級の宇宙怪獣が現れたという。
「太郎! 栃木の山奥だって! ここなら、このへんまで電車で行って、あとは山伝いに走れば行けるんじゃない?」私はパソコンで地図を見ながら言った。
「無理だな」
「なんで!?」
「山伝いに走っても5分はかかる。巨大化したら3分くらいしかもたないんだ」
あの有名な『3分ルール』がここにも!?
「なんで3分しかもたないの?」
「腹が減るから…」
「??」
「いいか、この大きさだと消費カロリーは少ないけど、体がでかい動物、例えばゾウやクジラが、どのくらいの食事を摂ってると思う? 体長30メートルのシロナガスクジラだったら、1日で食べる量は、およそ10トンだぞ。さっき食べたパスタぐらいで、体長100メートルになった俺が、時速300キロで走ったら、腹が減って倒れるわ」
「な…なるほど…」
理解はしたけど…プスンマンって、もしかして、すんごく使えない奴、なんじゃない?
「怪獣コナーズがあればなあ」
え?
「怪獣…なに?」
「これを置くと怪獣が来ないんだ。どこの星でも…」ビーッビーッビーッ!
突然大きな警戒音がして、太郎がみるみる縮んでいく。
そうか、巨大化できるんだから、縮小化もできるか…とぼんやり見ていると、バレーボールを半分に切ったような半球状の、宇宙船らしきものがテーブルの上に着陸し、ちっちゃい『毛のないミーアキャット』っぽい生物がわらわらと現れて、ちっちゃくなった太郎を拘束した。
「プスンポリスです。他星の文明に関わる発言をしたため、強制送還します。申し訳ありませんが、あなたの記憶もその部分は消させてもらいます」
えっ、今の、文明に関わることだったの? と驚いてる暇もなく、私のひたいにピッと、バーコード読み取り機みたいなものを向けた。一瞬、まっしろな光を浴びたような感覚を受けた。
気が付くと、目の前にちっちゃい半球体の謎の物体があり、ちっちゃい生物がわらわらしている。
「えっ、この物体とちっちゃい生物、なに?」
太郎に聞いたつもりだったが、さっきまで横に座っていたはずの太郎がいない。
「太郎? え? なんでいないの?」とあわてふためく私に、ちっちゃい『毛のないミーアキャット』みたいな生物が「残念ながら、あなたの恋人であった鈴木太郎は、法律違反のため強制送還します。お元気で」と言って、謎の半球体に乗り込み、ウイィンと上に上がったと思ったらフッと消えた。えっ消えた? ワープ?
わからないことだらけだったが、太郎の姿は、もうどこにもなかった。
こうして、私と太郎の夏は、唐突に終わりを告げたのだった。




