第8話 手放した宝石の価値
「魔道トンネルですか」
「ええ、使います。手放した宝石がどれほどの価値があるか気づいた阿呆が追いかけてくる可能性が大いにありますからね」
ついわたくしは聞き返してしまいました。実際に使った事はありませんが、知識として知っておりました魔道トンネルを使うことになるとは。魔道トンネルは20人近くの魔道士達の魔力をエネルギーとして、遠くに人や物を転送する大掛かりな魔道施設です。
お金も人員も大量に使うので、ナザール国に転移門はあれども使用はしていません。
「はぁ?! そんなに金がかかるのか! 使うなどとんでもない!!」
かなり前にエルファード様に一度魔道トンネルの使用許可を求めたらこうでした。使ってもきちんと採算が取れる事業計画書も一緒に提示したのですが、そちらには目を通していただけず、表面の数字を見て激昂されておいででした。
あの時の素晴らしい計画書を持ち込んだ商人上がりだと言う子爵はガッカリ項垂れて出て行ってしまったのは切ない思い出です。
エルファード様は「そんな金の無駄遣いをする下賤の出など首を斬ってしまえ!」などと喚き散らしていましたが、わたくしは彼を隣国まで逃しました。彼はこのような所で終わって良い人物ではないと判断したからです。
「貴方の計画書はとても素晴らしかったです。我が国でその手腕を発揮していただきたかったのですが、申し訳ありません。隣国ニールスにいる知人に紹介状を書いておきました。良ければ頼ってみてください」
「お、王妃様……ここまでしていただけるとは……ありがとうございます!!」
噂で彼はすぐにニールスで頭角を現したと聞き及んでおりますので、一安心したものです。本当にあの一件だけでもどれほど国の収益に打撃がでたかと……いいえ、もう過去のことですね。わたくしには関係がないことでした。
「さあ、ここを抜ければすぐ我が国マルグです、宜しいですね?」
これは確認なのでしょう。王命、義務とは言え、10歳で婚約、16歳で結婚しレンブラントが生まれ……今22歳のわたくし。わたくしの12年間を捨て、他国へ行っても良いのかともう一度聞いて下さったのでしょう。祖国との別れになるでしょうから。
「レンブラントはどうですか?」
「私は血の繋がった愚父よりシュマイゼル王の方が好きです」
祖国ナザールではあまり見る事のなかった爽やかな笑顔を向けられました。ならばわたくしもレンブラントのように我が心に従いましょう。
「よろしくお願いします、シュマイゼル様。わたくしにも限界というものがありますから……もうこの国に未練はございません。」
シュマイゼル様は少しだけ眉を寄せ、悲しそうな表情をお作りになりましたが、すぐに号令を飛ばして下さいました。
「魔道トンネルを起動せよ! 我が国へ帰国する!」
「はっ!」
騎士や魔道士達が揃って一礼し、準備を始めます。誰も彼もキビキビとした動きで、とても勤勉な方達なのだと感心致しました。所定の場所に魔導士達がつき、一斉に装置に魔力を注ぎ込みます。騎士達は周囲の警戒を怠らない……あっという間に転移門に薄青い光が満ち、使用可能状態になったようです。
「魔力充填完了です、どうぞお進み下さい」
「あいわかった、ご苦労」
重そうな扉が音もなく静かに開き、そう長くないトンネルが姿を現します。薄暗いトンネルの中に舞い踊る魔力の光。トンネル自体は短いのですが、眩しい光が溢れる出口から馬車が走り出るとそこはもうナザールではなく、シュマイゼル様が治める国マルグだったのです。




