第53話 お帰り下さい、ナザール王よ3
「う……うう……そ、その婚約に異議を申し立てる!」
そう叫ぶエルファードをこの場にいる全員が白い目で見た。
「何故、何の関係もないナザール王がマルグ王の婚約に異議を言う?」
「気が触れたか?」
「確かに最近暑いからな……それとも頭の病に侵されておるのかな?」
いっそ憐みの目を向けられるが、エルファードは必死で言葉を重ねる。
「ア、アイリーンは、わ、私の事を愛していた! だからだ、だからアイリーンは私の元へ帰ってくる。それが道理! この国にアイリーンは必要ない。そうだろう? アイリーン! 私と共にナザールへ帰るだろう!?」
必死で叫ぶエルファードの視線はアイリーンに向けられる。名指しを受けたアイリーンは少しだけ目を細めてから控え目に笑った。
「そ、そうだよ、お前は私を愛していたものな? だからあんなにナザールの事を大切に……」
「嫌でございます」
「は?」
「わたくしは貴方、エルファード・ナザールを愛したことなど一度もございません」
凛と澄んで、嘘偽りが一欠片も混じらない声が響き渡る。
「な、なにを……」
「前王の王命で仕方がなくナザール王家に嫁がされただけ。家臣と民があまりに哀れで捨て置けなかったからナザールの為に働いたまで。でもそれもやめて良いとナザール王からお達しが出ましたから、ありがたく受けさせていただきました」
「ア、アイリーン……嘘であろう……?」
「嘘ではありません。では教皇様の前で誓いましょう。わたくしアイリーン・レイクリフはあそこにいるエルファード・ナザールを愛したことは一度もありませんし、これからも愛することはないでしょう」
はっきりと言い切るアイリーンに教皇は
「確かに聞き届けました。天にまします我らが主神も嘘はないとお認めになりました」
どんな方法で認めたかは分からぬが、教皇が認めたと言ったのだから認められたのだ。
「ではアイリーン殿、シュマイゼル・マルグは?」
冗談めかして問うそれには頬を赤らめて目を伏せながら照れている。先程、嫌いだと宣言した人物とは大違いであった。
「きょ、今日婚約をした方ですわ……その……恥ずかしい事を聞かないでくださいませ! 教皇猊下!」
「ふふ、それは失礼した。そう言うわけなのでエルファード王よ、そなたの異議申し立ては認められん。それに異議申し立ては今日という婚約式を迎える前にするものだ。本当にそれを望むなら何故もっと早く異議申し立てをしなかった?」
「そ、それは……ナザールから……この国に着くのに随分時間がかかって……」
「ほう? いくら時間がかかってもここならなら一ヵ月もあればつくであろうし、魔道トンネルを使えば一瞬だ。その間に異議申し立てがあれば、教会で審議くらいは出来たであろうけどな? 遅すぎたのだよ」
「そ、そんな……」
がっくりと膝をつくエルファードに悠々とシュマイゼルは近づき、その項垂れた肩にポンと手を置いた。
「お判りいただけたら、金輪際アイリーンに近づくのはやめて頂こう。流石にこれ以上は私も我慢の限界だ、肝に銘じてくれたまえ。次に貴殿が許可なくわが国へ足を踏み入れようものなら、身の安全を保障できぬからそのつもりで」
「ひっ……!」
ギリリッと強い力で肩を掴まれてエルファードは短い悲鳴を上げた。きっとシュマイゼルの指の後がくっきり残り暫くは取れないほどの力であっただろう。
「所でだが、王が3ヵ月も自らの国を離れて大丈夫なのかい……誰かに、王座を奪われていないのかな? 私はとても心配だよ。今すぐ帰った方がいいんじゃあ……ないかなぁ?」
小声でエルファードだけに聞こえるように語ったシュマイゼルの声は恐ろしい程に冷たい。近くにいた者が漏れ聞こえてぞわりと鳥肌が立つくらいの圧に震える。
「くっ……し、し、失礼するッ!!」
尻尾を巻いて逃げる野犬のようにエルファードは華やかなパーティ会場から転がり出た。
「やだわ……カエルかしら、犬かしら?」
「犬の方が躾が行き届いておるわ」
「結局アイリーン様に頭を下げなかったわね。見下げた男」
「まーそれにしてもシュマイゼル様ったら怖いわあ」
「はは、我らも怒らせないようにせねばな?」
ナザールは王妃ネリーニに続き国王エルファードも各国の国王や代表の前で醜態をさらして逃げ出した。
「しかしまあ、オルフェウス殿の提案だとは言えこうもまあ見事に掌の上で踊るとは。ある意味感嘆に値するな」
「婚約に対する異議申し立てが出来る期間中のろのろと遊び歩いているとは。教会としては手間が省けて良かったですがの」
魔道トンネルでやって来てシュマイゼルに土下座までしたオルフェウスが頼み込んだ事は、ナザールからエルファードを遠ざける事だった。婚約発表やその後の結婚などに水を差されたくないシュマイゼルもその案に乗り、二度とマルグ国へ来ないようしっかり釘を刺した。
ナザールの王エルファードと王妃ネリーニの話は各国で誰もが知る事となり
「ナザール? ああ! あの国ね! お祖父様の話で聞いているよ。いやあ、面白かったらしいねえ!」
と、3代先でも語り継がれることになったという。




